8 音楽からの着想 ~オルタナティブからデスメタルまで~

 音楽から作品の着想を得ることは意外に多い。

 と書き出しておきながら、自分が音楽を聴く機会はさほど多くない。退勤中に車内で音楽を流すことが週に一度くらいあること(出勤中はその日の仕事について思案を巡らせているので音楽は流さない)、帰宅後に皿洗いをしながら音楽を聴くことが二日に一回くらいあること。そのくらいだ。

 とは言え、音楽は偉大である。それだけしか聴いていなくとも、ちゃんとイマジネーションをもたらしてくれる。

 音楽が発想の源となった自分の小説は、全部で三つある。

 一つは「パレット荘の面々」である。

 これについて話をするためには、「ドラマの挿入歌ごっこ」について語らねばなるまい。

「今聴いている曲が、自分が脚本を書くドラマの挿入歌だったら」と想像する遊びだ。

 そのドラマはおおよそこんなストーリーで、そしてこんな展開があって、こんなふうになったところでこの曲が流れるんだあ!……とかなんとか、一人で考えるわけである。

 ある日、車を運転しながら平成半ばに流行したJ-POPのオムニバスを聞いていた。

 アップテンポの曲(たしかキンモクセイの「二人のアカボシ」だったと思う)に差し掛かったところで「アパートの個性豊かな面々に管理人が振り回される」という筋書きが浮かんだ。曲のリズムに合わせ、屈強なお兄さん、双子の外国人といった面々(最終的にキャラクターは大幅に変更され、彼らが小説に登場することはなかったのだが)が登場し、気弱そうな管理人が頭を抱えている――そんなイメージ。

 すでに似たような内容の作品は世にたくさんあったし、この時点ではこれを掘り下げようと思っていなかった。

 しかし、その次の曲が小気味いいロックだった(これははっきり覚えている、アジカンの「君という花」だ)。これが、先ほどのイメージとおかしな形で結びつき、新しい場面を引っ張り出した。

 骨太のギターリフ。それを背景にして、アパートの住人たちが一列に並んでいる。全員が険しい顔つきをしている。

――怒っているな。

そう思った。それから、管理人がその列にいないことに気が付いた。

――管理人に何かあったんだ。

 いつもは、管理人を振り回し困らせていた個性的すぎる面々。しかし、管理人のピンチに、全員が立ち上がる。

 自分で作ったイメージなのにやたらとテンションが上がってしまい、本格的に小説化すべくプロットを詰め始めたのである。


 二つ目は「集結」だろう。この物語についてはまた別の章でも書くつもりだが、自分としては愛着の深い作品である(そして愛着の深い作品ほど読まれない、という現象はここでももれなく発生している)。

「パレット荘の面々」にとって、音楽は発想の根幹であった。しかしこの「集結」にとっては少し意味合いが異なる。

 映画「マトリックス」を撮ったウォシャウスキー兄弟(今は姉妹だ)は、脚本執筆中だか映画撮影中だかにずっとRage Against the machineの“Wake Up”を聴き続けていたという。

「集結」にとって、音楽はそういうものだ。つまり、作品の芯を通すために音楽が必要だったのだ。

 あの作品を執筆している間、自分はA Perfect Circleの“Orestes”を繰り返し聴いていた。作品のムードやテーマをブレさせないために、それはとても有効だったと思う。

 暗くて憂いを含んだサウンド。ある一点から、急激な盛り上がりを見せるボーカル。

 そんな楽曲を聴きながら、次に書く場面を夢想する。

 作品がたどり得る無限の可能性を一つ一つ吟味しながら、書きたい物語の姿から逸脱しないように調整していくのである。そして、そのときのペースメーカーとして、音楽は非常に役立つのだ。

「集結」の中で、あるキョーレツな(敵にも味方にもなり得る)要注意人物が、人を救う行動をとる場面がある。それなりのカタルシスを生み出せた場面だと思っているし、自分でも気に入っているところだ。

 音楽がなければ、あのシーンは書かれなかったかもしれない。それほどまでに音楽は執筆に影響を与えている。


 最後は「甲冑、肖像画、鹿の首」だ。

 これまでの二つと違い、この物語はそもそも音楽自体を題材として扱っている。

 別荘として使っている洋館に、仲間と集ってバンド活動に明け暮れる主人公。彼らが演奏するのはデスメタルだ。

 自分は高校時代からデスメタルが好きである。特に、メロデス(メロディックデスメタル)を愛している。

 ボーカルはほとんどクリーントーン(普通の歌声)で歌わずに、シャウトばかりしている。それなのに、泣きのギターやシンフォニックなサウンドが感情をかき立てる。

 この作品を書いているときに念頭に置いたのは、Mors Principium Estのアルバム“The Unborn”だ。今聴いても色あせない、究極のメロデスだと思っている。

「集結」と同様、この「甲冑、肖像画、鹿の首」もそれほど読まれている作品ではない。しかし、手前味噌ではあるが、物語終盤に超展開が待ち受けており作品そのものがデスメタリックな出来栄えになっている(意味不明)。

 作品中に登場するギターのエフェクターの話などは、自分が実際にギターの音作りをする中で発見したことなどを取り入れた。

 昔取った杵柄とか、広く浅くとか言うが、いろいろな趣味に手広く手を出しておいてよかったと思う今日この頃である。


 ちなみに、自分は高校時代にバンド活動をやっていた。

 これまでそれっぽく語っていたものの、ギターは他人様にお披露目できるほどの腕前ではない。だから、ギターはほぼリードギター担当の仲間に託して自分はボリュームを下げ、甲高い声のコーラスとヘッドバンキングばかりやっているという、よく分からない立ち位置だった。

 それで今の奥さんを射止めたのだから、人生分からないものである。

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他人が小説を書く話ほどおもしろいものはない。 葉島航 @hajima

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