第2章 ストーカーズ・ストーカー

第10話 風は滞りなく

「いやぁ、助かったよ。ありがとう」

「いえいえ、解決できてよかったです」

「何か困りごとがあったらいつでも来てくださいね」


 相談者がまた一人、明るい顔になって部室の扉に手をかける。

 その対応をしたのは我らが日議研の新たなる風、後輩の宮城くんと七扇さんだった。

 彼らは手を軽く振りながら相談者を見送った。


 月日は巡り、六月の梅雨時。

 灰色の空に負けじとピンクや紫、水色といった鮮やかな紫陽花が咲き誇る雨の多い今日この頃。

 宮城くんと七扇さんは相談解決係として順調に成長していた。


 五月に三件、今回で実に四件目の相談解決である。

 キーホルダーの件が厄介過ぎただけで後から来た依頼はそこまで難しいこともなく。

 神木がたまにアドバイスしたり、不定期的に部室に来る水坂もその時は手伝ったりして後輩二人は次々と相談事を解決していた。

 ……俺?

 お茶くらいは出したよ。あと雑談。


 未来視も後輩二人の相談結果が視えるだけでごくごく平和だったし、別に俺が動くようなこともなかった。

 平穏が続いているのだ。それを享受しない理由はない。


 しかしだらけている姿を見せ続けたせいなのか、後輩達から向けられる目線が徐々に冷たくなってきているような気もするのだが……まぁ気にしたら負けだろう。俺は変わらず床に寝る。


 いつものうつ伏せの格好で後輩達を横目で眺める。

 彼らは今日も大学ノートを取り出し、相談事を事細かに記録している。


 それは相談係になってから彼らが自主的に用意したノートだった。

 宮城くんの「活動記録とか残していないんですか?」という質問から始まり、七扇さんの「記録を残しましょう」という提案から相談事を受ける度に書くことになった、いわゆる部活の活動記録だ。


 後輩達は何だかんだ相談事解決を楽しんでいるのか、毎回キッチリと記録を残していた。


「面倒くさくない? それ」と聞いてみる。

「視山先輩は面倒臭がり過ぎですよ」

「たまには手伝ってください」


 と、宮城くんと七扇さんが答える。 


 彼らの言葉には沈黙を返し、俺は目を閉じる。

 約一ヶ月間、彼ら後輩二人と過ごしてわかった事がいくつかある。

 宮城陸と七扇はるか。この二人は、日議研にはあまりにも不釣り合いな程に大真面目なのだ。


 記録ノートに指を差し、間違いを指摘する男、宮城陸。

 清涼高校一年三組。身長百六十九センチ。

 稀に身長が百七十センチに届いていないことを弄られるがそのガタイはガッチリとしている。恐らくスポーツ経験があるのだろう。

 そして真面目そうな見た目にそぐわぬ真面目っぷりはそのままに、礼儀正しく振る舞う。

 だらける時はだらけるが、その時やる事といえば課題、予習、復習、テスト勉強。

 相談事の際も背筋をピシッと伸ばして相談者の話を真摯に聞いて対応する。

 まったくもってお手本のような優等生と言って差し支えないだろう。

 そんな彼が日議研への入部を決断をした訳ありの理由は、果たしてなんなのだろうか。


 宮城くんの隣に座り、記録ノートに文字を書き込む彼女は七扇はるか。

 清涼高校一年三組。身長百四十七センチ。

 上品な雰囲気を醸し出している彼女の第一印象は、いいとこのお嬢様。そんな風に見えた。

 実際中身も礼儀正しく上品だ。

 笑うときはクスクスと口を抑えるし、水坂から貰ったお菓子を食べる時でさえ上品に手を添える。

 日議研にやってくる相談事に対して積極的に動き、相談者に対して一緒に心を痛め、慰めの言葉や励ましの言葉をよく送っている。

 文句の付けようがないほどにいい子だ。これが一個年下の子とは思えない。

 元より相談事を受けるのが楽しそう、日常の不思議を探すのが楽しそうという理由で入部した彼女だが、その真意は……はてさて。


 もう一度、俺はチラリと後輩達を見た。

 タイミングを見計らって静かに立ち上がり、お茶を入れて机の上に置いておく。

 熱心に記録ノートと向き合っていたというのに、二人はすぐに俺に気が付いて笑顔で「ありがとうございます」と言った。


 超不真面目な部活に入ってきた真面目な新人生徒二人。

 理由はともあれ、この二人は今もなお日議研で活動を行っている。

 サボリ部をサボる馬鹿と、小説を読んでばかりの馬鹿と、床で寝ているばかりの馬鹿を先輩に持ちながら、一度として不貞腐れることもない。


 それを出来過ぎている、と思ってしまうのは、俺だけなのだろうか。

 なにかが、仕組まれているような気がしてならないのは、俺だけなのだろうか。


 この二人が日議研に来たことが、俺には偶然のようには思えなかった。


 ◇


 一週経ってまた別の日。

 最近は未来視を視ることもなく、健全な生活習慣を送れていたため、俺は部室で宮城くんに勉強を教えていた。

 後ろのソファーでは神木と七扇さんが「優れた人間とはなにか」をテーマによくわからない哲学的な議論を続けている。

 その会話をラジオ代わりに小耳に挟みながら、俺は宮城くんのノートを見た。


「あ、そこ計算式間違ってるよ」

「え? あぁ、ホントですね、ありがとうございます」

「まぁ、間違えやすいからね。テストでよく引っ掛けでてくるよ」


 俺の指摘に宮城は「へぇ~」と頷く。


「……と言うか、前から思ってたんですけど」

「うん?」

「視山先輩って、意外と頭いいですよね」


 顔を上げてそう言った宮城くんに「意外は余計だろ」と俺は椅子にもたれ掛かった。


「部室でも寝てばかりだったので、成績悪いのかと思ってました。授業中でも寝てそうで」

「授業中でも寝てるのは事実だけど」

「えっ」

「その分復習してるから平均並みは保ってるよ」


「えぇ……」と困惑した様子を見せる宮城くん。

 本当は未来視でカンニングのズルを結構しているのだけれど、それは口にはしなかった。

 実際、未来視の副作用があるから未来視をしていても復習はしないと点数は悪くなるし、今みたいに未来視でカンニングできない時はキチンと復習をしている。

 口から出した言葉は、一応真実ではあるのだ。一応ね。


 その後も十分ほど宮城くんの勉強を見続けた。

 俺は席を立ち、「少し休憩しようか」と給茶機に向かう。

 宮城くんが「はい」と頷いた、その時だった。


 バァン! と、けたたましい音を立てて部室の扉が突如として開かれた。

 その音に驚いて俺も神木も後輩二人も目を丸くして、部室の扉を開けた、子供みたいなツインテールをした女の子を見た。


「はるかー! 助けてー!」


 小柄な女の子はそう口にしながら、七扇さんの胸に飛び込む。

 七扇さんは「わっ」と声を上げて、その子を受け止めた。


「どうしたの、ミキ」


 急襲した来客は彼女の知り合いなのだろうか。

 七扇さんは女の子の名前を呼んで声を掛ける。

 そして呆れた様子を見せながらも、優しく胸に顔を埋める女の子の頭を撫でていた。


「ストーカーに追われてるの! 助けて!」


 小柄な女の子の大声に、日議研一同が目を見開く。

 しばらくの沈黙の後、俺は皆が思ったであろう言葉をゆっくりと口にした。


「警察案件だろ、それは」

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