第44章 菱家の求める風格
「母上!」
上官氏の屍が転がる横で、菱珪玉はただ泣き叫ぶことしかできなかった。
しかし、彼に共感する人間は同じ部屋には誰一人としていない。それも仕方がない。菱家の人間に温情など求める方が間違っている。それも、菱藍雲の側近であるほどに。
「何を悲しむことがある? 菱家の安泰を揺るがす可能性のある人間が一人消えたんだ。これは喜ばしいことだと、お前には思えないのか?」
と、菱藍雲が手巾で拭いている刀のように冷たい声で言い放つ。
「それでは尋ねますが、もし実の母親が実の父親に殺される一幕を見たら、父上は悲しみを覚えないのですか?」
「状況によるだろうな。もし、母が他家と密通していたら、悲しむ理由などないだろうし。しかし、それがなくても父が母を殺すには、必ずそれ相応の理由があるはずだと信じている。だから、私ならお前と同じような状況でも悲しむことはないだろうな」
「……さすがですね」
菱藍雲の父親である菱輝沸は、菱家の中でも特に残忍で手腕のある当主だったといわれている。彼が当主だった時分には、他家の人間であっても菱家とまともに話をすることすら恐れていたそうだ。
「お前も先代からよく学ぶといい。あれこそが、菱家の求める風格だ。今みたいに弱弱しく泣いてばかりではいけない。母親が死んだくらいで、みっともない」
「自分と親しい人が世を去れば悲しむというのが普通ではありませんか」
「それは、菱家では無駄だということを、百里家や上官家にいたせいで忘れてしまったのか? それとも、お前は今暗に百里景砂を殺してくれ、と私に頼んでいるのか?」
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