第65章 言い伝えの力

 迫りくる菱家の大軍を前に、百里景砂はただひたすらに紅蓮の玉佩を握りしめていた。菱家の一行は彼女が想定していたよりもはるかに大人数だった。

 もはや数えきれなくなっている人間をしまらない顔で引き連れている菱藍雲は一歩また一歩と百里景砂の前に確実に近づいてくる。

「菱当主。ご無沙汰しております」

 と、百里景砂は最後に菱家の面子を保つつもりで挨拶した。

 すると、菱藍雲はそれのおかげで上機嫌になりながら応答した。

「ええ、確かに。それにしても百里景砂殿の出迎えを氷晶区の、それも上官家で受けられるとは思いもよりませんでしたな」

「冗談はよしてください」

「ははは。百里景砂殿も冗談がお上手だ。どうりで我が息子があなたに熱を上げているわけですな。だが、今日来たのは別にそのことを話すためじゃない。言え。上官双晶はどこにいる?」

「存じ上げません」

 と、百里景砂が断言したとき、菱藍雲の剣が殺気を帯びる。

 かと思えば、次の瞬間にその剣先はまっすぐに百里景砂を捉えた。

(私は今日ここで命を落とすことになるのか)

 百里景砂が人知れず覚悟を決めた瞬間、その手のひらから天を覆いつくすほどの緑色の光が放たれた。その刹那、彼女はつい先ほど決めた覚悟が正しかったのだと悟った。

 この光は百里家の言い伝えが実行されることを意味しているから。

「おい、この光は何だ?」

 と、光がまだ消えきらぬうちに菱藍雲は光を剣先で指し示しながら吠える。

 しかし、百里景砂は依然として毅然とした態度で言った。

「私には知る由もありません」

「ふん。私にはどうしても言えないのか? いいだろう。それなら教えたくなるまでわが軍の者たちにお前を嬲らせてやろうか!」

「触れられるものならやってみるがいい」

 と、百里景砂がうなると、天を覆いつくしていた緑色の光が爆発したかのように地へとあふれ出した。その刹那、光は一瞬にして剣と化し、菱藍雲が従えていた全ての人間の心を突き刺した。

 壮観とも言えた菱藍雲の大軍は一瞬にして菱藍雲一人だけが残されてしまうことになったのだ。

「どうです? これで私に触れようとする者はいなくなりましたよ」

 と、百里景砂が短い息を吐きながら言う。

 その次の瞬間、菱藍雲は突如として覚悟を決めたかのように持っていた剣を百里景砂に向けて突き出したのだ!

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