第39話 目的のために

 百里玄武は「そうか」と言いながら、長い溜息をつきながら、思い出したように付け加える。

「そうそう。君の兄が、談合の名目で上官家に向かった。一応これで、百里家と上官家の争いは終結する予定になっている」

「争い、ではなく、見かけ上の争い、ですね」

「うん。ところで、今回上官家が蜂起したことは、誰が指示したことになると思う?」

 不意に、百里玄武が意味ありげな視線で百里景砂を見た。その瞬間、百里景砂は全てを理解した。

 百里玄武は、徹底的に菱家の人間を排除しようとしていることを!

 何を隠そう、百里家にも菱家の人間がいるのだ。百里玄武の側女である菱氏もその一人。他にも複数の客卿には菱家の息がかかった人間がいる。

「まさか、菱夫人ですか?」

 恐る恐る百里景砂が口にすると、百里玄武は満足そうにうなずいた。

「そう。上官家を扇動するには、百里家の中でそれなりに有力な人間でなければならない。それでいて、百里家と敵対しうる人間。その二つの条件に合致するのは菱夫人しかいない。そして彼女なら、百里家に潜んでいる菱家の客卿へも影響力があるだろうから」

 しかし、百里景砂の胸の内には疑問ばかりが膨れ上がる。

 菱夫人というのは百里玄武の側室の一人で、菱家出身でありながら、百里景砂の印象では菱藍雲のように私利私欲にまみれた人物ではない。むしろ、公正無私という言葉がぴったりと符合するくらい、清廉な人柄の人物なのだ。だから、幼少期から百里景砂は菱夫人のことを嫌ったことがただの一度もなかった。

 それなのに今、菱夫人はその姓が菱、というだけで断罪されようとしている。人は誰もその出身を選ぶことなどできないのに、そのせいで悪人の汚名を着せられようとしているのだ。

「でも、菱夫人はそのようなことをする方じゃありません」

「そうだな。でも、雲渓大陸が平和を取り戻すためには、彼女の犠牲というのは必要になるんだ。彼女を利用して、菱家の悪行を天下に知らしめる。そうして初めて、菱家の野心を完全に潰すことができるんだ」

 百里玄武の言葉を聞いた刹那、百里景砂は悲しくも理解せざるを得なかった。人というのは自らの目的が手の届きそうな範囲にある時、それしか視界に映らないのだ、と。そしてそれは、雲渓大陸で最大の権力者である百里玄武もまた同様なのだ、と。

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