第11話 花を追うモノ

 ひとまず女の子を落ち着かせ、向かいの席に座らせてお茶を入れてやる。

 席には宮城くんと七扇さんが座り、後ろのソファーに俺は撤退した。

 まぁ、いつもの相談時の構成だ。


 小柄な女の子は「ありがとうございます!」と耳にキンキン響く声でお礼を口にした後、チピチピと小さい口でお茶を飲み、そして勝手に自己紹介を始めた。


「徒花香美紀っていいます! はるかとリッキーと同じクラスで、友達です!」


 子供みたいなツインテールをしている女の子は、名前を徒花香美紀と言うらしかった。

「すげぇ苗字してるな」と俺が呟くと「よく言われます!」と元気な声が返ってきた。

 元気過ぎて耳を塞ぎたくなるほどの声量で、眉には皺が寄った。


「そういうあなたは名前が変わっている視山刻人先輩ですね!?」


 そして徒花香さんは唐突に立ち上がり、俺に詰め寄る。

 顔が近い。距離感どうなってんだこの子は。


「そうだけど……なんで知ってるんだ?」

「はるかがよく言ってました! 美味しいお茶を出してはくれるけどそれ以外はダメダメで相談事は全然手伝ってくれない上に床で寝てばかりいるのが視山先輩だと!」


 俺は七扇さんにジットリとした気を乗せて目を向ける。

 すると何もしらない、といった風に七扇さんに目を逸らされる。オイコラ。


「……まぁ、うん。合ってるよ、うん」


 しかし酷い言われようではあるが、彼女の言葉はなにも間違っていないので俺は素直に肯定する。

 仕方ない。傍から見たら俺はただの怠け者なのだ。本当に仕方ない。


 七扇さんは流石に俺に対し陰口のようなことをしていたのが申し訳なくなったのか「ごめんなさい、ごめんなさい」とペコペコと頭を下げはじめた。

 俺は「気にしないで。怒ってないよ。事実だし」とフォローをしておいたが、隣からの宮城くんの視線が痛かった。


「そしてあなたは神木涼太先輩ですね!」


 今度は神木にズイ、と迫る徒花香さん。

 この距離感のバグりようは誰に対しても同じなのだろうか。

 どうやったらこう育つのかが不思議で仕方ない。

 神木を見ると鬱陶しそうに「声量落とせよ」と言って眉をひそめていた。


「頭脳明晰、容姿端麗! 今話題の日議研を作り上げた天才変人神木涼太先輩! 神木先輩の名前はどこからでも聞きますね! 会えて光栄です!」


 ハキハキと喋り、神木に向かって指を差す徒花香さんに対し、神木は「うるせぇ」と一蹴。

 宮城くんは「相変わらず一言多い……」と頭を抱えていた。


 早くも疲弊してきた俺達をつゆ知らず、徒花香さんはキョロキョロと部室を見渡して首をかしげる。


「後一人先輩がいると聴いていたのですが、今日はどうしたんですか!」


「水坂なら結構な頻度でサボってるよ」と俺は答える。


「サボり部をですか!」

「そう、サボリ部を」

「すごいですね!」


 すぐに興味を失ったのか徒花香さんはストンと席に戻る。

 ほんとうになんなんだろうか、この子は。

 睡眠不足が後を引いていたら相手したくないとさえ思ってしまいそうだ。


 そんな事を考えながら腕を組むと、七扇さんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すいません先輩。この子、いい子ではあるんです。いい子ではあるんですけど声が大きくて不躾で配慮がないだけなんです」

「七扇さん、それフォローになってないだろ」

「いい子と言っていいかも怪しい」


 俺達の言葉に七扇さんは再び「すいません」と言って大きなため息をつくと、「コホン」とわざとらしく咳をしてから改めて徒花香さんに向き合った。


「それでミキ。今日はどうしたの」

「うん! 日議研って、相談事をなんでも解決してくれるんだよね!」

「うん。今のところ解決率百パーセントだよ」

「困っていることがあっから相談に来た!」

「で、それが……」

「ストーカーに、追われてるの!」


 やっぱり警察案件だろ、と俺は思った。


 話はこうだ。

 最近になって徒花香さんは帰り道で視線を感じ始めた。

 最初は気のせいだと思っていたのだが、その視線を徐々に強く感じるようになっていった。

 そしてつい昨日、ふと振り返った先に黒い影が走るのを見た。

 時刻は夕方、狭い道という事もあり流石に恐怖を感じた徒花香さんは警察に連絡。

 しかし警察は不審者を見かけた情報はないと通報を一蹴し、「巡回を強化します」とテンプレートのような対応をして帰っていった。

 徒花香さんはそんな警察は頼りにならないと直感し、俺達の元へとやってきた……という訳だった。


「まぁ? 超絶プリチーなあたしですから!? ストーカーに狙われるのは仕方ないんですけど、警察が対応してくれないんじゃ流石に怖いんです!」

「先輩こいつぶっ殺していいですか」

「弁護はしてやらねぇぞ」

「自分からお縄に入ろうとしてどうする」


 宮城くんはため息をついてから「勘違いだったりしないだろうな?」と首を捻った。


「酷いなー、リッキー。あたし人影見たもん」

「猫かなんかと見間違えたとかじゃないのか? お前そういうトコあるだろ」

「そんなことないもん!」


 そう言ってペシペシと宮城くんを叩き始めた徒花香さん。

 困った様子の後輩二人に神木は頭を抱えつつ、彼らの間に入った。


「まぁひとまず、何日か護衛してやれば気が済むだろう」


 それに宮城くんと七扇さんは「あぁ、確かに」と頷いていた。


「気が済む!? 神木先輩まで酷い!?」

「ごめんねミキ。正直私もストーカーのこと、見間違いじゃないかって疑ってるの。だってこの辺りって全然不審者でないじゃない」

「そうだけど……グヌヌ……」


 歯を鳴らす徒花香さんに神木は「それで?」と仕切り直す。


「帰り道……その影を見たのはどこなんだ?」

「あそこです。三丁目の裏道、夕焼け通り」

「夕焼け通り……?」


 神木がその単語を聞いた瞬間、一瞬だけだが眉間に皺を寄せたのを俺は見逃さなかった。

 何かあるな、と俺は直感した。


「よし、じゃあしばらくは徒花香の護衛だ。さっさといくぞ」

「わかりました」

「はい」

「……」


 こうして俺達はしばらく徒花香さんと帰りを共にすることになり、早速夕焼け通りへと向かった。

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