席替えラプソディに白雪姫を添えて。

さんまぐ

第1話 (完)席替えラプソディに白雪姫を添えて。

女教師は今や高学年を受け持ち、何人もの生徒を卒業させてきた。

小学校高学年なんて可愛らしさはないし、下手に色気付いていて、それでいて無駄知識まで持ち合わせていて可愛げがない。

これがまた中学生なら違うのだが、中途半端に小学校の高学年というのが憎らしい。


何がここまでこの女教師を駆り立てるのか、そもそもは低学年の担任をした時に、幼稚園児なら可愛げがあるが、小学校低学年はいう事を聞かず、その癖幼稚園児より上だと振る舞う。

そんな生徒達の態度と保護者の甘やかしや突き上げを食らい、心身を病み、自分の中では僅かばかりだが狂った。


全員桃太郎。

これがトドメだった。


普通の桃太郎をやろうとしたら、生徒は鬼役に納得したのに、保護者は黙っていなかった。


ここは小学校で、幼稚園や保育園ではないと伝えても通用せずに、さっさと教育委員会まで話が行って気が遠くなる。

酷い奴は区議会委員に友達がいるとか、東京湾の水は冷たいだろうな、みたいな事まで言ってきた親もいる。


なんで桃太郎ひとつでそこまで言われにゃならんのじゃ?


結局は模造紙に書いた鬼の群れを犬猿雉のイラストをバックに全員桃太郎が倒す作品にさせられた。


桃太郎の希少価値は無視かよ。

30個も桃は流れてこない。

それは最早、不法投棄事件だ。


これで大分心を病んだ。

当日、鬼の絵を見た保護者が、「あの右から3番目の赤鬼の顔!ウチの卓ちゃんに似ていたわ!キエエエエエ!」と言って、終わるや否や乗り込んできた日には「似てねーよ、おめーの息子より鬼のがイケメンだよばーか」と危うく口から出そうになった。


もう地獄だった。

運動会をやれば、足の遅い子への配慮がない、ダンスをやれば踊れない子にトラウマを植え付けるのか、下手をしたら運動会当日の天気までクレームがつきそう、否…ついた。


展覧会は不器用な子が云々、合唱コンクールで配慮をすれば今度は「ウチの春香は歌が上手いのに、あんな簡単な曲では春香の良さが発揮されないです」なんて言われる。


何をやっても言われる。

教師は何を言ってもいいサンドバッグではない。


女教師は更に心身を病み、本人は本気で「殺される」と思い、ブツブツと「殺される」と呟き、身なりがおかしくなりアパートの大家から両親に連絡がいき、実家に一度連れ帰らされると、一日中真っ暗な部屋の中でうずくまって「殺される」「どうしよう」と呟き続けていた。


女教師もおかしいのは、一般的な人ならここで辞める道を選ぶべきなのだが、やりたい事もない、仕方なく教師になり、このまま生きていくと決めたからにはやるしかないと思い込んでしまっている事で、いつの頃からか「殺される」は「殺される前に殺さなきゃ」に変わってしまい、反転した。


大人しい性格は激変し、過激な教育体制になる。

暴力体罰ドンと来い!と言い、レスリングを習い、生徒達の前でリンゴを握りつぶして見せて「言うこと聞かない子はどうなるか考える事ね」と言った。


そして宿題もブラック丸出しでこれでもかと出す。

土日には休憩を取ったら間に合わなくなるような、朝9時から夜7時までやらないと片付かない量の宿題を出す。


心を病む生徒も出てきたが、女教師は「できない子に配慮して、出来る子と同じになるまで徹底的にシゴきます!」と宣言して考えを曲げない。

それどころか、意見されると罰だ見せしめだと言わん勢いで、もっと過酷にしようとしてしまう。


これは賛否あったが、「できないのが悪い」と切り捨てて、コレでもかと勉強を叩き込み、体育も楽しくも何もない基礎訓練ばかりをやらせて追い込んでいく。


始めは不満を口にする親もいたが、結果が伴えば親なんて黙る。

テストの成績が上がり、家で勉強しなさいと言わないで済めば万々歳になる。

体育の基礎訓練も活きてきて、運動不足が解消されれば、家で外で遊びなさいと言わないで済めば万々歳になる。


保護者を丸め込む事に成功すると、今度はとんでもない方法に出た。


この小学校では5年6年と2年間同じクラスになる。

5年から始まった地獄を過ごした生徒達は6年の初日に死人のような顔で登校し、全校集会を終えて教室に戻ると無駄口ひとつ叩けずにシンと俯いていた。生徒たちは昨年一年を無事に生き延びた自分を褒め、今年一年でどうなるかを考えて恐怖していた。


教室の端に見える「殺される前に殺せ」のスローガンが怖い。


怯える生徒達の前に現れた女教師は、身の毛もよだつスマイルで「おはよう。今日はコレから席替えよ」と言う。


地獄の中でも環境の変わる席替えに、生徒達はテンションが上がる。


「ふふ。喜んでもらえて先生嬉しい」


その笑顔のなんと恐ろしいことか。

その沸き立つ生徒達に向けて「素敵な提案があるの。今年の演劇は、白雪姫にしたいの」と突然言う。


「安心して、7人の小人も絵、意地悪なママハハは先生が絵に声を当ててあげる。皆は全員白雪姫と王子様よ」


これには少なからず思春期を迎える子供達のテンションは上がる。

女教師からしたら【電車賃もこども料金の分際で色気付くなよ気持ち悪い】だが、今は気にしない。


ニヤリと笑い「劇とはいえ、本気で挑まないとね。白雪姫の口にはテープをしてあげるから、テープ越しにキスのシーンもしましょうね」と説明すると、もう制御不能にクラスが騒ぎになった。


決して喜んでいないのに、「ふふ。喜んでもらえて嬉しい」と言って微笑む女教師は、クラスを見渡して、「ほらこの6年1組はちょうど男女共に15人いるわよね。だからね、席替えで隣の席になった子が白雪姫と王子様よ」


この瞬間、教室には誰もいなかったかのように静まり返り、小さく「え?」と聞こえてきた。


「うふふ。全員白雪姫ですもの、仕方ないじゃない?」


この段階で察しのいい生徒達は涙目になっていたが、女教師はそれを無視をして「さ、席替えスタートよ。1から15までのくじ引きね。目が悪い?大丈夫よ、良い眼科と眼鏡屋さんを紹介してあげる。背?そんなに言うなら席は変えてあげるけど、白雪姫と王子様は決定よ」と言ってくじを引かせた。


くじ」は最早「苦死くじ」なのではないかと思えてくる。

中には白紙もあり、白紙を引いた子は、次の周でまた引き直す。

徹底されていて順番が得をする事はなかった。


ようやく番号が全員に行き渡ると、女教師は「はい、1番さん」と聞き、男女が手を挙げて盛り上がる。


「うふふ。阿部くんと井上さんね」


こうして引いていけば、教室からは阿鼻叫喚の叫びと悲鳴、嗚咽が漏れ響く。


女教師は恍惚の顔で「はい次〜」と言っている。


今も席が決まり「いやぁぁぁ!濁田にごりだぁぁぁ!?嫌!嫌よ!濁田は嫌!絶対嫌!死ぬ!死んじゃうぅぅぅぅっ!?」と叫ぶ生徒を見て、ブルっと震えて恍惚の顔を見せる女教師は、無情な席決めに嗚咽を漏らす生徒達を無視して、取り乱す生徒の前に行くと「宇野さん、静かに、あなた達は6年生なのよ?」と優しく声をかける。


宇野は泣きながら「せ…せんせ…ぇ…。嫌、嫌です…ぅ…。に…にご…濁田…嫌です…死んじゃう」と必死に訴えていて、ひきつけを起こしかけている。


だが女教師は顔色ひとつ変えずに「うふふ。泣いてもダメ。絶対にやらせるわ。それに濁田くんとキスをしたくらいで死なないわよ?濁田くんはコモドドラゴンではないのよ?」と言うと、「入院しても逃げてもダメ、この世の果てまで追いかけて白雪姫はやらせてあげるわ」と睨みつけながら言葉を叩きつける。


宇野は放心した顔で、涙を流しながら「やだ…やだ…、死ぬ…死んじゃう…助けて…お母さん」と呟いているが、それを無視して濁田の元に行く。


濁田は思春期らしい思春期はきておらず、それでも異性への興味はある感じで、よく言えば年相応、悪く言うと「野暮ったくて、清潔感がなくて、ラッキースケベを待っている、バカで愚鈍な男子生徒」だったりする。


「濁田くん、あなたすごい嫌われてるわね。知ってた?」


濁田はこの世の終わりのような、執行を待つ死刑囚のような顔で俯いている。


「皆、あなたの事が嫌なのよ。でも良かったわね。今から直せばいいのよ。物凄く大変でも、今から直せば結婚適齢期までには、異性にモテるようになるかも知れないわね」


濁田は身体を震わせて静かに泣いている。


恍惚の顔でまた震えた女教師は、ここで止まらずに「うふふ。誰か宇野さんと代わりたい?」と聞くが、誰も濁田とは白雪姫をやりたくない。


皆が黙る中、「ほらね、濁田くんは女の子から嫌われてるのよ。顔が良くなければ、努力もなくモテるなんてあり得ないの。残念ね。空から女の子も降ってこない、ある日家に帰ると可愛い妹がいるなんて事もないのよ」と続けると、濁田は遂に嗚咽を漏らして泣き始める。


「泣いても好かれないわよ。イケメンではない人間の涙なんて、女子達からしたら蝉のオシッコ以下の価値よ」


言い捨てる女教師に向かって、小柄で可愛らしい見た目の女生徒が、「先生、私…佐藤くんがいいです」なんて言う。


「ふふ。江田さん。なら運を引き寄せて勝ち取るしかないのよ。それに佐藤くんにも選ぶ権利はあるわ」


女教師は悪い笑みで佐藤と呼ばれた生徒に、「江田さんがご指名よ佐藤くん」と声をかけたが、佐藤は「え…嫌です」と言い、まだ選ばれていない別の女子生徒を見ている。


「あら残念。振られちゃったわね江田さん。自分の見た目に自身があったかもしれないけどね、全員が好きなんて事ないのよ?だってあんなに可愛い猫を嫌いな人もいるのよ?知ってた?」


江田は見た目が良いと評判で、自信があったから大衆の前で佐藤を指名した。

それなのに公衆の前で無残に振られて女教師に心をえぐられる。

江田が崩れ落ちて泣き始めると、女教師はまた震えて恍惚の顔を見せていた。


女教師は待ちきれずに、泣く者も叫ぶ者も無視して、「9番はだぁれ?」と聞くと、クラスで人気者の男子尾崎と、女子は平々凡々な香山が手を挙げる。


尾崎はイケメンよろしくで爽やかに、「香山さん、よろしくね」なんて言い、香山は降ってわいたラッキーに感謝して、頬を赤くして「う…うん」なんて言っている。


「あら、良かったわね香山さん。イケメンの尾崎くんと白雪姫ね。あなたが勝者よ。周りの羨望の目を見なさい!」


香山は周りを見た時に血の気が引いてしまう。

羨望もあるにはあったが、そんなものはちょっとで、残りは妬み嫉み恨み辛み。


気付いてしまった香山の耳元で、「あらあら、大変ね。階段とか体育とか気をつけてね。あ、窓際なんかも危ないかしらね」と囁くと、「ひっ」と言って後ずさった香山は涙を流して、女教師に「せ…先生、わ…わたし…無理です」と懇願したが、「だーめ、クラスの決まりよ。それにそんなこと言っていいの?」と言いながら宇野を指差す。


宇野は怒りに染まる目で「濁田で変えられない私じゃなくて、なんで尾崎くんなのに無理とか言ってんのよ…」と言いながら香山を睨んでいる。


「ほら、もう選ばれたのだから逃げられないわ」


この言葉に香山が崩れ落ち、イケメン尾崎が「大丈夫?」と支えると、宇野が「ほら!ほら!何よ今の!!」と言っている。

そのやり取りに女教師は「あはは!」と高笑いをすると、次々に席替えを終わらせていく。


濁田とは別ベクトルで女子人気のない槍台に決まった岸野は、宇野と同じ顔で放心してしまう。

女教師は槍台&岸野ペアが決まった瞬間は神に感謝し、それだけで果ててしまいそうな快感を覚えていた。



籤引きは佳境に来ていた。

13番目まで決まった時、男子は高柳と槍台が残り、女子は岸野と山奈が残っていた。


コレで決まる。

まだ11歳のくせに、親同士の仲が良いとかで、カップルのような幼馴染をしていた高柳と山奈。

コレが決まっても、槍台と山奈が決まっても女教師には利益しかない。


女教師が「14番目はぁ?」と言うまで、嗚咽と鳴き声が聞こえてくるクラスの中で、山奈は俯いて「やだよ」なんて呟き、高柳は必死に山奈を見て神頼みをしている。


それもそのはずだ。

この槍台は問題児で、小学3年にして親のクレカで海外のアダルトサイトに課金して、無修正動画をこれでもかと仕入れていた危険人物で、今も「誰でもいいや、テープをぶち破って舌入れてみよう」なんて言っている。

女子からしたら貞操の危険すらある。

その後で何を言われるかわからないし、その前は練習やリハーサルを求められるかもしれない。

勿論女教師はリハーサルなんて聞いたら「是非やりましょう」と言ってやるつもりだった。


高柳からしたら山奈が他の誰でも嫌だが、特に濁田、そして槍台だけは嫌だった。

これで槍台と山奈が14番目だった時の、高柳と山奈の悲痛な顔を見た時には、女教師は嬉しくて気絶してしまうのではないかと思っていた。


だが神は高柳と山奈を結ばせて、槍台と岸野を結ばせた。

14番目が高柳と山奈だった時の岸野の絶望の顔は、引き延ばして額装して飾りたい程だった。


小さく「よかったよ」と言い合う高柳と山奈には別の使い道がある女教師は、「あらあら、2人は本当に仲がいいのね」なんて白々しく祝福し、「最後の15番さんは、聞かなくてもいいわね。槍台くんと岸野さんよ」と言った時、岸野は泣き叫ばずに女教師を睨みつけて、「ママに言って辞めさせてやる。アンタなんて学校にいられなくしてやる」と呪詛のように呟いていた。


恍惚の顔で身震いした女教師は「うふふふふ…。あははは!!」と笑った。

そのまま女教師は「素敵ね。やれるのかしら?楽しみね」と言うと、突然黒板に「防犯」と書いた。


「うふふ。夏休みなんかの前には先生が言ってるわよね?あなた達のランドセルにも防犯ブザーが付いてるわよね?」


生徒達がランドセルを見て、防犯ブザーに視線を送ると、女教師は満足そうに頷いて、「佐藤くん、仮に二丁目公園で遊んでいる時に変質者が出たとしたら、ブザーを鳴らせば佐藤くんは助かるかしら?」と佐藤に質問をする。


「え?すごい音が出るから助かり…」

「ブー!は・ず・れ」


女教師は嬉しそうに、「ブザーで確かに近くの人は来てくれるかも知れない。でも何人?何分後?その時間があったらどうなっちゃうのかしらね?」と言う。


言葉が出ない佐藤に、女教師は「ブザーなんて気休めよ。過信したら殺されちゃうわ」と言うと、「さて岸野さん」と声をかけた。


「仮に辞めさせる話が出た時、すぐに後任が来るといいわね。私は残された最後の時間でキスシーンのリハーサルだけはやってあげるわ」


岸野以外の生徒たちもイメージが出来たのだろう。皆悲痛な声をあげて泣いている。

漏れ聞こえる悲鳴と嗚咽を無視して、女教師は黒板の「防犯」を消すと「無敵の人」と書いた。


「はい。槍台くん、読んで?」

「無敵の人です」

「そうね。意味はわかる?一応言うけどゲームの話じゃないわよ」


今まさに「ゲームで死なない奴!」と言おうとしていた槍台は何も言えなくなると、女教師が「ねぇ、槍台くん?あなたは何らかの罪で死刑になる事が決まりました。でもそれが嫌で逃げました。そんなあなたは捕まるまでに何をするのかしら?」と聞いてきた。


「俺が死刑になるなら!周りの奴らも道連れにする!」


槍台の言葉に同級生達はドン引きしたが、女教師は嬉しそうに「正解よ!それが無敵の人、失うものが何もない人は、普段我慢していて出来ないことをやってしまうの」と言った。


そして岸野を見て「ふふ。先生ね、コレでもたくさん我慢していて、教師で定年退職を迎えて、平和に余生を過ごそうと思っているの。だから過激なことは何一つしていないのよ。でも岸野さんのお母様の力で学校にいられなくなったら、もうどうでも良くなるわね。晴れて私は無敵の人よ。泣き寝入りなんてしないわ。復讐ね。それこそ死刑になるまで何年でも服役して、何回でも出所して、ずーっと復讐するわ」と言った。


岸野は泣き震えて首を横に振り続けている。


もうクラスメイトが死んでしまったような空気感の教室は、サボテンは枯れ、ウサギやカナリアなんかの小動物も死んでしまうかもしれない。

ここまで空気が出来上がってご満悦な女教師は、ここで一つの事を言った。


「それにね、感謝しなさい。学芸会の劇は10月よ、半年もあるの。パートナーが嫌なら改造しなさい」


この言葉は天啓のようにクラスに響き渡った。


宇野は横を見ると、怒号をあげて「濁田ぁぁぁっ!今日家に帰ったらすぐに歯医者に行きなさいよぉぉぉっ!!」と言うと、他の生徒達もパートナーにケチをつけていく。


阿鼻叫喚の地獄絵図を見て女教師は独り恍惚の顔で震えている。



もちろん根回しは欠かさない。

保護者会では真っ先に保護者達に「最上級生として、来年は中学生になる子ども達に、身だしなみを整えさせる為に一芝居打ちました」と報告をする。


「生徒達に身だしなみを整えろとストレートに言っても恥ずかしがったり、面倒臭がってやりませんが、こうして白雪姫としてパートナーを用意する事で、身だしなみに注力します」


その言葉は、ちゃんとしろと言って無視されてきた保護者達に電流が走り、大賛成の拍手喝采がわきあがる。


「勿論、不純異性交友にならない為にも、今は身だしなみに対して緊張感を持たせる為に口にテープなどと言っていますが、キチンと生徒達に話し合いで、満場一致の総意を提出させて、生徒達が願えば人数分のアクリル板もご用意します」


「そして今回の事で、競争社会に全員で仲良く一列でゴールなんてものがないと学んだ生徒達は、コレからの受験戦争にも、決して負けたりはしません」


身だしなみの為、緊張感の為、そして将来の為と言われれば、それは仕方ないと親達は納得し、親が止めてくれることを期待していた宇野や岸野は、親が止めるどころか、帰ってくるなり「素晴らしい先生だわ」なんて言う始末に絶望をした。


「なんで…?ママ…なんで?」

「どうしてよ、お母さん」


そんなことを言いながら泣く生徒を見てウッキウキの女教師は、夏休み前に「アクリル板の手配なんかもありますから、夏休み前にキチンと総意を聞かせてもらいます」と言う。


実際、アクリル板の話は早いうちから口の軽い保護者が子供達に話しているので、別にバラしても何の問題もない。


宇野や岸野はアクリル板を所望するが、両思いの高柳と山奈やイケメン尾崎とキスが決まっている香山は「テープでも」と思っている。


クラスの不和を誘った女教師はアンケートを取る。


【キスシーンは必要ですか?】

YES・NO


【キスシーンの時は何で唇を守りますか?】

テープ・アクリル板


アンケートには全員の満場一致がない場合、キスシーン有り、唇を守るのはテープになりますと書かれている。


全員匿名で書かされるアンケート。

皆口では「NOにしたよ」と言い、「万一に備えてアクリル板にしたよ」とも言った。


だが、実際にはユダはいる。



「うふふ。これ、多分宇野さんと岸野さんね。鉛筆を一本使ったみたい、紙が黒光りしてるわ」

真っ黒になるまで丸をつけたアンケート用紙、NOとアクリル板の周りは真っ黒になっている。


だがまあ、尾崎辺りは正直香山なら悪くないのでYESに円をするし、香山も段々と周りの突き上げが鬱陶しくなっていて、仕返しのためにYESに丸をする。高柳山奈ペアはテープにまで丸をする。

実の所、コイツらは万一の保険でしかない。



「うふふ。槍台くんはサイコーね」


槍台はYESとテープに花丸をしていた。


こうして6年1組は、全員白雪姫をやり、キスシーンまである。

夏休み明けに「皆さんのアンケートで、満場一致とはならず、キスありテープになりました。もう9月ですので、今からではアクリル板は間に合いません」と話す女教師は、油断した夏休みで、まただらしない格好になった生徒達が青くなるのを恍惚の顔で見る。


飛び交う怒号と悲鳴、そして嗚咽。

その中で、残り1ヶ月、必死になってケアをしたが、どうしようもない。


女教師は保護者に、「フリと言ってますから平気です」、「まさかYESとテープに丸をする子がいるとは」、「ですが、これで長期休みに気を抜くと、痛い目に遭うと学べたことでしょう」と伝え、「皆さん、頬までしたテープにキスですよ」と指導をしたことにする。


暴走する子が出ても、友達にキスしましたなんてとても言えないし、親に詰問されて「はい!しました!」なんて言う子はいない。

皆必死に隠す。


そうすれば隠蔽は可能だ。

だが、確実に子ども達の心には深い傷が残る。


現に宇野や岸野に至っては給食も喉を通らず、見るからに痩せてしまった。

男子でも女子に嫌気がさしていて夢も希望もない顔をしている。


リハだけでも女教師は果てそうになる。

校長達は過激な指導なのにクレームが出ずにいる事、それなのに清潔感、学力、体力を身につけた6年1組は学校の自慢そのものだった。


だが厳しい現実に嗚咽を漏らす生徒達、女教師は当日の全員白雪姫の成功を想像し、恍惚の顔を浮かべ、身体を震わせていた。


(完)

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席替えラプソディに白雪姫を添えて。 さんまぐ @sanma_to_magro

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