第三十八話 降霊

「ちょっと!!ほんとにこっちなの!?」

「彼らの最終移転地は、呉岳山の頂上と聞いています。それより、ラッキー鯨崎さん」

「えっ、なに?」

「いつもテレビで拝見していたのはスーツ姿でしたので…。ジャージも似合っていますね。アツいです」

「うわ、全然関係ねぇ〜!」




二戸部くんの一件が過ぎてから、一週間が経とうと

している。


気温は日増して高くなっていったけど、夜は決まって涼しい。

サービスエリアで氷の塊が出現したあの日から、愛知の方では冷夏が続いているそうだ。

あの廃テーマパークの氷達は、夏の暑さで溶けるようなことはない。きっと彼の苦しみが終わるまで、あそこはあのままなんだと思う。 


「…断片ですが、やはり全て予知通りになってしまいましたね」

「…うん。でも、正直ここまで皆んなが動いてくれると思わなかった。猫と狐の皮剥がしに鍵枝さんが向かってくれたり、アグラさんが久世家の模倣式を組んでくれたり…」

「鯨崎の予知夢のことは、陰陽連の皆が信用しています。私はなにも心配していませんでしたよ」


彼の涼しい笑顔。やっぱり彼は新しい鯨崎家の当主には向いていないなと思う。

俺が住んでた頃の里には、こんな爽やかな人はいなかったから。


「トオルはマジ俺のファンでいてくれんだね。ほんとに皆が信用してくれてんなら、まぁめっちゃ嬉しいわな〜」

「わたしは嘘をつきません。…なにか心配事でもあるのですか…?」

「いやぜーんぜん!これから起こる事、大体予知夢見たから分かってるし」

「…予知夢とは少し恥ずかしいものですね。これからのわたしの推し活も、あなたに全部バレてしまうのでしょう…?」

「別に断片的だから安心して!!なにを心配してるんだか…」


なんだかんだ話しつつ、同じ景色が続くようでも段々と目的地に近づいていった。

トオルのラッキー鯨崎時代の話をこれでもかというほどされたが、百目鬼騒動からメディアに干され、なんならサクタくん家のお札を使わないと外を歩けない俺は、少し苦い笑みを浮かべながら山を登った。


現当主は意外にも体力があるらしく、気づけば俺の前を優雅に走っていた。

枯れ葉に揉まれながら、段々と薄くなる空気に頭をクラクラさせながら登り続けた。


「…おっ、みてみてトオル。モノさんの霊石が!!」

「動いていますね。多分この先です。一応式を編んどくので、後ろにいてくださいね」

「ありがとー!頼りになるっ」

「きゅん」

「きゅん…?」


トオルの手をパチンと合わせる音がした。

したはずだった。



「…はぁ!?」

「菅原の輩にこの土地は踏ませねぇよアホだらがぁ」



目の前からトオルの姿が見えなくなった。代わりに、目の前には壺が一つ。

間違いない。トオルがあの中に閉じ込められたのだ。目の前の「しわくちゃばばあ」によって。


「…トオルになにすんだよ!!」

「大昔に編んだのがよ〜やく効きやがった。菅原の血縁が通ったら、葛籠式が発動するようにしたんじゃよ」

「葛籠式…!!」

「そうじゃ。仮に、こんな感じだわなぁ!!」

「んぎゃーっ!?」


トオルが入ってるのとは別の、片手で持てるくらいの小さな壺をこちらにぶんっと投げてくる。俺は高音の悲鳴をあげて、尻もちをついた。

しかし、壺は俺に衝突することはなく、目の前でパリンと弾けてしまった。


「「なんでー!!?!」」


しわくちゃばばぁと一緒に目を点にしながら叫んだ。

ちらばる破片から身を守っていると、なにやらババアの後ろから人がぬっと出てくるのが分かった。


「あ、ちょ、」

「え、なになになに」


ぱちこーん。

…俺が芸能人時代によく聞いた音。

紙の束が、人の頭を勢いよくしばいた、あの爽快感さえ感じるあの音。


俺が呆然としていると、ばばあはそのまま枯葉で埋まった地面に頭を突っ伏した。とんでもない威力だったのだろう。…人が気絶するくらい。


「…バァーちゃんが粗相した。謝る」

「きっ、君は…?」

「俺ちん、バァーちゃんの孫。壺の解除は出来るから安心しろ。こっち来い」


ハリセンをもって現れたのは、大柄な青年だった。

八重歯と、三白眼が特徴的。多分、背からして高校生か大学生くらい。

後ろ髪を無造作に結んでいる。服装もボロボロとまでは行かないが、柄物の羽織は日焼けして色褪せている。何処となく、俺が東京を漂流していた時期を思いださせる身なりだ。


「…別に取って食ったりしねぇよ。色々話してやるから、バァーちゃんのことは気にしないでいい」

「わ、わかった…」


言われるがまま、もう少し歩いた先にある平屋に連れいて行かれる。重たい壺を軽々と持ったその男は、ガタガタの玄関を足で開けた。

懐かしい感じの、大きな囲炉裏のある家だった。


「何もないけど勘弁な。仕事するだけの家だから、ここ」

「仕事って…、イタコですか?」

「それはバァーちゃんのインチキ商売のやつだ。本業は俺ちんがやってる「降霊」の方。サイトじゃインチキの方しかひっかからないようにしてるからな」

「それは何故…??」

「俺ちんは「嘘」がつけないからだ。現世に居もしない魂を降霊しろって言われることが殆どだから、全部嘘が得意なバァーちゃんにやってもらってる。クライアントがちゃんと魂と来てくれたら、俺ちん

の登場って感じだ」

「そんな仕組みだったのか…!?」

「フリーランスでやってるイタコなんて、信じちゃダメだぜ。あと年寄りも信じないほうが良い。思ってるよりもずっとズル賢いからな」


彼はそう言うと、壺に優しく手を触れてなにかを呟いた。

ぱんっと大きな音がすると、壺だけが目の前から消えて呆然とした顔のトオルが現れた。割れて出てくると思っていた俺は、まるでマジックのようなそれにめちゃくちゃ驚いた。


「トオルーー!!大丈夫か!?ケガない?」

「ヤバい、なにも対処できなかった…。本当に不甲斐ないです…」

「バァちゃんの葛籠式は他の式を跳ね返す性質があるからな。すまねぇ」


トオルは少し髪がボサボサになった程度で壺から解放された。しかし、それからしょもんと落ち込んで、俺の後ろに隠れてしまった。確かにあのババアにあんなことされたら落ち込むのもしょうがない。

当人のババアの方は未だに家に戻ってきていないので、きっと枯れ葉の上で伸びているのだろう。

俺は少し安心して、本題に入ることにした。


「ところでなんですけど」

「なんだ」


「なんで俺達をそんなに信用する?」

「…言ったろ。俺ちんは嘘がつけない。だから分かるんだ。嘘をついてたり下心があったりする人間の匂いが」


そう言って、鼻を摘むような動作をした彼だった。

俺は深呼吸した。


「じゃあ、俺等がここに来た見当は、大体ついている?」

「あぁ。近衛関係だろ」

「…うん。良かった。なら、話が早いや…」


サクタくんに言われた。まず確認するべきことは、彼がまともな人間かどうか。

そして、彼が近衛側の人間ではないかどうか。


トオルの祓い屋コンサルタント時代の情報があったから、調べはとっくについていた。

彼、降谷一縷フルタニイチルは成仏のできていない魂を降ろす降霊術師。フリーランスの、一応祓い屋として働いている。家族経営なので、ほとんど鯨崎と同じ感じ。

ババア、もとい降谷多恵フルタニタエの方は降霊ではなく、「葛籠式」を操る祓い屋。式を練り込んだ壺を使って、相手を束縛する。ちなみに壺の中の当人は意識が無いので、よく不老不死の野望を持った権力者に式を狙われたらしい。

菅原とのよくわからん怨恨も、多分そこら辺のことが原因なんじゃないかと思う。



「一週間前、愛知のパーキングエリアにある廃遊園地でタエさんとある少年が接触しました。そこで、とある少年に対して、「取り憑いていた霊」のことを言及した」

「それだよな、やっぱり。…仕事だったらしい。「しばらくは働かなくていいくらいの額が入る」って言って、一人で行っちまった」


彼は少し苛ついたように肩を掻いた。そして、俺達の目の前に箱に入った金を出してきた。


「汚い金なんだろ?バァちゃんが受け取ったら一番ダメなもんだ。出来るんなら、あんたらに持っててほしい」

「ちゃんと保管してくれてたんだ…」


…二戸部零。

ほんの少しのきっかけのために、多くのものを奪われた彼を思って胸がきりきりした。

この札束に、一体どれほどの血が染み込んでいるのだろうか。

俺はやりきれない気持ちになりながら、それを受け取った。


「ありがとう。使わないでいてくれて…」

「もちろんだ。それにお前…無理しないでいいぜ。俺ちんには分かる。実はだけど、今みたいに真剣な感じで喋るの苦手だろ、お前」 


意外にも図星で、俺は心の中でぎくりという音が鳴ってしまった。

肩の力が少し抜けた俺は、その金を受け取って深く息を吸い直した。


「…頼みたいことがあるんだ。一つは個人的なこと。二つはこれからのために必要なこと…」

「なんでも聞くぜ。バァちゃんのやらかしたことの償いをしたい」

「ありがとう…」


俺の出来ること。

出来るだけ抗う。最悪の結末に至るまでの、少しの道のりを。


「まず、榎本明日エノモトアケビが本当に死んでいるのかどうか確認してほしいんだ。気休めなんだけど、賭けたい。タエさんがあの時、嘘を言ったかもしれないって…。近衛に金を積まれて、死んでないのを死んだって言ってるかもって…」

「分かった。わかったけど…、でも期待しないでくれ」


そういう彼は、暗い顔をした。

その瞬間、すぱーんっと扉が開く音が部屋に響く。


嘘つきイタコの、クソババアだ。


「わしは見たんじゃ。本当に幽霊をな」

「…信じないぞ」

「嘘つきなわしじゃが、あれの目の前で嘘をついたら殺されるって分かったわい。生きてる人間を呪い殺す強さが、あの霊にはあった」


そう言った彼女は、玄関にどかっと座った。


「試したいなら試せ。息子は本物だ」

「バァちゃんの言うことは聞かなくて良い。今から霊を降ろせるかどうかやってみるから」


遮るようにして、彼は俺の手をひいた。トオルもタエを一瞥してついてきた。


「…鯨崎さん」

「トオルは、霊石の反応だけ見てくれたらいいから」

「…はい」


じめっと湿った畳の上。数珠をすり合わせ、念仏のようなものを唱え始めた彼を、俺達はただ見つめていた。


俺達は、アケビさんの降霊に立ち会うことになった。

そう、…なるはずだった。



「うわーーーーっ!!!!やっぱり会えた!!!さすがアイサちゃんっすね!!!」


「…え?」


「あっ、挨拶っすよね!え〜と、俺の名前は加藤健太郎っていいます!!!アケビちゃんの代わりにここへ来ちゃいました!」


第三十八話 降霊

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