第5話 新たなる風その二
四月末、今日が入部届を提出する最終日。三十日。
すっかり部室に馴染み、寝っ転がりながらも課題をこなしている彼、宮城くんはこの度めでたく日議研に入部した。
後の生贄一号である。
「この部活の事、何か言われませんでしたか?」
宮城くんにお菓子を差し出しながら水坂は訪ねる。
彼は嬉しそうに頭を下げて、チョコスティックを咥えた。
「あそこ入ったの? とか、趣味悪いって言われましたね」
「まぁ、そうなりますか」
「でも居心地いいから、部活サボる時は来なよって言っちゃいました」
「うんうん。日議研に染まってきましたね。その調子です」
「客人の対応はお前がやれよー」
ポリポリと菓子を食べながら喋る水坂。
面倒くさそうに反応する神木。
課題をしながら水坂の相手をする宮城くん。
しかしまぁ、と俺は部室を眺める。
宮城くんはまるで去年から日議研に居たかのように馴染んでいた。
それに寝っ転がりながらも課題をする、というのがいかにも彼らしい。
真面目で不真面目だ。
それらが合わさって不安定に見えるのは、多分俺だけだろう。
まぁそれに関しては、追々だ。
俺は部室の窓から覗く青々とした揺れる葉を眺める。
窓から差し込む涼しげな風が頬を撫でて、気持ちいいほどの快晴だった。
こういう時は無性にお茶が飲みたくなる。
給茶機に向かうために、「どっこいしょ」と口にして立ち上がる。
しかしその時、同時に部室のドアが叩かれた。
誰だ? と他のメンバーに目を向けるも、皆同様に目を合わせた。
またもや誰も知らない来客のようだった。
「どうぞ」
ドアに一番近かった俺は向こう側の人物に声を掛ける。
同時にドアが開かれ、清楚な雰囲気を持つ女の子が部室に入って来た。
「こんにちは」
「どうも」
俺は挨拶を返しつつ、とりあえず女の子に座るよう促して給茶機に向かった。
「あれ、リッキー? 部活ここだったんだ、てか何? その格好」
「げっ七扇……てかその呼び方やめろよ……」
肩までかかる長いロングヘアに、流れるような所作。
パッと見た時の印象は上品なお嬢様だ。
七扇と呼ばれた女の子は横になっていた宮城くんを見て可笑しそうに笑った。
宮城くんに耳打ちしてリッキーって何? と聞くと、名前が陸だからリッキーと呼ばれる事があるらしく、彼女はクラスメイトだと言う。
本人はそのあだ名を気に入ってはいないようだったが。
「知り合いなんだ? あ、私は水坂。よろしくお願いします」
「わたしは
清潔そうな雰囲気の通り、彼女は礼儀正しいのか水坂や神木には丁寧に挨拶をしていた。
「神木だ。そこの給茶機係は視山。それで、用事は?」
「入部希望です」
「あ、入部のほうか。え? 入部希望?」
淡々とした口調が一転。
「本当に言ってるのか?」と言いそうな勢いで神木は聞き返した。
俺も水坂も驚愕である。
「はい。入部希望です」
「マジかよ。二人も新入生が来るとは思ってなかった」
「神木先輩どんだけ志低いんですか……」
「正直俺も一人来れば御の字、と思っていた」
「えぇ……視山先輩まで……」
当然である。
こちらはその実、どれ……ていのいい人材を募集していたのだから。
「七扇さんは、どうしてこの部活に?」
「その、実は今日までに入部届けを出さないといけない、と言うのを今日知りまして……」
「だから朝ギャーギャー騒いでたのか……」
宮城くんが七扇さんを見て呆れている。
その様子と入部届の件に神木と水坂は笑っていた。
「それで?」
「それで、友達に協力してもらって部活のチラシとか貰ったりポスター見に行ったりして、色々見たのですけれど……。私、日常不思議研究部にビビっと来たんです! 日常に隠れた不思議を探したり、人の相談事に乗るのって楽しそうで!」
あ、そっちなんだ。
と俺と水坂と神木は顔を合わせた。
サボリじゃなくてそっち目当てなんだ、と。
まぁ、それはそれで丁度いい。
我々が求めていた人材だ。
是非入部して欲しい。
「しかし、よりにもよって選んだのがこの部活ですか。七扇さん、悪いことは言わないので今からでも考えなおした方がいいですよ」
「七扇、耳を貸すんじゃない。つか水坂、よりにもよってとはなんだ、よりにもよってとは」
「こんないい子、この部にはもったいないですよ」
「なんだとォ」
神木と協力して七扇さんを唆そうとしたのだが、バカ二人は言い争いを始めてしまった。
ため息をつきつつ、とりあえず俺と宮城くんで部活の説明をする。
「あのバカ共は放っておいてとりあえず説明するよ。基本的にはサボリ部なんだ。この部活」
「あ、そうなのですか」
「普段はけっこうのんびりしてますよね、先輩」
「そうだな。皆けっこう自由にしてる」
「俺は課題やったり、神木先輩……部長は小説読んだり、水坂先輩はお菓子食べながらスマホ弄ったり、視山先輩は……」
「俺は暇してる」
俺と宮城くんのやり取りに、七扇さんはフフッと笑う。
口に手を当て、抑えるように笑う仕草は上品だった。
本当にいいとこのお嬢様かなにかなのだろうか。
「それで日議研ってのは神木が設立したサボる為に作られた部活なんだけど……」
その後も俺は七扇さんに軽くこの部活の噂と普段の活動を説明した。
彼女はなんだか不思議そうな顔をして話を聞いていた。
「と、言うわけで相談事に乗るのはたまにだけなんだ、それでもいいか?」
「はい、もちろんです」
俺が説明を切り上げ確認を取ると、彼女は間髪入れずに返事をした。
そんなに入りたいのだろうか、この部活。
「先輩方がいい人だっていうのが、わかりましたし」
「本当にそうかな」
「聞けばわかります」
”聞けばわかる”?
彼女はよくわからないことを言って、未だ喧嘩し続ける神木と水坂を見て楽しげに笑った。
気にする程でもないか、と俺は「それは良かった」と答えた。
「ほんとに入部するのか」
「うん、なんか都合悪い?」
「いや、うーん……知り合いにゴロゴロしてるの見られるの恥ずかしいかったわ」
「いいじゃない、私もゴロゴロすることになるんだし」
宮城くんと七扇さんの会話を小耳に挟みつつ、神木と水坂の仲裁に入る。
それにしてもいつまでやってんだこのバカ共は。
神木にはとりあえず今の部の現状と噂の事を伝え、それを彼女は了承したと伝えた。
「まぁ、元々そっち任せる為に勧誘してたワケだからな」
なんて言いながら七扇さんに「歓迎するよ」と言いながら入部届に部長サインを書き加えていた。
「それじゃあ、先生に入部届提出してきます。すぐ戻ります」
「いってらっしゃーい」
こうして、結果的に日議研には二人新入部員が加わった。
彼らは今後、相談事を解決していくエリートに仕立て上げられていくのだろう。
あぁ悲しきかな、新入生よ。恨むなら神木を恨んでくれ給へ。
本当に困った時は俺を頼るとよい。猫の手くらいは借りてこよう。
お茶を飲みながら、そんなことを思う。
七扇さんが部室に帰ってきてからは、昔やった相談解決や文化祭用に出す出し物を渋々用意した話なんかをして部活を終えた。
四月。
それは華々しき季節。
この日議研にすらも新たな風が吹く、出会いの季節。
三十日が終わり、春は若葉の芽吹きと共に静かに過ぎ去ってゆく。
季節は巡り、新たな日議研の日々が始まる。
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