第59章 上官家への到着

 百里景砂と百里楓祥夫妻が上官家に到着すると、事前に知らせを聞きつけていた上官双晶が身なりも整えないままに迎え出た。

「百里世子、久方ぶりです。道中で何か異変はございませんでしたか」

「ええ。しかし、移動はいつになく簡単にできましてね。ここへ到着したのも本来かかる時間よりもはるかに短いのです」

「ああ、そうでしょうね。百里世子と皆さまはきっと急いで百里家を出てきたのでしょうから、まだ市井の状況をご存じないのでしょうね。氷晶区に限らず、辰砂領や珪灰郷けいかいきょうでも三家のある中心部からは人がどんどん辺境へ出て行っているそうなのです。もちろん、菱家の手に及ぶ可能性の低いところへ、ですがね」

「珪灰郷でも? 蒼家は菱家も目をつけていないのに、その領民までもが辺境へ動く、とは意外ですね」

 珪灰郷は蒼家の支配地域で、蒼家が位置している緑泥りょくでい城はその最大の都市と言えど、忙しなさは全くと言っていいほど感じられない都市だ。ゆえに菱家は蒼家を軽視している、というのがもっぱらの噂だった。

「そうでしょう。ですから、本来であれば皆様も蒼家へ避難するのが本当はよろしいのでしょうが、なにせ百里家からは遠い。それに加えて蒼家は菱家から近いといっていい距離にある。ですから、確実に安全とは言えないこの上官家でひとまず時を過ごしていただくことになるわけですが、ご不満はございませんか」

「もちろんですとも。上官当主が引き入れていただけるだけありがたいというものです。ところで、父上はなぜ確実に安全と言い切れない上官家に我々を避難させることを許したのでしょう?」

「それはきっと私の存在でしょうね。皆さまはご存じないかもしれませんが、菱藍雲は私を手にかけることはありません。ですから、この上官双晶が上官家にいて皆さまを守っている限り、上官家だけは確実に安全な場所となるのです。ゆえに百里当主もここでの避難を許可されたのでしょう」

 黙って話を聞いていた百里景砂はそのわけを聞こうとしたが、それを見破っていたかのように上官双晶は客間を使用人に案内させるよう指示を出してから、逃げるように書斎へと戻っていった。

 百里景砂が百里楓祥を見ると、彼もまた探るような目つきで上官双晶の後姿を見つめていた。

 かつて、四家の当主らは多少なりとも関わりを持っていたらしいが、そのことを当人以外は誰一人として知らないのだ、と百里景砂たちは初めて知った。

 

 翌日、菱藍雲は前日の静けさを一掃するかのような勢いで正式に蜂起した。

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