第35話 菱珪玉への同情

 玉佩を見た瞬間、護衛たちは慌てて誰かを呼びに行った。そのおかげで、百里景砂と菱珪玉は待ちぼうけをくらってしまったが。

 だがそれほど経たないくらいで、再び百里家の門扉が開く。そこからは、先ほどの護衛二人と、紅一色の服を身に纏った、威厳に満ち溢れている男が現れた。彼の眉はきりっと上がり、瞳にも厳格さが垣間見える。誰もが喜んで近付いて行くような雰囲気ではまるでなかった。

 しかし、百里景砂はその男の姿を見るなり、その場に跪いた。それも、あふれんばかりの涙を堪えながら。

 そして、涙を堪えようとしているのは紅衣の男も同様だった。

「父上! 帰りが遅くなってしまいました」

 と、百里景砂が地に額をつけて言う。すると、男は途端に慌てて彼女の前に膝をつけた。

「景砂。無事に帰ってきてくれただけで十分だ。上官双晶から君が失踪した、と知らされた時は気が気でなかったが。どうしてまた上官家から出て行ったりしたんだ? 上官双晶の奴が何か酷い仕打ちをしたのか?」

 百里景砂は首を横に振って、これまでのことの顛末をかいつまんで話した。すると、百里玄武は自らの足に、自らの硬い拳を打ちつけた。

「菱藍雲め! あの痴れ者が! ......。それで、菱珪玉に見送られて帰ってきたのか」

「菱家の隠し部屋から、私一人で出るのが難しくて」

「うん。そうだろうな。いや、別に景砂を責め立てている訳じゃない。菱珪玉は菱藍雲のようなわからずやではないから、安心しなさい。彼に一言言ってから部屋に戻るかい?」

「......そうします」

 百里玄武に支えられながら、百里景砂は立ち上がった。それから彼女は後方にいる、菱珪玉の元までまっすぐに歩いて行く。

「菱公子。私を百里家まで送っていただき、ありがとうございました」

「いや、いいんだ。菱家が犯した過ちは多い。それをこんな形で少しずつでも償えるなら、私は満足だ」

「でも、この後菱家に戻ったら、また菱当主に叱られるのではありませんか」

「父と私は昔から考えが合わない。叱られるのは、いつものことだ。だから、心配には及ばない。じゃあ、私はこれで」

 菱珪玉が礼をしたので、百里景砂も同等の礼をし返す。彼女が再び顔を上げた時、菱珪玉の姿はもうそこにはなかった。その代わりに、百里玄武が彼女の隣に立っていただけだった。

「景砂、中に入ろう」

「父上」

「ん?」

「菱公子は何だか同情を誘う人ですね。元々の人柄は非常に優れているのに、生まれたのが菱家であるために白い目で見られてしまう。それも、彼がどこにいたとしても」

「そうだね。菱珪玉は本当にいい子だ。あの菱藍雲の子だとはとてもじゃないが信じられないくらい。でもね、彼は確かに菱家で生まれた。その事実だけはどう足掻いても変わることはない」

 百里玄武の口調にも哀惜が入り混じっているように聞こえた。そしてそのまま、何の言葉も交わさないまま、二人は百里家に入った。

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