再出発

「じゃ、行ってくるよ」


 朝焼けが森を赤く染めていた。

 小屋の前で荷物を背負い直しながら、俺は背を向けたままそう告げた。


「おう、気をつけてな。生きて帰ってこいよ」


 師匠は相変わらず煙管を咥えたまま、薪割りの手も止めずに返す。


 ……まったく、最後までブレない人だ。


 でも、その“ブレなさ”に、俺はずっと救われてきたんだ。


 昨夜、師匠と話したあと──ふと、気づいた。


 胸の奥に、かすかに浮かび上がっていた“あれ”。


 勇者に選ばれた日から、俺だけが見えていた不思議な“ウィンドウ”。

 いつも次にやるべきことを、簡潔に、一言だけ教えてくれる謎の能力。


 本来、魔王を倒した時点で消えるはずだったそれは、なぜか五年も残り続けていた。


 表示はずっと、こうだった。


 「魔王を探す」


 どうすればいいのかもわからず、ただそれだけが残っていた。


 でも昨夜、師匠と再会し、話し終えたその瞬間──


 文字が変わった。


 「南東の断崖地帯に行く」


 ……やっぱり、間違ってなかった。


 俺は空を見上げて、深く息を吸い込む。


 久しぶりに、身体の奥から力が湧き上がってくるのを感じた。


 “進むべき道”がある。


 それがどれだけ険しくても、ようやく、前に進める。


「ちょっと待ちな」


 師匠が小さな革袋を放ってきた。中には薬草と干し肉、そして手のひらサイズの水晶玉。


「この水晶玉は?」


「昔、友人からもらったもんだ。願えば一度だけ、どんな傷でも癒してくれるってな」


「……便利すぎないか、それ」


「俺は強いからな。使う機会がなかった」


 そう言ってまた、斧を手に薪割りを再開する。


「戻ったら、山菜でもごちそうしてくれ」


「生きて帰ってきたらな」


 ぶっきらぼうなその声に、思わず笑ってしまった。


 そして俺は歩き出す。


 “ウィンドウ”に導かれるままに――再び、魔王の気配を追って。


「……っていうか、この森、魔物多すぎるだろ!」


 本気で多い。しかも全部強い!


 なんでこんなところに隠居小屋建てたんだ、師匠……

 もうちょっと“人里寄り”とか考えなかったのかよ。

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 森を抜けて山道をしばらく進むと、視界の先にぽつんと現れた集落があった。


 ──廃村だ。


 地図にも載っていない。いや、あまりにも古く、誰にも忘れられたような場所。


 朽ちた標柱は風雨に削られて、もはや文字さえ読めない。


「……こんな場所、あったか?」


 静寂の中に響くのは、風の音と自分の足音だけ。


 崩れた家屋、転がる瓦礫。全てが“時間”の中に埋もれている。


 だが、村の奥――ただひとつだけ、異質な建物が目に留まった。


 小さな祠。それだけが、まるで時の流れに逆らうように綺麗に保たれている。


 草一本すら生えていない。扉は固く閉ざされ、空気が張り詰めていた。


 その前に、ひとりの子供が座っていた。


「……え?」


 思わず足が止まる。


 ボロボロの上着に膝を抱え、祠をじっと見上げるその姿。

 髪は短く、性別も年齢もわからない。でも――目だけは、強く印象に残った。


 大人びた、どこか“悟った”ような目。


 そして、俺を見るなり、口を開いた。


「ようやく、来たんだね」


「……俺のこと、知ってるのか?」


「うん。でも、あなたはまだ知らなくていい」


「なに言って――」


 問いかける間もなく、その姿がふっと消えた。


 風に溶けるように、影が散るように。

 まるで、最初からそこに存在していなかったかのように。


「……っ」


 心臓が、ざわついた。


 何かが変わった。確かに“次”へ進んだ――そんな感覚。


 ふと、視界の端で光が揺れる。


 いつの間にか、“ウィンドウ”が開いていた。

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 【南東の断崖地帯に行く】

 【影の気配を辿れ】

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「……影の気配、か」


 魔王の残滓か? あるいは、新たな何かか。


 風が祠を吹き抜ける。軋む木戸。揺れる草木。


 まるで「先へ進め」と言わんばかりだった。


「……何なんだよ、もう」


 警戒を解かず、祠の扉を押し開ける。


 中は薄暗く、冷気が肌に触れる。石造りの簡素な祭壇の上には――


 黒曜石のような光を宿した、ひとつの宝石。


 触れていないのに、存在感だけが異様に強い。まるで、そこに“意志”があるかのようだった。


「……鍵、か?」


 何かはわからない。でも、ひとつだけ確かに言える。


 “いつか、必要になる”


 その直感が、胸の奥に強く残った。


 俺はそっと宝石を布で包み、荷物の中にしまい込む。


 剣を背に、再び歩き出した。


 ここからが本番だ。


 ウィンドウが導く先、「南東の断崖地帯」の意味。


 そして――まだ誰も知らない、魔王の“真の目的”。


 そのすべてを、俺が明らかにしてみせる。

_____________________________________



 短編じゃ絶対終わらなくて絶望なんだけどwww

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