第四十一話 託す
「ねぇ、聞こえる?ねぇってば」
…アイサちゃんの声だ。
あれ、俺はなにをしてたっけ。
そうだ。三浦さんにお願いしたんだ。
最後のワガママ。
さいごの…。
「…痛くない?」
「…幽霊に痛覚なんてないから、よく分かんないなぁ…。だけど、もう指1本もうごかないっすね」
…うまく、いったのだろう。
あれから色々頑張ったのだ。
トウマの結界が破られるその時まで、アケビちゃんが何をすればいいか、話し合った。
幽霊は、目的を失うと記憶を保つ力が弱くなってしまうと聞いたことがあった。
もし、肉体に戻れた時にレイくんのことを忘れていたら悲しいと思った。から、アケビちゃんはレイくんに取り憑くことを決心した。
アケビちゃんの魂は、トウマの呪いの残留が俺達よりも多かったから、傍から見れば悪霊になる直前の背後霊にみえるかもしれない。
それでもいい。
レイを傷つけようとするやつから、少しでも遠ざけることができるなら、それでいいとアケビちゃんは言った。
僕らは赤い紐を揺らしながら遠ざかるアケビちゃんの姿を見送った。
アイサちゃんは寂しくて泣いていたけど、すぐに立ち直って、俺に話してきた。
どうやって今の状況を生きている人に伝えるか。
トウマの呪いから外れるまでに、俺達ができること。
「…アイサちゃんがイタコ知ってたなんて、ビックリしたっす。テレビ番組もよくやるなぁ…」
「あの番組は結局お蔵入りになったけどね。でも良かった。本物の降霊師が、孫でもなんでも居てくれたもの」
「へへ、ほんとっすね」
最初は俺が、降霊の場に割り込んで降霊師の体を一時的に乗っ取る予定だった。
そこで、必然か偶然か。
俺達は鯨崎に遭遇した。
アイサが嬉し泣きしてたのを、よくおぼえている。
本当に仲良しだったらしいから。
…そして、決めたのだ。
三浦さんの魂に残ったトウマの呪いを、俺が全部引き取ってしまおうと。
彼自身を、近衛にとって「予想外の敵」にしてしまおうと。
「…加藤、だいじょうぶ…?」
「あぁ…、はい。だいじょぶっす」
「…ほんとうに…」
彼に、
それを決心した瞬間はおぼえていない。
けど、三浦さんがレイくんと共にアケビちゃんを救いにいく情景が見えた気がした。
…それが叶うのなら、自分がどんな碌でもない目に遭っても良いと思った。
「穢を引き受けるのは誰でも…、私でもよかったのよ…。いざって時にあなたがいてくれないと、心細いじゃない」
「アイサちゃんは…、鯨崎さんを見守る使命があるじゃないっすか…」
「そんなこといって、かっこつけようとしないでよね…」
「…へへへ、アイサちゃんらしいっすね」
「うるさい…」
もう、最後だ。
…本当に長い、命のおまけだった。
「…あ、いさ、ちゃん」
「なによ」
「…ま、…た…」
「…もちろんよ。また会いましょうね」
…馬鹿みたい。
俺がっすか?アンタも大概っすよ。ほんと、俺達を裏切らなくてもいいのにさ。忠犬め。
…大義だと思ったんだ。でも今になって、なにも意味が無いことだったって気が付いてるよ。
…謝っても許されるようなことじゃないことも。
…成瀬が謝ってるの初めてみたっすよ!!まぁ、こんな所に先に来てれば、多少塩らしくもなるっすかねぇ
うっさい。お前こそ、なんでこんな場所きてるんだよ。
…いいじゃん。別に。ヤクザの俺達には、ちょうどいいじゃないすか。
久しぶりなんだし、少しだけ一緒に歩きましょうよ。
…分かった。すこしだけな。
よっしゃー!会えたら話したいことが、いっぱいあったんすよ!
…実は俺も。
ゆっくり歩いていこう。
…もちろんっすよ!!!
「はい。…はい。一部始終説明ありがとうございます。あとはこちらでも、はい。ゆっくりやすんでくださいね。はい。じゃ、また来週家で待ってます」
…ジャワジャワと、クマゼミが煩く鳴きわめく昼過ぎだ。
僕は鯨崎さんから一昨日起こった出来事を話してもらった。僕は電話越しに彼がどんな顔をしているこ分からなくて、うんうんと空返事ばかりをしてしまった気がする。
携帯をポケットに入れて、それで、足は自然といつもの養護施設に向かっていた。
水たまりに反射して、いつもの自分の顔が写った。
右頬に少し残っていた傷も、朝起きたら綺麗さっぱり消えていたから、小さい子達を心配させずに済むなと思った。
「…なにやってんだ、僕。こんな所で呑気に」
僕のせいで、人が。
今も。
「もっとやんなきゃ駄目なことがいっぱい…。いや、僕は…」
考えがまとまらない。普通でいようとしてるのに。頑張ってるのに。
…胸が痛い。
でも大丈夫だ。
この痛みも朝起きれば大抵良くなっている。
明日になれば。
僕の魂は、僕を生かすためにいくらでも冷酷になってくれる。
だからしっかりしろ。
僕、しっかりしてくれ。
「酷い顔だぞ、サクタ」
「…モモ」
あれから悪夢で眠れない俺を、下で涼しく見上げるモモの姿があった。
「なんか…、少し背のびた?」
「成長期だからな。実はアラタも少し背が伸びた。リノがヤキモチ妬いてたぞ!」
「へへへ、そっか。皆すごいなぁ…」
僕が気のない返事をすると、一瞬驚いたような顔をしたモモだった。
しまったと思って、なにか言おうとすると、突然僕の手をひいて、何も言わずに高学年の子供達がいる家へと歩き出した。
もつれそうな足で、駆け足で向かった。
「コウスケが居るの…?」
「まぁ、見てみろ!皆で楽しくやってるんだ」
「みんな…」
襖を開けると、風がぶわっと入ってくる。僕は思わず、目を閉じた。
窓を開け放っていたのだろうか。
太陽のような、暖かい匂いがした。
「サクタ」
モモの声で目を開けると、そこにはユズルの姿があった。
そして、コウスケと僕の知らない高校生くらいの女の子。リンも、なぜかその中に混ざっていた。
「…なにしてたの?」
「サクター!お前今日忙しいっつってたのに〜。来るならもっと早く来いよな!」
「用事がやっと済んだところだったんだよ…。あれ、ユズル…」
ユズルが鉛筆を不格好に持ち、小学生用の漢字ノートに文字を書いていた。
まだ、慣れていないようで恥ずかしそうに俯いた。でも、指の腹が真っ黒になるまで、いっぱい練習をしていたみたいだった。
「サクタさんも一緒に勉強しません?今、佐野さんも居て…」
コウスケが笑顔で言った。
その、佐野と呼ばれた女の子はぴゃっと背筋を伸ばしてユズルの座っている席の後ろに隠れる。
でも、少しして頭だけを机から覗かせた。
「…あ、たし、佐野みみこ。よ、よろ、しく…」
顔を真っ赤にさせて、また机の下に隠れた。
コウスケの友達なのだろうか。すごく人見知りなんだろうか。
でも、とても良い人そうだ。
「サクタさん!!!こっち、きてください!」
「あっ」
爪の長くない、人間の手で彼に腕を掴まれる。
彼の手はこんなに優しくて、こんなに暖かいのだと知る。
言われるがまま席に座らされ、そして鉛筆を持たされた。
「い、いま、ユズルに色々教えてたんだ」
「そうなんだぜぇ〜?ゲームも知らねぇんだよコイツ!だから、コウスケと一緒にキャラのこととか伝授してたんだ〜」
僕はそうなんだ〜と、頷いた。
彼の書いた文字を見ながらぼーっと頷いた。
「私は漢字教えてたのに、みんな、ゲームのことばっかだった!」
「ゲームも教養の内だよ佐野さん!ねぇ〜師匠」
四人の声が、俺の中を反芻していく。
夏の、真っ青な空が俺は眩しくて、少し目を細めた。
ユズルが、元気そうにしていて凄く嬉しい。
のに、マリンさんのことが頭のどこかをちらつく。
彼女の最後の姿が、頭から離れない。
レイくんとの冷たい約束が、胸をつきつき刺してくる。
モモのお母さんのことだって、お兄さんのことだって、一回だって飲み込めたことなんて無い。
…俺は、今、なにをすれば。
なにをしていれば良かったんだ。
「うっ、…う」
「サクタ…?」
涙なんて、流すべきじゃない。
俺なんかが泣いちゃ駄目だ。俺のせいで、もっと悲しんでいる人達がいっぱい居るのに。
俺なんかが…。
「サクタさん。ありがとうございました」
「…ユズル…?」
「おれ、マリンさんいなくてもちゃんとできます。たくさんお友達もできたし、えっと字もかけます!誰かのことぎゅーって出来るし、小さい子に絆創膏貼ってあげれます!…まえの、前の爪の長い俺なら絶対できないことだったから」
「…それは、ユズルが頑張ったからだよ…」
「えっと、サクタさん、おれが悲しかったときに、辛いのを全部受け止めてくれました!!だからおれもっ、サクタさんの辛いのを受け止めてあげたい」
「僕の…、辛さなんて、そんな…」
否定しようとして、口を抑えられた。
びっくりしてユズルの目を見る。
涙でうるんだ目だった。
「どーでもいいなんて言おうとしちゃだめです!!皆、サクタさんのこと大好きです!!」
僕は、心にどろっと詰まったものが一気に流れる出すのを感じた。
…僕は、そうだ。
「僕もっ、…皆のこと大好きだ…」
僕は、ほんの少しの間、重荷の全て下ろした。
泣いて泣いて、泣き終わった後。
僕の心は、毒気が抜け出たように正常にもどった。
いや、以前よりも清々しい風が入ったかのようにも思えた。
「サクタ…くん、だいじょぶ?」
「佐野さんごめんね。初対面で、すごくしんぱいさせちゃうことばっかりで…」
「わたしはだいじょうぶだよ…!!」
「おれは、もう明日目がぱんぱんになること確定だ!!!」
「なんでリンも泣いてんだよ。へへっ」
「あーサクタ笑った〜!!よがっだぉ〜」
「うわーん〜サクタさんも師匠も皆じあわぜになっでぐれぇ〜」
皆に抱きしめられた。
思えばこの時。
全ての覚悟が決まった瞬間だった。
第四十一話 託す
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