第6話 連休はどこに

 ゴールデンウイークとは、黄金の週である。

 それは直訳。

 正しくは、四月終わりから五月の始まりにかけて毎年訪れる連休日のことである。

 一体誰が『黄金の週』なんて言い方をしたのかは知る由もないが、今やその単語は世間に当たり前のように馴染んでいる。


 そう、世間は休日だった。

 ある友人は旅行に行き、ある友人はまた別の友人を連れてテーマーパークに遊びに行った。

 ある家族はキャンプに行き、ある家族は身体を休める。


 そんな「休んで当たり前」な一週間。

 それがゴールデンウイークである。

 普通ならば。

 普通ならば、ね。


 私立清涼高校旧校舎部室棟一階東最奥にある部室。

 部活を推進する有数の高校である我が校は、ゴールデンウイークであろうと部室を解放しており、活動を推奨している。

 そのせいで、俺は今この空間にいる。

 ゴールデンウイークだと言うのに呼び出され、たどり着いたその部室。


 一室に居るのは、神木、水坂、宮城くん、七扇さん、そして俺。

 そして、机を挟んで反対側にはいつか見た女の子が二人。

 紙コップのお茶を全て飲み切ると、神木は「さて」と言って立ち上がった。


「相談事解決の時間だ」


 話は数時間前に遡る。


 ゴールデンウイーク初日と言う事もあり、惰眠を貪っていた俺の元に突如として電話がかかってきた。

 無理矢理起こされたストレスに目を閉じたままスマホを耳に当てると、神木の声が聞こえた。

 電話がかかってきた時点で嫌な予感はしていたが、それは見事に的中してしまった。


「はい? もしもし?」

「刻人。この前来てた相談事を解決するぞ」

「え? 今日? 今から?」

「そうだ」

「なんで?」

「早いほうがいいだろ」

「……一年ズに任せろよ」

「お前だけサボるなんてズルいだろうが。たまには手伝え。来なかったらクラスに有らぬ噂を流してやる」

「ふざけんなよ、ボケが」


 こうして俺は重い頭を抱えて部室に向かうこととなった。

 別に神木一人でも解決できるんだからいいだろ、と思わずにはいられなかった。


 因みにだが神木は我が校ではかなりの有名人である。

 詳細は省くが奴が噂を流せば、いや、噂でなくても何かしらの情報を流すだけで有らぬ噂が立つ程だ。

 悲しいことに逆らえる立場ではなかった。


 部室に付いてしばらく床で寝ていると、ガラッと音がして女の子二人がやって来た。

 見覚えがあるその女子二人は、この前の相談者だった。

 おおよそ二週間は経っているが、どうやら彼女らの相談事は解決していないらしい。

 俺は床から立ち上がり、給茶機に向かった。


「ほんとに新入生来たんだね」と、付き添いの子が言う。


 神木は適当に頷き、「勧誘したからね」と返した。


「まずは始めにだが、この前はすまなかったな」

「ホントよ。二週間よ、二週間。二週間も放置されたのよ」


 付き添いの子が口を尖らせて神木を咎める。

 それに後輩ズがすかさず反応した。


「えっ、神木先輩二週間放置してたんですか」

「部長さん、それはよろしくないのでは……」


 おっと、早速ピンチだな神木。

 ここからどうする? と朝無理矢理起こされた恨みを込めつつ神木を見てみるが、奴は悠然と答えた。


「こっちも色々準備が必要だったんだ。許してくれとは言わないが、勘弁してくれ」


 無理があるだろその言い訳は、と思っていたのだが、反して後輩ズは納得した様子だった。

 付き添いの子も少し表情を緩めている。

 マジかよ。


「嘘は……言ってないようですね」

「それなら、まぁ」

「ふん」


 タイミングを見計らい、俺は二人と神木と後輩ズの前に茶を置いて部室の奥に逃げる。

 やはり神木には敵いそうにない。今回は引っ込ませてもらおう。


 そして神木は紙コップのお茶を全て飲み切ると、「相談事解決の時間だ」と言い、本格的に女子二人との話を始めた。


 普段から部活をサボっている俺と水坂はどうせ蚊帳の外なので、暇になる。

 俺は神木がさっきまで読んでいた小説を手に取った。

 水坂は一応、彼女らの話を聞くようだ。


 彼女らの話が終わり、神木が手帳に必要事項を書き上げたのか顔を上げる。

 なるほどな、と神木は頷く。

 小説片手に聞き耳を立てていた俺でも全容を把握できた。

 彼女らの話を要約するとこうだ。


 新学期早々に彼女は大切なキーホルダーをクラスメイトの”イタズラ”で失くしてしまったらしい。

 簡単に言えば、それを探して欲しいそうだ。

 そしてこの相談事の厄介なところは、その過程だ。

 まず、クラスメイトの女子の手に渡り、その後にクラスの男子、サッカー部、音楽室の掃除係と次々とその行方が転がっており、キーホルダーがどこにあるのか未だにわからないと言う。

 この手の相談は少なくないが、それにしても質が悪いな、と思った。


「その、すいません。二週間も経っていては、もうそのキーホルダーは既に捨てられてしまっているのでは……」


 静かに聞いていた七扇さんが当然の疑問を口にする。

 それに対し神木は「それについては昨日、目撃情報を確認している」と人差し指を立てた。


「もふもふした熊のぬいぐるみのキーホルダー、だろ?」

「ど、どうしてそれを……」

「言っただろう。色々準備が必要だったって」


 その場にいた神木と俺以外の全員が目を見開く。

 しかし神木はそれが当たり前、といった態度で、平然と話を続けた。


「昨日の目撃情報は、美術室。まさか俺も二週間も人の手に渡り続けていたとは思わなかったな。まぁ、多分……もう既に人の物だとは認識されていないんだろうが」

「まさか、調べてたの? アンタ」

「調べてた、と言うより、俺の元に情報が来るように仕向けた」

「……なにそれ」


 付き添いの子は信じられない、といった様子で眉間に皺を寄せる。

 後輩ズは「神木先輩すげぇ」「流石部長ですね」などと手のひらを返していた。


 しかしまぁ、相変わらずとんでもない奴だな。コイツは。

 人にできない事を平然とやってのける。なんでも一人でできてしまう。

 別に手伝わなくても神木一人で解決できてしまう。

 だから俺も水坂も、基本的に相談事を手伝わないのだ。


「ともかく、最後の目撃情報は美術室だ。まずはそこを中心に探していく」

「わかりました」

「そうですね」

「キミ達も一緒に来てくれるか。そこで見つかればすぐに渡せる」

「わかり、ました」

「わかったわ」


 神木の言葉によって、次々と立ち上がる面々。

 その光景に圧巻していると、奴はクルリとこちらに振り向いた。


「お前らも手伝えよ?」

「……」

「……チッ」


 俺と水坂は渋々立ち上がり、神木達の後に続いた。

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