第4話 回復魔法
結局、仲間の臭いうんぬんは、詳しく聞いても原因はわからなかった。
もしかすると彼女が身につけている衣類に、魔獣の素材が使われている可能性があるのかもしれないが、あの服を嫌っているわけではないようだ。
だとすると、残っているのは下着くらいだが、確認すれば今後、変態の汚名を背負っていくことになるだろう。
こいつのためを思って……そう、発言の調査のために、視察を決行するのは、やぶさかではないのだが、後にやってくるデメリットを考えると、志半ばで断念するしかなかった。
▲▲▲▲▲▲
『ご主人! おきた!』
「はいはい、おはようさん」
あの日から二日明けた早朝。ソファーに腰掛けていると、膝上に同居することとなったウサギの魔獣が飛び込んできた。
こいつのことは、今のところ誰にも知らせてはいない。
隠すことが自分のためにはならないとしても、懐いてくれているこの子を突き放すことはできなかった。
俺は手に持っていた羽ペンを机の上に置くと、背中を優しく撫でてあげる。
机の上に置かれてある羽ペンと古紙は、訓練の息抜きとして用意してもらったものだけど……
「まだ慣れないな」
先ほどまで使っていた古紙に書かれてある文字は日本語ではなく、この世界の言語だ。
これは、俺がこの短期間で習得した天才……などではなく、意識せずに文字を書こうとしたら自然とこうなってしまうのだ。
試しに文章を書いて侍女に見てもらうと、少し古風な書き方ですねといった評価だったので、恐らくは勇者由来のものだと思う。
これがわかった時に、もしかするとこの体に勇者の魂も入り込んでいる可能性があるのかもしれないと思ったが、今のところ表に出ている人格は俺一人だけで、眠った後に動き出すような奇行もしていない。
心の中から別の人格の声が聞こえるようになったら発狂してしまいそうなので、仮に同居していたとしても、このまま大人しくしてくれるとありがたい。
『おなかすいた!』
「お腹空いたって、あげても食べないだろ」
俺がいつも食べているご飯を与えたら、美味しくないと拒否され、城の中にある庭園からこっそり採取した草すら口にしてはくれなかった。
あれから、こいつが何か固形物を食べているところは見たことがなく、餓死してしまうのではないかと心配したが……
「くすぐったいよ」
『うまうま……。おなかいっぱい』
魔獣は俺の指をぺろぺろと舐めたあと、満足したようにへそ天で横たわる。
白いお腹を出して安心している姿に自然と笑みがこぼれ、優しく持ち上げてソファーの上に置いた。
「本当にこれでお腹膨れるのか? いや、まあ大丈夫ならいいんだけどさ」
『ねむい。なでて』
「今から訓練なんでダメです。見つからないように隠れてろよ。わかったな、ルル?」
『はーい』
ルル、というのは俺が名づけたこの子の名前だ。
どうやらこの魔獣は、自分の名前を知らないらしい。
物心つく前に親と離れ離れにされたのか、事情が事情なだけに深くは聞くことが出来なかった。
ルルからお願いされて、名前をつけてはみたが……俺はあとどれくらい、ルルと一緒にいれるのだろうか?
眠たげに返事をする、ルルの姿が消えたことを確認して、俺は訓練へと向かった。
訓練が終わり、疲労困憊の体を無理やり動かして自室に戻る。
今日は訓練内容ががらっと変わり、丸一日かけての体力トレーニングだった。
セシリアが訓練を見に来ることはなく、暑苦しいはげ頭の指示の元、重りを持たされた上でずっと走らされ続けた。
「何が体力トレーニングだ! 拷問の間違いだろあのハゲタコ……」
『なでてー』
水浴び後のほんのりと湿った髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、ルルが透明化を解除して胸の中に飛び込んでくる。
俺は服にしがみついてきたルルをそっと抱き上げ、ぷるぷると震える腕でソファーの上に戻してやった。
「ごめん、ルル……今は抱いてあげる余裕ないかも」
『ご主人いたい、いたい? ルルがんばる』
そう言うとルルの体がほんのりと光りだす。
ルルから漏れ出した柔らかな光が俺の体に降り注ぐと、じんわりと暖かい感覚が全身を包んだ。
「……この感覚どこかで、まさか聖女の魔法か?」
『いたいの、ない?』
「ありがとうルル。……もしかして、この力のことも、セシリアは知っていたのか?」
エルグが言うには、彼女はこの国一番の回復魔法の使い手らしい。
そんな人物が、同じ力を持つルルを血相変えて探す理由……
疲労が癒えた腕を動かして、お腹の辺りをこちょこちょとこそばしてやると、嬉しそうな笑い声が返ってくる。
うん。全然わからん。
そもそも、回復魔法がありふれたものなのかすらわからない俺に、理由なんて探れるはずもない。
なので、今はひとまずルルを愛でることに没頭しよう。
ルルを撫で回して癒されていると、思い出したかのように突然ルルが体を起こし、俺の顔を見てきた。
『ご主人いない時、なんかきた』
「見つかったのか⁉︎」
ルルが首を振って否定したことによりほっと胸を撫でおろす。
自分の部屋に他人が入るのは抵抗があるため、掃除は自分でするから誰も入れないで欲しいと初日にお願いしていたはずだ。
その時は、セシリアも特に何も言わずに許可してくれたのだが。
「ルルを探している様子だったか?」
『ふわふわの下になにかやってた』
ルルの視線を追うと……布団のことか。
ベッドを退かして確認するとそれらしきものは見つからず、根気よく調べていくと、布団の下――木で造られた台座に切り目があることに気がついた。
ベッドの下に潜り台座の下を確認すると、同じように切れ目が入っており、下から押し上げることで動くような仕組みになっている。
試しに押し上げてみると、上に被せられていた木が外れ、動物の指らしきものと黒い石ころが入っている小さな瓶が出てきた。
『いやなにおいする』
嫌がるルルの言葉に、急いで瓶を地面に置く。
「これって誰が持ってきた? 初めからあったわけじゃないんだよな?」
『嫌な人が持ってきた。ルル見つからなかったよ』
尻尾をふりふりしながら自慢げに伝えてきた、ルルの頭を撫でてやる。
本当に彼女がこんなものを? いや、証拠はないけど、ルルが嫌な人と呼ぶのは……
「それなら引越しを願い出ても、逆効果かもなあ」
セシリアを慕う者から嫌がらせをされたのならまだわかる。
こんな怪しげな物体を、彼女が俺に確認も取らずに設置したのか?
「……とりあえず元に戻すか」
何も知らないふりをして、部屋の変更をお願いしてみよう。
引っ越しをしてもあの道具があるのであれば、色々と彼女との関係性も考えなくてはいけないと思う。
そうして翌日、訓練官のエルグ経由で部屋を伝えてもらったのだが、すんなりと了承してくれて、隣の部屋に移ることができた。
試しにベッドの下を確認してみるも、それらしき痕跡は発見出来なかった。
次の更新予定
2025年12月28日 19:03
転生先の英雄王がブラックにつき、自主退職を決行しました 冬狐あかつき @akatsuki1156
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