第132話 産声は誕生の始まり




 誰かが言った。

 刀とは所詮人斬り包丁。人殺しの道具でしかない……と。


 しかし、フェルムはそうは思わない。


 磨き上げられた刀は女の美しさに通ずるものがある。あの刃の反りは、一糸纏わぬ女体のような艶めかしさに溢れている。

 鍛え上げられた刀は男の逞しさに通ずるものがある。あの刃の内側は、仕上がった男体のような強靭な力強さを秘めている。


 刀とは芸術だ。他者を傷つける為だけ価値を秘めている。

 それは時に人を魅了し、心に彩りをもたらす。


 昔、父親に買い与えてもらった本がある。

 世界中の武具が載った本の挿絵を見た時、フェルムの心には生涯冷めない熱が灯ったのだ。


──いつか自分も打ってみたい。


 あの時に灯った熱が、今の自分をここに立たせている。

 実感を胸に覚えつつ、フェルムは己の作品を振るう剣士を眺めていた。怪物を相手に一歩も退けを取らず、迫りくる攻撃を次々に斬り落とす彼の勇姿を。


(親父──オレはやったぞ)


 永い時を経て自分の心すらも奪った〈強欲〉の刀。

 鍛冶師フェルムの始まり──強く欲する者達の願いを打ち込まれた伝説は、この世で二度目の生を受けたのだ。


──嘘吐きな偽物勇者の手に渡る形で。


「うんうん。流石はオレの打った刀だぜ……」

『フェルム!』

「ん?」


 満足そうに頷いていた時、彼女の背後に駆け寄る人影。それは彼女より一回りも二回りも大きな鉄色の肌をした鬼人だ。


「なんだクロガネ。お前どうして……痛ぁ!?」

「どうしたもこうしたもねえ!」


 両肩を掴まれたフェルムが悲鳴を上げるも、構わずクロガネは続ける。


「戦えねえ奴は避難と言った! 聞いてなかったか!?」

「馬鹿言え。オレだってこの里の住人だ。万が一にはオレも加勢するに決まってんだろ」

「お前……!?」

「それよりお前の方がどうすんだ? 武器もなしにのこのこやってきやがって」

「! 俺は……」


 クロガネは丸腰だ。フェルムが避難する方角とは真逆──敵が居る方向へ駆け出しているのを見て、予備の武器を用意する間もなく追いかけてしまったからだ。


──今すぐ戻るか?


 素手で対峙できる相手ではない以上、それが一番現実的な判断だ。

 あそこで一度冷静になり、武器を手にしてから追いかけるべきだった──たとえ想い人に関係していると言えど、クロガネは己の未熟さに歯噛みした。


 しかし、その時だった。


『兄貴~!』

「! シャクドウにセイドウ!」


 見慣れた弟分二人が駆けつけてくる。

 二人とも随分な大荷物だった。特に二人掛かりで小脇に抱えている大太刀なんて、一瞬目を疑うほどのサイズである。


「兄貴……お、重いから早く受け取って……」

「……その刀をか?」

「フェルムの姉貴が……兄貴にって」

「!」


 二人から差し出される大太刀を手にしながらも、クロガネの視線はその姉貴とやらに飛んだ。


「フェルム……お前まさか、俺の為に……?」

「おう! お前にちょうど良さそうだろ?」

「……」

「銘はもう決めてるぜ」


──『金太郎きんたろう


 溌溂な笑みを湛えた女はそう告げた。

 大太刀──金太郎を差し出してきた鬼人二人の手が放れる。ズシリ、と大太刀の重みがダイレクトに手に伝わってきた。


 重い。

 重い。

 重い。


 だが、けっして手放そうと思えないのは何故だろうか?


「……金太郎」

「どうだ? 中々勇ましい銘だろう?」

「……」


──きっと我が子を抱く父親はこんな気持ちなんだろうな。


「んだよ、黙りこくりやがって。礼の一つでも言えねえのか?」

「フェルム」

「なんだよ、急に居直って」

「俺の為に鞘を作ってくれ」

「ん? いいぞ」


 クロガネの要望に、フェルムはさらりと答えた。

 そのやり取りを見ていたシャクドウとセイドウ、二人の鬼人は愕然とするように口を開いた。それは大層大きく開いていた。


 だが、そんな子分は眼中にないと爛々と瞳を輝かせたクロガネが、受け取った大太刀を肩に担ぐ。


「……ありがとう! 必ず戻る!」

「おーう! 怪我はすんなよー!」


 走り出すクロガネ。

 その彼を送り出すフェルムは、まるで何も分かっていないような晴れ晴れとした笑顔を湛え、手を振っていた。


「はわわ、あ、兄貴……!」

「はわわ、あ、姉貴……!」

「……オマエら顔色どうした?」


 一方で、互いの肌を交換したような顔色の鬼人二人は叫ぶ。




「「あ、姉貴が兄貴の鞘になったぁー!?」」




「おいコラ。人様を鞘呼ばわりすんじゃねえよ」

『不潔です!」

「なんか卑猥に聞こえ……誰だ、今の声」


 『元鞘におさまる』という言葉がある。

 とどのつまりはそういうことだ。




 ***




「五本目ェ!」


 スッパァン! と唐竹を割ったような音が鳴り響く。

 けれど斬ったのは竹ではない。硬い鉱石を溶かして固めてコッチコチになった鎧を纏った、これまた硬い鉱物の腕である。


 でも、そんなお堅い腕だろうと金時に掛かればアラ不思議!

 ギコギコしなくたって斬り飛ばせちゃうんですよぉ~!


「クラーケンだったらたこ焼きの具にしてやったんだけどな」

『ア゛……ア゛ァ……?』

「……どこまで意識があるのやら」


 相も変わらず攻勢は激しい。が、それが理性に依るところであるかは定かではない。

 小首を傾げる赤子は攻撃の手こそ緩めていないが、開幕当初のように逐次対処法を繰り出す素振りを見せなくなっていた。


 こいつはそろそろタイムリミットか……?


 そんなことを考えていた時だ。


「おーい!」

「この声……クロガネ! 戻ってきたか!?」

「俺だけじゃあねえ!」


 駆け付けてきてくれたクロガネの後ろから、見たことのある鬼人が大挙して押し寄せる。


「鬼人の力、今こそ見せつける時だ!」

「おれらが今世の百鬼夜行よぉ!」

「百人も居ねえし夜でもねえけどな!」

「余計なこと言いなや!」


 ご存じ鬼人の里の若衆だ。

 里の戦力を担う彼らは大罪化した……とかは見ても分からないだろうが、明らかに異様な雰囲気を醸し出している巨大な赤子を見ても尚、恐れず怯まず足を前に進めている。見習いたい、その勇敢さ。


 しかし、勇敢なだけでは立ち向かえない相手だ。

 大丈夫か……? と不安を抱くのと束の間、俺は彼らの握る武器に目がついた。


「全員ヒヒイロカネの武器持ってんじゃねえか!」

「これまでフェルムが打ったモンだ。倉の在庫を使い果たす勢いで打ちやがってたが、まさかこんな形で役に立つとは──なァ!」


 先頭に立つクロガネが、迫りくる巨腕を大太刀の一振りで叩き切る。何たる豪刀……いや、業物だ。しかもこれまた刀身が真っ赤なヒヒイロカネ製である。


「なにそのかっちょいい刀!?」

「へっ……里の宝刀よりずっと価値のある、俺だけの愛刀だ!」

「ヤダぁ~! ロマンが盛られてモンブランだわぁ~!」

「言ってる意味は分からねえが、最高の浪漫にゃ違ぇねェ!」


 そう言ってクロガネは新たに手にしたであろう大太刀を振り回す。斬撃の残影はさながら真紅の旋風。それらが幾重にも重なれば、いよいよ紅蓮の竜巻だ。


 紅い斬撃の嵐は迫りくる巨腕を次々に斬り落とす。

 そんなクロガネの姿に勢いづいたのか、応援に駆け付けた鬼人の若衆も各々迎撃を開始した。


『オ゛……!?』


 とうとう漏れる苦悶の声が。

 奴の再生の勢いが着実に衰えている。大罪化に伴う莫大な魔力消費もだろうが、今回はシンプルに攻撃の手が増えたところが大きい。

 鬼人の若衆が握る武器は全てフェルムの打ったヒヒイロカネ製。彼女自身は失敗作と言っていたが、あくまでそれは『本物の金時に比べれば』の話だ。


 曲がりなりにもヒヒイロカネ製。出来上がる刀剣も鉄製や銅製とは比べ物にならねぇっちゅー話ですよ。


「もう一息ってことか……!」

「聞いたか野郎共ォ! ここが正念場だ! これから死ぬような間抜けは、地獄に堕ちても引きずり出してぶん殴ってやる! いいなァ!?」

『おぉー!』


 クロガネの呼び掛けで鬼人の若衆たちが突撃する。

 ねえ、知ってる? 鬼人ってほとんど間人の上位互換みたいなものよ。力も強けりゃ身体も強い。かと言って魔力量が劣るなんてこともない。


「どぅおおおりゃ!」


 若衆の先頭に立つ黄鬼・コガネが金棒をフルスイングする。

 すると赤子の巨腕が豪快な音を奏でて爆散した。どんな力だよ。これで罪化なしってんだから恐ろしい。


 その他の鬼人も自慢の腕力を揮い、鉄壁を誇る岩石の赤子を外側から削っていく。

 やっぱり数は正義だ。数が多いだけでも大分違う。限りある敵の思考のリソースを割くことで、大味な攻撃を誘発させられるのだ。

 結果、隙を晒した相手にさらなる追撃が襲い掛かり、目に見えて敵が守勢に入った様子が見て取れた。


「させないよっとぉ!」


 砕かれた断面を再生しようとする赤子へ、若衆の一人である銀鬼・シロガネが錫杖を突き立てる。すると再生の兆しを見せていた断面がピタリと止まった。

 その答えは突き立てられた錫杖より広がる紋様──魔法陣にこそあった。


「〈結界・賽の河原〉──再生しようったってそうはいかないよン☆」


 結界──要は鬼人風の〈聖域〉だ。

 錫杖より広がる〈聖域〉は再生妨害、あるいは再生に関わる術式を止める効果を持っているのだろう。その甲斐あって相手を削る速度が加速度的に早まる。

 少なくない怪我人こそ出てはいるが、罪使いでない魔人であること踏まえれば、死人が出ていないだけで十分頑張ってくれている。


「あとは奴さんがどれくらい粘るかだが──」

『オ゛……』

「お?」

『オ゛ォォォオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「うおおおおッ!?」


 突如、赤子が大号泣を始める。

 周囲一帯が大きく震えるほどの声量だ。地面もお空もブルブルよ。それどころか赤子の目尻より溢れる血涙が地面に広がる。見境なしってか。


「けど、これくらいだったら躱すのは余裕余──」

『アイベル、今だ!』

「You……?」


 適当に躱そうとした時、声が聞こえた。

 ここに居るはずのない少女の声だ。それを──いいや。を聞いた瞬間、魔法を撃つ構えを取っていたアータンが微動だにしなくなる。


 そこへ、畳みかけるように別の声が聞こえた。


『言われなくてもやってるっての!』

「……お姉ちゃん?」

『ヴァザリィ! 援護を!』

『任された!』

「え?」


 また聞こえてくる声に、今度はアスが反応した。


「ヴァザリィ──ヴァザリア?」

「おい、アス! どうした!?」

「っ……すみません! きっと気のせいですから……!」


 ベルゴの声を聞いて我に返るアスだが、心ここに在らずといった様子だ。

 というか、実際俺も似たような状況である。


 握る刀に、迷いが生まれた。


 俺の頭に、二つの選択肢が浮かび上がる。

 一つ目は、このまま赤子を倒す選択肢。

 もう一つは──。


『モア! ……いけ!』

『……はい!』


 何者かの声に勇気づけられた“誰か”が駆け出した光景が浮かび上がる。


 きっと──これは記録だ。

 足元に広がる血涙を通り、俺達に直接注がれる記録。


『……ごめんなさい』


 記憶の中で、一人の少女がに向かって拳を振り抜いた。

 次の瞬間、記録は途絶える。見せつけられていた脳内映像ははたりと消え失せ、目の前の現実へと呼び戻された。


 目の前には、未だ赤子が泣いていた。

 あんあん、あんあんと。

 誰にあやされるでもなく、一人で泣き続けている赤子が──。


「──そうか。やっぱお前……」

「……ねえ、ライアー」

「ん? どうした、アータン」

「なんでそんな辛そうな顔をしてるの?」


 ふと隣に立ったアータンが、そう問いかけてきた。


「……そういう風な顔に見えたか?」

「うん……顔というか、目というか」

「言い得て妙だな。顔、鉄仮面これだし」

鉄仮面それだしね」

「……はぁ」


 短いとも長いとも言い切れない付き合いだけどさぁ……。


「そんなこと分かっちゃう?」

「助けたいの?」

「!」

「あの魔物……ううん、が辛そうだったから」


 表情の機微なんて読み取れぬであろう赤子を前に、彼女はそう言い切った。

 しかし、読み取れるのは何も表情だけではない。


「押し潰されそうなくらい凄い魔力なのに、感じるのは戸惑いとか不安とか、そういう気持ちばっかり」

「……そうか」

「今の光景もお姉ちゃんも気になる……けど!」


 アータンは言う。


「助けてあげられないかな?」


 かわいそうだよ、と。

 純真な瞳が俺を貫いた。


 ……ったく。

 俺って奴はとことんアータンには甘々になっちゃうだよなぁ。


「──そうだな。そうだよな。こんなことで迷うなんて俺らしくもねえ」

「ライアー……」

「あいつを倒すべき存在かどうか判断するのは、あいつを助けてからでいい。それでいいだろ?」


 、俺の出した答えはそれだった。


「ったく……どうして俺はいっつもいっつもハードでヘヴィーなルナティックルートを自ら突っ走っちゃうのかなぁ~?」

「言ってる言葉の意味はよく分からないけど、たぶんそれがライアーのサガなんだよ」

「そう思う? 俺も思う」

「自他公認」

「じゃなきゃ、死に物狂いで皆を救ったりしねーっての」


 辛い目に遭ってきた皆には幸せになってほしい。

 その細やかな願いを祈る者──すなわち『プレイヤー』がこの俺だ。ハッピーエンドの為なら十周でも百周でも、数百時間のやり込みプレイも大歓迎よ。


「やるのか、ライアー」

「やる」

「やるんですね、ライアーさん」

「やるさ」

「やるんだね、ライアー!」

「やるとも!」


 順々に問いかけてくる三人。

 皆も皆で俺がやらないとは端から考えていない様子だ。


 なんだよ、俺のこと大好きか?


「おい……そろそろ応えてくれてもいーんじゃねーの?」


 それじゃあ皆の想いに応えましょうか、と。

 俺は右手に握る新たな相棒に言葉を掛ける。


「俺にはお前が必要だ」


 柄を通し、深紅の刀身に魔力を注ぐ。

 当初より破格の速度で罪紋を刻んでいた刀身だが、ここに来て一層眩い金色を放ち始める。


 かつては〈強欲〉を刻んだ器。

 そこへ今焼き付かんとするは、まったく毛色の違う〈虚飾〉と来た。


「この先……この世界の未来を救う為にお前の力が必要なんだ」


 〈大罪〉と〈罪〉。

 一見すれば比べるべくもない格差があるかもしれない。なんせ片や世界を救った大いなる力だ。国によっちゃ比べるのも烏滸がましいって怒られるかもな。


 ……けどな。


「失った罪器の代わりじゃねえ。金時の代わりでもねえ」


 俺が欲しいのは、今この手に握る刀だ。


! !」


 だから応えてくれ。

 その一心を刀に注ぐ。


 注いで、注いで、注いで。

 注いだ──その時だ。




「……よろしくな、相棒」




 新たなる〈虚飾〉の剣。




「──罪器ヴァニタス」




 そいつが、お前の名前だ。


『オ゛オ゛オ゛ッ!』


 ただならぬ空気を纏う罪器ヴァニタス。

 その妖気と呼ぶべき空気に当てられた赤子は、振り上げた拳の全面にヒヒイロカネを纏わせ、そして振り下ろした。


「しっ!」

『オオッ!?』


 しかし、振り下ろした鉄槌は俺を打ち砕くことはない。

 むしろ、タイミングを合わせて振り上げられた真紅の刃に、すっぱりと拳を両断されているではないか。


「あれを斬った!?」

「同じヒヒイロカネの鎧を!?」


 驚きの声が上がる。

 今までの再現金時であれば、薄い金属板サイズを切り裂くのが精々だ。それを巨岩染みたサイズを両断したともなれば、周囲の驚愕も当然だろう。


「──〈強欲の勇者〉マモンの振るう金時に切れぬものなし。そいつは単に切れ味がいいって話じゃあねえ」

『オ、オオ……!』

「ビビッたか? だよなぁ、お前が一番よく知ってるだろうしな」


 恐れ戦く赤子。

 そんな彼女に真っ赤な切っ先を突き付ける。血に濡れた妖刀染みた風貌のそれだが、実際本物も『血を啜る妖刀』だなんだと称されていたのだから大差はない。


 なにせ真実はこうだ。


「〈強欲〉の力は“分解”と“構築”。マモンの〈罪〉を宿したは、その権能を遺憾なく発揮してみせた」


 斬られた拳の断面を見れば話は早い。

 斬られたのではなく、抉れている。


 続いてヴァニタスを見てみよう。

 先よりも一回り刀身が大きくなっている。


 これが答えだ。

 斬っているのではなく、


 それこそが〈強欲〉の罪器──の権能。

 そして、ヴァニタスはそれを完全に再現してみせていた。


『オ゛、オ゛ォ゛……ッ!?』

「お上がりよ。の切れ味のほどをな」

『オ゛オ──ッ!!』


 癇癪を上げるかのように赤子が吼える。

 森が、山が、空が。

 周囲一帯が震え上がる咆哮を上げた途端、赤子の背中より無数の腕が飛び出してくる。あばら骨が触腕みたいに襲い掛かってくる光景みたいで怖い。

 しかし、俺が対処するよりも触腕の前に立ちはだかる存在が居た。盾よりも城壁よりも頼りに見える背中だ。そんな背中をしている男なんて、ここには一人しか居ない。


「フンッ!!」

「助かるゴ!!」

略すな『助かるベルゴ』を!!」


 エスカルゴみたいだろう! と叱責が飛んでくる。ごめんね。

 しかし、実際触腕をあっという間に切り払ってみせたのだ。そりゃあ感謝の一言も圧縮されちゃうわよ。


「いくら身に纏う金属が硬かろうが……!!」


 そんなベルゴはと言えば、迫りくる触腕の第二波を前に〈聖霊〉を顕現させる。

 ご丁寧にヒヒイロカネやら鉱物を纏って防御力を高める相手だが、ベルゴは器用にもそういった部分を避けるように刃を滑り込ませる。


 いくら堅牢な防御があったとして、守られていない部位を狙われては形無しだ。切り飛ばされた触腕は再度吸収されぬ森の中へと消えていく。


「無闇に肥大化したのが仇となったな。今なら守りの隙間を縫うのも……容易い!!」

「それが出来るのはお前だけだよ」

「容易い!!」

「容易いかぁ」


 容易いのかぁ。

 何故原作で死んでいるのか分からない猛者がよぉ。まあ、その分敵サイドの戦力が充実している訳ですが……クソッタレ。


「! この断面……」

「アスさん、何か分かったの!?」

「あの巨体は〈聖域〉そのものなんです! 取り込んだ土砂の内部に金属の線が巡っている……いわば、魔力を流す血管です! あれを断ち切れさえすれば……!」


 とかなんとか感心していれば、アスが何かを発見したらしい。


「わたしにもやりようは──ある!!」


 軽快な跳躍で暴れる触腕に近づいたかと思えば、空中で何かを蹴り飛ばす。目を凝らさなければ視認できぬ物体であった。


「──〈堕淫魔剣ダインスレイブ〉!!」


 それを触腕にぶつけてから数秒後。

 モリモリウネウネ蠢く根っこが、岩石の纏う鎧の隙間から生えてくるではないか。アスファルトから生えてくる植物レベル100みたいな光景だ。

 しかもサイズが膨れ上がって支えきれなくなったのだろう。頑強な岩石の巨腕は、根っこが蠢く部位を中心に崩れ落ちた。


「おお!」

「〈堕淫魔剣〉は魔力を吸収して発芽する種子!! これなら守りの手薄な部位に種付けしつつ、魔力の回路ラインを断つことができます!! ……種付け?」

「セル不潔やめろ」


 セルフの不潔、略してセル不潔である。もっと純粋だったあの頃を回顧して猛省してほしい。ついでに俺の感心した時間を返せ。


「そ、それより……アータンちゃん! 崩れ落ちた部位を!」

「! ありがとうございます!」

「どういたしまして!」


 アスに促され、動き出すうちの最終兵器ことアータン。

 言われるがまま崩れ落ちた部位を水流でかき集めたかと思えば、突如として水嵩がドドンと増した。


「アスさんが集めてくれた魔力……これだけあったら!」


 そう言えばアータンは相手の魔法や魔力を吸収できるんだった。

 え~っと……つまり今のアータンは、大罪化した相手の魔力を自身に還元している訳で……あれ、それ強くね?


「ライアー! いくよ!」

「あっ、お願いします」

「──〈海蛇神の九叉大水魔槍レヴィアタン・ノウェム・オーラハスター〉!!」


 予想は的中。

 大罪化で得られる莫大な魔力を逆に利用した魔法を解き放つアータン。繰り出される九つ首の水龍は、迫りくる腕を逆に喰らい尽くす。


 もうこれアータン一人でいいんじゃね?


 そう遠い目を浮かべるも束の間、赤子本体に水龍は着弾。水龍の顎が喰らい付き、けたたましい破砕音が轟いた。

 圧倒的質量の衝突だ。耐え兼ねた赤子の肉体が強度の弱い部分から次々に吹き飛んでいく。


「オ……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」

「──見えたぜ」

「ッ……!!」


 そうしていく内に露わとなる敵の核──本体。

 ちょうど心臓の位置だ。突如として日の光に晒された本体は、眩い外の世界を前に瞳を細めていた。


 今だ。


 敵が怯んだのを確認するや、俺は飛天で接近を試みる。

 軌道は一直線。最短距離だ。


 それを相手も目にしていたのだろう。

 相手は兎にも角にも本体を守ろうと、適当に残った部位を再構成し、俺の行く手を阻む壁を築き上げた──が、しかしだ。


「ざ~んねん」

「──ッ!?」

「もう……目の前だ」


 そんなものは都合のいいまやかしだ。

 


 敵の眼前。

 防御の奥。


 虚空より現れ出でし俺は、驚愕に目を見開いた相手に向かって罪器ヴァニタスを振るった。


 一閃。

 迷いなく振り抜かれた刃は、赤子の心臓部を見事に袈裟斬りにした。


 直後に変化は訪れる。


「見ろ……山みてぇな巨体が」

「全部崩れていく……!」

「やりやがったんだな!?」


 崩壊を始める赤子を見て、鬼人の若衆がどよめく。

 直後、赤子の心臓部より青白い火柱が上がった。天高く衝き上がる火柱が勢いを増すにつれ、赤子の崩壊も加速度的に早まる。再生の兆しも見えぬことから、傍目からすれば俺が怪物にトドメを刺した──そういう風に映っただろう。


 けれど、実際には違う。


 俺は右手に罪器を握っていた。

 先程まで金時の姿をしていた刀。それが今や清らかな浄火を灯す、神聖な剣の姿へと変貌していた。




「完全再現だな──




 大罪化をも清める伝説の聖剣。

 断罪の聖剣と対を成す聖剣を、俺は今、再びこの手に握り締めていた。




 




「ったく……嘘吐きになるのも楽じゃないな」




 でもまあ──今に始まった話じゃあない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る