3、中学生 職業体験にて①
「皆さんには、10月から二日間職業体験に行ってもらいます。」
中学一年生の秋、先生からそう伝えられた。職業体験。なんだかワクワクする響き。
どの職場で体験をするかは、説明を聞いて希望をとるらしい。
面白い職業を経験してみたい。
職業体験リストの中で、面白そうなものから希望を書いていった。
1, 警察署
2, 消防署
3, 小学校
将来バイトをすれば経験できそうな場所に行こうとは思わなかった。この職業体験でしか経験できないことをしたかった。でも、人数制限があるため、希望が通るかは分からない。
警察署の希望がとおれ!と思いながら希望調査を提出した。
次の総合の授業の時、誰がどの仕事先でお世話になるかが発表された。
クラス全員の名前と仕事先が書いたプリントが配られる。
その中から自分の名前を探す。えーっと、相原相原……、あった!警察署だ!
そう喜んでいると、先生が私のところまでやってきた。
「警察署になったんでしょう?頑張ってね!」
「はい、頑張ります!」
その授業で、同じ職場に行く人たちとの顔合わせがあった。
そこにいたのは2人。どちらも男子。
まあそうだよなぁと思いつつ、ちょっとした孤独感を感じながら期待に胸を膨らませていた。
そして職業体験一日目。
迎えてくれたのは、どこか怖い雰囲気の男性だった。
三人でその人の話を聞く。
「生活安全課・少年育成課の鎌倉です。今日から二日間、君たちの教育係を担当します。よろしく。」
名前は鎌倉さん。生活安全部の少年育成課の人だそうだ。
ビシッと制服を着こなしていてかっこいい。
「よろしくお願いします!」
「ところで、職業体験でここに来ようと思ったのはなぜかな。」
突然そんな質問をされて、少し背筋が伸びる。
何かいい答えをしたほうがいいのだろうか。
「君は?」
と、鎌倉さんは最初に私に質問を振ってきた。どうしよう、と思ったが正直に言えばいいかと思って口を開く。
「面白そうだと思ったからです。」
「おお、なるほど。確かにスーパーとかじゃ将来アルバイトしたらできちゃうもんね。そういう面では面白い経験ができると思うよ。」
警察の人から自分の意見が納得してもらえてほっとした。そんなに怖い質問だったわけではないが、警察官を目の前にすると物怖じしてしまう。でも思ったより普通の人なのかもな、とこの時点で思った。
「君は?」
と、一人の男子が同じ質問を受けていた。
「警察官になりたいからです。」
それを聞いて驚いた。そんなにしっかりとした答えを持っているなんて偉いな、と思う。
「おお、それはいいね。将来結果的にどうするかは君次第だけど、いい経験にはなるだろうね。君は?」
もう一人の男子が問われる。
「なんとなくです。」
そんな回答かと拍子抜けしてしまう。でも鎌倉さんは、
「そうか。そういうのが始まりでもいいんだよ。経験は無駄にならないだろうからね。」
としみじみ言った。それぞれ全然違う理由で集まった三人。ここで二日間お世話になる。どんな経験ができるだろうか。
「じゃあまず、君たちの荷物を置いたりご飯を食べたり、休憩したりするところに案内する。他の学校の生徒もいるから喧嘩したりするんじゃないよ。」
そう言って案内されたのは和室だった。すでに緊張した面持ちの、違う制服を着た男子が三人座っていた。女子がいることを一瞬でも期待したが案の定そんなことはなかった。2校の生徒が同じ期間に一緒に職業体験をするようだ。
「それでは、まずはここで警察に関するビデオを見てもらう。」
鎌倉さんはビデオを準備し、外に出て行ってしまった。始まったビデオを淡々と見る。なんとなく正座を崩せない。一時間くらいずっと正座でビデオを見ているものだから、しびれを通り越してもはや感覚がなかった。ビデオの内容は、警察官のなり方ややりがいなどをまとめたもの。少し退屈に思いつつ足の窮屈感と戦った。
ビデオが終わる少し前になると鎌倉さんが帰ってきた。そしてビデオが終わる。
「どうだった?何か質問はある?」
そう問われたので必死に質問を考えるが、今頭を占めているのはもっぱら足のこと。ビデオのことを思い出そうと頭をフル回転させる。
「ああ、みんな正座してたんだ。崩してもらって構わないよ。」
鎌倉さんの一声で解放された。ふう。そうだ、質問。何を聞こうか。そう考えていると、メンバーの一人が話し始めた。
「鎌倉さんはなんで警察官になったんですか。」
「俺か。俺は父親が警察官だったからなろうと思ったんだよ。昔から見ていてかっこいいと思ってたし、なんとなくこの仕事をするんだろうなっていう気持ちがあったから、警察官になった。あんまり立派な理由じゃないかもしれないが。」
父親が警察官だなんてすごいなあ、と思いつつ質問するタイミングをうかがう。一つ聞いてみたいことがあった。
「はい。鎌倉さんが思う警察のやりがいって何ですか?」
やりがいなんてありがちな質問かもしれないが、ちょっと気になったので聞いてみた。ビデオの中では誰かを守れたり悪をとらえたりすることにやりがいを感じるとか、地域に貢献できることにやりがいを感じるとか、色々なことを言っていた。
「やりがいか。仕事として警察をやっていて、あんまり何かに貢献しようみたいな気持ちはないんだけどね、そうだな。地域の人なんかにありがとうって言われたときはやっぱりうれしいよ。やっててよかったとは思うかな。」
ありがとうと言われたとき。ただそれだけかとちょっとだけ思ってしまったけど、案外素敵な答えかもしれない。それを聞いて、これからはいっぱいありがとうって言おうと誓った。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。他に質問はあるかな?」
その後、仕事のある日は一日どう過ごしてますかとか、休日はどのくらいありますかとか、銃を使ったことはありますかとか、いろんな質問に答えてくれた。
「こんなところかな。いったん休憩にしよう。お昼を食べたら構内を案内する。しっかり食べておくように。それじゃあ、一時にまた来るからそれまでに済ましておいてくれ。」
そうして一日目の午前が終了した。
「昼はちゃんと食べたかな?それでは警察署の中を案内する。」
お昼休憩を終え、鎌倉さんが私たちを中へと連れて行ってくれた。
「ここが交通部。主に交通事故を取り扱う。今日も交通事故があったとかなんとかで、忙しそうにしてたよ。で、こっちが警務部。よくドラマなんかで見る警察はこの部の奴らだろうな。それで、ここが生活安全部で、俺が属してるのもここ。少年犯罪とか、あとストーカーとか。そういう事件を扱っている。」
くるくると警察署内を回るが、新鮮でとっても楽しい。警察の人たちはこんなところで働いているのか。すれ違う人全員がかっこよく見える。
「それであっちに取調室がある。そしてここは留置場。危ないからここから先には行かせられない。」
留置場。聞いたことはあるしテレビでなんとなく知ってるけど、目の前にするとなんというか、びっくりするというか、本当にあるんだなぁという気持ちになってくる。
「こんなもんかな。なにか質問は?」
誰も手を上げずしんとする。
「ないか。じゃああとは、持ち物について説明しようか。いったん和室に戻ろう。」
そうして和室まで戻り、さっき座っていたところに正座する。ずっと正座はきついかと思って足を崩した。
「じゃあ説明する。これが警察手帳。よくドラマとかでこんな風に見せているところを見るんじゃないかな。よく見てみな。」
といって近くで見せてくれた。
「何年も使っているから綺麗とは言えないけど。」
そんな綺麗とは言えない警察手帳がかっこよかった。綺麗すぎるものよりも何倍も説得力がある。
「そしてこれは手錠だね。カチャって一気に手錠をかけるイメージがあるかもしれないけど、こんな風に意外とゆっくり丁寧にかける。誰かかけられるか?はっはっは。捕まったことになってしまうからね。やらないけれど。あとこれ警棒ね。被疑者を捕まえるときに暴れられたりしたら使う。あと、これが拳銃。触らせることはできない。あまり使うことはないけれど、いざとなったら発砲する。」
拳銃……!本物を目にするのは初めてだ。これが撃たれることがあるってことか。警察ってすごい。
「まあ、そんなものかな。今日はパトカーに乗ってもらって終わりになる。じゃあ、駐車場に行こう。」
そうして駐車場に向かうと、たくさんのパトカーが止まっていた。こんなに近くで見たことはないから新鮮だ。
「じゃあ、君から助手席に乗ってもらう。こっちから入って。」
そう言われて、仲間の一人がパトカーに入っていく。ドアが閉まるとエンジンがかかり、パトカーの上にあるサイレンが上昇する。そしてウ~と音が鳴り、赤く光りだす。近くで見るとなんだか迫力があってかっこいい!
駐車場を一周回って戻ってくる。サイレンが止まり、エンジンが止まる。
バタン、と音を立ててパトカーから鎌倉さんと同級生が出てきた。
「次、君。」
そう言われたのは私だった。
「はい!」
鎌倉さんは、私をパトカーの助手席に乗せてくれた。
「後ろは犯罪者が乗るところだからね。間違えて乗っちゃいけないよ。」
少しばかり緊張している私は乾いた笑いしか出せなかったが、内心はそんな話がどうでもいいくらいとてもワクワクしていた。
「これがサイレンあげるやつ。で、これがサイレン鳴らすやつね。普通の車と違うのはそんなものかな。あと、運転速度を取り締まるために、車の速度を測るものもついてるよ。」
ほえぇ。そもそも家の車ですらこんなにじっくりと見たことはない。でも確かに、見たことの無いものが付いていた。
「じゃあ走ってみようか。」
パトカーが走り出す。いつも見る側のパトカーに乗っているのだ。
「基本パトカーには2人警察官が乗ってる。で、後部座席と運転席にはちょっとした仕切りがある。」
おおー。この後ろに犯罪を犯した人が乗るんだ。なんだか怖いな。鎌倉さんは怖くないんだろうけど。やっぱり、警察官ってすごい。
「よし到着。今日はパトカーに乗ってもらったけど、これからこの後ろに乗ることはないようにしてくれ。あはは。じゃあ、次の人に交代しよう。」
あっという間に駐車場を一周し、パトカーから降りる。すごい経験をした気がする。もう乗ることはないだろうな、というか乗らないようにしないと。
他の人たちが乗ったパトカーをボーッと眺める。
すごいなぁと思うことしかできなかったけど、その経験は大切なものだったと思う。
「これで全員終わりだな。それじゃ、今日はこれで終わりにする。一日ご苦労。忘れ物をしないように。それじゃ、今日はありがとう。」
「ありがとうございました!」
そうして、一日目の職業体験は幕を閉じた。
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