182
Nora_
01
「いきなりこんなことを言ってごめんね」
そう謝ってきたあの日から母の笑顔は気持ちのいいものではなくなった。
でも、私には母の気持ちがわからない。
現状維持は無理だからあの県から引っ越すことになるというだけのことだったから。
仲のよかった友達と離れることはなんにも影響がないとは言えなかったがどうしようもないのなら仕方がないだろう。
「あ、いた」
「
私達は元々別の家族だった、でも、母が再婚をしたことで家族になった。
彼女の方が年上だから義理の姉ということになる、ちなみに義理の妹もできたからなにも知らない人間から見たら三姉妹のように、は見えないか。
姉妹は似ていても私は全く別物だ、髪の長さの違いもあるが容姿が全く違う。
「そうだけど教室にいないから結構探しちゃったよ」
「すまない、今日は天気がよくて見ていて気持ちがよくてな」
姉は元気で明るくやたらと他人のために動きたがる人だから違和感はない。
これは初対面のときからずっとそうだった、逆にわがままばかりを言うようになって自分のことを考えてばかりの姉も見てみたくなるぐらいだったりもする。
「そういうの楽しむタイプだったっけ?」
「ぼうっと見つめたくなるときはあるな」
「もう満足できた? 大丈夫なら帰ろうよ」
「そうだな、帰ってご飯を作らなければならないからな」
家事に関してはみんなで協力してやっていた。
というか、頼まなくてもやろうとするのが姉妹と父なので頑張らなければいけない形になっている。
姉妹に聞いたうえで父に聞いてみても「楽しいからね」と返されて黙ることになったのはいい思い出……なのだろうか。
「そういえば
「わからないな」
そもそも私と奏子は仲良くできていなかった。
性格が合わないと言うよりもわかりやすく避けられているからどうしようもない。
それでも年上として、いきなり家に現れた人間としてなんとか努力はしたが怖がらせるだけでしかないという結果が出てからは動いていなかった。
「ま、私達に怒っているとかじゃないならいいんだけどね」
「蘭子、なにか忘れていないか?」
「うん? んー奏子と約束をしていたのに破ったとかも最近はないからなー」
「最近は、か」
一応中学生一年生のときから一緒にいるからある程度はわかってきた、でも、それでもまだまだわからない部分ばかりらしい。
「あー昔はちょっとね、結構自由にやっていたときがあって泣かせちゃったことがあってさー」
「それは私が加わる前だよな?」
「うん、小学六年生のときの話だよ、だから奏子はそのとき五年生だね」
ということは私達が急に加わったところで改めた、みたいなところだろうか?
「それとさ、雪と奏子には仲良くしてほしい」
「蘭子には言っただろう?」
「そうだけど、どうせなら三人で盛り上がりたいじゃん?」
理想を言えばそうだ、だが私だけが意識していればどうにかなる問題ではないのだ。
彼女がいてくれてそのとき頑張ってくれたとしても彼女がいる前でしか変わらないと思う。
「そもそも未だに隠れるってどういうこと?」
「さあな」
他人から顔が怖いとは言われたことがあるからそういうところが理由なのではないだろうか。
意識して威圧的な感じでいるわけではないから受け入れてもらうしかない。
「ただいま」「ただいまー」
「おかえりなさ――」
ああ、逃げてしまった。
姉はこちらの肩に手を置いてから「あんまり気にしないようにね」と残してから階段を上がっていった。
いまいくと追っているように捉えられてしまう可能性もあるからいかずにまずは手を洗うことにする。
「雪、やろっか」
「ああ」
別々のクラスだから姉とゆっくり会話ができるこの時間が好きだった、このことについては一度も言っていないから意外だと言われるかもしれないがな。
「ちょ、そんなに見つめてもなにも出ないよ?」
「蘭子は常に表情が柔らかいな、私も蘭子みたいにできていたら奏子も警戒せずにいてくれたかもしれない」
「んーだけど私のは褒められるようなことじゃないから真似なんかしない方がいいよ」
「ほう、珍しくマイナス思考だな」
「最近はなんか駄目なんだよね」
それなら青空でもゆっくり見たらどうかと勧めてみた。
ただあまり効果はなかったらしく「それなら誰かといられた方がいいかな」と言われ終わってしまった。
「よしできた、お父さん達が帰ってくるまでゆっくりしよ」
「わかったぞ、私が蘭子を独占的なことをしているからだろう」
妹も家に帰ってからの時間を楽しみにしていたとしたら全くおかしくない。
「雪に嫉妬ってこと? そんなことするかなあ」
「そもそも急に現れた面白くない存在なのだから引っかかってしまうこともあるだろう」
「急に現れたのは確かにそうだけど私達はもうみんな高校生だよ? 奏子は一年生だけど私なんてもう三年生なんだから」
だからこそではないだろうか。
そのため、また話し合う機会をなんとか作ろうと決めた。
妹が望むならこの時間を譲るところだった。
「「あ」」
意識していたわけでもないのにそれは早い段階できた。
廊下でぼうっとしていたら何故かこの階に来ていた妹と目が合った。
「奏子、少し話がしたいのだがいいか?」
「はい……」
嫌そうな顔でこそないが歓迎してくれているわけではないのは一目でわかった。
「――ということだ」
私に対しては微妙でも姉へのことならはっきりと言えるだろう。
ただ急かすのも違うから黙って待っていると「違います」と言われ固まってしまう。
「それにお姉ちゃんが雪さんに優しくするのは普通のことだと思います。いまでこそ時間が経過しましたけど雪さんはいきなり転校することになって慣れ親しんだ土地やお友達と別れることになったんですから」
「な、ならなにか他に嫌なことがあるとか……」
「それも違います」
なにもないのに避けるなんてありえるのか?
別にこの件に関してはなにも大袈裟なことは言っていない、母と上手くいっていないように妹だってこっちに来てからは駄目なままなのに。
「お、今日は二人でいるね」
「蘭子、別に嫉妬をしていたとかではないみたいだ」
「でしょ? 私となんていつでもいられるんだからありえないよ」
自分のことに関することだとマイナス思考気味になるのは微妙だ。
自惚れみたいになってしまうが私が現れてからはこうだということなら妹と話す前に考えていたように距離を作った方がいいかもしれない。
いるだけで悪影響を与えてしまう人間というのはどうしてもいて、そしてそれが自分なら気にせずに甘えるなんてことはできないからだ。
「ただ私に嫌なことがあるわけでもないらしい」
「んーそれなら一緒にいようとしないのはなんで?」
大好きな姉が聞けば結果は変わるだろうか?
「……お姉ちゃんに悪いからだよ」
「「え?」」
「だって雪さんといるときは本当に楽しそうだったから、それこそ本当の妹の私といるときよりも……」
ああ、無自覚なだけか。
だが理由がわかったのはよかった、これで少しは不安にならずにいられる。
「奏子、すまなかったな」
「なんで雪が謝るの? あ、奏子のことを考えて動こうとしてくれるのはありがたいけどそれで雪が積極的に外で過ごすようになったりしたら嫌だからね?」
「蘭子、私に甘い言葉を囁くのは危険だぞ」
本人がこう言ってくれているからと片付けて自分に正直になってしまう。
「奏子、私はどうすればいい?」
「一対一で話せる時間が欲しいんです」
「わかった、それなら家でゆっくり蘭子と話せばいい」
姉として遠慮をしなければならない。
もう母と私しかいなかった家とは違うのだと改めて突き付けられている気がする。
それだけで少し違ったのは妹にとってもそうだったのか安心したような顔になって挨拶をしてからここから去っていった。
「こら」
「痛いぞ、いきなりどうした」
「でも、奏子が私といたがっているのなら応えてあげないとね」
「ああ、できる範囲でいいから応えてやってくれ」
一応これでも連絡先は交換できている状態だったから一緒にご飯を作ってみたらどうかと話をしてみた。
元々私が来るまでは父しかいなかったのもあって二人で頑張っていたみたいだからな。
私はその間、邪魔にならないように部屋でゆっくりしておけばいいだろう。
と、考えていたのだが。
「帰る気にならんな……」
家事をしないのであればただだらだらしておくことしかできないわけだから学校に残ったままでもそう変わらない時間となるのも悪い。
しかも席が廊下側のうえにクラスメイトはあっという間にここから消えるのもいまの私には効果的だった。
だからこそ側面の壁を思いきりぶつかったのか殴ったのか、とにかく誰かのせいで心臓が大暴れすることになったのだが。
「あ、まだ誰かいたのね、ごめん」
出てみると額を押さえている女の人がいた。
年上であることはすぐにわかったからため口で話してしまい怒られることなんて失敗はしない。
「ぶつかったんですか?」
「そうなのよ、スマホを弄りながら歩いていたらぶつかっちゃってね」
「大丈夫ですか?」
「うんまあ……ちょっと赤いだけだから大丈夫よ――で終えたいところだったけどスマホの画面にひびが入ってしまったわ……」
たまにバキバキに割れているスマホを使用している人を見たことがあってなんでそうなるのかと疑問だったがみんなこんな感じで原因を作っているのかもしれない。
「立ち止まって使用した方がいいですね」
修理は高い金額になると聞いたことがある、それにいまは赤くなっただけだから大して問題はないとしても大怪我に繋がる可能性だってあるのだ、自分のためにも気を付けるべきだろう。
なによりどんな事情からであれ怪我をすればご両親が悲しむと思うから。
「ごもっともよ、ただ今日は……」
「大事な連絡がくるかもしれない日ということですか?」
「いや、別にそこまでじゃないんだけど……ちょっと聞いてくれる?」
「はい、私でよければ」
教室で話したいみたいだったから私の席に座ってもらって圧が出ないように少し離れて立っていることにした。
「実は今朝に急に振られてね」
「え、あ、私に教えてしまっていいんですか?」
「はは、もう駄目そうだし誰にでもいいから聞いてもらいたかったのよ」
「それならいいんですが」
妹にも先輩ぐらいの――いや、普通はペラペラ大事なことを話したりはしないか。
「ま、どれだけ理由を聞いてみても『面白くない』とか『合わない』とか言われて駄目でね、ダメージ大だからSNSに愚痴を呟きまくっていたの」
「そうなんですか」
あ、あまり見てみたくはないな。
「でも、全く駄目でね、どんどん闇に染まっていって最悪の考えになっていたところでドカンよ」
最悪の考えとは……まさか死にたいとかそういうことか?
まあ、そこまでではないにしても付き合えているときは幸せな反面、終わったときにかなりの反動がくるということなら怖い話だ。
そのことに重きを置いているのであれば付き合えても付き合えなくても色々と影響を受けるわけで。
落ち着かなくなりそうだからそこまで恋をすることに興味を持たず、そして誰にも興味を持たれないのもある意味幸せな状態なのかもしれなかった。
「飲食店にでもいきませんか? 食べることで少しはなんとかなるかもしれません」
「そうね……って、あなたも付き合ってくれるの?」
「付き合う気がないのなら飲食店にいってみたらどうかと勧めるだけで終わらせます」
「そっか、じゃあお願いできる?」
こちらの県に来てから何回も姉といっているから緊張もしなかった。
ドリンクバーで飲み物を何度も飲むのも今回に限って効果的なようだった。
ただそのせいで自分で歩くことも微妙になって背負って帰ることになったが誘ったのはこちらだから不満はなにもない。
「うぷ……だけど本当にありがとね、あなたは優しいのね」
「いつも優しい存在が側にいてくれることが影響したのかもしれません」
「誰だろう……でも、私にもそんな存在がいてくれたら……」
「元気に生きていたらいつかきっと現れますよ」
母にとってのその存在がいまの父だ。
ふむ、そう考えると娘の私達が仲良くなることなんて全く大変なことではないか。
少しの壁をどうにかしてしまえば大人と大人が急に出会って結婚をすることよりかは遥かに楽だろう。
「あ、ここだから」
「下ろしますね」
「っと、じゃあ……」
「はい、失礼します」
悪くない気分だった。
これで少しは姉みたいになれたと考えてテンションが上がっていたところで「遅い!」と怒られて戻ってきた。
「女の人と飲食店にいってきたのだ」
「は、はい? なんで急にそんなことになるの、というかどこの誰なの?」
「わからない、だが蘭子と同じ三年生であることは確かだ」
「私の友達かなあ?」
「明日連れていく」
一週間ぐらいは見ておかないと不安になる。
「うん、よろしく――って、もしかしてご飯を食べないつもり?」
「連絡もせずにいたのは私だからな、作ってくれているのなら食べさせてもらう」
「お母さん達も帰ってきているから食べて!」
そうか、もう時間も遅いから帰宅しているのか。
ただ避けるのも違うから一緒に食べることにしたのだった。
母の顔は案の定、マイナス寄りだった。
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