あめつち[#2025南雲皋爆誕三題噺]

 あなたからそそぐ雨が、わたしのさみしいからだに染みてゆきます。ここに息づくものはもうありません。あなたとのあいだを悠然とすべる鳥も、わたしの上を駆けてゆく動物たちも、かれらを育んできた森や草原も、風のなかや水中にたゆたうちいさな命も消えて、ここにはわたしたちがからっぽのからだを横たえているだけです。

 わたしからあなたにかえせるものはため息のような水蒸気ばかりで、あなたの慈しみ深い雨にこたえるすべもありません。

 そのむかし、うまれたての世界であなたがたわむれに飴玉をふらせたとき、わたしは綿菓子の雲をあなたにむけてのぼらせました。そういう遊びは世界が育って、生きものたちが姿をみせるようになってからはしなくなりましたね。わたしたちはあまたの生きものたちの父母ちちははとして在らねばなりませんでしたから。

 あなたからとどく慈雨に、やさしい陽の光に、わたしは平野に咲きみちる花を、ゆたかにふくらむ森をもってかえしました。わたしは花がひらくとき笑い、雪に閉ざされるとき眠りました。

 わたしたちのあいだをいったい幾つの命が通りすぎていったのでしょう。世界はいま老いて、終わりを迎えようとしています。あなたとはいちども手をとりあえないままで。でも天と地というのはそういうさだめなのだとわかっていました。あなたのこぼすしたたりに濡れながら、わたしはただ果てるときを待っていました。

 だからあなたが落ちてくるなんてすこしも思わなかった。

 そんな不意打ちはないでしょう。崩れておちる天は地を、わたしをこなごなにくだいて、わたしのなかに天が、あなたがまじってゆく。

 あなたの記憶のなかでわたしわらいました。そしていま、かたちをなくしたあなたは雨でも光でもないものでほほえみます。

 きっとわたしたちはこういう優しい混沌から生まれたのだと、さいごにわたしはおもいました。

 

お題:『不意打ち』 『あめ』 『笑う』

さーちゃん、お誕生日おめでとう! すてきな一年になりますようにー!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

croquis[2冊目] 夏野けい/笹原千波 @ginkgoBiloba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ