第61章 家を失って

「だめです」

 菱藍雲の言葉を待つ前に、菱珪玉はそれだけ言った。と言うより、それだけしか言うことができなかった。

「ほう? では聞くが、一体どうしてだめだというんだ?」

 と、菱藍雲は実の息子をにらみつけながら言った。

「それでは菱家の利益のために他家を巻き込むのではなく、父上の私欲によるものだけになってしまうではありませんか。そのためだけに百里景砂を死地に追いやるのはいかがなものかと思われます」

「その両者に違いはあるのか? どのような理由であれ、それが結果的に菱家のためになることには変わりない。それならばなぜ得られ得る結果ではなく、行動の理由に目を向けるんだ?」

 菱藍雲が高笑いまでし始めた瞬間、菱珪玉は悟った。自分にとっては菱家にもわずかない場所ですらないのだ、と。今日まで過ごしてきたこの大して広くもない部屋は、ただ歓迎されない客のための客間でしかなかったのだ。

「……確かに。その点に関しては私が間違っていたかもしれません」

「ふん。不服そうだな。まあいい。お前もしっかり心の準備をしておけ。そんな風に百里景砂に熱をあげているようじゃ、のちに辛い思いをするぞ」

 菱藍雲はそれだけ言い残してから部屋を出て行った。

 部屋から菱藍雲の影が全く見えなくなると、菱珪玉は特にかわいがっている鳩一羽と馬一頭だけを引き連れて菱家を出た。

 もう二度とこの場所には戻らない、と決心を固めて。

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