第8話 神木涼太の独白
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宮城と七扇、そして水坂と刻人を見送った後、俺は部室で一人、今日の相談事について手帳を眺めながら考えをまとめていた。
今回ばかりは……いや、今回もおかしなことばかりだった。
今回の相談事は、俺は解決にもっと時間がかかると踏んでいた。
そう簡単に目当てのものは見つからないと。
何故ならあのキーホルダーは、常に人の手から人の手へと転々としていたからだ。
「一日以内に誰かに渡さないと呪われる」という噂によって。
俺はそのきな臭い噂を実は三週間前、つまり相談者が日議研に来る前から情報を掴んでいた。
事前にその噂を聞いていたこともあり、二週間前に相談者が来たのは十中八九キーホルダーの件だろうと推測し、俺は話も聞かずに断った。
彼女らが部室に来た時点では探すのにかなり苦労すると思ったからだ。
新入部員も欲しかったし。
しかし流石にそれから何もしなかった訳ではない。
新入部員を募集する間にキーホルダーの噂を否定する噂を校内に流し、噂を上書きして事態を収束させて、簡単に見つけられるようにしようとしたのだが……妙なことに今回は上手くいかなかった。
別に俺が自分を過信しているという訳ではない。
噂なんてものは簡単に変化し、変えられるものだ。
実態のない噂に少し現実味を帯びた情報を加えれば、すぐに瓦解する。
はずだった。
だと言うのに今回上手くいかなかったのは、俺が情報を加えて変化させた噂を信じてキーホルダーを一日以上持っていた人間が、本当に怪我をしてしまったからだ。
それは呪いでもなんでもなく、ただの偶然の怪我だったが、それ以降噂はより確実なものになってしまった。
それからというもの、キーホルダーが人の手から人の手へと移るスピードは加速し、情報は錯乱した。
先週の時点で、俺の元に入る情報はかなり曖昧になっていたのだ。
昨日の午後に目撃情報が入らなかったのは、そのせいでもある。
美術室を中心にまた一から調査しなければならないと思っていた。
だから今回は後輩達と刻人、水坂も呼んだのだが……刻人のアドバイスによって相談事はかなりあっさりと解決してしまった。
簡単に、それはもうあっさりと。
それは本来、おかしいんだ。
手帳を閉じ、椅子に全体重を載せて部室の天井を眺める。
ふぅ、と息を吐き、右目を閉じる。
机の上に置いていた腕の力を抜いてだらんと脱力させる。
考えを集中させる。
そう、刻人。
アイツだ。
俺は人の思考がある程度読めるが、それにしたってアイツは読めないことが多過ぎる。
なんだ? あのアドバイスは。
まるで俺を誘導しているかのようだった。
『それなら、最後にキーホルダー持ってた奴に話を聞けば早いよな』
俺はアイツに対して、「目撃情報は美術室が最後」としか言っていない。
「俺が最後にキーホルダーを持っていた奴を知っている」という事を知っていなければあの言葉はでてこないのだ。
それに今回だけじゃない。
アイツは、冬から相談事の度に確信めいた言葉を発する。
多分、相談事の多くは俺一人で解決できる。
だが、毎回解決をかなり早くできているのはアイツの言葉のおかげだ。
それにアイツはたまに、何かを視ている。視えている。
幽霊か、幻覚か、それとも別の何かなのか。
俺には読めないが、確かになにかを視ている。
「視山刻人。お前には……何が視えているんだ?」
誰にも届かない呟きは、虚しく天井へと吸い込まれて消えていった。
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