魔王の影

 石造りの封印陣が、ギシギシと軋んでいた。


 遺跡の最奥、蒼白い魔力が渦を巻き、空間そのものを歪めている。詠唱を続けるシューネルの声が響く中、俺は陣の中心で、暴走する“遺物”を睨み据えた。


「……まずい、魔力の密度が限界を超えてる」


 封印を急がねば――その瞬間だった。


 濁流のような魔力が、突如として形を持ち始めた。


 腕。脚。角を戴いた頭部。黒煙と閃光の中から、強烈な“意志”を帯びた存在が姿を現す。


「魔王……!?」


 思わず口をついたその姿は、かつて討ち滅ぼしたディアヴァールと酷似していた。だが、それは本物ではない。魔力の残滓――ただの影。けれど、その殺意だけは紛れもなく、現実だった。


「イアス、避けてっ!」


 シューネルの叫びと同時に、黒き魔力の腕が振り下ろされる。俺は跳躍でかわし、魔力を展開する。


 ――制御する。


 暴走する魔力の濁流が、俺の目には無数の光の糸が絡み合った編み物のように見えていた。

 流れ、性質、構造。

 その本質を掴み、不要な糸を断ち切り、必要な流れだけを俺の意のままに編み直す。 それが、俺だけに許された権能。


「大人しく眠れ。ここは……お前の居場所じゃない」


 右手に魔力を集中させ、残響の核へと踏み込んだ――


 その瞬間、脳裏に直接、異質な“声”が流れ込んできた。


『久しいな……勇者イアス……』


 背筋を這うような悪寒。忘れるはずもない、あの声。


「……ディアヴァール……!」


 世界を蹂躙し、幾千万の命を奪った魔王。その名が、今もなお核に残る魔力から響いている。


「やっぱり……まだ消えてなかったか!」


 魔力が荒れ狂い、封印陣がさらに軋む。


「イアス、時間を稼いで! 封印を完成させる!」


「任せろ!」


 俺は全身の集中を右腕へ注ぎ、周囲の魔力を強引に制御、槍のように尖らせる。その先端を、ディアヴァールの気配を宿す核へと突き立てた。


 しかし――


 ――ズンッ!!


 遺物の中心から黒い瘴気が噴き出し、空間を裂いて魔力が形を成す。


 現れたのは、四肢で大地を踏み鳴らす獣型の魔物。黒紫の身体に紅蓮の双眸。核に蓄積されていた膨大な魔力が、実体を得たのだ。


「……魔力から魔物を作り出した、だと……!?」


 俺の驚愕を嘲笑うように、魔物が声を発する。


「魔力を操れるのが……お前だけだと思うなよ、イアス」


 それは口からの発声ではなかった。空間そのものが震えるような、魔力の中から響く“言葉”。まさに、魔王の残響そのものだ。


「チッ……面白ぇ。なら見せてやるよ。魔力を“制する”ってのが、どういうことか!」


 俺は地を蹴り、魔物の懐に踏み込んだ。


「この程度――!」


 掌に魔力を集中させ、青白い刃を生み出す。世界の理を断ち切る、概念すら斬る一閃。


「貴様の魔力も……俺の中じゃ、ただの“素材”だ!」


 魔物が咆哮し、口から黒炎を吐き出す。岩を熔かすほどの熱量――だが俺は怯まない。


 右手を掲げ、その魔力の奔流すら掴み、裂く。


 ――解析完了。制御可能。


 俺の中の感覚が告げる。魔物を構成する魔力には、明確な“型”がある。


「返してもらうぞ――その魔力!」


 魔物の足元に魔力の鎖を打ち込み、術式を展開。魔力の一部を奪い、抑制フィールドを生成する。


 魔物の動きが鈍った――今だ。


「シューネル! 封印を!」


「了解!」


 シューネルの詠唱が変わり、封印陣の光が増していく。空中に浮かぶ光の粒が、幾重にも絡まり、陣の輪郭を浮かび上がらせる。


 魔物が苦悶の声を上げ、前足を振り上げる。


 刹那、俺は跳び上がり、刃を逆手に構える。


「終わらせるッ!!」


 狙うは、魔物の“心核”――いや、ディアヴァールの魂の残響。


 刃が闇を裂き、直撃する。


 轟音と共に、魔物が崩れ落ちた。


「さすがだな……勇者」


 核を破壊された魔物は、魔力の粒子となって空へと舞う。その中心に、赤黒く脈打つ小さな珠が浮かぶ。


「だが……これで終わりだと思うなよ。この身体も魂も、一時的な“器”にすぎん……」


 ディアヴァールの声が、霧のように消えていく魔力と共に、空間に残る。


「お前が五年も足を止めている間に、俺の意志はすでに“あちら”へ届いた。 次に会うときは、お前の大切な仲間ごと、この程度では済まさんぞ……」


 不気味な笑いが、やがて静かに消えた。


「どこにいようが、追い詰めてみせるさ。お前の意志も、野望も、すべて暴いてな」


 俺は呟きながら、残った魂核へと手をかざす。魔力を収束させ、空間ごと圧縮し、封印。


 静寂が遺跡を包む。


 蒼白い光の残滓だけが、ゆらりと揺れていた。


「……終わった、のか?」


 シューネルが詠唱を止め、息を切らしながら近づいてくる。疲労と安堵、そして――わずかな不安を宿した瞳で。


「一時的には、な。だが……今のは“残響”だ。本人は、まだどこかで――」


「生きている、ってことね」


 俺は、静かにうなずいた。


 魔王ディアヴァール。やはり完全には消えていなかった。いや、“何か”が奴を地上に繋ぎ止めている。


 その正体を突き止めるためにも、俺は先に進まなければならない。

_____________________________________


 これ本当に終わるかな~?

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