第135話 故郷の味は思い出の始まり




 アヴァリー教国。




 文字通り国教は『アヴァリー教』。

 “強欲”を罪とし、“寛容”を美徳とする教義の下、運営されている宗教である。


 では、実際どのくらい寛容なのかってーとだ……。


「色んなお店が並んでる~!」

「なんとも賑やか町だな……」


 港町を発って早数日。

 俺達の目の前に広がるのはアヴァリー教国の聖都・コルディアの街並みだ。


 以前、ちょっとばかし触れたとは思うが、アヴァリー教国のモチーフは我が魂の故郷、日本である。もっと詳細に言えば、日本は日本でも江戸時代から明治時代ぐらいの塩梅だ。


 つまり、良く言えば和洋折衷。

 悪く言えば混沌。


 さらに、和風と洋風が入り乱れているのは衣食住だけに留まらない。

 行き交う人々の顔も三者三様。海を渡ってやってきたと思しきTHE・西洋人な顔の冒険者が、鎧を着ながら立ち食い蕎麦を啜っている。


 しかも、よくよく見ればあちこちに教会が建っているではないか。


「スーリア教にスペルビ教……イーラ教の教会までありますよ!」


 ここがアヴァリー教の聖地であることを踏まえれば、プルガトリア大陸に君臨する七大聖教をコンプリートしているってことだ。実はこれ、とんでもなく凄い状態なのである。


 というのも、ギルシンシリーズをプレイした人間なら全員共感できるのだが、ギルシン世界も血みどろの宗教戦争を繰り広げていた歴史がある。

 故にその溝は深く、現在でも七大聖教が仲良く同じ土地に暮らしているケースは、永世中立国を謳うミレニアム王国、その王都ぐらいなものだ。


 だが……アヴァリー教国は違うッ!


「流石、八百万信仰のアヴァリー教だぜ。他所の宗教にも寛容なこった」

「やおよろず?」

「『数え切れないくらいたくさん』って意味だ」


 流石は神道が国民の意識に刷り込まれている日本モチーフの国だ。

 余所の神様だろうと八百万の神様の一柱ってことでウェルカミングなのが、このアヴァリー教の最たる特徴と言えよう。


「成程な。異教徒として追いやられた信者が、アヴァリー教の地に受け入れられた結果という訳か」

「信仰も過ぎれば過激な思想ですからね……」

「確かに、よろしくはないな」


 俺達の中じゃ信心深いベルゴとアスはうんうん頷いている。

 特に後者に関しちゃ含蓄があり過ぎる。茶化すべきものではない為、お喋りな口もこの時ばかりはチャックよ。ライアーさんはTPOを弁えられるのだ。


「質問、よろしいですか?」


 しかし、ここで手を挙げる人物が一人。

 その者は今までアータンが君臨していた末妹の座を奪いかねないほどの妹パワーを有する超新星・マインだった。


「何故信仰が過ぎるとよくないのですか?」

「いい質問だな。いいか、マイン。人にはそれぞれ信じている“教え”というものがある……これを信じ、守る心を“信仰心”と呼ぶんだ」

「信仰心」

「だが、一つの教えを信じ過ぎれば、異なる教えを頑として認められなくなってしまう。それは時に排斥や排除といった暴力的な手段に突き動かす。──あれを見なさい」


 そう言ってベルゴはとある場所を指差した。

 そこでは二人の男が言い争っている。装いを見るに、二人はどうやら聖職者のようだ。


「だから! お前の考えはおかしいんだって!」

「いーや! 絶対に俺の方が正しいんだって!」


 聖職者が口論など穏やかではない。最初こそよくある喧騒だとスルーしていた通行人も、次第に『何事だ?』と立ち止まり始める。


「あれもまた一つの信仰心が……」




「だーかーらー! リリス様は絶対に巨乳だ! 巨乳以外ありえない!」

「リリス様が巨乳なぞふしだらな乳をぶら下げると思うか! 慎ましやかなお胸に決まっておろう!」




「違うんだマイン」


 ベルゴがマインのお耳を塞ぐ速度は音を超えた。目にも止まらぬ早業だ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 それはさておきあの聖職者共、白昼堂々乳のサイズについて熱論など不潔極まりねェな。


「ふーッ……ふーッ……!」


 見ろ、うちの性職者を。

 アータンが『待ってアスさん!?』と止めていなきゃ、今すぐにでもフケツキックを見舞わせんと駆け出しそうな勢いだ。


「アスさん、落ち着いて! 心を強く持って!」

「ふーッ……! ふー……」

「いい感じいい感じ……その調子で──」




「いや、リリス様は安産型のデカケツでヤンス」

「不潔ですッッッ!!」




「アスさぁーーーん!?」


 いきり立つアス、出陣。

 計三名、成人男性の尻肉が蹴り上げられる。それは楢炭が弾けるが如き小気味いい爆発音であり、同時に、新たなる性癖の門が開かれる文明開化の音であった。


 俺はその音色を染み入るように味わいながら、改めてコルディアの街並みを望む。見れば見る程、この町を見ていると──。


「……」

「……ライアー?」

「……ん?」

「なんか、いつもより口数少ないね」


 ふと、心配するアータンが声を掛けてくる。


「そうか? 別にそんなことは……」

「そんなことなくないよ!」


 アータンは潤んだ瞳で見つめてくる。

 どうやら俺の不調を懸念してくれているようであり、シュンと肩を落とす彼女につられ、ベルゴやアスまでも集まってきた。


「どうしたのだ、ライアー。お前らしくもないぞ」

「いつもの溌溂さはどこ行ったんですか? 具合が悪いなら看病しますよ?」

「いや、違うんだ!」




 俺は……俺は、ただ──。




「蕎麦。立ち食い蕎麦、いかがっスか~?」

「そこの兄ちゃん! うどん食ってかねえか!?」

「寿司食いねえ! うちは新鮮なネタが選り取り見取りよ!」

「美味しい団子~。お茶とご一緒にいかがですか~?」

「具だくさんおにぎり、今なら炊き立てホカホカだよー!」




「コルディア最高FOOOOOOO!!」




「杞憂」

「取り越し苦労」

杯中はいちゅう蛇影だえい


 難しい言葉知ってるのね。特にアス。


 しかし聞いてくれ。

 表通りに立ち並ぶ露店の数々。そこから漂う二十年ぶりの懐かしい薫香に、俺のテンションはアゲアゲ☆サタデーナイトフィーバーになるのは致し方なのないことなのだ。


 約二十年ぶりの日本食よ? ジャパニーズグルメよ?

 転生前むかし、海外旅行した時、カリフォルニアロールで郷愁を誘われた俺の感性を舐めるんじゃねェ。


「アータン! おにぎり! おにぎりがあるぞ!」

「おにぎり? 何これ、お米? それに、この黒いのは……?」

「見てろよ……!」


 買ったおにぎりを早速一口。


「……ノリノリパリパリ……ッ!」

「お口の中で何かが踊ってる?」


 噛めば歯触りのいい海苔がパリッと破れ、粒だった銀シャリと一緒に舌の上で社交ダンスを踊っている。

 そして、噛めば噛むほど広がる優しい甘みと絶妙な塩気が、これまた日本人の魂を震え上がらせる。


「死ぬほど旨ェ……ッ!」

「感動するほど美味しいんだ……私も一口食べちゃお。あっ、美味しい!」

「どれ、オレも一口……おお、確かにこれは旨いな」

「んっ!?♡ な、なんかわたしのに何か酸っぱいものが……!」


 感動に打ち震える俺の横で、アータン達が三者三様の反応を見せている。

 だが、ただ一人おにぎりに口を付けぬ者が一人。


「どうしたマイン。食べないのか?」

「……ワタシに食事は必要ありません」


 おにぎりを見つめるマイン。ただし、その実ガラス玉のような瞳が見つめているのは、おにぎりでもなんでもない虚空のように窺える。

 そう、マインは食事を摂らない。

 人造人間ホムンクルスでも人間だろ……と思っていたのだが、どうやら本人的には自身に刻まれた術式により、大気中の魔素を取り込むことで稼働魔力エネルギーを補っているらしい。


 その為、食事は絶対に必要としない……だがしかし。


「マイン。人生を楽しく彩ってくれるのは、案外必要じゃなかったりするものなんだぜ?」

「どうして人生を楽しく彩る必要があるのですか?」

「それもさ。必要だからやるんじゃなくて、楽しいからやるんだ」

「……ワタシにはよく分かりません」

「要は、『冒険しようぜ』ってことさ」


 人生なんて、寄り道の方が楽しいことばかりだ。

 ゲームのマップだって、正規ルートの端っこに嬉しいアイテムや楽しいミニゲーム、それに面白いサブクエストが転がっているものだ。ゲーマーならば、多少なりとも共感はしてくれるだろう。


「冒険……それは、『冒険心』からくる行動ですか?」

「おっ。マインも分かってきたか?」

「では、あそこに屯している人達の『残りの金は少ねえ……が! ここいらで一発賭場で当てて大逆転だ!』も冒険ですか?」

「ううん。あれはね、死出の旅」


 そして、どちらかと言えば射幸心寄りの行動だ。

 俺とてゲーム内ギャンブルで大枚叩いた経験はあるが、あれはあくまでゲームだからだ。現実で一発逆転を狙おうなんて末恐ろしい真似はできんよ。


「ああいうのは見習わなくていいんだ──そ・れ・よ・り!」


 折角日本食を楽しめそうな土地に辿り着いたんだ。

 なら、後はどうするか分かるだろう?


「ギルドに行く前に皆で食べ歩きといこうぜ! さっきから俺の腹ン虫が鳴き止まなくて堪らねェんだ! なァ、腹の虫くん!?」


『ツクツクホゥシ! ツクツクホゥシ! ツクツクイーヨーツクツクイーヨーツクツクイーヨーイィィィィイイイ!』


「うわっ!? 腹の虫五月蠅っ!」

「セミ並みに喧しいな」

「数年地中で寝てたんですか?」


 その通りよ。何せ約二十年ぶりの故郷の味だ。数年地中で暮らすセミの幼虫並みとはタメを張れるだろうて。

 その想いの全てを魔法で再現してみました。


 それはさておきドッキドキ。


「マイン! お前も一緒にこの町の食を味わい尽くすぞ!」

「ご命令とあらば」

「違うね。こいつは命令じゃない。だ」

「命令と何が違うのですか?」

「んー、そうだなぁ……。……よしっ」


 数秒の思案を経て、俺はマインが持っていたおにぎりを少しばかり借りた。

 そして、そのまま徐におにぎりをパカッと割った。瞬間、立ち昇る湯気と共に炙られた味噌の芳香が香ってくる。


 このままかぶりつきたいところではあるが、だ。


「ほれ、半分こ」

「?」

「これがお誘いだ」


 分けたおにぎりの片割れを、再びマインに握らせる。


「要は、『一緒に冒険しようぜ』って意味だ」

「一緒に……」

「決められた道だけ歩かされるのとは違う、人生のちょっとしたスパイスさ」


 そう言って、俺は手に持っていたおにぎりを一口食べた。


 うん、うん。

 ……うん。

 こ、これは……。


「──辛っれぇーーーーーーーっっっ!?」

ライアーライアーさん!?』

「あ゛っ゛!? ヤベェヤベェヤベェなんだごれっ!? 喉が焼けるゥ!?」



「おっ、お客さんどうだい? その辛子味噌おにぎりはね、西方より取り寄せた……たしか赤竜の爪とかなんとか呼ばれてる唐辛子を使ってみた試作品なんだが……」



「レッドドラゴンペッパーじゃねえか!?」


 レッドドラゴンペッパー、別名『赤竜の爪』。

 以前、バーローが一口食べて悶絶していた激辛カレーに入っていたスパイスである。あれを入れるよう促したのは俺だが──うん、応報。因果って巡るのね。


「カプサイシンが俺の受容体をカプカプしてりゅのォーッ!!」

「うわっ!? ライアーの息が辛い!? 目に染みるよ!」

「もぐもぐ……これは、とても辛いです」

「マイン!? 口から火を吹くほど辛いの食べちゃダメだよ!?」


 凄いぜ、レッドドラゴンペッパー。こいつさえあれば〈火魔法イグニ〉を使えなくたって火を吹けちまうんだ。ただし目と胃と口と尻の穴は死ぬものとする。


「あ゛ー、酷い目に遭った……」

「災難だったね」

「出鼻を挫かれるとはこのことよ……だが、ここで折れるような俺じゃあない!」

「うん、知ってた」

「知ってたんだ、アータン」


 略して『知ってたんだアータン』である。彼女も博識ね。


 さてさて。

 初手こそ激辛おにぎりであったが、それ以外の屋台は至って普通そうだ。


「一個ずつ買って、皆でシェアして食おうぜ」

「わぁい!」

「名案だな。色んな料理を楽しめそうだ」

「どれも美味しそうですー」

「ワタシも食べるのですか?」


 当たり前だァ! ドン!

 そんなこんなで始まりました。ライアーさんご一行による聖都食べ歩きツアー。司会進行を務めますは、書類上パーティーの頭張らせていただいておりますライアーさんですことよ。つまり、何を買って何を食うかも俺の匙加減ってことよ。


 食べ歩き奉行の座は……誰にも譲らねェ!


「ねえライアー! あれ食べたい!」

「しょうがないわねェ~」


 食べ歩き奉行の座は奪われた。

 俺には無理だ。こんな爛々とした瞳で見つめてくるアータンを袖にするなんて……。


 そうして俺達は、片っ端から気になった屋台の料理を買い漁る聖都食べ歩きツアーを敢行した。


「ウッヒョオ! 寿司あるぜ、寿司!」

「……この載ってる炙られたお魚、まさか……」

「アータン。Don’t spanking」

「叩かないよっ!?」

「アータン。俺にもDon’t’ spanking」

「ご、ごめん……つい叩いちゃった」

「うん。いいよ」


「このお団子とやら、中々に旨いな……」

「だろ? はぁ……二十年ぶりのみたらしが染みるぜ……」

「腹持ちも良さそうだし今度作ってみ……ゔっ!?」

「ベルゴ!? おまっ、いくらおじさんだからって後期高齢者じゃないんだから団子を喉に詰まらすな腹部突き上げ法!」

「的確な気道異物除去がオレを襲うっ!?」


「この丸い食べ物、なんと言うんでしょうか……?」

「タコ焼きって奴だ。中に切ったタコの脚が入ってる」

「タコ……」

「ちなみにイカ焼きもあるぜ」

「イカ……」

「……触手」

「不潔です!」

「この海に生きる全ての頭足類に謝罪しろ」

「誠に申し訳ございませんでした」


 と、色々ありながらも舌鼓をタンタカ打ち鳴らす俺達。

 やっぱり日本食は最高だ。肉体はギルシン産なのに、日本産の魂が奥底から歓喜に震えているのがひしひしと伝わってくるぜ。


「俺、コルディアに移住しようかな……」

「えっ!? ラ、ライアー……コルディアに住むの?」

「割と真面目に検討するレベル」

「そ、そっか……。でも、インヴィー教国もいいんじゃないかな。ねっ!?」

「インヴィー教国かぁ~。あそこも住みよいと言えば住みよいんだけどなぁ~」

「そうそう、インヴィー教国がいいよ! 実家も近いし!」

「実家も近いのはポイント高いな……ん? 実家?」


 何故かインヴィー教国推しが強いアータン。

 けど、こっちのMy実家はスペルビ教国だし、インヴィー教国もアヴァリー教国に近いとは言い切れない。飯と言う一点だけなら圧倒的にアヴァリー教国に軍配が上がるのだが、中々に悩ましいところだ。


「なあマイン。どうしたらいいと思う?」

「今の議論についてですか? であれば、実家とインヴィー教国、そしてアヴァリー教国に〈転移魔法〉の陣を引くことが最適解であると考えます」

「なんてスマートでストロングな答えなんだ……」


 またの名を力技という。

 だが、国家間で〈転移魔法〉の陣を引いてもいい場所は、七大教国の大聖堂かミレニアム王国の玉座の間くらいである。付け加えて言えば緊急時のみ使用可能という縛り付き。でなけりゃ、いつでも侵攻が可能になってしまう。


 ……やっぱり、ビュートに販路を広げてもらうのが現実的か。


 頑張れ、ビュート!

 負けるな、ビュート!

 俺の日本食ライフは、お前の努力に掛かっている!


「ま、そっちはいいや。それよりどうだ? マインは楽しめてるか?」

「ワタシでしょうか?」

「そうそう。こんだけ食べたら、思い出の味の一つや二つあったんじゃないか?」


 俺の質問に閉口するマイン。

 まるで背後に宇宙を背負った猫を幻視したが、数秒の思案を経て、彼女はゆっくりと口を開いた。


「……申し訳ございません。特に、何も」

「そうか。じゃあ、これが俺達との思い出の味だな」

「えっ?」

「今度同じの食べたら、俺達のこと思い出せよ~?」


 ケタケタ笑いつつ、俺はマインの頭をポンポン叩く。


「……はい。承知いたしました」


 俯くマインの声色からは、まだ感情を読み取れない。

 感情が出にくいのもあるが、そもそも本人でさえ、今抱いている感情が何なのか分かっていないのだろう。すなわち情緒が未熟。エケチェン赤ちゃん・エモーションなのである。


 バブバブな情緒が、時を経るにつれてアダルトへ成長することを希うばかりだ。


『どけどけ~!』


 なんて思った時だった。


『ご、強盗だァー! 誰かァー!』

「出動ッ!」

「前置きは無しなんだね」


 人込みの奥から聞こえてくる悲鳴に駆け出す俺。そんな俺に呆れながらも、アータン達もなんだかんだ付いてきてくれている。大好き。

 いや──マインだけは発言の意図を読み取れず、その場に立ち尽くしてしまっている。ヤベッ。後で迎えに行かないと。


 だがしかし、燃え上がる正義の心はもう止まらないぜッ!


 間もなく視線の先で、人込みを掻き分けて突っ込んでくる人影が数人分現れる。あれが強盗を働いた不逞な輩か。


「御用だ御用だ! 白昼堂々盗みを働く輩にゃ、お天道様に代わって俺がお仕置き──」

「邪魔だ、ウキキィー!」

「出来ませんでしたァーッ!」


「過去形?」


 すれ違いざまに強盗にラリアットでも叩き込もうかと思ったが、思いのほか軽い身のこなしの相手に躱された上、顔面に何か粉状の物体をぶちまけられた。


 ……あれ? この痛み、なんかデジャブが……。


「ゔぇーっほ!? ほァ゛!? あ゛ぁ゛ッ!?」

「ライアー!? 何され……っぐじょん!」

「ぐおお!? も、猛烈に目と鼻が痛い!?」

「な、涙と鼻水が止まりません゜……!」


 激痛に悶え苦しむのは、どうやら俺だけではないらしい。

 風に乗って周囲に漂う真っ赤な粉。それを嗅いだ者達は例外なく、体中の穴という穴から汁を垂れ流す羽目になった。


 毒物かと魔法で回復を試みるアス。

 だが、どうにも上手くはいっていない。


 ってゆーか、この痛み……さっきの辛味噌おにぎりで味わった奴に似てるな。


「まさか赤竜の爪レッドドラゴンペッパーか、これ!?」

「キキッ、その通りよ! 手を洗う前に迂闊に尻を拭いてみな! 猿みたいに真っ赤っかになるぜ」

「やりやがったな!」


 二重の意味でな!


 限りなく非合法な合法の粉により、周囲は見るも無残な地獄と化した。阿鼻叫喚とは、まさにこの光景を言うのだろう。


「キキッ、あーばよっ!」

「このッ……待てー! 泥を塗られたお前の親の顔が見てみたいわァー!」

「良心に訴えようとしたって無ー駄無駄ァ!」


 俺達を嘲笑う強盗は、颯爽と人込みを駆け抜けていく。

 このままではまんまと奴らは逃げ果せてしまうだろう。


 一体どうすれば──!?


「キキッ! ちょろいもんよ!」

になってから盗みも楽な仕事だぜ!」

「さぁーて! 聖堂騎士団が来る前にトンズラするかッ!」


『ウーッキッキ!』


「マイーン! そいつら捕まえてー!」

「了解」

『ウッキィイイイ!?』


 一瞬の出来事だった。

 マインにお願いした次の瞬間、彼女の背後に大きな土壁がそそり立ち、三人の強盗団はまんまと激突した。


「な……なんで赤竜の爪が、効かねぇ……!?」

「? C18H27NO3カプサイシンの結合を〈錬金魔法〉で分解しただけですが」

「っ……御勤め終わったら、ちゃんと勉強しよ──うっ」


 その言葉を最後に、強盗は意識を失った。

 強盗……お前達のやったことはクソだが、学ぼうとする姿勢だけは素直に賞賛しよう。やったことはクソだが。


「あ゛ー、酷い目に遭った」

「今日聞くの二回目の台詞」

「まったく。迷惑な奴らだ」

「気絶しちゃいましたけど、一応怪我がないか看ておきましょうか……」

「必要なのですか?」


 疑問を呈するマインに、アスは迷わず頷く。

 強盗相手に診療とは、一見甘い対応のようにも見えるが、打ちどころが悪くて死なれるのもあれだしなー。それに狸寝入り決め込んで暗器を持っていたら目も当てられない。それを回収する意味合いでも診療と身体検査はしといた方がいいだろう。


「随分変な模様の頭巾を被っていますね……脱がしちゃいましょう」


 えいっ、とアスは唐草模様の頭巾を脱がす。


「……えっ?」


 刹那、アスが固まった。

 だが、それは彼に限った話ではない。


「嘘……!?」

「魔人……いや、悪魔か!?」


 頭巾の奥に隠されていた素顔。

 一見猿のようにも見える容貌だが、それは人間──いいや、間人と呼ぶには余りにも異形に寄った特徴が現れていた。それこそ魔人、特に獣人の特徴が色濃く出ているように見える。


 だが、それは一人だけの話ではない。

 慌てて他二人の頭巾も脱がしてみれば、同様に獣人族染みた猿顔が白日の下に晒される。


「魔人がどうして聖都に……!?」

「コルディアは感知の〈聖域〉が張られていないのか……?」

「兎も角! 聖堂騎士団の人達に言わなくては!」


「あー、またかぁ……」


『?』


 物々しい雰囲気になってきた俺達を余所に、一人の町人が呑気な声を上げた。


「最近多いんだよなぁー。

「ねー? ヤダわ~、悪い連中に限って力が強いんでしょう?」

「んだんだ。んだからそこの嬢ちゃん、お手柄だぞ!」


 どこかのほほんとした町民は、一頻り文句や愚痴を口にした後、強盗を止めたマインを賞賛する。それにつられて他の町民も『ようやった!』や『一歩近づいたな!』と喝采を浴びせ、次から次へと食べ物や土産物をお裾分けに来るではないか。


「あの……これは」

「見たとこ嬢ちゃんもだろ? 大変だろうが頑張れよ!」

「? 了解いたしました」


 なんというか、全体的に置いてけぼり感が否めない状況だ。


 だが、俺は違う。

 いや、というか他の皆も話くらいは聞いたはずだ。


「なるほど。そういうことか」

「ライアー、何か分かったの?」

「王都でシムローが話してたろ? 以前、魔人化事件が──」




「御用だ御用だぁ~~~~~!」




 若い女の声がけたたましく空に木霊する。

 すると、目の前の開けた空間に忽然と人影が現れた。


 その装いは、一言で言えば奇抜だった。

 一見すると軍服のような上衣に身を包みながらも、下半身はゆったりとした袴を風に踊らせている。加えて肩からはこれまた立派な外套を靡かせており、そこには涙を流す鬼の紋様が描かれていた。

 極め付きにはそのだ。


「白昼堂々盗みを働くとは言語道断! たとえお天道様が見逃しても、我々は見逃しませんよ!」


 十手を掲げるは、顔の上半分を狐の御面で覆い隠した女騎士。

 橙色の長髪を九つに分けて結った彼女は、凝った造形の御面では隠し切れぬ可憐で愛嬌のある瞳を輝かせながら、ココンッ! と見えを切る。




「アヴァリー教国を守る護国の武士であり聖堂騎士! そう……タマモ達、〈鬼の涙ラクリマ・ラルウァ〉がッ!」




『……』

「……あり?」


 けれど、登場がちっとばかし遅かった。

 周囲をキョロキョロ見渡す女騎士の下に、お婆ちゃんが一人近づく。


「ごめんねぇ。タマモちゃん、盗人は冒険者さんがとっ捕まえたよ」

「なぬゥ!? 詰所から超特急で駆け付けたのに!」

「詰所からここまで三里12㎞はあるんだけどねぇ……」


 おい待て。

 強盗が出てから十分も経ってないんだが?


 恐ろしい事実に慄いていると、こちらに目を付けた聖堂騎士ちゃんがバビュン! と一瞬で詰め寄ってくる。体感で言えば罪度Ⅲになった時のアスぐらいだ。つまり、とんでもなく速い。


「なんたる早業! 我々よりも先に事件を解決してくださるとは!」

「いや、オレ達は当然のことをしたまでだ」

「おぉ……なんとご立派なお考え!」


 爛々と目を輝かせる聖堂騎士ちゃん──もとい、『タマモ』を名乗る女騎士。

 受け答えたベルゴの返答に感激した様子を見ていた彼女であったが、不意にこちらを見つめる眼光が鋭くなった。


「むむっ……ほうほう……」

「……どうしたのだ?」

「──決めました!」


 バッコーンッ! と土煙を巻き上げ、ポーズを決める女騎士・タマモちゃんが言う。


「貴方達を名うての冒険者と見て、一つお願いがあります!」

『お願い?』

きん、欲しくありませんか!?」

「富と名声と力なら欲しいけど」

「決まりですねっ!」


『待て待て待て待て!』


 止めてくれるな、皆。

 俺はこの世の全てを手に入れた男になりたいんだ!



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