03

 極端だ。

 妹とだけ過ごしているかと思えば今度は姉に、そして何故かこちらのところにもやって来る。

 同時に三人と、は難しいとしてももう少しぐらいは安定感があってほしいと思う。


「朱美さんってすごいね」

「ああ、それだけ一緒にいたいということだろう」

「私達三姉妹を攻略しようとするとは」

「ああ――って、それは違うだろう」


 結局どこまでいっても姉妹とその他という形は変わらない――というのはどうでもいいとしても攻略しようとしているわけではないはずだ。

 そもそも攻略しようとしているのなら一週間後に他の誰かと仲良くしているのは不味いだろう。


「でも、なんか目がね」

「普通の目だろう」

「こう……肉食獣のそれなんだよ」

「それは肉を前にした蘭子だな」

「もーさっきから否定ばっかりしてなにがしたいの?」


 違うから違うと言われているだけだ。

 明らかに不満がありますといった顔をしていたから奏子のところまで持っていって置いてきた。


「三人相手に頑張ってみたけどみんなの本当のところはなにもわからなかったわ」

「姉なんか特に隠そうとしますからね」

「いえ、あの二人はそれでも自分の話をしてくれたのよ、一番問題なのはあなたよ」


 私か、そういえば私といるときだけ微妙そうな顔をしていた気がする。

 それに気づかない人間ではないから姉妹のところにいってみたらどうかと言ったことも悪い方に影響しているのかもしれない。


「あなたが一番隠そうとしているわね」

「そういうつもりはないですけどね」


 言えるようなことがないだけでしかない。


「まあいいわ、今日のお昼は一緒に食べましょう」

「わかりました、それならいつものところで集まりましょう」

「たまには外でもいいのよ? ほら、こんなにいい天気じゃない」

「それならあの二人にも話をしてから出ましょうか」


 いまの状態で急に場所を変えたりするとそのことでも文句を言われそうだから潰しておいた方がいい。

 マイナス寄りのときはなるべく付き合ってやることでなんとかしたいと思う。

 多分ただ言葉を重ねるよりも効果的だ。


「というわけだ、特に予定がないのなら付き合ってほしい」

「どうしようかな」

「無理なら無理でいい、約束をしているから私は菊石先輩と食べるがな」


 二分が経過してもそのままだったからいってくると残して歩き出そうとしたところで引っ張られて危なかった。

「ちゃんと答える前にいこうとするとかありえないから」と刺されてしまったがこうならないためにちゃんと教えたのにこれでは意味がない。


「あ、参加メンバーが増えました」

「ふふ、あとは奏子さん――こういうことが多いわね」

「いちいちいかなくていいのは楽でいいですけどね」


 外に出たうえに距離があると戻るときに大変だということで昇降口からすぐのところで食べることになった。

 最近は何故か妹がお弁当を作ってくれているから自作と比べ蓋を開けても新鮮さがない、なんてことはない。

 だから静かにもしゃもしゃ食べていたのだが後頭部をぺちぺち攻撃されていて流石に最後までスルーはできなかった。


「今日はどうしたのだ」

「……ただ攻撃したくなっただけ」

「そんな理由で攻撃される側の気持ちも考えてほしいが」

「痛くはないでしょ」


 それはそうだが……。

 先輩と楽しそうにしている妹を見て実は複雑な気持ちになっていた、なんてこともありそうだ。

 先程先輩が言っていたようにそういうことを話さないからどんどん溜まっていって一人ではどうしようもなくなっているのかもしれない。

 これで発散できているのなら自由にやらせておけばいいか。


「雪、放課後にお菓子を買いにいきたいから付き合って」

「わかった」

「あと……うざ絡みしてごめん」

「気にするな、それより早く食べた方がいいぞ」

「うん」


 落ち着いてくれたのはいいが思いきり睨まれているこちらとしては喜びきれないのも確かなことだった。

 妹ももう少しぐらいは敵視するのを抑えてほしいところだ、そんなことをしたって疲れるだけでしかないのに。

 よく漫画やアニメなんかにありがちなただ見ているだけなのに目が悪いせいで誤解されてしまう人でもないからな。


「はっ、どうしました?」

「いえ、凄く怖い顔をしていたから気になったのよ」

「なんでもありません……と言いたいところですけど五時間目の授業が苦手な教科でして、それが出ていたのかもしれません」


 まあ、結局本人の発言次第では似たようなものになってしまうが。

 でも、表に出てしまった理由が学生ならではであることには変わらないしこれなら先輩だってそのまま受け入れてしまいそうだ。

 できれば咄嗟に作ったものではなく本当にそれが原因で怖い顔になっていてほしいところではある、軽くであっても攻撃されたり睨まれがちな私としては尚更そういうことになる。


「正面にいた雪さんからすれば自分が睨まれているような気がして多分怖かったですよね、ごめんなさい」

「不安になってそれが表に出てしまうこともあるだろう、だから気にしなくていい」


 姉がこちらのことを気にせずに妹や友達とだけ過ごす人だったらもっと楽でよかった。

 ただ一切とまでは言いすぎでも全然一緒にいられなかったら寂しいから相手をしてくれて喜んでいる自分もいる。

 とはいえ、こういうことは一切伝えていないから先輩がああやって言いたくなる気持ちもいまならわかるような気がした。

 だが……先輩が相手ならともかく家族の姉にそのままぶつけるのは恥ずかしいからやはりそのまま真っすぐに伝えることはできそうになかった。




「はいあーん」

「あむ――これはいつも安定した味だな」


 チョコの甘さとそれに張り合おうとするしょっぱさがいい方向に働いている。

 甘いなら甘いで、しょっぱいならしょっぱいでと混ざっていることが苦手な人(母)もいるが少しもったいないと思う。


「うん、だから定期的に食べたくなるんだよ」

「蘭子も食べるといい」

「あーんは?」

「そのまま差し出しているのだぞ、似たようなものだろう」

「あむ!」


 は、半分ぐらい持っていかれてしまった……。


「がっ、あ、頭が!?」

「アイスで確かに冷たいが流石に大袈裟すぎないか?」

「ううん……本当に頭がキーンとなったんだよ……きたんだよ」


 そうか、なら次からは気を付けてもらうしかないな。

 そこまで量があるわけではないうえに半分も食べられたわけだからすぐに終わってしまって帰ることになった。


「そういえば今日のお昼のことだけどさ、なにかしちゃったのか奏子に睨まれちゃってちょっと冷や汗をかいたよ」

「え、私を睨んでいたのだろう?」

「どちらにしても睨んではいたってことだよね」


 先輩も気にして触れていたぐらいだからそれは事実だ。


「怒っても全部言わずにいることが多いからこのままだと嫌だな」


 そんなことを言ったら姉なんて怒っていても悲しんでいても言わないことばかりだが。

 妹のそういうところを見て自分も同じようなことをやってしまっていた、という風に気づいてくれないだろうか。


「蘭子は大丈夫だろう、事実奏子は菊石先輩といないときは蘭子とばかりいるだろう?」

「睨まれる前だったら一緒にいたくてそうしてくれているように見えたけど睨まれた後だと監視とかをするためにいるんじゃないかって不安になるんだよ」

「マイナス思考はよくないぞ」

「そりゃ私だってプラス思考でいたいけどさ……難しいよ」


 そうか。


「なら誰が相手でもいいからはっきりと言うのがいいな」

「それなら雪に聞いてもらう」

「私か? 大事なことも教えてもらえるのであれば嬉しいな」


 全てがわかったときには遅い、なんてことにはなってほしくないのだ。

 姉だけではなく妹や先輩に対してだって同じ考えでいる。


「ふふふ、雪はそういうところが本当に可愛い」

「それなら逆に駄目なところはどこだ?」

「自分から来ないこと、私以外といるときに楽しそうにしているところ、お母さんに対して遠慮があるところ」

「遠慮をしているのは母だろう」


 未だにあのときのことを気にして表情に出してしまっているぐらいなのだ。

 自分だって結婚した相手に逃げられて困っていたのだから仕方がないぐらいの開き直りを見せてもらいたいところだ。

 それにいくら気にしたところでここにいることは変わらないし初対面の頃から姉達と家族になれてよかったと思っているからやめてもらいたい。


「んー自分で言っておいてあれだけど確かにそれもあるかもしれない」

「だろう? まあ、いまに始まったことではないから気にしたところで仕方がないな」


 それでも高校を卒業するまでにはちゃんと話し合って終わらせるつもりだ。

 そう、他の部分には対して不満がないのにいまいちスッキリしないのは母のせいだから。

 心の底からそう思って気にしなくていいと答えたがそれしか言わなかった私も問題かもしれないからそのときは謝るしかない。


「でも、雪もお母さんもいい人でよかったよ」

「くく、母はともかく私は違うかもしれないぞ?」

「マイナス思考はよくないぞ」

「はは、真似をしてくれるな」


 家に着いて部屋に移動したタイミングで何故か背筋が寒くなった。

 振り返ってみるとそこには真顔の奏子がいて「入っていいですか?」と聞いてきたから頷くことしかできなかった。

 家族だろうと関係ない、邪魔になるなら排除しようととうとう行動に移したのか……?


「一番に着いたのでご飯を作っておきました」

「偉いな」

「わ、前もしてくれましたよね」


 お、和らいだ。


「奏子、私を敵視しているわけではないのか?」

「これも前に言いましたけど敵視なんかしていませんよ」

「でも、睨んできていただろう?」

「あ、お昼のことを気にしているんですね? あれは菊石先輩にも言ったように苦手な教科があって不安だったからです」


 信じてやれない自分が情けない。

 そもそも敵視されていないのであればいいことなのにここで抵抗しようとして馬鹿ではないだろうか。


「そ、それなら土曜のあれはどう説明するのだ? 攻撃をした後にすぐに蘭子を連れていっただろう?」

「それは……」

「ほら、なにか理由があるからだろう」

「雪さんに関係することですけど別にお姉ちゃんが嫌いというわけでもないですからね」


 姉が嫌いではない、私も関係している、やはり私にはそういう見方しかできない。


「それより着替えたら一階にいきましょう」

「わかった」

「はい、それでは廊下で待っていますね」


 ……このままこもっていたいところだがそんなことをすれば益々怖くなるからできなかった。

 その結果、妹に対してびくびくしている情けない姉が出来上がったのだった。

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