第33話 菱家の脱出
しかし何の助けもない状況で、この隠し部屋と思しき部屋から出るのはあまりにも困難だった。
仕方なく百里景砂は菱父子が話し終えるのを待つことにする。だがこの時、彼女の耳には菱父子が言い争う言葉の内容など全く入らなくなっていた。
一体どれくらい経ったのか。百里景砂の意識が少しばかり遠のき始めた頃、菱藍雲の言葉が再度耳に入ってきた。
「まあいい。今日のところはこれくらいにしておく。こうしている間にも、あの百里景砂に好き勝手されたらたまらないからな」
「そういうことなら、早くこの隠し部屋を出た方がいいですよ」
「お前は出ないのか?」
「私はちょうどこの隠し部屋でしようと思っていたことがあるので、もう少しだけここにいます」
「……そうか。ここを閉ざすのを忘れるなよ」
その言葉が聞こえてから少しした後で、百里景砂が隠れている像の真隣を菱藍雲が軽すぎる足取りで通り過ぎる。それから大して時が立たない間に、今度は菱珪玉の重い足取りが像の付近にまで近づいてくる。
その足音はすぐに像を通り過ぎるかと思っていたのに、なぜかそこで止まってしまった。
百里景砂が怪訝に思っていると、なんとあろうことか菱珪玉は像の影に隠れている百里景砂を覗き込んだのだ!
「景砂さん。私がここから連れ出すよ。ここは私が思っていた以上に危険だった。もう一度、上官家に行くかい? 上官当主は君が無事だったら何も咎めはしないはずだ」
「菱珪玉。私はさっき今までの記憶を取り戻した」
「それなら、私が百里家まで送って行くよ。乗馬はできるかい?」
「昔、百里家で少しだけ習ったことがあるから、今でも多少は乗れると思う」
「そう。だったら、馬を二頭用意する。でも、用意できる馬が駿馬だと保証はできない」
「大丈夫。馬を用意してくれるだけでもありがたい」
百里景砂は初めて菱珪玉を見つめる。不思議なことに上官家で味わったあの胸の高鳴りはまだそこに存在していた。百里家は菱家とは相容れない関係にあり、関係を結ぶことも望むだけ無駄だというのに。
菱珪玉は小さくなっている百里景砂を立ち上がらせ、隠し部屋から伸びている通路を歩かせた。程なくして、光の漏れている扉らしきものが目に入る。
菱珪玉に続くようにして、百里景砂は扉の外に出る。そこは、庭だけやけに整えられた物置きのような場所だった。しかも、その物置きの奥には無数の馬がいるではないか。
「ここは?」
たまらず百里景砂が尋ねると、菱珪玉は顔を赤らめながら答えた。
「ここは、私の部屋なんだ。小さいけどね」
百里景砂が口を開く前に、菱珪玉は真っ直ぐに馬のいる方へと歩いていく。
「この馬は、全て私が育てているんだ。父上も干渉してはいないし、全て信頼できる者に世話を任せている。だから、この中から二頭だけ爽快に走らせよう」
「ありがとう」
菱珪玉が選んだ二頭の馬に、彼らはそれぞれ跨って菱家を出た。
そのまま、菱珪玉の案内で百里家へと向かって。
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