第28話 盛られた毒薬
上官景砂がきっと菱夫人を睨みつけた時、何も言う間もなく力抜けて倒れた。口を開こうにも、そんな力が残っているはずもないし、どこかから湧き出てくる訳でもない。だが、彼女はとにかく聞いてみたかった。その毒薬は、本当に自分の記憶を取り戻させてくれるのか、と。
唯一残っていた聴力までも眠りにつく前に、菱夫人は細い声で言った。
「寝台に横たわらせて。絶対に、誰もこの部屋に入れてはならない。それがたとえ当主であっても。もし当主がこの部屋に入ろうとした時には、死して守ること」
菱珪玉は暇を持て余していた。
禁足を喰らってからというもの、与えられた兵法書はもうすでに覚えてしまうくらいに読んでしまったし、囲碁をするにも自分以外に相手がいない。おかげで、仕方なしに窓の外を眺めることくらいしかすることがないのだ。
部屋の周りにある小さな池に茶色くなった木の葉が舞い降りた時、彼はある人影を見た。禁足となってから、誰にも会っていないが、その姿だけは一瞬で識別できた。
(母上?)
常に紫色の服を見に纏い、なぜか常に目を細めている人など、菱家では自分の母親以外にあり得ない。
菱夫人は人目も憚ることなく、真っ直ぐに菱珪玉の部屋に入る。当の部屋の主がまだ呆けている中、彼女は何事もなかったかのように話し始めた。
「珪玉。禁足にはもう慣れた?」
菱珪玉が相変わらず呆けたままでいると、氷のような菱夫人の視線を一身に浴びる羽目となった。おかげで、彼は無事意識を取り戻すことに成功したが。
「はい。ただ、禁足というのは暇ですね。日が経てば経つほどすることがなくなっていきます」
「そう。じゃあ、この機に琴の練習や絵を描いてみてはどう?」
菱夫人の雰囲気に全く似合わない冗談に、菱珪玉はしっかりと首を横に振る。
「いや。それだけは嫌です。琴画は私には合わないだけなので。ところで、母上はどうして急にこちらに来られたんです?」
「一つ、知らせたいことがあってね」
「はあ」
「さっき、珪玉が連れ帰った娘に毒薬を飲ませたの」
「誰が!」
菱珪玉が立ち上がって吼えると、菱夫人はなんと微笑を浮かべながら自分を指差した。
「どうしてです?」
思いっきり全身から力を抜いたような声で、菱珪玉はそれだけ聞いた。
「あの子の記憶を取り戻させようと思って」
「でも、父上が与えている薬の中にも、記憶を想起させる作用のあるものが含まれています。どうして急に? しかも、母上の盛った毒薬は彼女の命を奪わない保証はあるのですか?」
「当たり前でしょ。上官家が守ろうとしている娘よ。上官家の出身である私が、あの子を手にかけるはずがない。だけど、記憶を取り戻させてあの子を利用せざるを得ないのもまた心苦しい」
「利用? 母上は、あの者に何をさせるつもりなのですか?」
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