第2話

 バレットボアの解体が終わり、一息ついた。

 とはいえその場にいつまでもいる訳には行かないのでそそくさと街へ戻る。


 バレットボアはいくらで売れるだろうか。

 今までは宿のおじさんに卸していた。

 それを宿代と食事代、そして少しの現金に変えてもらっていたのだ。


「これ、お願いします」


 ギルドに着くと、すぐに納品カウンターへと向かい生肉と魔石を渡す。


「おお、君。昨日登録してた子だね」


 そう言って話しかけてくるのは納品カウンターのお姉さん。

 ボアの血の滲んだ布袋と魔石を受け取り、早速鑑定を始める。


「ほい、今回の分」


 そう言って渡してくる銀貨2枚。

 一匹でこれならゴブリンよりも割がいいかもしれない。


 そんなことを考えながら受け取ると、不意に背後からどよめきを感じた。


 振り返ると、そこに居たのは白髪を肩まで伸ばした美しい女性。


 その背中には3メートル程もある亜竜、ワイバーンの死体が背負われている。


「剣聖……」


 彼女は剣聖、アリス・シュタインバーグ。

 剣士の頂きにして、竜殺しの英雄。


 憧れの英雄の一人であり、僕の目指す到達点にいる存在。


 背中のワイバーンを売りに来たのだろう。迷うことなくこちらに歩みを進める。


 こちらに向かってくる彼女に、口をついたように声が出る。


「あ、あの!」

「……なに?」


 返事をしてくれた。緊張が高まる。

 普段より騒がしいギルドの喧騒も耳に入ってこない。


「僕も、あなたみたいな英雄になれますか!?」


 ずいっと顔を近づけ、僕の顔を覗き込む。

 全てを見透かすような翡翠色の瞳と目が合ったかと思うと一言。


「足りてない」

「そう……ですか」


 そこから先のことはよく覚えてない。

 他の冒険者から揶揄された気もするし、どこかで食事をとった気もする。


 ただ、頭の中を巡るのは先程の問答ばかり。


 ただ一言、『足りてない』。


 何がだろうか。努力か?実力か?それとも……才能か。


 天井の染みを一つ二つと数える。


 ただ空虚のまま、その日は眠った。


 ◇


 働かねば食えない、それはこの世界の常である。

 今日も昨日に続いてバレットボアを狩りに行き、納品まで済ませる。


 昨日よりも早く狩りが終わったため、少し時間に余裕ができた。


「あー、会いに行くか……」


 ふと思い浮かんだのは恩人の顔。

 久しく顔を見せてない、冒険者になった報告がてら会いに行こうと歩みを進める。


 行き交う人々で賑わう大通りを抜け、閑散とした裏路地に入る。


 この辺りはスラムが近いのもあり治安が悪いため、普段は来ることは無いが、目的の場所に行くにはここを通るのがいちばん早かったのだ。


「た、たすけ……」


 不意にそんな声が聞こえてきた。

 視線を向けるとそこには横たわった一人の少女。

 貧民とは思えない絹の衣服に、手入れされた髪。

 身なりが良すぎる、面倒事の臭いがする。



「たす、けて」


 乱れた呼吸からかろうじて絞り出す、今にも消え入りそうな声で助けを求める。

 足がそれ以上前に進まない。

 理性では関わるべきではないと分かっている、分かってはいるのだが……。


「はぁ、なんでこうなるかなぁ」


 ボヤきながらも少女を背負った。


 ◇


「それで、この子を連れてきたってわけねぇ……」


 そう言って困り顔で微笑むのは、僕の恩人であり友人でもあるエルフの女性。名をマチルダ・アルキメデス。


「すみません、宿に連れていく訳にも行かなくて」

「まあ、見たところだいぶ衰弱してるようだし私のところで正解だったかもね」


 そう言って薬草をいくつか擦り始める。

 彼女は、薬師であった。それもとびきりの。


 これは友人としての忠告だ、と薬を煮詰めながら話す彼女。


「君のその優しさは確かに美徳だ。だが、いつか必ず身を滅ぼすよ。今のままだとね」

「ごめんなさい、迷惑でしたよね」


 違うよ、と首を横に振る。


「私の仕事を薬で人を救うこと。悪人だろうと善人だろうと、王様だろうと犯罪者だろうと。私は誰でも平等に救うし、救える」


 それに対しては何も言えない。

 ただ、黙って続きを待つ。


「だが、君はそうじゃないだろう。力が伴わない善意はただの偽善さ」

「そう、ですね」


 僕の決意は、未だにぶれたままだ。


 そこからしばらく、他愛もない話をしながら少女の看病を続ける。

 段々と少女の呼吸が落ち着いてきて、顔色も良くなってきた。

 少女を連れてきてから2時間ほどしか経っていない。それでここまで回復するのはマチルダさんの力あってこそだった。

 穏やかに眠っていた少女が、不意に目を覚ます。


「どうだい?体調は」


 優しく声をかけるマチルダさんに、状況が飲み込めていない様子の少女。

 キョロキョロと辺りを見回して、僕の顔を見つけると頭を下げる。


「あ、ありがとうございました!お陰で!お陰で私の命は!」

「お、落ち着いてください。僕はここまで運んだだけで、治してくれたのはそちらのマチルダさんで……」


 すると、マチルダさんの方を振り向き大きく頭を下げる。


「まあ!あなたが私にお薬を!薬代は必ず払います。本当に、本当にありがとうございます」


 気にする事はないさ、そう言ってマチルダさんは笑った。


「それに、彼が君を拾わなかったら私も助けられてはいないからね」

「ありがとうございます、本当にありがとうございます」


 少々大袈裟な程に感謝する少女。

 すると、どこからか小さくお腹がなる音が聞こえた。


「っ!その、しばらく何も食べてなくて」


 顔を真っ赤にしながら小声で呟く彼女に、マチルダさんが笑う。


「はは、そりゃそうだろうね。待ってて、お腹に優しいものを作ってくるよ」


 そう言って席を外したマチルダさん。

 残された僕と少女。

 なんとも言えない沈黙が残る。


「あ、あの」


 先に口を開いたのは少女。


「私の名前は、アリア・フォン・カスベルって言います」


 いちばん聞きたくないことを聞いてしまった気がする。

 だが、それを相手に言えるはずもない。


「き、貴族の方だったんですね」


 案の定彼女は貴族。それもカスベル地方ともなれば侯爵の立ち位置。大貴族の揉め事に片足を突っ込んだと考えると身震いがする。


「ええ、なので必ずこの御礼はさせていただきます」


 大丈夫ですよ、そう言って口を開こうとした。

 だが、それより先に言葉を続けるアリアさん。


「本当に、ありがとうございました。貴方は私の命の恩人です」


 言おうとした言葉は飲み込んだ。

 僕にとっては迷惑になるかもしれない話でも、彼女にとっては命懸けだったのだと気づいたから。


 ドラゴンは倒さずとも、国は救えずとも、目の前の人を救えたことに気づいたから。


「……貴女が死ななくて、良かった」


 絞り出したようにその言葉を出して、部屋から出る。

 そこに居たのはちょうどスープを持って部屋に入ろうとしていたマチルダさん。


「マチルダさん。僕はいつの間にか腐ってしまってたみたいです」

「ライトくん。君は腐ってなんかないよ、だから彼女を連れてきたんだろ?」


 当たり前のように言うマチルダさんの言葉に感情が落ち着かない。


「そう、ですかね」

「そうだよ」


 自分の英雄願望の浅ましさと、アリアさんの真っ直ぐな感謝と。


 昨日、かの剣聖が言っていた足りないものは、実力や才能なんかじゃなくもっと根本的な物だったのかもしれない。

 ふとそんなことを考えた。




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