再会
王都ズリード。
それは十万を超える人々が暮らす、大陸有数の巨大都市だ。
交易の中心として発展し、各国の使節、冒険者、研究者、そしてときに盗賊までが入り乱れる活気と混沌の街。石畳を叩く馬車の音、鍛冶場の槌音、様々な言語が混じり合う喧騒、そして異国の香辛料と焼きたてのパンが入り混じる匂い。その全てが、この街が生きている証だった。
俺にとっては、少し特別な意味を持つ場所でもある。
──この街には、かつての仲間、シューネルがいる。
魔法の才能で右に出る者はいないと言われた、天才魔導士。
気まぐれで皮肉屋。けれど、誰よりも世界の謎に貪欲で、旅の中ではその頭脳と魔術で幾度となく窮地を救ってくれた。
魔王討伐のあと、彼女は王都に戻り、研究所に籠って古代魔術の解析に没頭している──そんな話を聞いたのは、もう三年前のことだ。
今回ここへ来たのは、偶然じゃない。
“ウィンドウ”に表示された、新たな指示──「南東の断崖地帯へ行け」。
そして祠で感じた、得体の知れない“影の気配”。
点と点を繋げるには、あいつの知恵が必要だ。
……もし、誰かがこの異変の意味を理解できるとしたら、それはシューネルしかいない。
王都の門をくぐり、荷を背負い直す。
「さて……会いに行くか。気難しい天才魔導士殿に」
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「……ここか」
門に掲げられた金属製のプレートには、こう刻まれていた。
《シューネル魔術研究所》
……そのまんますぎるだろ。
苦笑が漏れる。けれど、いかにもあいつらしいネーミングだ。
「そこのお前。さっきから門の前に立っているが、何か用か?」
門の奥から、武装した衛兵の男が現れ、こちらに声をかけてきた。
「シューネルに会いに来たんだが。……あいつはいるか?」
「お前は誰だ?」
「イアスだ。言えばわかるはずだ」
「……ちょっと待ってろ」
衛兵は建物の中へ消えていった。
俺はその場で、少しだけ深呼吸をする。
五年。
それだけの時間が経った。言葉にすればたった二文字だが、その重みは決して軽くない。
あいつは、この五年でどれだけ先に進んだのだろう。対して俺は、何かを成し遂げただろうか。
それぞれが“魔王のいない世界”を生きる中で、俺だけが過去に取り残されていた気がして、少しだけ、会うのが怖かった。
やがて、再び門が開いた。
「……通れ。中で待ってるそうだ」
俺は一礼し、門の向こうへと足を踏み出した。
整えられた庭の草木は、まるで魔法陣のように配置されている。
花の種類や咲く位置にすら、意味が込められているのだろう。かつてシューネルは「庭にも理は宿る」と言っていた。
案内されるままに、研究棟の中へと進む。
本棚に並ぶ魔導書、瓶詰めの標本、空中を漂う光球、天井に届きそうな書類の山。
壁には古代語で記された数式や、見たこともない構文が描かれている。
あの頃と変わらない、混沌と秩序が同居する“知の空間”。
ここが彼女の今なのだと、静かに実感する。
扉の前で、もう一度、息を整える。
再会への期待と、不安と、ほんの少しの後悔。
全てを押し込めるように、扉をノックし、開いた。
「……あら」
背を向けて魔法装置を調整していた彼女が、こちらに気づいて振り返る。
銀色の三つ編み、少し痩せた輪郭、そして──相変わらずキツそうな眼差し。
「生きてたの? てっきりどこかの山で、犬死にでもしたかと思ってたわ」
「その口、相変わらずだな。会えて嬉しいよ、シューネル」
彼女は鼻で笑った。
「気持ち悪い。その笑顔、絶対嘘でしょ」
「まあ、ちょっとな。でも、助けが欲しいのは本当だ」
数年ぶりの再会は、思ったよりも自然だった。
──だけどこの先、俺が語る話は、きっと軽い雑談では済まない。
俺は鞄から一枚の紙片を取り出す。ウィンドウに表示された指示を書き写したものだ。
「“南東の断崖地帯へ行け”──まだ“ウィンドウ”が見えてるの?」
「そうなんだよ。魔王を倒したあとも消えなかった。今までは“魔王を探せ”ってだけだったけど、つい最近変化した」
シューネルは紙片を受け取り、細めた目でじっと読み込む。
「……面白い。っていうか、それ、ただの予言じゃなくて“命令”に近いわよね。あんたの人生、ずっと導かれてるってこと?」
「そう言われるとゾッとするな」
「ふん……まあいいわ。その話、ちょうど裏が取れたところよ。 断崖地帯の地下に眠る古代の魔力装置……それが最近、休眠期を終えて勝手に活性化し始めてる。王宮の連中は地殻変動か何かだと思ってるみたいだけど、観測された魔力波形は明らかに“人工的”なもの。 何かが意図的に、あれを目覚めさせようとしてる」
「魔王の残滓か?」
「まだ断定はできないけど、“何か”が動き始めてるのは確かよ」
そのときだった。
――ドォン!
低く鈍い爆音が、研究棟の地下から響いた。
「……またか」
シューネルはため息をつき、袖をまくる。
「封印中の遺物が暴れたのね。最近、妙にこういうのが多いのよ」
「手伝おうか?」
「当たり前でしょ。どうせ暇なんでしょ、今のあんた」
言い返そうとして、やめた。結局、こうして俺はまた、戦いの場に戻っていくのだ。
魔王はまだ終わっていない。
そして――何かが、呼んでいる。
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今年中に終わると思う流石に
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