第5話 みんなが笑って暮らせる世界
「何じゃお前、ゼロの息子か!何でそれをはよ言わなんだ」
「あんたが無理やり畑作業を手伝わせるからタイミングを失ったんだよ...」
ここはジョゼフの家、外はすっかり夜になり、レオ達三人は、卓上に並べられたシチューやら干し肉やらを囲み、食事をとっていた。ジョゼフとフランの手元には、村人達からイモの礼として貰ったブドウ酒が、樽のジョッキになみなみと注がれている。
「...なぁ、フランって俺と同じくらいの歳じゃないのか?酒飲んで平気...ハッ!!」
レオがフランの顔を見ながら口を開いた時、フランの槍のような耳が目に映り、全てを理解した。昔読んだ本に書いてあった。そう、エルフは......長寿!
「やっぱり年齢は二百歳とかなのか?」
右頬に鈍い衝撃と音が響いた。
───........
「...そうか、ゼロの死後、ルベリアルの小僧が反旗をな...風の噂には聞いておったが、遂に大々的に動き出したか」
「あぁ、それでオヤジ...ラークの領土も遂に攻め入られちまった。それで俺だけが、転移魔法でここまで送られたってわけだ」
「転移先はワシの元ってわけじゃな。まったくめんど...何でもない」
今めんどくさいって言いかけたな...。
「ところで、爺さんは俺の父さんと、どういう繋がりがあるんだ?」
「昔な。お前の父親がまだ凶暴だった頃、何度も殺しあった仲じゃ」
「穏やかじゃねぇな...」
「ワシがまだ、騎士団を率いておった頃の話だ。二十年以上前になる。ゼロとはワシ自身も何度も剣を交えたが、とうとう決着はつかなかった。ほどなくして、ワシの弟子がゼロを打ち負かしおった。自慢じゃないが、そいつは化け物みたいな強さじゃった。ゼロもすっかり牙を抜かれてのう...魔王より魔王のような女じゃったな」
お、女...?話を聞きながら想像していた筋肉モリモリの大男のイメージがガラガラと崩れ落ちる。
「それからゼロの奴め、ワシの弟子に惚れ込んでな。ゾッコンじゃった。魔王だった頃の邪悪さなど消え去ってしまったよ」
レオの記憶の中の父さんは穏やかで優しい人だった。俺が生まれる前の彼は、その時とはまた違っていたのだろうか。少し想像できない。
「なぁ、もしかしてその父さんが惚れた人って...」
「察しの通り、お前の母親じゃ」
───......
どれくらい語り合っていただろうか。レオはジョゼフから、父さんの話や母さんの話、ラークの話や若かりしジョゼフの昔話を夢中になって聞いていた。久しぶりの人との会話はとても楽しいもので、時間のことなど忘れてしまっていた。
気づくと、つい先ほどまで傍で静かにブドウ酒を飲んでいたフランの姿が見えない。
ジョゼフは机の上に突っ伏して大いびきをかいて眠ってしまっている。レオは席を立ち、家の外に出てみる。すっかり月ものぼり、夜風が頬を撫でる。
レオが辺りを見渡すと、ジョゼフの家から少し離れた小高い丘にある大きなスギの木の下に、腰掛けているフランの姿が見えた。白銀の髪が月光に照らされて美しい。
レオが近づくのに気づくが、特に何を言うでも、動くわけでもなく、彼女はただじっと遠くの夜空を眺めていた。フランのすぐ側まで来たレオも特に何も言うでもなく、彼女にならって夜空を眺める。
「黙って立たれても不気味なんだけど...何か喋れないの」
「すまん...」
レオがとりあえず謝ると、フランはムッとした顔をした後、ため息をついて再び夜空を眺める。
「あっちの方、私の故郷があるんだ」
「へえ、エルフ族の森か?本で読んだことがあるから知ってるぞ」
ようやく話題の取っ掛かりを見つけたレオが話しかけると、フランは頷きながらも、少し寂しげな笑みを浮かべる。
「うん、でも...その森も、同族も、もうないんだ」
「私が、燃やしてしまったから」
「え......」
フランの声が掠れ、唇が震えているのがわかった。
「何年くらい前かな...私がまだ、同族と一緒に森の中で住んでいた頃の話」
フランは声を震わせながらゆっくりと続ける。
「ある時、魔人がたくさん森へやってきて、同族を次々と襲って...みんな殺された。友達も、一緒に住んでた家族も」
「それで私、目の前が真っ暗になって、制御もできない炎魔法を暴走させて、森は燃えてしまった」
レオは今朝、彼女と初めて会った時に言われた言葉を思い出す。
──私、魔人族は嫌いだから
あの時と今とでは、言葉の重みがまるで違う。自分は関係ないはずなのに、なぜか胸が痛くなり、彼女への罪悪感が込み上げてきた。
「今朝はごめん」
フランが再び口を開く。
「別にあなたには関係のない話なのに、魔人だからという理由だけであなたに冷たく当たってしまった」
「だけど、今日一日あなたを見ていて、あなたが他の魔人とは違うのがよくわかった。だから、ごめん」
フランがこちらをまっすぐ見ながら言う。フランの青い瞳に一瞬ドキッとしなごら、レオは慌てて切り返す。
「そんなのいいよ。俺だって同じ立場だったら、どうしてたかわからない」
「...ありがとう、レオ」
そこでフランはやっと笑顔を見せた。出会ってから初めて名前で呼ばれた気がする。何だか照れ臭いが、悪くない気分だった。
二人はまたしばらく夜空を眺めた後、ジョゼフの家へと戻っていくのだった。
────.........
翌朝、今日も快晴で、村全体を暖かい光が包んでいる。ジョゼフはあの後も、机に突っ伏したまま眠ってしまったようだ。外から差し込んでくる光に顔をしかめ、彼は目を覚ました。
「んが...寝てしまったようじゃな...久しぶりの酒だったからなぁ...ふわあ」
ジョゼフは起き抜けにうんと伸びをしながら、豪快な大あくびをした。
「おはよう、ジョゼフさん」
ジョゼフがまだ半分夢の中の眠たい瞳を擦っていると、背後から少年の声がした。振り返るとそこには昨日、自分を訪ねて魔大陸インフェルドからやってきた。かつての宿敵であり友人でもある魔王ゼロの子供、レオが立っていた。その少し後方にフランも立っている。
「おぉレオか。すまんなぁ昨日は寝てしまったようじゃ。ふん、歳には敵わんの〜」
ジョゼフが豪快に笑って見せると、レオも応えるように笑顔を見せる。一呼吸おいて、レオはまっすぐこちらを向いて真剣な顔付きになり、ジョゼフに向かって頭を下げた。
「ジョゼフさん、俺はもっと強くなりたい。今のままじゃダメだ。だから、俺に戦い方を教えてくれ」
少年の突然の申し出にジョゼフは一瞬言葉を失ったが、すぐに真剣な顔つきになり、頭を下げたままの少年を見つめる。
「レオよ、お前の気持ちは分からんでもない。だが、お前の父ゼロや、お前を育て、逃したラークが望んでいるのは何だと思う?」
レオは頭を下げたまま動かない。
「ルベリアルが憎かろう。復讐は何も生まないなどと、綺麗事を言うつもりはないが...」
「......父さんが!!」
レオが少し声を荒げてジョゼフの言葉を遮る。
「......オヤジが...何を思ってここまでしてくれたのかは、子供なりに、わかってるつもりです」
「ルベリアルってやつのことはわからんし、俺が魔王の子とか、国とか、内戦がどうとか...正直、ピンときてないけど......っ!」
「自分がこれから関わっていく人達を、守れるだけの力が欲しいんです!!」
レオが顔を上げてこちらを見据える。ジョゼフを見つめる彼の赤い瞳が、かつての友人と重なる。
「昔、大好きだった絵本があったんです」
「その本の中では、ヒューマンも、エルフも、魔人も関係なくて、全員が笑って暮らしてた」
「そんな国をもし作れるなら、俺が作りたい!!」
──違和感。
「みんなが、泣いてる暇なんかないくらいに、みんなが笑って暮らせる世界、そのために俺は強くなりたいんです」
──重なる。
「だからどうか、俺に戦い方を教えてください‼︎‼︎」
レオが再び、先ほどよりも深く頭を下げる。
二十年以上前、同じようなことがあった。
「──私が、みんなを笑顔にできる勇者になりたい」
「──
「.........顔を上げろ、レオ」
レオが顔を上げる。
「...わしももう歳じゃ、わしは今まで働いてきた分、残りの余生を好きなように過ごしたい」
「......一年じゃ」
「一年で、お前を、大魔人にも負けぬ程の男にしてやる」
レオの顔がはじめて緩む。
「一年!その間の住処はここで保障してやる!ただぁし!!」
「ここに住む間の掃除、洗濯、食事、畑作業!その他大勢のパシ...雑用もろもろ!!全部やってもらうぞ」
「はい!!」
「わしの言うことに否定はいらん!返事ははい!イエス!はい喜んで!!わかったか!!」
「イエス!!」
「この一年間、お前を殺すつもりで鍛え上げてやる!!わしにここまでさせる以上、絶対についてこい!!」
「はい喜んで‼︎‼︎」
「よぉし!わかったら早速庭の草むしりじゃ!行ってこい!!」
「うおおおおおおお!!」
レオが雄叫びをあげながら勢いよく家の外へ駆け出していく。ずっと黙っていたフランがため息をつき、呆れた声でジョゼフに語りかける。
「...一年後、家事マスターになってたりして」
フランが悪戯っぽく言う。
「...あいつは強くなるさ、何故なら」
「かつてこの世界を救った勇者と、全く同じことを言いおった」
みんなが笑って暮らせる世界、か。
お前の意思は、間違いなく受け継がれておるぞ。なぁ、アリスよ。
──夜はまだ明けたばかりである。
敗北魔王のリベリオン 中尾タイチ @yhs821
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