第26話 菱珪玉の絶望

 去っていく菱藍雲の後ろ姿を見ながら、上官景砂は何を言うべきか考えていた。

 空虚な表情のまま、彼女は部屋の隅で固まったままの菱珪玉を見つめる。

「菱家というのは、随分と面白い家ですね」

 なんとかそれだけ言った上官景砂に、菱珪玉は充血した目を向けた。彼もまた、言いたいことだけはたくさんあるのに、その中から何をいえばいいのかだけはまるでわかっていないようだった。

「私から記憶を奪ったかと思えば、今度は取り戻そうとしている。一体何が目的なのかわかりかねています」

「その通り。本当に、今の菱家は馬鹿げたことばかりしている。いい加減に手を引くべきなのに」

 菱珪玉は弱くも長いため息を吐いた。

「菱公子は本当にこの家で何もできないのですね」

「情けない話だけどね。たかだか菱家の世子に、菱家当主の考え方を変えるのは無理なんだ。だから、菱家の中でも戦いを避けたい派閥が僅かにいるんだけど、彼らは皆私が一刻も早く菱家の当主になることを望んでいるんだ。そうなれば、菱家は他の三家とともに繁栄し続けていられると信じてね。だけど、それを理解していると同時に、私にはよくわかっているんだ。その日が来る前に、菱家は滅亡するか、逆に菱家が雲渓大陸を治めるかのどちらかになるってね」

「確か、以前もそのようなことをおっしゃっていましたね。それはどう足掻いても変わる可能性がないのですか?」

 菱珪玉は少しだけ考えると、嘲るかのような笑みだけを浮かべながら言った。

「変わるとしたら、父が死ぬか、私が死ぬか、そのどちらかが起これば可能性はなくもないかもしれない。まあ、もし後者が起これば、結局のところ菱家が滅びるのは確実なんだろうけど」

「そしてその場合は、結局のところ何も変わっていないことになってしまいますね」

「そう。まあ、そんな話はさておき、君は目覚めたばかりだ。ここでゆっくり休みなよ。何かあったら、いつでも私に言って。できる限り助けになる」

 上官景砂は頷いたが、それが頼りになる言葉だとは微塵も思っていなかった。実の家族ですら信頼し合うことができないこの菱家で、菱珪玉が自由に動き回れるのも一時のものになることだってあり得る。

 彼女は去っていく菱珪玉の背中を見ながら、「ありがとう」とだけ呟いた。

 そしてその翌日、上官景砂の元に風の便りが一通届いた。

 菱珪玉が禁足になった。

 その理由としては、長く菱家を離れていた彼に、菱家の教えを学ばせる、というものだ。だが、それを文字通り信じる人など、誰一人としていなかった。当然、それを表に出す者も皆無だったが。

 その日以来、特に何も命じられていないはずの上官景砂は口を閉ざすようになった。

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