「あ、ちょっと話があるんだけどいい？」

「ああ」

　同級生だがあの姉妹の友達だろうか。

　関係ないのかどうかはわからないが別にあの二人のところに連れていかれるわけでもなかったが。

「いきなりだけど蘭子から話を聞いていたりしない？」

「ああ、それなら告白をした人ということか」

　なるほど、同じように盛り上がれそうな人に見えるから違和感もない。

「そう、まあ……色々と事情があるんだけどね」

「待て、嘘とか冗談なら許さないぞ」

　これは私が姉贔屓とか関係なく家族や友達なら当然の反応だ。

　断らずに受け入れたいと思える人が現れたと思っていたのにこれでは困る。

「別に蘭子で遊ぼうとしているわけじゃないよ、ただ蘭子の妹さんが関係しているの」

「蘭子の妹なら私もそうだが」

「あ、奏子さんの方ね」

「奏子のためにそうしたとでも言うつもりか？」

「似たようなものかもね」

　ということは姉がフリーな状態でいると不都合なことがあると？　誰かから遠ざけたかったとそういうことだろうか。

「でも、また急に飛ばしたな、付き合っているふりとかそういうのでよかったのではないか？」

「それ」

「ん？　ああ……そういうことか」

　それなのに今朝、積極的に妹に話しかけていたのは私に気づかれないためか？

　まあ、この段階でわかっていることは大事な情報を教えてもらえるようなレベルにはなっていないということだった。

「うん、だけどこんな状態はいいことじゃないから早く終わらせたいんだよ。そもそも蘭子から笑顔がなくなったら意味がないでしょ」

「待て、そんなに暗いのか？」

「暗いよ、というか妹なのにわからないの？」

「ああ、私の前では楽しそうだったからな」

　妹にだけではなくてこちらにも同じだったからわからなかった。

　

「それならあなたには気づかれたくないのかもね、私がこうして話をしている時点で無意味なんだけど」

「はは、酷いな」

「だって私だけではどうにもできそうにないんだから仕方がないでしょ、それに年上の私から見ても奏子さんって怖いんだよ」

　意識してか無意識でかはわからないが表情に出やすいのは確かで悪い影響を受けている自分としてはあまり偉そうにも言えない。

「だからあなたがなんとかしてよ」

「と言われてもな、私になんとかしてもらいたいのなら最初から言ってきているのではないか？　それがないということは役に立たないと思っているか自分でなんとかしようと考えているのではないか？」

　悲しいことを言わせるな……。

　でも、私の前で偽るようではどうにもできない。

　だってにこにこしているのに敢えてそれを壊そうとするなんて一番害なのは自分ということになる。

「とにかく、頼んだからね」

　自由か……。

　あ、ただ告白をした件が本当で、それでも付き合っているふりみたいになってしまっているのなら彼女としても複雑か。

　しかもそのうえで笑顔が減ってしまっているみたいだから益々気になると、それなら責められることではないか。

「蘭子」

「あいた……んーなんで私は攻撃されているの？」

「頭に手を置いただけだ、断じて攻撃はしていない」

　あくまで普通だ。

　あの人が言っていることが嘘でただ興奮しすぎて疲れて寝てしまっている、とかなら楽でいいのだが。

「ふぁ……んー雪が来てくれるのなんてなかなかないから寝るのはやめるよ。それで？」

「恋人に会ったぞ」

「おお……あれ？　あ、同級生だったから元々友達だったとか？」

「いや、さっき向こうから話しかけてきたのだ、なんというか蘭子のハイテンションにも付いていけそうな感じだったな」

　あとは姉と同じで自分のことについては言わなさそうだ。

「そう、共通の趣味があってさー」

「趣味？　それは買いもしないのに店に突撃しては服で盛り上がることか？」

「ちょ、言い方……だけどそうだね、服とかの好みが似ているのもよかったかも」

「それでも睡眠欲求には勝てなかったか」

「うん……そうだね」

　私達はその……なんだ、表情に出しやすい家族なのかもしれない。

　そう考えると少しでも似ているところがあるのは安心できる――ではなく、あれが嘘ではないように思えてきて微妙な気分になった。

　このまま姉やあの人と話をしているだけで解決する話ではない、絶対にどこかで妹とも話し合いをしなければならないことが確定しているからだ。

　ただ？　妹相手にいつまでもびくびくしている姉は情けないからどこかで卒業しなければと考えていたところなので丁度いいと言うと申し訳ないが乗っかるしかない。

「奏子になにを言われたのだ」

「えっ、あ、おめでとうございますって言ってくれたよ？」

「蘭子」

「な、なにもないからっ、もう授業の時間になるから戻りなよ」

　その通りではあるから三年の教室をあとにして階下に移動したときに妹と遭遇した。

「これは偶然ではないな」

「そうですね、たまたまではないですね」

「奏子、放課後に話がある」

「はい、それなら雪さんの教室にいくのでそこで待っていてください」

　来てくれるのならありがたいか。

　ということで少しお腹が痛い状態で授業を受けることになった。

　これが完全に終わった後になにかご褒美でもないとやっていられないぐらいだった。

「それで？」

「それで、とは？」

　知っていても知らなくてもそれでとだけ聞かれても答えようがないか。

「ならまずはあの階で待っていた理由を聞こうか」

「そんなの雪さんと話がしたかったからですよ、いなかったようなのでできませんでしたけど」

「そうか、私は――」

「雪さんはお姉ちゃんのことで私と話したかったんですよね？」

「そうだ」

　もっと痛くなってきた、あと心臓が騒がしすぎる。

　そもそも私が加わらなければこんなことにはなっていなかった可能性があるから悪いのは私なのかもしれない。

「確かに誰かとお付き合いをしてほしいとは遠回しに言いましたがまさかこんな短期間で見つけてくるとは思いませんでした」

「えっと……そう、どうして付き合ってほしいと思ったのだ？」

「え、それは学生だからです、社会人になってからでもできますけど学生でいられるのはいまだけではないですか」

「ただもったいないからということか」

「はい、あ、雪さんと仲良くするために壁になるからとかそういうのではありませんからね？」

　何故そういうことを言ってしまうのか。

　少しだけいい方に傾きかけたそれもすぐに戻ってきた。

「なあ、そう言われるとそういう風にしか見えなくなるのだが……」

「ないですないです、そもそもそれでは実力で勝てたとは言えないではないですか」

「ならどうして元気がないのだ」

　元気なら私だって気にしたりはしない。

「私達の前では元気でしたけど――え、違うんですか？」

「もうわからなくなった……」

　学校のことや外の人間のことでごちゃごちゃ考えることになった方が遥かにマシだ。

　この姉妹は難しすぎる、ある程度の距離があるところから見られていた方がよかった。

「それより私って疑われていますよね、雪さんから信用されていませんよね」

「違う、それについては私が情けないだけだ」

「ほとんどそうだと言っているようなものではないですか……」

「とりあえず蘭子を呼んでいいか？」

「はい、疑われたままでは嫌なので」

　幸い、姉はすぐに来てくれた。

「え、私は嘘をついていないよ？　今日はちょっと寝ていたけどさ」

「私も牽制したりなんかはしていません」

「奏子、蘭子とあの人がいたときに怖い顔をしたこととかないか？」

「今朝、一緒にいるときに話しましたよ？」

　それか……だからつまりもう一人の私が現れてしまったようなものなのか。

　ただそれだけで終わってしまう話なのか、真面目な感じで話し合っていた私達はただの馬鹿なのか？

　

「そういえば奏子は朝から難しそうな顔をしていたかも、私はてっきりお姉ちゃんが取られちゃって微妙な状態なのかと思っていたけどこの様子だと違うみたいだね……」

　姉には悪いがいまは構ってもいられない。

「奏子、表情に出やすいの一緒になんとかしよう」

「えっ、結局私が悪いということですか！？」

　もう不安になったり信じられないままでいるのは嫌なのだ。

　私も努力をするが妹も悪く捉えられないように変えてくれれば一気に変わっていくことだろう。

「疑われやすいのも事実だな」

「あ、ほらっ、疑っていたということではないですか！」

「はははっ、奏子がハイテンションだ！」

「お姉ちゃんも笑っている場合ではないですよっ、妹が可哀想な状態になっているんですよ！？」

　おお、こんなにハイテンションな妹は初めて見た。

　次はないかもしれないからあまり使用することのないスマホを使って撮影しておいた。

「蘭子――うげ……」

「元はと言えばあなたが雪さんに余計なことを言ったからです！」

「だ、だってあなたが睨んでくるから！」

「睨んでなんかいませんよ！」

　呼んでおいてあれだが姉と離れてもらうことにした。

　教室なのもあって自分の席があるから座って自分を落ち着かせる。

「……そもそも家族である私は疑って会ったばかりの人を信じるとかおかしいですよ」

「すまない」

「もう泣きますから」

「ああ……」

　嘘……ではないよなあ、女優でもないのだからそうだ。

　ハンカチを貸してやりたいところだがトイレにいった際に使用しているから貸せもしない。

　しかも泣かせたのは自分だから頭を撫でたり抱きしめたりしてもただのマッチポンプにしかならないからどうしようもない。

「ふんっ」

「い、痛いぞ……それに私の上に座ってどうするのだ」

「罰です、完全下校時刻になるまでこのままです」

「わかった、奏子がそれで許してくれるのならそうしよう」

　本当に完全下校時刻ぎりぎりまで変な状態が続いた。

　もう夏になりそうなのもあってこれでも少し暗いぐらいだから顔が見えやすいのもいまの私からすれば悪いことだ。

「あー今日は三人とも遅いから母がご飯を作っているのかもしれないな」

「……前に『もっと私が作らないといけないのに』とこぼしていましたから任せてもらえたように見えて喜んでいるかもしれません」

「母は昔からずっとそうだからな」

　家族のために家事をしているときだけ自信を持っていられるのかもしれない。

　思えば私が風邪で弱っていたときとかはいつもの母らしくなかった、なんかもう色々とすごかった。

　やってやっているなんて考えでいたわけではないがこっちが作ったのにいつも複雑そうな顔をされていて……。

「お、なんだ？」

「これも本当のことですからね」

「ああ、わかっている」

「わかってもらえていないから言っているんです」

　それこそ妹からすればいまの私の言葉に価値はないということか。

　それなのによく付き合ってくれているな、疑われて気に入らないからだとしても偉い。

「すまなかった、どうすれば許してくれるのだ？」

「それなら今度一緒にお出かけしてください」

「わかった」

　夏ならプールとか海にいくのもありではないだろうか。

　去年までなら元気な姉の前では抵抗しても無意味で無理やり連れられていたところだが今年は期待できないから自分達で動くしかない。

　意外と妹もノリノリで水着を着てはしゃいでいたからいく可能性は高そうだ。

「これも信じられないなら何回でも言ってきていいですよ」

「いや、これを疑っても仕方がないだろう」

「他のことについてもそのスタンスでいてほしいですけどね」

　いまは全てを受け止めてやれば少しはスッキリするだろう。

　しかし姉もあの人もやってくれるものだ、不安定なときに妹に関することを意味深な感じで言われたら気にするに決まっている。

「「ただいま」」「ただいま！」

　これもそうだ、自由にやられすぎな気がする。

　少し落ち着かせるために部屋に直行したら勘違いをした妹が突撃してきた。

「完全下校時刻までいたようなものなのにこれまでなにをしていたんですかね？」

　とかなんとか考えていたが流石にこれは自意識過剰すぎた。

　そして二人で行動していて完全下校時刻よりも後に帰宅しているということはもう一つしかない。

「意識してタイミングを合わせたわけではないのならいちゃいちゃしていたのだろう」

「まあ、やらしいお姉ちゃんですね」

「多分、奏子の方が好きになったら激しいと思うぞ」

　全くアピールをしてきていないいまでもそれっぽい雰囲気に包まれているのだから。

　だから本気の好意をぶつけられる誰かはわからない人には頑張ってもらいたいと思う。

　こちらのところに来てくれれば姉としては多少アドバイスができるかもしれないから困ったらそうしてくれればいい。

「そんな自分は想像できないです」

「好きかどうかはわからないがもう出かかってしまっているからな、よくも悪くも勘違いされやすい存在だな」

「なるほど、つまり雪さんにも影響を与えられているということですね？」

「そうだな、奏子はやっぱりまだ怖いな」

「なんでですかー……」

　自分の一日の行動を全て録画でもしておけばすぐにわかるのではないだろうか？

　あとは写真を撮ることを許可しておけば私なり姉なりが撮影することで表情に出やすいことぐらいは気づかせてやれるかもしれない。

「あ、電話だ、少し出てくる」

「はい」

　先輩か、珍しいな。

「雪さんよね？」

「私のスマホですからね」

「それならよかった――あ、そこに奏子さんとか蘭子さんがいたりする？」

「いえ、いまは廊下に一人です」

「それならよかったわ、実は――」

　あれ、切れてしまった。

　今度はこちらから掛けてみても反応してもらえなかったから二回やっても駄目で諦めた。

「朱美先輩ですか？」

「ああ、だが急に切れてしまってそれから反応もなくてな」

「どうしたんでしょう？」

「さあ、だが明日教室にいってみるよ」

　危ないことに巻き込まれたとかではないならいいが。

　いまはすぐに明日になってもらいたいところだった。