幕間15
「とまあ、オチも何もないんですけど、一つだけ思い当たることがあって」
「思い当たること?」
「その冊子見つけたの、図書室カウンターの机の裏だったんです。つまり、図書委員じゃないとそこには置けないんです。それに、冊子が入ってたの、封筒で、その封筒も封筒を留めてたテープも、冊子の発行年からくっついてたとは思えないくらい新しいんです」
古い文芸部誌、けれど封筒は新しい。ということは、誰かがその冊子を設置したのが最近ということだ。
「まあ、図書委員の中に当時の部員と親しいと聞く人は居ませんけど。親くらいの年齢ですし、関わりはまずないです。でも、図書委員の顧問は、結構昔からいる先生なんですよ」
「ってことは」
「はい。多分、その先生が設置したんだと思います」
彼女は、表情を変えずにそう言った。眼鏡の奥の目からは、感情が読み取れない。
「それ、先生に聞いてみたの?」
「いえ。別に、どうしても知りたいってわけじゃなかったので」
確かに、設置した人が判明したからと言って、だからどうした、で済む話だ。
会話がぶつりと終わってしまい、私は「あぁ……」と曖昧な声を出す。
「えっと、その話、商用利用してもいいかな」
「え? しょうようりよう……?」
きょとんとした顔で尋ね返された。
「あ、私、一応作家で、いろんな人から聞いた話をまとめるみたいな……企画? やってて、話数が足りないの」
「ああ、それで……。いいですよ。こんな、毒にも薬にもならない話でよければ」
「ありがとう」
そして彼女は、ごそごそと制服のポケットを探り、スマホを取り出した。
「あの、出来たら読みたいので、サイト教えてくれませんか?」
「サイト? まだ無いよ」
特設ページなどは相当売れないと(あるいは期待されないと)作成されないし、まだ案の段階を出ていないため、書籍ページなんてもちろんない。
「あっ、そうなんですか。じゃあ、ペンネーム教えてください」
「松原かのか。かのかは平仮名でかのか」
「まつばっ……、えっ? え……っ? それって」
女の子は、スマホから勢いよく顔を上げた。
「立派な職業作家じゃないですかっ!?」
「そ、そうだね?」
職業作家じゃなければ何だと……、と思ったところで理解した。
「てっきりカク○ムとかかと……」
「職業作家です」
「最後に会ってから、思いのほか時間が空きましたね」
「そうですね」
編集者の言葉に、私はそっけなく返事をする。
私は久しぶりに、いつものファミレスに来ていた。打ち合わせをしていなかった間に溜まった原稿を渡すためだ。
「15話まで溜まりましたか。百話までは遠いですね」
「話す機会が無いんです」
知り合いが少なすぎて。付き合っていて楽しいタイプではないので、友人関係がごくごく狭い範囲にしかないのだ。
その状態で15話も集まったことが奇蹟に思えてくる。
「ええ、確かに受け取りましたと。ざっと見た感じでは特にまずいところも無いですね」
「そうですか」
そう言い、編集者は印刷された原稿を鞄に仕舞う。
会計をしようと伝票を確認していると、「頼まれていた件ですが」と話しかけられた。ただ単に原稿を渡すだけでは終わらないようだった。
「怪談、周りの人に聞いたんで、レコーダーに収めておきました」
「ありがとうございます」
記録媒体をレコーダーにしてくれたのはありがたい。人づてになるよりもずっと良い。どうしても細部があやふやになってしまうし、そもそも趣旨からずれてしまう。映像があっても良かったが、映像よりも音声の方が大事だ。
正直言って、怪談を聞いてくれるとは思っていなかった。まったく期待していなかったため、少し驚いている。
私の中で、編集者の地位が少し上がった。
「あの、著作権の方って」
「それも了承をとっていますよ」
できる人だ……!
いや、まあ、その辺りは本職なのだろうけれど。
担当は私だけではないのに、本当に有難い。むしろ申し訳なさまでも感じる。
「感謝しながら文字起こしします」
「文字起こしだけなら機械にもできますよ」
ごもっともだった。
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