第27話 菱家の女主人
(菱家というのは、なんてつまらないところなのだろう)
腰掛けに浅く座りながら窓の外を見ながら、上官景砂はぼんやりとそんなことを思っていた。
彼女の近くには常に二人の侍女がいる。しかし、彼女たちは決まって岩のような顔をしていて、ほんの僅かたりともその顔を崩そうとはしない。そのおかげで、上官景砂はいよいよ誰に心を許すべきなのかがわからなくなってしまっているのだ。
菱珪玉が禁足となってから三日後の午後のことだった。昼餉の後ということもあり、上官景砂に眠気が襲う。また、昼寝でもするか、と彼女が寝台まで向かおうとした時、扉からやけに威勢のいい女が入ってきた。その女は紫色の絹を身に纏っていて、そこに施された彩雲の刺繍まで施されていた。
女は部屋を一通り見渡すと、上官景砂に狙いをつけたかのように、一歩一歩ゆっくりと彼女の元に近づいてきた。
「あなたが景砂?」
と言う女の声は、その外観からは全く想像できないほどに柔らかかった。
上官景砂は何も答えず、女をひたすら睨みつけている。だが、女はそれを気にするそぶりなど一切見せずに言った。
「聞いたところによると、あなたは記憶を失ったとか。私の息子もそれを心配していました」
「あなたの息子?」
「ええ。菱珪玉。知ってるでしょう? 今は禁足となってしまっているけれど、あの子はれっきとした私の息子ですから」
「では、あなたは菱当主の夫人ということ?」
すると、なぜか女はまるで面白いものを見聞きしたかのように抱腹絶倒した。少しして、女の笑いが収まると、鋭利な視線を上官景砂に戻した。
「そうとも言える。でも、私は上官家の人間でもある。私が菱家に来たのは、三家と菱家の関係改善を図るため。しかし、それが失敗に終わった以上、私は自分のできることをするしかない」
「できること?」
「あなたの記憶を戻して、あなたが本来いる場所へ戻すこと。私には、そんなことしかできない」
この女がどこまで本当のことを言っているのかわかりかねたが、上官景砂にはその言葉にも偽りがあるようには聞こえなかった。
「それなら、あなたは一体どうやって私の記憶を取り戻させるんです?」
「この羹を食べれば、記憶が戻るはず」
「この中に、その薬を仕込んだのですか?」
「そう。当主がやっているような遅い方法じゃなく、この薬は遅くとも明日までには確実に記憶が戻る」
女に差し出された羹を見ながら上官景砂は悟る。これを食べなければ、今の状況が大きく変わることはおそらくないのだろう、と。
上官景砂は羹を手に取り、それを一思いに食べた。
空になった皿を女が回収した時、彼女は冷たい目のまま聞いた。
「ところで、今あなたが食べたこの羹の中に入っているのがどういう薬かは聞かないの?」
不意に、景砂の中に不穏な予感がよぎる。
「記憶を取り戻す薬では?」
「そうだけど、普通の薬なのか毒薬なのか。どちらにしても可能性はあるでしょう?」
「じゃあ、どっちなんです?」
すると、女は上官景砂の耳元で囁くように答えた。
「もちろん、毒薬に決まってるわ」
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