最初の仲間

 最初に出会った仲間は、シューネルだった。


 あの頃の俺は、勇者になったばかりで、すべてが手探りだった。ただ「世界を救え」という曖昧な命令だけが、頭の奥で無遠慮に響いていた。


 王都近郊の山村で、奇妙な魔力反応の調査中だった。魔力の扱いもろくにできない俺の前に、ひとりの少女が現れた。束ねた髪が揺れ、冷静な眼差しが魔物を撃ち抜く。その姿は、今でも脳裏に焼きついて離れない。


「魔力ってのは、“感じる”ものよ。息をするみたいに、自然に使うのがコツ」


 年下のはずなのに、彼女はやけに落ち着いていた。俺はてっきり年上だと勘違いしていたほどだ。


 理論に強く、実戦でも頼りになる。何より、隣にいると不思議と心が安らいだ。気づけば俺の方から、旅に誘っていた。


「付き合ってあげるわけじゃないから。ただ、興味があるだけ」


 そんな風に言いながら、彼女は最後まで俺の隣にいてくれた。


 ──そして今も、また隣にいる。


「……イアス? 黙り込んでどうしたのよ」


 現実に引き戻され、俺はシューネルと視線を交わす。


「ああ。ちょっと昔を思い出してただけだ」


 あの遺物の封印は今、静寂の中にある。しかしその静けさは、嵐の前触れだ。封印が解ける刹那、確かにあの名が聞こえた。


 ──ディアヴァール。


「これから、どうするの?」


 シューネルの問いかけに、俺はゆっくりと答える。


「仲間を探しに行く。……ヴォルクとリゼルに会いに」


 彼女の眉がわずかに動いた。


「本気なのね。でも、北方の情勢は未だに不安定よ。ヴォルクはきっと戦の渦中。リゼルも……」


「分かってる。でも、あいつらの力が必要なんだ。今度の戦いは、あのときより厄介になる」


 短い沈黙の後、シューネルが椅子を引いて立ち上がる。


「なら、私も行くわ」


「……研究所はどうするんだ?」


「部下に任せればいいわ。現場に出た方が得られる情報も多いしね」


 いつもの調子だ。しかし、その瞳は冗談ではなかった。


「それに……私も確かめたいの。あの遺物の意味、あの“声”が何だったのか」


 彼女の瞳には、かつて共に旅した頃と同じ、いや、それ以上に強い意志が宿っていた。


「三日だけ待って。旅の準備をしてくるわ」


 俺の顔をじっと見つめながら、続ける。


「その間、ちゃんと休んでおきなさい。まともに眠ってないでしょ、アンタ」


 少し呆れたような口調に、俺は苦笑して頷いた。


「……そうだな。休む時間も、必要だ」


 彼女の一言が、重くなっていた肩の力をほんの少し和らげてくれた。

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 宿の狭い部屋に戻ると、俺はベッドに身を投げた。硬い木の床に比べればずいぶんマシだが、それでも蓄積した疲労は簡単には抜けない。


 窓の向こうから差し込む夕陽が、薄いカーテン越しに部屋を温かな橙に染めていた。街の喧騒がかすかに聞こえる。だが、俺の胸の内には、静かに不安が渦巻いていた。


「三日で準備か……間に合うのか?」


 脳裏に浮かぶ仲間たちの顔。

 無骨な戦士・ヴォルク。

 穏やかな聖女・リゼル。

 そして、隣にいたシューネル――。


 目を閉じようとするが、意識は冴えていた。


 それでも、シューネルの言う通り、今は少しでも休まなければ。


 深く息を吐いて、まぶたを閉じたその時――。


「随分疲れてるようだね、イアス」


「誰だっ!?」


 跳ね起きて、反射的に短剣へ手を伸ばす。だが、そこにいたのは、あの時の子供だった。


 白い服をまとい、黒髪を肩で切りそろえた小柄な影。窓辺に立ち、こちらをじっと見つめている。


 気配も、足音もなかった。鍵もかけていた。なのに、なぜここに――。


「また会ったね」


 廃村で出会った、あの少女――いや、“少女の姿をした何か”。警戒を緩めず、俺は問いかける。


「……どうやって入った?」


「そんなの、答えると思う?」


 その声は、子供とも、大人ともつかない。瞳は透き通っているのに、その奥は見えない。見ようとすればするほど、深淵に引きずり込まれるような錯覚に陥る。


「お前……いったい何者なんだ?」


 沈黙が落ちる。


 数秒の沈黙のあと、彼女――“それ”はふっと微笑んで言った。


「ミュリカ。それが、今教えられるすべて」


「ミュリカ……?」


 聞き覚えのない名。しかし、心のどこかがざわめいた。胸の奥が、妙な予感で満たされていく。


「その名だけは、覚えておいて。近いうちに、もっと“分かる”ようになるから」


 視線を外し、少女は窓の外に広がる茜空を見上げた。


「……もう、時間はあまり残っていないの」


 その言葉は、俺に向けられたのか、それとも別の何かに対する言葉なのか――。


「待て、お前は何を――」


 立ち上がろうとした瞬間、風が吹いた。密閉されたはずの部屋で、確かに風が。


 目を凝らすと、そこに彼女の姿はもうなかった。


 まるで最初から、存在していなかったかのように。


 ──ミュリカ。


 その名を、心の奥で繰り返す。ただ一つ、はっきりと分かるのは、“忘れてはならない”という直感だった。


 ベッドに腰を下ろし、俺は息を整える。


 その時、不意に胸元に違和感が走った。視線を落とすと、俺の“ウィンドウ”が、淡く輝きを帯びていた。


 あの旅の終わりと共に、失われたはずの力。だが、魔王の声を聞いたその日から、まるで意思を持つように再び動き始めていた。


 手をかざすと、青白い光が空間に浮かぶ。


 表示されたのは、三つの命令。


 _______________

 

 【南東の断崖地帯に行く】

 【北境の砦に行く】

 【影の気配を辿れ】


 _______________


「……北境、か」


 その名を見た瞬間、真っ先に思い浮かんだのは――


 無骨な戦士、ヴォルクの顔だった。


「次は、ヴォルクってことか」


_____________________________________


一日遅れちゃった(*ノω•*)テヘ

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全てが終わった後に 天馬月音 @Hochik1su

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