第22話 菱珪玉の出立

 上官景砂は禁足になったとはいえ、上官家の対応がそれを機に悪くなったわけではなかった。食事や衣類は相変わらず上等のものを与えてくれるし、部屋にも世話係の者がいてくれる。書物が欲しいと言えば書物も一度に十冊ほどを毎回用意してくれる。しかも、琴の練習や描画もどれほどしていても何も文句を言われることはない。

 変わったのは、侍女以外に上官景砂を訪れる者はいなくなり、彼女は自ら部屋を出られなくなっただけだった。

 そしてその日々は、わずか十日目に変化を迎えた。

 その日も上官景砂は相変わらず、琴の練習をしていた。琴譜のようなものは何もなく、ただの手遊びとして弦を弾いているだけだった。

 ちょうど昼食を食べ終え、食器を侍女が洗い場へ持って行っている間に、窓から男が一人、軽い身のこなしで入ってきた。上官景砂の部屋に、窓から入ってくるような人間は、上官家のどこを探しても一人しかいない。

「菱公子?」

 久々に声を出したおかげで、上官景砂の声が素っ頓狂なものになる。

 だが、菱珪玉はいつもと変わらない微笑を浮かべたまま、淡々と言った。

「三日後に、菱家へ戻ることになったんだ。その時に、機をうかがって君を菱家へ連れて行こうかと思うんだ。もともと、上官家にいる方が安全だと思っていたけれど、今や上官家も君を監禁している。それなら、上官家にいても菱家にいても危険に関しては大差ないだろう? だったら、私のいるところにいた方が景砂さんとしても安全なんじゃないかと思って」

「ですが、上官当主は私をここにひと月の間だけ禁足にするだけです。監禁だなんて、大げさすぎます」

「つまり、君としては、私と共に菱家へ向かう気はないということ?」

「はい。だって、あまりにも突然すぎますし、私は上官当主の養女としてここにいるわけですから、上官当主の許しを得るまでの間はここにいます」

 すると、菱珪玉はわずかに眉根をひそめた後で、ただ一言「そう」とつぶやいただけだった。

「何はともあれよかったですね。菱公子もようやく自らの家に戻れるわけですから」

 気まずくなっている空気をごまかすかのように、上官景砂は言った。

「……どうもありがとう」

 菱珪玉はそれ以上言葉を発することはなく、そのまま入ってきたばかりの窓から出て行った。

 そしてその三日後、菱珪玉は上官双晶に見送られて菱家へと出立した。しかしその時、ちょうど昼餉を口にしていた上官景砂が昏睡状態に陥っていたことはまだ誰も知らなかった。

 しかも、そのあとで上官景砂が失踪することなど、上官双晶ですらも全く予期していなかったのだから。

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