第67章 今生の別れ

「菱珪玉!!」

 徐々に崩れていく菱珪玉を抱きしめたまま、百里景砂はひたすらに叫んでいた。

 かたや菱藍雲は自分の息子を刺すとは思いもよらなかったのだろう、目を丸くしながら動きを止めていた。

「景……砂さん……。けがはありませんか?」

「ええ。でも、どうして……こんなこと……」

「昔景砂さんは独りぼっちでいた私に、何かあったら守る、と……約束してくれた。実際、その約束を……果たしてくれた。だから、今度は私があなたを守りたくて……つい……」

 菱珪玉はもう体を動かす気力もないのに、百里景砂には今までと変わらない笑みを向けた。それは長く追いかけていた太陽がようやく自らの手の中に落ちたような、そんな笑みだった。

「それでも、程度というものがあります。私はせいぜいあなたの話し相手をすることくらいしかできなかった。それなのに……。そんなことより、珪玉殿に医者を呼ばなくては」

 百里景砂のまるで落ち着いていない言葉を聞いた瞬間、菱珪玉は最期の力でも振り絞ったのか、彼女の手首を力強くつかんだ。

「いいんです。……私はもう……あなたが医者を呼んでから戻るまで……待てない」

「でも……」

「最期に……一言だけ伝えても?」

 と、菱珪玉は相変わらず笑みを湛え、血を吐きながら言った。

 百里景砂は両目から涙があふれ出すのを感じつつも、無理に笑顔を浮かべながら頷いた。

「景砂さん……もし来世があれは……その時にもまた……会いましょ……う。今生では……縁がなかったようだ……。だから、景砂さんは……残りの時間を……私の代わりに過ごして……ほしい……」

 百里景砂が返事をする間もなく、菱珪玉は力尽きた。だが、その体にはまだ体温が感じられる。彼女のは菱珪玉の微動だにしない体を抱きしめながらささやいた。

「本当に馬鹿な人ですね。私に残された時間ももはや多くはないというのに……」


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