第27話 幸せの中のワタシ
今朝は、なんと清々しいのだろうか?
世界とは、いつからこんなにも輝いていたのであろうか?
目覚めたときから、こんなにも幸福に包まれていたことは、はじめてではないだろうか。と思うほどであった。
昨晩の明の衝撃の発表に興奮して眠れなくなってしまった私は、明にあれほど気を付けるように言われていたにも関わらず、筆を走らせてしまった。
気が付けば、午前九時。
既に明は出勤してしまったのだろう。
私はカーテンを開け、陽光を私の身体と、部屋の中に満遍なく取り入れる。
嗚呼。
本当に気持ちがいい。
ここ最近の執筆に追われてしまい、掃除だっておざなりになっていた。
こんなことでは新しい命を迎えることなんて、できやあしない。
私は、部屋中に散乱する原稿をまとめ、掃除機をかけ、洗濯をし、ゴミを出し、布団を干すなど、ありとあらゆる清掃を行った。
清潔な空間で、明を毎日迎えたい。
一つ一つの清掃を行うことで、私のココロがどんどん洗われていくようだった。
風呂を磨いているとき、気づいたことがある。
「そう言えば、随分、髪を切りにいっていない。
おまけに髭もここ数日、剃っていない……」
こんな姿で、明に向き合っていたかと思うと申し訳なくなってくる。
「丁度、原稿用紙も切れていたところだ」
そう独り言ちると、財布と不織布マスクを持ち、部屋を飛び出した。
―――――――――――――――――――――
「へぇ~。作家さんなんですか。
本当にバッサリと切っちゃっていいんですか?
作家さんっていうと、なんか長髪とかってイメージがあって……」
床屋の店主はそう言って、私の髪に水を噴霧し、櫛で揃えていく。
水に濡れると、私が思っていた以上に髪が伸びていることに気付く。
「あぁ、イイんですよ。
妻も本当は短い髪型が好きなんです。
それに新しい命のためには、身綺麗にしておかなきゃ」
幸せのあまり、言葉の端が緩くなる。
今日の私は、いつになく感情にしまりがない。
はじめて会った男に対してもこんなにフランクに話しかけるとは。
喋っている自分が、なんだか滑稽に見える。
「へぇ~。おめでたいですね~。
でぇ~、男の子なんですか? 女の子なんですか?」
店主は小気味よく鋏を鳴らし、私の髪を次々と切っていく。
ああ、このリズムも久しい。
子どもが生まれたら、こうして髪を切りにくることも、また少なくなってしまう。
だが、子どもが大きくなったら、一緒に髪を切りに来ることだってできるかもしれない。
そんな想いに頬が緩む。
「いや。
まだ、妊娠が判明したばっかりみたいなので、わからないんだ。
でも、今から整えておく必要があるだろ?」
私は鏡ごしに店主に向かって、笑顔を投げる。
そう言えば、明以外の人に笑顔を向けるのは久しぶりだ。
「いやぁ。
旦那はきっといいお父さんになりますよ。
娘が生まれたら、絶対に可愛いですから~。
それは、私が保証しますよ~!」
店主の声も明るく、私も笑顔が止まらない。
私の幸せが、人に伝播していく。
世界はこんなにも優しく、幸せに満ちている。
この世界に生きる。
私たちは、生まれながらに幸せなのだ。
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