第9話
それから一週間経ったが、かなり状態が落ち着いた。落ち着いたことが良いことかというと難しいところで、トモキにもなるべく近づかないようになった、なってしまった。最初から、そもそもの始まりから、オレさえ無理をしなければ、何事も起きることはない。
それに気がついたら、本当に平和になった。残念だけど。でも無理したら頭がおかしくなりそうだったので、仕方なかった。
トモキはネットにも来なくなってしまった。さすがに気まずいのかもしれないし、オレとの縁を切りたいのかもしれないし、だけどそれはオレのことも思ってのことかもしれない。それを思えば責められない。
サヤさんはオレをかばってくれて、色々言ってくれる。
「姿が変わったからって友達を止めるなんて、最低だよ!」
とはいえオレもサヤさんにトモキがどう思ってそういう風にしたかを説明していないから、男友達の気持ちがわからないのかもしれない。まあ、状況が異常すぎて想像もつかないのは無理もない。
っていうよりオレがこうなってさみしくしているから、励ますためにサヤさんはあえてそう言ってくれてるのかもしれない。だったとしたら申し訳ないな。
「フリスタさんも来ないですね」
なんとなく話をするために話題に出したけど、いないなんてのは別に数日いない程度だ。ただ、再婚するという話があったから、無事に暮らしているのかという心配はあった。
「そうよねえ、ちょっと電話したんだけど、なんか、すごく喜んでたわ。生活が楽になったし、お母さんも安定してるんだって。前は結構、家の中がヒステリックな感じらしかったから……」
「まあ最初のうちはそうやって仲良くできるでしょうけどね」
「ユキくん、意外と辛辣だね」
「悪いですか?」
「悪くはないけど……フリスタさんともっと仲が良いかと思ってた」
「仲が悪いなんてことはないです」オレはかなりツンツンした感じで返事をする。「むしろあいつのこと思ってるだけです。だってまた裏切られたらつらいですし……」
「ユキくん! あのね! 裏切るなんて考えないでもいいと思うのだけど!」
「何言ってるんですか、当たり前じゃないですか」
「いや、言ったのはユキくん……」
「自分が言ったのはそっちの当たり前じゃなくて……考えるのが当たり前だって……一度離婚したし……裏切ったんじゃないですか」
「そうだけど、それを反省してまたやり直すつもりでいるのだから、それを信じてあげないと……フリスタさんもご両親を信じているのよ」
「それが大人の対応というわけですか」
「というより……優しさ?」
「ぼくが優しくないっていうの?」
「そういう意味じゃないってば!」
自分でも謎だが、とにかく精神的にカリカリきてて、せっかく楽しむ時間のはずが、なんだか嫌な気持ちになった。だいたい、元々いつも四人いたのに、今は二人になってしまっていることが嫌だった。寂しかったのかもしれない。そしてその二人すらも集まらなくなってしまうかも、ということも考えず、イライラした気持ちをぶつけてしまっていた。結局、話もしないでそれぞれ一人で遊んでいて、そのうちオレが先に落ちた。
それからはオレもログインしなくなった。
ついでに学校にも行かなくなった。なんでかって、嫌になったから。オレが我慢することで成り立つ平和なんて嫌になった。どうにかするためには、このまま我慢するか、自分を変えるか、まったく別のところに行くしかない。本当はネットがオレにとってそれ、つまり逃げ場のはずだったんだけど……。
でも休んだからといって……前にも考えたけど先の展望があるわけでもない。悪くなることはあっても良くなることがない。オレの青春はどうなるんだろうとしくしく泣いてしまう。行くも行かぬもつらい。ただ、今は純粋に休むことが必要なのは確からしい。端的に言ってすっごい疲れてる。とにかく色んなことがあったから。
だけど罪悪感のある平日だ。しかももう三日目だ。ネットにログインするのもなんだかはばかられる。またサヤさんとかに会うと気まずいしサボって悪いことしてるみたいで……。
そういうわけで漫画読んだり一人のゲームやったりしていた。それ自体ははっきりいって楽しい。見たかったアニメも一気に見た。素晴らしい作品で、感動してすごい泣いてしまった。そういう意味では充実していた。
夕方頃に、お母さんから買い物を頼まれた。かまわんよ、と引き受けてかなり油断して家を出た。するとすぐに変な女性に捕まった。
「なんですか? 誰ですか?」
見覚えがあるようなないような感じだが、かなり派手な外見で、本来ならちょっと近寄りがたいと思った。あっちから近づいてきているのだけど。それで思い至ったが、火野の先輩の不良だったかもしれない。
「氷室さんに会いたくて、急に来てしまってごめんなさい、家の場所を聞いたから」
はあー?なんなんだこれ、一難去ってまた一難どころじゃないよ、家の場所知られてるとか戦慄する。頭にげんこつ振り下ろして、記憶を失わせたいくらいだよ。とはいうものの、かなり怯む。相手が見るからに不良だったらまだしも、なんか、派手とはいえおしゃれできっちりした感じもあるし……よくわからないが、大人っぽい。これを殴るのはだいぶん気が引ける、しかも女相手に……それって卑怯だよな。とはいえ前回はそもそも相手が複数だったからしょうがないじゃん、あっちが先にそういう感じだったからこっちも敵対して身構えてるんだ。いつまでも良い人じゃいられない。
「迷惑なんですけど、やめてもらえませんか」
強い思いでそう言った。警察を呼ぶことも……辞さない……。
「違うんです、私、ファッションの勉強してて、もし良かったら……」
「間に合ってます。本当に間に合ってます。飽き飽きするくらいに。申し訳ないですけど、じゃあ、用事があるのでさようなら」
そして相手がぽかんとしてる間にまた駆け足で逃げた。やはりオレの方が速い。相手にも事情があったかもしれないけど、これで良かったんだ。急に何かが吹っ切れて、楽しい気持ちになってきた。
そうだ、これからはもっと自分のやりたいようにやっていこう。言いたいことを言うようにしよう。だってみんなオレのことが好きらしいんだから。
それに気がつくと楽しくなって、その勢いのまま翌日は登校した。久しぶりだったので、女子が話しかけてきた。
「雪くん体調悪かったの? もう元気になった?」
「ああ、元気だよ、ちょっと疲れてたけど、もう元気、だと思う」
「疲れてた? ふーん、生きるのって大変だよね」
「まあね」
なんか意味もなく意味ありげな会話におかしみを感じつつ自分の席に座った。
隣の山下くんも声をかけてきた。
「今日はトモキと揉めたりしなかったか?」
「ああ、もう大丈夫……じゃないかな……まあ、色々あったけどね」
久々の学校はあまりにも平和で若干拍子抜けするくらいだ。もちろんそれによる悪いことなんて何もない。すごくのんびりして、授業中ですら楽しくて笑顔までこぼれるような朝の学校だった。そうしていたら周りの人まで楽しい気持ちになったらしい。それは良い副産物だ。
トモキの話が出たけど、まあ今はいい、彼のことは。急ぐ必要はないんだ。なんとなく万能感に包まれた気持ちでオレはいる。いっそ事件が起きてくれ!とくらいに思ってるんだが、待ってる時は事件は起きない。
火野さんが来た。複雑な表情でオレの前(席の横)に立つ。
「どうしたの? オレに何か用事?」
そういうと周りを気にするようなそぶりで、顔を近づけささやくようにした。
「先輩が会いに行ったのに、断ったわね」
「ああ、断ったよ」オレは普通の声で答える。まあ、相手が耳に口をつけてるから、こっちの口は火野さんの耳から遠いし。「だって連絡しないでって言ったのに、会いに来たからセーフなんてならないからね」
「私はそれでいいけど、先輩反省してたから、許してあげてね」
「反省してるから会ってくれってならない限りはオレは全然怒ってないよ」
「うん、まあ……そうね……」
曖昧な感じに彼女は言葉を濁す。彼女もどっちとも言えない立場なのだろう。
「喧嘩なんかになりたくないから、火野さんが頑張って止めてくれよ」
「わかった、わかったわよ」
火野さんが逆に怒りながら戻っていった。どうでもいいけど彼女はちゃんと出席してるのかしてないのか、オレに会うためにわざわざ来たのなら、それはそれで人の役に立てているのかもしれない。何もしてないけど。
学校終わって家に帰ると、ネットに接続した。都合の良いことにフリスタだけがいたので、話しかける。
「フリスタさん、あれからどうですか? うまくやれてますか?」
「あ、ユキくん。うちはね、まるで昔に戻ったみたいだよ。とっても嬉しい。心配してくれてありがとね」
「そんなそんな……でもそれじゃもううちには来なくなるね」
「来てほしい?」
からかうような返事が返ってきた。
「さあね? ただ、来たくて泣いちゃうのはフリスタさんの方かと思ったから」
「うっ……まあ……今のところは大丈夫よ」
こんなこと言って、いざ来たらああなのを知っているから笑ってしまった。文字で喋ってるから笑い声は届かないけど。
「でも良かったよ、もしかしたらって心配もしてたから」
「うん、ユキくんの心配もわかるよ。真剣に考えてくれてありがとう。でもずっと仲良くやれるから」
本当に仲がいいなら最初から離婚なんか……とは思ったけどさすがに言わないことにした。それに、だったら仲が悪いのに結婚もするはずがないかもしれない。
「フリスタさんはオレよりずっと賢いから、心配しなくても上手にできるよね」
「あはっ、もちろんよ」
色々言ったけど、やっぱり来なくなったら少しだけ寂しい。
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