06
「菊石先輩――ぎゃ!?」
教室を離れたかったとしてもちゃんと言ってくれれば付いていくのに、そのせいで一人潰れたときのような声を出すことになって恥ずかしかった。
まあ、実際に潰れているのなら声を出す暇もなく命が散っているとか細かいことは置いておいくとして、先輩がいつも通りではないことは確かなようだ。
「充電器を挿しながら電話を掛けるべきだったわ」
「緊急の用だったんですか?」
「いえ、そこまでではないの、ただ奏子さんが関係している話をしたかったのよ」
なんでも奏子か……。
「ああ……もう私のことなんか忘れているわよね」
「別にそんなことはないかと思いますが」
「仲良くなりたいとぶつけたのにあなたばかりを優先しているじゃない」
姉でも妹でもなく相手をするのが大変なのは目の前の先輩なのかもしれない。
こちらのことを優先していて私も普通に受け入れている状態だからなにを言おうと信じてもらえないのだ。
つまりいまの先輩にとっての私は妹の相手をしているときの私というわけで……。
「よく見ておけばわかりそうだからあなたを見ておこうと思ったの」
「はあ……」
「でも、あなたは普通にいい子だものね、だからもう解決したのよ」
「えぇ」
なら引っ張られた理由はなんなのか。
「まあいいわ、それよりあなたと奏子さんの話を聞かせてちょうだい」
「疑ったことで怒らせてしまったので今度出かける約束をしました」
本人はまだどこにいきたいのか言ってきていないから前日に話し合いをしたいところだ、私のいきたいところにいっても意味はないから。
「へえ、どこにいくつもりなの?」
「もう夏ですし海……ですかね」
「奏子さんってそういうときに積極的に遊ぶ子なの? 私的には涼しい場所で読書をしている方が奏子さんらしい感じがするけど」
「意外とノリノリなんですよ、それこそ姉にだって負けません」
勢いに圧倒されて当日に弱っている私が見える見える。
でも、中途半端なことはできない、ちゃんと最後まで付き合わなければならない。
究極的に無理になったら先輩か姉を召喚させてもらえばいいだろう。
そうだ、帰ることになってしまうぐらいなら妹的にもその方がマシなはずだ。
「少し羨ましいわ。そうだ、当日は付いていこうかしら」
「ちゃんと許可をもらってくださいね、そうでもないと私が責められますから」
「冗談よ、邪魔なんかできるわけがないじゃない」
姉ならそう言っておきながらも付いてくるところだが果たして。
「朱美先輩」
「どこにお出かけするにしてもちゃんと水分は摂るのよ」
「朱美先輩ってお姉ちゃんみたいですね」
頭を撫でられて嬉しそうな顔をしている。
やはり私が出しゃばるのは違うような……そもそも家族とは家でも仲良くできるのだからもっと外の人と仲良くするべきだろう。
「あら、蘭子さんの方がいいわよ」
「あ、お姉ちゃんと比べているわけではないんです、ただまず最初に心配をしてくれるところがお姉ちゃんって感じがするんです」
「そう、それなら雪さんのお姉ちゃんになるわ。この子は他の子のことばかりを気にしていて自分のことは疎かにしそうだもの」
いやいや、私なんてほとんど自分のことしか考えていない。
先程なんて正にそうだ、参加どうこうよりそうなったことで妹から責められることを避けようとした。
「雪さんは心配になる人ですからね、お願いします」
「あら、いいの?」
少し試すような顔、妹はよくわからなかったのか「どうしてですか?」と聞き返している。
先輩も先輩で本人に理解させてしまえば自分を優先してもらえる可能性が下がるのにいいのだろうか。
あとは単純に無駄に振られたら嫌だからそういう風に試すのはやめてもらいたいところだ。
「いえ、なにもかもを独占したいのかと思ったのよ」
「ああ、そういう気持ちは強いですけどね」
「ふふ、奏子さんはこう言ってくれているわよ?」
「菊石先輩がなにをしたいのかよくわかりません」
「まだ出会ったばかりだから仕方がないわよ」
それはそうだが不満だから私を呼び出したことをもう忘れたのだろうか。
心配になってくるからもっと見ておいた方がいいのかもしれない。
「よしよし」
「奏子さん、私はなんで頭を撫でられているの?」
「朱美先輩が真面目に頑張っているからだと思います」
「それなら私が雪さんと奏子さんにするわよ、よしよし」
ふむ、頭を撫でられるのも悪くないな。
いつもする側だったから新鮮だ、これを好きな人にしてもらえたら影響を受けることは未経験の私でもわかる。
となると、妹の中に家族以上のなにかがあったとしたら私は思わせぶりなことをしてきたということだろうか? 偉いから褒めるついでにやっていただけだとしても結構問題の行為のような気がする。
「奏子、悪かったな」
「なんの話ですか?」
「ほら、気軽に頭を撫でたことだよ」
「そのとき褒めてくれるので私は嬉しかったですけどね」
「それでもだ」
私が妹だって決めたら――って、義理とはいえいいのか?
いやそもそもの話として、同性同士で頑張ろうとしなくたって妹ならいくらでもいい人と出会えるわけで……。
「待て、おかしいだろう」
「なにがですか?」
というか好意がある前提がおかしいだろう。
勘違いするなよという話でしかなかった。
「晴れてよかったですね」
「そうだな」
はいいのだが姉を背負って歩いているところを見るとツッコミを入れたくなる。
「お姉ちゃんも連れてこられたのでよかったです」
「ああ、無理やりだがな」
「最近は彼女ちゃんと遊んでばかりだったから今日は家でゆっくりしておくよー」と言っていた姉の口を押さえてなにも言わせないようにした結果がこれだ。
これなら先輩も誘っておけばよかった、やはり私に対する感情はなにもないみたいだから三人でも四人でも変わらないだろう。
「うぅ……なんかお米の袋になった気分だったよ……」
「すまない」
「ううん、雪が謝る必要はないよ、悪いのは奏子なんだからね」
「私だってたまにはお姉ちゃん達といたいだけです」
一応私も姉か、なんかそのことを忘れそうになる。
ただ仕方がない面もあった、何故なら妹が私のことはお姉ちゃんと呼んでくれないからだ。
すぐに誰かのせいにしようとするところが全く成長できていない証拠となってしまっているが納得のできないこともあるのだと私は言いたい。
「あのさー奏子ちゃん? 私はさ、お姉さんでもいいと思うんだよね?」
「え、このままでいいですよ」
「え、なんで?」
「仮に呼ぶとしてもお姉ちゃんはお姉ちゃんのままです、雪さんの方は変えてもいいかもしれないですけどね」
「え、なんで……」
そんな絶望したような顔をしなくてもいいのに大袈裟な姉だ。
「うわーんっ、雪の馬鹿ー!」
「落ち着け、私なんてずっと名前呼びだぞ、蘭子はまだ姉扱いをされているだけマシだろう。実は家族に加わってから地味に不安だったのに奏子はずっとこうなのだから酷い話だろう」
父が私達子どものことを名前で呼び捨てにするのとは訳が違うのだ。
繰り返される度に内側のなにかを削っていった、しかもそのうえで怖い行為ばかりしてきたから(こちらの誤解だったが)余計にアレだった。
「……奏子的にはただのお姉ちゃんだと困るとか?」
「雪さんは雪さんだからですよ」
どこまでいっても私は私というのは本当のことだからこのことに関しては強くも言えない。
単純に姉力がないだけか……。
「でも、お母さんのことはすぐにお母さんって呼んでいたでしょ」
「もう着きますね、今日は過去一番に早く着いたかもしれません」
「あ、話を逸らした」
あ、まあそんな元々ない姉力は置いておいて今日は話していた通り海辺に来ていた。
聞かれたから出してみた結果、そこでいいと乗っかってしまった結果になっている。
慌てて聞いてみても出してはくれなかったから昨日は困った、いまも困っているが。
「じゃーん! 雪っ、今年の水着はどう!?」
「去年となにも――あ、変わっているのか、似合っているぞ。だが、蘭子は白が好きだな」
「うんっ、白は大好きだからお財布とかバッグとかも全部白だよっと、メインの登場だね!」
「よく似合っているが私のイメージ的に蘭子と奏子は色が――」
あ、いや、全てが誤解というわけでもなかったから黒は妹にこそ合っているのかもしれない。
「む、去年より大きくなっているような……?」
「残念ですがなにも変わっていませんよ」
「うわこわっ、水の中に退避ー!」
「待て、ちゃんと運動をしてからだ」
「はははっ、はーい!」
あとは日焼け止めも塗っていなかったみたいだからちゃんと塗っておいた。
毎年赤くなってお風呂で叫んでいるのだからそろそろそうならないために自衛をするべきだろう。
「お姉ちゃんを参加させるのならあの人も連れてきた方がよかったでしょうか?」
「いや……」
あの後、二人きりになったときに「あなたはいいけど奏子さんがいるときは無理!」と大きな声で言っていたからそれはありがた迷惑というやつだろうな……。
これまたちゃんと一緒に過ごしてみればわかるなどと口が裂けても言えなかったからははは……と笑っておくことしかできなかった。
「それより奏子もいってきたらどうだ?」
「雪さんもいきましょう」
「私はここで見ておく」
中学二年の夏に水中に引っ張られてからはトラウマとまではいかなくても微妙になって離れたところで見ておくのが決まりとなっていた。
これもまたお決まりのことではあるが誘われようと変わらない、時間の無駄にしかならないから遊びたいのならこんなのは無視をしていってくるべきだと思う。
「それなら私もここで、雪さんがいないのなら意味がありませんから」
「はは、地味に酷いな」
「だってお姉ちゃんはもう他の女の人の物ではないですか」
な、ナチュラルに人を物発言はどうかと思うが……。
「だからここにいます、ついでに雪さんに甘えます」
「まあ、それは自由にしてくれればいい」
私にも先輩にもしているとかではないからな。
私だけが対象なら悪い感情から以外からくる行動を抑える必要はなかった。
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