第40話 菱珪玉からの書簡

 四日後の申の刻、百里家は雲渓大陸全体に向けて上官家との和睦を宣言した。

 それにより、雲渓大陸中に張りつめていた緊張が一気にほぐれることとなった。

 だが民の落ち着きとは裏腹に、百里家は尋常ではない警戒態勢を敷いていた。

 なにせ、菱家に潜ませていた密偵から連絡が届いたばかりなのだ。

『菱家はもはや三家と戦う準備を整えている。いつ蜂起しても全くおかしくはない』

と。

 それを受けて、和睦を公表した翌日、百里玄武の側室である菱夫人が上官家をそそのかし蜂起させた、と公表した。その目的は、菱家が蜂起する前に、百里家の兵力を弱めることにあった、という名目で。

 その知らせを、百里景砂は自室で絵を描いているときに耳にした。知らせを伝えてくれた侍女は何事もなかったかのように淡々と言っていたが、百里景砂はその場で今にも筆を折りそうなほどだった。

 その日の昼餉が喉を通らないまま、机一杯の食べ物を覚まし続けていた時、純白の鳩が窓から百里景砂の部屋に入り込んだ。それを見たん瞬間、彼女は目を大きく見開く。なぜならその鳩は、菱珪玉が大切に育てていた伝書鳩だからだ!

 百里景砂はすぐに、伝書鳩の足につけられている書簡を取り外し、それを広げた。

『百里景砂殿 お久しぶり。百里家に戻ってからしばらく経つけど、調子はどう? 百里家は昔と何も変わってはいない? でも、私がいたときと今とでは百里家と菱家を取り巻く環境もまるで異なるから、おそらく多少なりとも変化はあるんだろうけどね。さて、本題に入ろう。君は聞いたかい? 菱家が主に百里家の覇権を求めて出兵しようとしている、という知らせを』

 そこまで読んで、百里景砂は思わず息を呑みこんだ。菱珪玉がいかほどの危険を冒して何をしようとしているのかを理解してしまったから。

『その噂は厳密に言うとその通りというわけじゃないんだ。だけど、菱家が三家に対して出兵の準備ができているということ紛れもなく事実だ。菱家は、もう何代にもわたって百里家の地位を欲している。そして今は、まさに雲渓大陸の長になる準備が整っている時期だ。だから、今すぐに菱家が出兵することはないけれど、さほど遠くないときに菱家が動くことも間違いはないと思う。また菱家に何かあったら、私から知らせるよ』

 その瞬間、百里景砂の胸の内には一つの気がかりだけが広がっていった。

(菱珪玉が菱家の密偵的な役割を果たすのなら、もしそれが菱藍雲に気付かれたとき、彼は一体どうなってしまうのだろう)

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