第4話

 あのあと、騎士からの威圧はピタリと止んだ。

 それどころか寧ろ優しくなったのだから不思議なものだ。

 そして、アリアさんからも次々と質問を受けた。


 とはいえ、冒険という冒険をしてない僕はバレットボアやゴブリンの倒し方しか話せず、直ぐにその話も終わってしまったのだが。



「よし、小僧。剣の稽古をつけてやろう」


 騎士、もといガラガスさんがそう言ったのは休憩のタイミング。明日は深い森に入るため、早めに切り上げて馬を休ませている時だった。


「ええ!いいんですか!?」

「ああ、冒険者としてこれからも歩むのならば剣技は必要であろうからな」


 僕としては願ったり叶ったり。

 本物の騎士の指導なんてのは、本来は大金を積まないと受けられない。


「では、まずは基本の素振りから見せてみろ」


 言われるがままに剣を振る。

 物語に期待できない僕は、剣技を磨くしか無かった。


「ほう、独学にしてはよく出来ている」


 だから、本物の騎士に褒められるのは嬉しかった。


「さすが、冒険者様!ガラガスに褒められるなんて凄いです!」


 相変わらず手放しで僕を褒めてくれるアリアさん。

 ガラガスさんが他人をあまり褒めないのが容易に想像つくのが少し笑えた。


「私は、以前とある流派の師範代に師事していてな」


 そう言って取り出した長剣を上段に構える。向かう先は何の変哲もない樹木。


 まるで、空気を撫でるようにそれを切り下ろした。


 無駄な力の入っていない、柔らかい一閃。


 まるで樹木を剣先で撫でたような印象を受ける。


 だが、その先に刻まれるのは紛れもない斬撃の跡。

 綺麗に刃先の分だけ傷が入る。


 少し肩で息をしたかと思うと、呼吸を整え再び話し出すガラガスさん。


「ふぅ、師匠ならば造作もなくこの木を切り倒していたのだがな」


 そう言ってぼやくと、こちらを向いた。


「これは、柔の剣やわらのつるぎと呼ばれる剣術だ。通常の剣術との違いがわかるか?」


 言ってしまえば、何もかもが違う。

 僕の使う剣術は腕の力を真っ直ぐに刀身に乗せて断ち切る。

 先冒険者達から見よう見まねで習得したものだ。

 だが、ガラガスさんのそれは違った。


「……力を、入れていない。というより、力の流れが違います」


 自分でも驚くほど、言葉がすんなり出てきた。


「ほう」


 少しだけ目を細め、続きを促す。


「剣を振っているというより……重さを“預けている”ように見えました。腕で振っていない」


「正解だ、小僧」


 満足げに頷くと、剣を肩に担いだ。


「柔の剣はな、剛力で斬らん。流れで斬る。腕、肩、腰、足。全身を一つの線にして、剣をだけだ」


 そう言いながら、今度は何も斬らずに素振りをする。先ほどと同じ動きのはずなのに、空気の揺れ方が違う。


「強い力は要らん。その代わり、己の重さと地面を使え。そして、節々で伝わる微々たる筋力を増幅させ、鋒に乗せる」


 地面、という言葉に妙な重みを感じた。

 冒険者として歩き回る僕にとって、足場は常に生死を分けるものだ。


「試してみろ」


 恐る恐る、同じように構える。

 力を抜き、肩の力を落とし、剣の重みを意識する。全てが、連なるように、流れるように。


 ――落とす。


 振った、という感覚はなかった。

 ただ剣が自然に流れただけ。


「……」


 樹皮に、浅いが確かな傷が残っている。


「初めてにしては上出来だ」


 その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。


「ありがとう、ございます」

「もしかしたら、貴様には剣術の才能が……いや、やめておこう」


 何かを言いかけたところで口を噤む。

 そして、一呼吸、間を置いて言葉を続ける


「……物語さいのうに恵まれぬ者ほど、技を磨く」

「……」

「悪くない生き方だ」


 その言葉は、妙に重く響いた。


 しばらく稽古を続け、日が傾き始めたところで再び馬車に戻る。その頃には、たった数時間しか経ってないにもかかわらず妙に柔の剣が手に馴染んでいた。

 もしかしたら、自分に合っているのかもしれない。

 夜は野営となり、焚き火を囲むことになった。

 アリアさん、御者のおじさんも含めて四人で火にあたる。


 火の爆ぜる音を聞きながら、ガラガスさんは珍しく自分から口を開いた。


「……私の物語はな、農民だ」


 唐突な言葉だった。


「生まれも育ちも畑の中。剣なんぞ、最初は鍬より重かった」


 火を見つめたまま、淡々と語る。


「それでも、騎士になりたかった」


 どこか遠い目をしているその姿に、つい余計なことを口走る。


「それは、何故なにゆえ?」


「理由?……さあな。憧れだったのか、意地だったのか」


 野暮な質問だったと思う。少しだけ、聞いたことを後悔した。

 だが、同じ目をしたまま気にする様子もなく話を続ける。


「何度も笑われた。物語が弱いと、才能がないと。それでも剣を振った。柔の剣に出会ったのは、その後だ」


 焚き火の向こうで、彼の顔は影に沈んでいた。


「不遇な物語でも、生き方次第で刃になる。……俺はそう信じている」


 その瞬間だった。


 焚き火の外、闇の向こうから、かすかな鳴き声が聞こえた。


「ミャッ」


 聞き覚えのある、不機嫌そうな声。


「……あれ?」


 闇から現れたのは、一匹の猫。

 首元には、見覚えのある小さな札。


「マチルダさんの……使い魔?」


 猫は一瞥だけこちらを見て、すぐにアリアさんの方へ視線を移す。


 そして、口に咥えていた小さな筒を、焚き火の傍に落とした。

 その筒に「他人に見せるな 」と書いてあるのを見て、そっと懐にしまった。


「小僧、今のは?」

「マチルダさんから、たまにやり取りしてる個人的な手紙ですよ」


 咄嗟についた嘘は彼にバレていないだろうか。

 その日は深入りされることもなく夜を越した。

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