02

 よかった、今日も普通に登校してきているようだ。

 何組かわからなくて少し探したこともあって安心と同時にお腹が減ってしまった。

 とはいえ、まだ十時ちょっとだからこの時間にお弁当を食べるわけにもいかない。

 だから我慢するしかない。


「雪ーぎゅぇ」

「大丈夫か?」

「うぅ……支えてよ」

「十メートルぐらい離れていたからな、流石に私でも無理だ」


 だが丁度いいから昨日の人のことを教えておいた。


「初めて見るなあ」

「友達ではなかったか」

「うん、私、あんまり他のクラスには友達がいないから」


 なら顔を見せるのも微妙だからこれだけで終わらせておくか。

 そもそもこれは昨日と違って頼まれてもいないのに勝手にやっているだけ、急に来られても困るだけだろう。


「そうだ、今日の放課後奏子は友達と遊びにいくみたいだから私達もお出かけしようよ」

「どこにいきたいのだ?」

「そうだねえ、あ、水族館デートとかどう?」

「もしそれなら今度の土曜日とか日曜日だな、放課後にいったら全然楽しめないだろう」


 調べてみたら十七時半には閉まってしまうみたいだから間違ってはいないだろう。


「くふふ、雪は付き合ってくれるから優しいよね」

「予定なんかないからな」

「それじゃあ土曜日に予約ね!」


 まあ、悪い気はしないなと片付けて戻ろうとしたときに「あ、やっぱり昨日の子じゃない」と先輩が話しかけてきた。


「いまの子のことだよね?」

「そうですね、姉なんです」

「あ、そうなんだ」


 よかった、本人がいるところで突撃してこられていたら余計なことを言っていたことがバレて恥ずかしい思いをしていたかもしれないから。

 たとえ先輩が話をしてしまったとしても悪いわけではないが私のためにも姉への色々なそれは隠しておきたいからこれが一番だ。


「そうだ、土曜日ってなにか予定とかあったりしませんか?」

「うん、特にないけど」

「姉と一緒に水族館にいく約束をしたんです、先輩も参加しませんか?」


 いま先輩は困っている状態だからきっと姉的にも大歓迎のはずだ。


「え、あなたはよくてもあの子的に駄目なんじゃない?」

「そこは気にしないでください、ただいまはそういうのもいい方向に働く気がするんです」


 あ、微妙そうな顔だ。

 これならまだ日曜日とかにいこうと誘った方がよかったか。

 基本的に自分から誘ったりせずに姉がなにか言ってくるまで待つタイプだったからいきなり失敗したかもしれない。


「お昼休みにあの子を連れてきてほしいの、そのときに自分から言うよ」

「わかりました」


 そうだ、いまのそれでお腹が減っていた状態だったのを思い出して駄目になった。

 だからといってどこかに逃げることもできないから残りの時間はなるべく動かないことでなんとかした。


「蘭子、一緒にお昼ご飯を食べよう」

「お、珍しいね、いこういこう」


 姉からすれば急に先輩が参加することになっているわけだがそれについても不満をぶつけてくることもなかった。

 初対面の私にも言えたのもあって姉相手にも色々と話をして、寧ろ姉の方から土曜日に参加したらどうかと誘っていたから楽ができた形になる。


「それにしても彼氏かあ、最近の子ってすごいなあ」

「でもほら、私は振られてしまったわけだから」

「だけど振られるまではお付き合いをして仲良くできていたってことでしょ? そこが私とは違うよ」

「蘭子は断っているだけだろう?」

「うん、自分が誰かとお付き合いをして楽しそうにしているところを全く想像ができないからね」


 ここに人生で一度も告白をされたことがない人間がいるからそれよりも遥かにマシだろう、寧ろ贅沢と言ってもいいぐらいだ。


「よし、それなら土曜日に――ところで名字や名前ってもう出たっけ?」

「あ、菊石朱美きくいしあやみよ、よろしく」

「私は蘭子でこの子は雪っ、よろしくね!」


 すぐに名前で呼ばせたがるところが早速出たわけだがまあ……名字で呼ばれても二人とも反応することになるからこの場合は正しいのかもしれない。


「お姉さんは元気ね」


 友達に呼ばれた姉がここから去って少ししてから先輩がそう言ってきたから頷く。


「土曜日楽しみだわ、女の子とお出かけするのも最近は全くしていなかったから寝られそうにないわね」

「私達ならいつでも大丈夫ですからちゃんと寝てください」


 このまま何回か時間を重ねれば友達というやつになれる、そうなれば一回一回が新鮮なものではなくなるからあまり期待をしすぎるのも違う。

 ただだからこそこの一回目が大事だ、姉が上手くできても私次第ではもう話さないようになってしまうかもしれないから頑張らなければならない。

 とはいえ、常識外れの行動をしなければ簡単に終えられる気がした。


「あーもしかしてあの子も参加メンバーだったりする?」

「ん? あ、いたのか」

「はい」


 少し前から見ていたのだとしたら姉が出ていったのにそっちに付いていかなかったことが意外だと言える。


「私も参加していいですか?」

「私的には大丈夫よ」

「ありがとうございます」


 こっちの袖を掴んでから見つめてくる妹が……。

 よくわからないが参加したいみたいだったからそれなら一緒にいくかと言ってみたら頷いてくれたから助かった。

 いまは、と言うよりも元々姉と過ごしたいからこう行動しているのだろう。

 それなら当日は邪魔をしないように付いていくだけだった。




「キラキラしてらあ」


 今朝からキャラがおかしい。

 姉からしたら唐突に妹が参加してきたからメーターが振り切れてしまったのだろうか。

 そして謎なのはその妹が先輩ととても仲良さそうにしているという。

 流石に姉大好き妹でも変な状態のときには近づきたくないのか?


「ちゃんと前を見て歩かないと他のお客さんに迷惑になるぞ」

「ふぅ、だけどこの薄暗い感じが好きなんだよね、今日ここに来られてよかったよ」

「最後に来たのはいつだ?」

「最後は……あ、中学三年生の部活が完全に終わった後だね。あの頃は不安で二人に黙って一人でいったんだよ」


 私達の前ではにこにこしていたくせに姉は困る。

 私には無理でも妹に甘えるとか父に甘えるとかやり方は色々あっただろう。


「せめて奏子ぐらいには言ってもよかっただろう?」

「んー受験が怖くてねえ、それにお姉ちゃんが怖いから甘えるのも変でしょ? でも、だからこそ頑張って合格して一年後に雪が入ってきてくれたときは嬉しかったなあ。ね、もしかして私がいたから?」

「それもあるが一番は公立なのと近かったからだ」

「うんうん、否定しないところが可愛いよねえ」


 ではない、姉と盛り上がっている場合ではない。

 だが同じように二人で仲良くしているから誘った身として急に加わるのも変か。


「薄暗いからこういうことだってできちゃうね?」

「手を繋ぐことぐらい明るいところでもできるだろう?」

「え、恥ずかしくないの?」


 え、手を繋ぐぐらいで恥ずかしくなるか? ある程度育った状態でやっていたら変な風に見られてしまうからだろうか?


「あいた……奏子痛いよ」

「急に攻撃したくなったんです、ごめんなさい」


 はは、って、笑っている場合ではないか。

 あまりに姉ガチ勢になってくると姉といるだけでも敵視されてしまいそうで怖いな。


「あっちにいきましょう」

「わ、わかったから押さないで」


 ただこれで私のせいで大好きな姉といられない時間というのはなくなっているからその点については喜ぶべきだった。

 自分が我慢をする分にはよくても他人に我慢をさせるのは違うからこの差は大きい。


「あの二人の方が仲良しって感じがするわね」

「結局私は突然現れた人間ですからね」

「でも、家族なんでしょ? それはあなたの顔を見ていればわかるわ」


 いやそれは家族になったからと今日までに言っていたからでは……。


「奏子さんを見ているとき蘭子さんと同じ目をしているのよ」

「一応年上ですからね」

「少し……羨ましいわ」


 えっと……? あ、だからつまり妹と姉――奏子と蘭子が家族にいることが羨ましいということか。


「いまからだって仲良くなれますよ、家族ではなくたってそれと近いところまで仲良くなるのは不可能ではないと思います」

「そうね、ありがとう」


 ふぅ、せっかくそれなりの入場用を払っているわけだから見ておかなければ損だ。

 出しゃばらずに楽しめるだけ楽しむという作戦は成功したのか失敗したのかよくわからないが一つ言えるのは悪い時間ではなかったということだ。

 あまりあの姉妹と行動ができなくて先輩が少し寂しそうな顔をしていたことだけが気になったことかもしれない。


「よし、今日はお魚が食べられる定食を注文しよう」

「怖い人間だ」

「結局お肉とかお魚にお世話になっているわけだからね」


 そういうこともあってこの時間は自然と近くにいられるからよかった。

 横を独占しそうだったのに何故か妹がこっち側に座ったこともいい方に働いた形になる。


「奏子は偉いな」

「どうしてですか?」

「いや、そう思っただけだから気にしなくていい」


 食べ終えたらお喋りも程々のところで切り上げて退店、そのまま全員で家に移動することに。

 ここまできたら誘った人間としては目標を達成できたようなものだからこれ以上は気にせずに寝転んでおくことにした。

 二人と仲を深めたがっているのに誘った人間としてなんとかしようとするのは邪魔でしかないからな。


「……あれ」


 まあ、そのせいで寝てしまったわけだが……。


「ふぁ……って、何故菊石先輩だけここにいるのだ?」


 しかもお客さんが寝てしまったのなら布団を掛けてあげようとかならないものか?


「起きてください」

「ん……あ、起きたのね」

「それは菊石先輩もそうですけどね」


 このタイミングで起きてよかった、そうでもなければ夜に寝られなくなっていたかもしれないから。


「そういえば蘭子さんと奏子さんの友達が来てね、二人は約束をしているからと断ろうとしていたけど私が止めたの」

「そうなんですか」

「あとお布団を断ったのも私なのよ、あなたに掛けてあげてと頼んでも受け入れてもらえなかったことが気になったけど」

「お前は寝るなよという気持ちが強かったのではないでしょうか」


 それなら先輩を送るために出るか。


「んー……はぁ、今日は楽しかったわ、お昼寝で終われたのもいいかもしれない」

「それならよかったです」

「あなたにはお世話になってばかりね」

「私も菊石先輩といられているときは新鮮な気持ちでいられたのでお互い様ですよ」


 姉とも妹も違うのがいい。

 みんな同じだったら一緒にいても意味はない。


「本人でもないからわからないだろうけど奏子さんは蘭子さんのことが好きなの?」

「とりあえず私が邪魔をしなくなったことで正直に行動しているのは確かですね」

「手を繋いでほしくないみたいに見えたわ」

「それだけは勝手な妄想ではなく事実ですね」


 こちらの手にダメージはなかったからそこが気になっている。

 でも、私と仲良くしている姉に嫉妬をしているということはないだろう。

 となると勢いだけで動いたからただのミスか。


「でも、それならそれでいいことよね」

「人を好きになれるのはそうですね」

「あなたは?」

「私はまだ誰かをそういう意味で好きになれたことはないですね」


 全く変わった環境でも私は私だから簡単に影響を受けたりはしなかった。

 だが周りは中学生だというのにいつもそういう話で盛り上がっていたからただただ私が合っていないだけでしかない。

 受け入れて付き合っていないだけで姉妹だって何回かは告白をされているわけだからその差は大きい。


「私が言っても説得力がないかもしれないけど恋はいいわよ」

「いつかそういう存在が現れてくれたらいいぐらいの考えですかね」


 まずは恋をすることに向いている人達が付き合ってからでいい。

 中には私みたいなタイプの人がいて少し話してみただけでいい方に傾く可能性だってあるのだ。


「ここなの」

「意外と近いですね」

「そう、だから暇なときでいいから来てほしいの」

「わかりました、あの二人にも言っておきます」

「ええ、お願いね」


 帰るか。

 ただその途中、普段はあまり買わないタイプなのに飲み物が欲しくなって珍しく炭酸ジュースを買った。

 プルタブを開けてちびちびと飲んでいたらしゅわしゅわが色々なところを苛めてくれた。

 それでも払った甲斐があってそれもまた新鮮な気持ちにさせてくれたから悪くない。


「雪さん」


 いたのか、全くわからなかった。


「やっと二人きりになれました」

「今日は菊石先輩がいたから許してほしい」


 誘ったのにいい加減なことはできない、誘われて受け入れたわけだから姉にだって同じだ。

 常識があって人のことを考えられる妹ならわかってくれるはずだった。


「え、急に褒めてきたときといいどうしたんですか?」

「奏子は私が蘭子と仲良くすることが許せないとまではいかなくても気に入らないのだろう? だからこそ蘭子の隣に座れたのに菊石先輩に譲って偉いと褒めたのだ」

「全くそんなことはないですけど」


 嘘だ、それならあの攻撃はなんなのかとツッコミたくなる。

 でも、妹は認めたくないみたいだから延々平行線になるだけ、これもまた抑え込むしかないのか?


「まあいい、帰るか」

「そうですね――あ、今日は一緒にご飯を作りませんか?」

「ふっ、たまにはそれもいいな」


 姉がいつ帰ってくるかわからないからだよな。

 ごろごろしていても得なことはないから手伝ってくれるということならありがたいことだった。

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