お題短文

手持ち花火の夜、きみは

「花火なんてつまんないじゃん。どうせ足りないんだし」

 きみはそう言って、足もとを細くながれる水をよけてしゃがんだ。コンクリートのおおきな管のなかは、ひそめた声でもよくひびく。月のひかりが丸くなった君の影をつくる。うっすらとなまぐさいのは、海から来るにおいなのか、ここがよごれているからなのかわからない。

 四年生以上の希望者だけが参加する夏休みの旅行。親は安心して子どもをあずけられるからいいんだろうけれど、少ない先生で引率しなきゃいけないから泳ぐのは学年で分かれて一回ずつだし、工作の材料は安っぽいし、ごはんはおそろしくまずい。つまりそんなにおもしろいイベントってわけじゃなかった。

 最後の夜に用意されている花火セットはあっというまになくなってしまって四年生のだれかが泣くのがいつもの流れだ。

 参加するのは三回目、六年生になったぼくは人気のない線香花火に何回か火をつけたあと、みんなの輪のそとに立って、はしゃぐ子たちをぼうっとながめていた。そんなとき急に後ろから腕をつつかれたからびっくりした。ふり向くときみがいる。人さし指をくちびるにあてて。日焼けして暗がりにしずむ顔のなかで瞳だけ、色とりどりの花火がうつってきらきらしていた。

「こんなとこ脱出しようよ」

 言われて、うなずいて、そっと暗いほうへ歩いていった。先生には気づかれなかったけれど、特別な冒険ができるわけもなかった。きたないコンクリートの管に隠れるのが精いっぱい。おとなに見つかれば、バカな子どもとして怒られるのだろう。だけど、なまぐさくてしめった空気でも、花火のけむりのなかよりは楽に息ができる気がした。子どものさわぐ声で痛かった耳に波の音が気持ちよかった。

「しりとりでもする?」

 ぼくがきくと、きみはちょっとうれしそうに「いいね」と言った。

「おれからね」ときみがしりとりの「り」につづく言葉を探しはじめる。待つあいだ、次の瞬間きみがただの同学年ではなくなるんじゃないかって予感していた。あともどりできない深さできみを知ることになるんじゃないかって。


※禁止事項:SF・女性キャラ・直喩・⻌(しんにょう)・別れ(登場人物の)

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