第20話 胸の内

 自らを嘲笑するかのように小さく笑った後で、菱珪玉は上官景砂の目を見ないまま言った。

「だけど、菱家でとにかく知らない人ばかりを避けていた時に出会った女の子だけは、百里家の子だったのに私を名前だけで判断しようとはしなかった。だから、菱家は他の家とは相容れない存在であっても、皆が皆菱家の者、というだけで菱珪玉という者を判断するというわけじゃないって思った」

「その時に出会った百里家の女の子、というのは私ですか?」

 上官景砂の低い声に、菱珪玉の全身が固まった。だがすぐに、彼は懐かしむような視線になって認めたのだった。

「うん、そう」

「どうして、そう確信できるんです?」

「だって、君の腰には必ず紅蓮の玉佩ぎょくはいがあるだろう? それと同じものをあの子も身に着けていたんだ」

 その時、上官景砂は初めて自分の腰に目を向ける。そこには確かに、辰砂でできた、紅蓮をかたどっている玉佩がぶら下がっていた。それはそこにあるのが当たり前すぎて、彼女もその玉佩のことをすっかり忘れてしまっていたのだった。

「でも、この玉佩があるからと言って、私が菱公子の幼少期に出会った少女だとどうして確信できるのです?」

「景砂さんの腰にぶら下がっているのは、一目で見てわかるほど腕のいい職人が彫ったと分かる。そこまで細かく彫られている玉佩を身に着けられる人は少ないし、金で縁取られた玉佩を身に着けられる人はさらに限られるからね。その玉佩を見た瞬間に、君があの時の女の子だと分かったよ」

 上官景砂は紅蓮の玉佩を手に取る。それには確かに、金粉が縁取られていて、彫りも人が彫ったとは思えないくらいに滑らかだった。しかもよく見ると、彫られた箇所には真珠の粉までちりばめられている。

「それにしても、よく覚えていましたね。当時の玉佩のこと」

「まあね。でも、彼女は私の想い人だから、大体のことは覚えているよ」

 その瞬間、上官景砂は顔が紅潮するのを感じながら、菱珪玉を見上げる。しかし、彼の表情にはもう何の感情も浮かんでいなかった。

「では、今となってはただの思い出ですか」

「いや。今となってはただの執着に過ぎないと思ってるよ」

「どうして?」

「だって、百里家の令嬢に菱家の世子が想いを寄せたところでどうなる? 結局のところ、少なくとも片方が犠牲になるのだけは目に見えているだろう?」

 菱珪玉は冷たい笑みを浮かべながら、頬を一筋だけ濡らしていた。

「でも、先のことはまだわかりませんよ」

「じゃあ、少なくとも君は菱家のことをどう思う?」

「わかりません。私は以前の記憶をすべて失ってしまって、菱家のことも何の印象もありません。でも、上官家で目覚めて、あなたと接していく中で、菱珪玉という人柄のことは多少なりとも理解しているとは思います」

「それなら、君は私のことをどう思う?」

 上官景砂は少しだけ考えてから、上機嫌に言った。

「時々何を考えているのかわからないときはあるけれど、基本的には素敵な人だと思います。菱公子はよく、私のような何も知らない者に対してもよくしてくれますから」

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