第131話 入魂は産声の始まり


「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」


 不審者とは今の彼女のことを言うのだろう。

 掲げている刀を様々な方向に傾ける。ありとあらゆる角度から舐め回すように、いや、傍目からすれば実際に舐め回していると誤解される距離感で、フェルムは刀に見入っていた。


「ようやっと完成したぜ……」

「あ、姉貴~!」

「るせぇーーー!」

「いきなり怒りが天元突破」


 しかし熱が入っているからこそ、水を差された時には急速に沸騰する。

 鍛冶場に立ち入って怒鳴られたのは鬼人族若衆の一人、シャクドウだ。こんなにも厳つい顔をした赤鬼の見た目をしているが、兄貴分が惚れている女には、たとえ異種族であろうとも頭の上がらない男なのである。


 が、たとえ頭の上がらぬ相手にも引き下がれぬ時もある。


「──って、こんな時にまで何してんだよ!?」

「ん? こんな時にまでって……何かやってんのか!?」

「姉貴の人生は穏やかそうで羨ましいよ」

「褒められてねえことだけはハッキリ分かんぞ」


 イラッ、とこめかみに青筋を立てるフェルム。

 言葉選びの妙だ。出来る限りオブラートに包んだ表現も、包み過ぎれば飲み込む相手に不快感を覚えさせる。分厚すぎるオブラートの角が喉の奥にぶっ刺さり、なおかつドロドロに溶けた膜が引っ付いて飲み込めないような表情をフェルムは浮かべていた。拳が出るまであと二秒といったところだ。


 しかし、鍛冶で鍛えられた拳を分厚い腹筋で受け止めるシャクドウは、それどころではないと言わんばかりに慌てた表情だった。


「気づいてねえのかよ、この地震!? ただごとじゃねえぞ!?」

「……ああ、言われてみれば」

「言われてから気づく次元じゃあねえよ!? 酔っ払いじゃあるめえし!」

「確かにおれは酔ったな──手前の腕の良さに」

「姉貴、歯ぁ食いしばってください。あんたを今から引っ叩く」


 男にも女に手を出さねばならぬ時もある。

 けれども当たるかどうかは別の話だ。あえなくフェルムにいなされたビンタは、自分の頬を打つ結果に終わった。シャクドウは泣いた。


「い、家や山が崩れてからじゃ遅ぇ……里の皆にゃ広場に避難してもらってんだ」

「そうか。じゃあ後から向かうわ」

「今すぐにだよ、姉貴ぃ!」

「ああ!? オレぁ今から大事な仕事があんだ!」

「そう言うと思ったからおれが使いに出されたんだよ!」

「ぃやめろぉーーー!!」


 シャクドウに米俵のように担がれるフェルムは暴れる。暴れる。暴れ回る。暴れ牛よりもずっと暴れる。さながら荒ぶるブル、荒ブルであった。


「今!! おれは今、人生で一番の波に乗ってるんだ!! 最高傑作を仕上げられる好機は今しかねぇんだよぉーーー!!」

「鍛冶場が崩れて死んじまったらそこまでだろ!?」

「地震雷鍛冶親父って言葉があんだろ!! 鍛冶の優先順位は上だぁ!!」

「鍛冶の字が違ぇよ!? 火事を仲間はずれにしてやるな!!」

「鍛冶は火事を内包すんだろうが!!」

「若干否定しづれぇ!」

「とにかく!! 鍛冶場で死ぬなら本望だ!! オレは鍛冶に生きて鍛冶に死ぬんだぁーーー!!」


 フェルムは魂の雄叫びを上げる。

 有史以来、歴史に名を残す芸術家には奇人エピソードが付随しがちだが、そういう意味では彼女もまた歴史に名を残すポテンシャルは持っていた。名工としても、無論、奇人としてもだ。


 そして、残念なことにシャクドウには奇人の手綱を握れる器ではなかった。


「分かった!! 仕上げの道具も一緒に持ってく!! それで手を打ってくれ!!」

「よし! じゃあこれとこれとこれを……」

「ちょっ、ちょっ、ちょっ……!? なんだこの馬鹿デケぇ刀!?」


 フェルムの駄々に折れたシャクドウであったが、ひょいと手渡された刀の重量で現実に引き戻された。

 シャクドウの背丈ほどもある刀、否、大太刀だ。

 赫々と燃えるような刀身を見るに、ヒヒイロカネで打った大太刀であることは明白だ。


 それにしても見事な刀身だった。

 刀身に浮かぶ鮮明な刃紋は、さながら揺れる炎の如き力強さを感じる。その迫力はあるなずのない灼熱を覚え、全身からドッと汗が噴き出すほどだ。


「へへっ、どうだその刀」

「滅茶苦茶邪魔だ」

「歯ぁ食いしばれ」

「理不尽!?」


 実に見事な刀だった。

 けれど、邪魔なものは邪魔だ。


 そして、正直な感想を口にしたシャクドウはフェルムの鉄拳制裁を受けた。芸術ほど

 貶されて燃え上がる燃料はないのだ。


「いいか、丁重に扱えよ? そいつは刀工フェルム様が打った最高傑作として、後世に名を残すんだからな」

「最高傑作なのは違ぇねえな……違ぇねえだろうけど……こんなデケぇ刀、誰が使うんだよ?」

「……さあ?」

「姉貴、ひょっとして馬鹿か?」

「歯ぁ食いしばれ」

「覚悟はしていた!!」


 芸術を貶しても燃え上がるが、芸術家本人を貶しても燃え上がる。

 口をついて出てしまった瞬間、シャクドウは飛んでくる鉄拳を受け入れる覚悟を決めていた。判断が早い。


「だって!? こんなブツ、特注オーダーメイドでもなけりゃ作らんでしょお!?」

「やかましい!! 職人のインスピレーションってのは鮮度が命なんだよ!!」

「おれぁ、てっきりクロガネの兄貴にでも作ったのかとばかり……」


 シャクドウが口にした瞬間、フェルムの動きがピタリと止まった。


「クロガネ……そうか、クロガネか! そいつぁいい!」

「は?」

「アイツ、たしか熊がいいって言ってたな。どれどれ」

「あ、姉貴……? 今度は何して……?」

「何って……鞘の彫刻用にノミをだな」

「まだ荷物を増やすか!?」


 この期に及んで荷物を増やそうとする鍛冶師の言葉に、急いで逃げるようにシャクドウは足を動かし始めた。


「彫刻なんてそれこそ後でできるだろ!! ほら、行くぞ!!」

「あっ!? シャクドウ、てめえ!?」

「姉貴に何かあったら怒られるのはおれなんだからなぁー!!」


 面倒事を任せられるのは信頼の裏返しか。

 にしたって、面倒事はもうちょっと選んでほしいものだ。シャクドウはさめざめと涙を流しながら仕事を遂行するのだった。



 ***



 極限まで張り詰めた空気の中、唱えられたのは禁忌の告解だった。

 瞬間、俺達の居る空間に魔力が満ち満ちる。ただでさえ地の底に引きずり込む泥濘のようなルキフグスの魔力を押しのけるほどに、だ。


大罪化ダイシンカだと!?」

「それってと同じ……!?」

「何だ!? 何が起こってやがる!?」


 放たれた単語の意味を理解したベルゴとアスの顔は険しく、知らぬクロガネは困惑した顔を湛える。

 だが、解き放たれる膨大な魔力の風を浴びれば、否が応でもただならぬ事態であることくらいは把握できるだろう。


 実際やばい。

 具体的に何がヤバいって? んー、迷宮の天井に張られていた蜘蛛の巣に今まで引っかかっていた瓦礫が大罪化の余波で降り注いでくることですかねぇ。


「ヤバい避けにく危なマシマシぃ!?」

「チッ──」


 思わずラーメン屋のコールっぽい悲鳴を上げちゃった。

 その一方、ルキフグスはと言えば足元に展開していた影の全てを頭上に集約する。攻撃と拘束に使っていた分まで集めて何を──と、そう思った時だ。天井から瓦礫を押し退ける岩石の巨腕が現れた。


 とんでもないサイズだ。

 俺だったら避けねば死ぬ大質量攻撃であるが、ルキフグスは影の傘で巨腕を受け止める。受け止められた反動で一瞬巨腕には罅が入った。が、すぐさま修復。この空間……もとい、迷宮というリソースをルキフグスに注ぐかの如く、みるみる巨腕は肥大化していく。


「死に体の我楽多がこうも足掻くとは……」


──潮時か。


 ルキフグスが小さく呟いた。


「〈強欲ごうよく〉の罪冠具はすでに回収した。今日はこれでよしとしよう」

「おいおい、今からドロンはつれないじゃないの。折角だしもうちょっとここに居なさいな! それとも何かい? 〈六魔柱シックス〉様はこんなことで尻尾を逃げちゃう程度の格なのかい!?」

「フン」


 煽ってやったら鼻で笑われた。解せぬ。


「我欲の為に目的を逸脱するつもりはない。俺はサタナキアとは違う」

「とかなんとか言っちゃって。……マオウ様の使いっ走りは辛いな?」

「……俺を愚弄する気か?」

「お前以外に誰が居るんだよ」


 お、これはちょっと効いたみたいだ。

 お互い眼球しか顔を晒さない照れ屋さん同士だ。同族なだけあって、感情の機微は読み取りやすい。


 ちなみに今アイツは苛立っている。

 ……別に同族じゃなくても察せるな、これ。


「……言っているがいい。貴様らの命運も審判の日までだ」

「させねえよ」

「……何だと?」

「俺は誰も犠牲にするつもりはねえ」


 負け惜しみか逃げ台詞か。

 どういうつもりかは知らないが、言い負かされて終わるつもりはない。そのつもりで言い返した俺の言葉を聞いたルキフグスは──目を見開いていた。


「貴様……?」

「さぁ~てさてさて、どうだかな」

「……喧しいのは鉄仮面の中身が空っぽだからか」

「それ、俺の頭が空っぽって言いたいワケ?」

「フンッ」


 否定されなかった。泣く。

 だが、こうしている間にも降り注ぐ瓦礫の勢いは増していく。ルキフグスを押し潰そうとする巨腕の大きさも、全身像もあればヤバいレベルに膨れ上がっていた。


「今すぐその口を裂いて割ってやりたいところだが……時間だ。まあいい。俺としては、このままここが崩れた方が都合がいい」

「ちなみにその心は?」

「罪冠具は潰れて死んだ貴様らの屍から回収してやろう」

「は~~~い!! 全員撤退ーーー!!」


 逃げるが勝ちとはよく言うが、今回は逃げなきゃ負けだ。

 魔王軍の手に〈大罪〉の罪冠具が渡るのは、非常~~~に不味い事態になる。それを避ける為にも可及的速やかなる脱出が最優先事項となった。


「こっちだ!!」

「クロガネ!! 転移の巻物スクロール頼む!!」

「言われなくとも!!」


 そんな俺の呼び掛けに反応してくれたのか、視線の先ではすでにクロガネが巻物を広げている最中であった。

 〈転移魔法ミグラーテ〉が記された巻物スクロール──一枚につき一度限りしか使えない貴重品だが、まさに今が使い時だ。


 ルキフグスが影に沈んでいく光景を尻目に、俺達は巻物の上に立つ。

 起動の魔力を注ぎ込めば、すぐさま描かれた魔法陣が発光し、俺達の体を包み込んだ。


 次の瞬間、視界は真っ白に染まった。


『うおおおお!?』


 転移特有の独特な浮遊感。

 近しい喩えをするならば、ジェットコースターに乗った時の内臓が浮くアレだ。


 『フッ!』と浮いて『ウッ!』となって『オェ!』だ。


 この独特な浮遊感は未だに慣れない。ぶっちゃけアグネス助けに行く時、聖女様に転移させてもらう時も強めの覚悟を抱いていたものだ。そして、こうやって気を逸らす為にあれこれ考えるのも慣れていないからこそ。


 とてもつらい。


「み、皆無事か……?」

「わたしはなんとか……」

「……アスくんは本当に俺の顔を尻に敷くのが好きね」

「ごめんなさぁーい!?」


 そして重い。

 鉄仮面のおかげである程度圧迫感は抑えられているが、首の筋力だけではうんともすんとも言わないデカケツに顔面を押し潰され、俺は身動きが取れていなかった。あのまま吐いていたら終わった。鉄仮面の中が。


 さてさて、それはさておきドッキドキ。

 転移した俺達が居たのは、見知った洞窟の目の前である。


「ここは……坑道めいきゅうの入り口か」

「そうなるように術式を描いていたからな。……それより嬢ちゃんは?」

「けほっ……大丈夫、です……」


 心配するクロガネ。

 対するアータンは締め付けられていた首を擦っている。すぐには引きそうにない跡を見るに、相当強い力で締め付けられていたのだろう。


 あの陰険悪魔……許さん!


「あの野郎……よくもうちのアータンを傷物にしてくれたわね! 許さないんだから!」

「なんでちょっとお嬢様風?」

「それにしてもあの魔物? 魔人? ……あれほどの悪魔が尻尾巻いて逃げるたぁ、一体何を──」


 ぷりぷり怒る俺をアータンが宥める傍ら、思案顔のクロガネが迷宮内で目撃した主擬きについて考え始める。


 まさにその時だった。


「……地震?」

「わっ!? まっすぐ立ってられない……!」

「大丈夫ですよ、アータンちゃん。こういう時は丹田を意識してですね……」


 突如始まる大地震。

 地震大国に生まれた身としては『おぉ~、結構揺れてんな~』ぐらいの感覚ではあるが、アータンが立てないところを見るに震度で言えば相当だろう。


 アスは微動だにしてねえけど。

 なんだその鬼体幹。大樹?


 そうして少し地震をやり過ごそうかと思っていたが、徐々に強まる揺れを前に、俺達の中に違和感が生じる。


「──いや、地震じゃあない!?」

「まさか、さっきの!?」


 予想はしていた。

 この天災染みた現象を俺達は知っている。何故ならば、一度余波だけで天変地異を引き起こす力を一度目の当たりにしたからだ。


──大罪化ダイシンカ


 罪化を超えた罪化。

 罪深き大罪の顕現。


 あの時、迷宮で聞こえた言葉はどうやらハッタリではなさそうだった。

 事実、揺れは苛烈さを増していく。


「おいおい!? どんどん揺れが強くなってきちゃってんだけど!?」

「ふぎゃ!?」

「ゔっ!? ……アータン、倒れて抱きついてくるのは構わないけれども鳩尾に頭突きはやめるんだ」

「ごめんなさい」

「うん、いいよ」


 不意打ちの威力を再認識しつつ、三重苦となった吐き気を何とか堪える。

 転移酔い、揺れ、鳩尾クリティカル。うおォン、俺の胃袋はまるで人間波力発電所だ。生み出すものはゲロだけど。


 けれども、一向に揺れが収まる気配はない。

 寧ろ強く──いや、


「これ、迷宮の外に出ようとしてるんじゃ……!?」

「馬鹿な!? 最深部まで七日は掛かるんだぞ!?」

「だが……大罪化ならあり得る……!」


 スーリア教国での出来事を思い返す。

 〈六魔柱〉の一柱、サタナキアによる聖女リオの強制大罪化。大聖堂を丸々飲み込む大樹を産み出した力を鑑みるに、此度の大罪化もそれに匹敵する規模の災害が起こると見て間違いないだろう。


 ……ヤバくね?


「クロガネ殿、急いで里の者に避難勧告を! 一刻の猶予もないぞ!」

「っ……クソ! 得物さえ無事だったら……!」


 ベルゴの指示に従うクロガネ。

 彼からしてみれば生まれ育った里の危機だ。最前線に立って里の人々を守りたい気持ちがありありと窺えるが、折れた武器で立ち向かえるほど大罪化は甘くない。それは大罪化の余波をその身に浴びたクロガネ自身、よく理解していたのだろう。


「すぐに応援を呼んでくる! それまで持ちこたえろ!」


 避難と応援の呼び掛けをしに、クロガネはこの場から走り去っていく。

 それを見送り、俺達はホッと安堵の息を吐いた。クロガネが無理に居残ろうとするほど無鉄砲じゃなくて良かったぜ。


「ショージキな話、罪使いでもない魔人にゃ厳しい相手だろ」

「そうだな。何が何でもここで──オレ達で食い止めるぞ」

「っ……」

「大丈夫ですよ、アータンちゃん。きっとまた何とかなります」


 幸か不幸か、大罪化相手に戦うのは二度目だ。

 相手の規模感は何となく察せる。それだけでも大分違う。


 気を張ったつもりで不足していた時が一番怖い。

 おかげで全身全霊、最大限の警戒を以て事に当たれるというものだ。


 いつ来てもいいように魔力は練っておく。

 いつ来てもいいように魔法を準備しておく。

 いつ来てもいいように武器は身構えておく。


 激震という言葉すら生温い振動が足元を揺らす。

 敵は──すぐ目の前まで迫っている。


「そろそろ……来るぞ!!」




『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ゛!!」




「ぅ穴から出てこぉへんのかぁい!?」

「どこの方言なのだ」


 まさかまさかのご登場だ。出口でも入口でもない岩壁から飛び出してきちゃった。

 いや……飛び出してきたという表現は少々違うかもしれない。どちらかと言えば


 まるで岩壁そのものが生命であるかのようだ。

 やがて、岩肌からは生まれ落ちる。


 巨大な手、足、頭。その全てが岩石で構成されている人型の──赤子。




『オ゛オ゛ォ゛ッ、ギャアアアーーーッ!!』




 産声を上げた赤子。

 その落ち窪んだ眼窩の奥に潜む二つの光は、ギロリとこちらを睨みつけた。ワーオ、殺意モリモリ盛りだくさんね。今すぐここから逃げ出したいわ。


「なんて大きさだ……クラーケンの比ではないぞ!?」

「……ほわぁ」

「大変です! アータンちゃんの心がどっか行っちゃいました!」


 アータンの肩を掴んで揺らすアスが叫んでいる。純情少女にはちっとばかし刺激が強い光景だったか。


「大罪化……やっぱ規格外だな。ちょっと泣き言吐いていい?」

「後に回せ」

「俺はなぁ……自分よりデカくて硬ぇ相手にゃあ無力なんだよぉ!!」

「後に回せと言っただろう」

「アトラスオオカブト~」


 ベルゴの正論に俺はアトラスオオカブトになってしまった。

 こうなったら鉄仮面から角を三本生やすしかない。小粋なボケで緊張を和らげようと幻覚で三本角を生やしてみたら、即行でベルゴアス、ついでにアータンから伸びてきた手によって捥ぎ取られた。早いよ。


「──泣き言を言ったところで始まりはしない」


 もぎ取った角を投げ捨て、ベルゴはコナトゥスを構える。

 彼を基準点として前方には巨大な赤子、後方には鬼人の里が存在している。


 つまりはこうだ。


「オレ達が居るこの場所こそが最前線であり、最後の防衛線だ」


 一歩も退けぬ最後の一線。

 ここを越えられれば鬼人の里は大打撃を受ける。そうなってしまえば、迷宮の奥深くに潜んでいた悪魔が地上に侵出していて見舞われる結果と変わらない


 里の運命を変える分岐点。

 俺達が立つのはそういう場所であった。


 なら、やることは至極単純……というか、いつもとなんら変わりはない。


「一宿一飯の恩を返すチャンスだな……気張ってこうぜ」

「「「おう!」」」

「アータンは三割増しな」

「なんで私だけっ!?」


 そう叫び、抗議の視線を投げかけてくるアータン。残念だが俺は大真面目に話しているのだよ。諦めたまえ。


 さて。

 その為にも前提、いや、大前提がある。


 大罪化した相手になまっちょろい戦力では焼け石に水だ。


 目には目を、歯には歯を。

 罪化には──罪化を。




『──告解する!』




 今シーズン二度目の一斉罪化。

 悠長に刻む必要などない。各々が至れる最大限度の罪度で対峙する。ここにはすでに間人の姿はなく、罪深き四人の魔人が立っていた。


「制限時間は──あいつの大罪化が終わるまでだ!」

「リオの時とは逆だな」

「それなら何とか希望が見えてくる……かも」

「なんにせよ大仕事です……!」


『ダアアア……ヴウウウウッ!!』


 巨大な赤子が吼える。

 その巨体に見合った極太の腕は真っすぐこちらに向けて突き出された。瞬間、地面を蹴って飛び出したアスが迫りくる掌を迎え撃つ。


「──〈跛魔の月剣アスモダイオス・ルーヌラエ〉!」


 弓と同じ原理で放たれる蹴り。

 その威力は言うまでもなく強力であり、ただの岩石を砕くなど造作もない──にも拘わらず、ガキィン! と耳を劈く金切り声が俺達の耳を襲った。


「硬ッ……!?」

「あの色、甲殻……ヒヒイロカネか!」

「それなら魔法で!」


 信じられない、いや、信じたくはなかったが赤子の掌には真紅の金属板が現れていた。金時の刀身と同じ血のような色。それは紛れもなくヒヒイロカネの輝きである。


 こうなっては物理攻撃での突破は望めない。

 それを瞬時に理解したのであろう。アータンは即座に掌を合わせ、あらゆる属性の魔力を練り合わせていく。


 そして、


「──〈聖銀の魔弾シルバー・バレット〉!」


 放つは銀の弾丸。

 触れたものを消滅させる、まさに退魔の銃弾に相応しき究極の魔法。一度は金剛を身に纏ったケミカルクラーケンをも削り取った攻撃だ。たとえヒヒイロカネの鎧を纏おうとも関係ない。


 弾丸は真っすぐ突き進み、赤子の掌を穿つ。

 貫かれる腕の内部から白銀の光が溢れる。しかし、その輝きも数秒で打ち止めだった。


「ッ……効いてない!?」

「駄目だアータン!」

「きゃあ!?」


 ぽっかりと巨腕に空いた穴。そこからは噴き出す光の兆候を見た瞬間、俺はアータンを抱えて空に飛んでいた。

 直後、掌の穴からまた新たな腕が生えてくる。

 一本や二本どころの話ではない。十本単位で襲い掛かる腕を、俺はイリテュムで再現した金時で斬り落とす。

 だがしかし、奴も以前の経験を覚えているのだろう。突如、数十本ほどの腕が束ねられては溶け合っていく。そうして出来上がるのは一本の極太な手だった。


 宝石商が見たら泣いて喜びそうな代物だ。

 宝石商でない俺でも泣きたくなる代物だからな。ちなみに、別に嬉しい訳ではない。


 あれの一撃を喰らっては耐えられない。攻撃されるより前に斬り落とそうと刃を振るう──が。


「ッ……硬ぇし図体がデケぇ!」

「もう再生してる……!? それに──!」

「周りの物を片っ端から取り込んでいやがるな」


 あからさまな金時対策に、斬り付けた手の内部に真紅の金属がチラホラ見える。同じヒヒイロカネ同士では、素材だけ再現した金時の切れ味を発揮することはできない。

 加えて再生する間にも周囲の物体を手あたり次第取り込んでいる。スライムでももっと消化する物は選ぶぞ?


「真面にやり合うだけ損だな」


 アータンを地表に降ろし、俺は赤子に向かい合う。


「さぁて、どうしよっかねぇ~」


 こういう時、俺個人の火力のなさが痛いんだよなぁ~。恐らく単発火力最強の〈魔神の弾丸デウス・エクス・マギア〉でも有効打にはなるまい。

 それで俺の魔力を消費するくらいなら幻影でサポートに徹し、アータンに魔法をバカスカ撃ってもらった方がマシだ。


「クソッ、あいつがもう一本ありゃあ……!」

『おーい!」

「!? この声は……」


 背後から聞こえてくる声に振り向けば、里の方から駆けつけてくる人影を見つけてしまった。


「フェルム!?」

『旦那ぁーッ!」

「おいおいおい! 野次馬だってもっと見物する場所は選ぶぞぉっほっほーーーい!?」

『受け取れぇー!』

「忠告が遅いねぇ!? そういうのはもっと投げる前に言う台詞だねぇ!?」

『うるせえ! 折角持って来てやったんだから文句言うな!』


 なんで来たかを問い質す前に刃物を投げつけられた。マジありえないんですけど。俺の中のギャルが目覚めそう。

 しかし、飛来したブツを見た途端、俺の中の少年がバッキバキに目を覚ました。それはもう小学校低学年の遠足前日の夜中ぐらいにだ。


 言いたいことがお分かりか?

 ワクワクが……止まらないぜ!


「この刀……まさか!?」

『金時! ──の、贋作だぁ!』

「もう完成したのかよ!?」

『当然!』


 嘘だろ、おい。

 たしかに原作知識で製法について助言してやったが、まさか迷宮に潜っている間に仕上げているとは思わなかった。


 しかし、俺が握る原作知識由来の金時と比べても見劣りしない仕上がりだ。

 いや、むしろ作りたてホヤホヤな分、フェルムの打った贋作の方が光り輝いて見えている。


 なんか……なんか悔しい。


 俺はこの世界で誰よりもギルシンを愛している自負がある。

 けれども、この一振りに限ってはフェルムの方に軍配が上がっているような気がしてならない。熱量が違うのだ。


『オレが魂込めて打った贋作だ! が、ただの贋作と思うなぁ!? 本物に勝るとも劣らねぇ業物だぜ!』

「へぇ、そいつは……!」

現代いまの鍛冶が過去の鍛冶に負けてちゃ世話ねえぜ! 未来ってのぁ……今よりずっと良いモンが広がってこそだろうが!』

「……なるほどな」


 こいつは一本取られたかもしれない。

 俺はギルシンが好きだ。大好きだ。だから武器を再現するにしても、本物げんさくを忠実に再現しようとしてしまう──だがフェルムは違った。


 過去への敬意。

 現代への信頼。

 未来への希望。


 鍛冶師として、技術者として。

 先人へのリスペクトを忘れぬまま、今を生きる者として打ち上げたのだろう。


 これは金時であり、金時ではない。

 いわば現世の金時。過去とは一線を画す……画さねばらなぬという、責任感と挑戦心が込められた魂の一振りだ。


『抜けよ、旦那ぁ! 希代の名工……そして、贋作師シムローの娘が打ち上げた最高の贋作をなぁ!』

「へっ」


 言われるがまま地面に突き刺さった刀を抜く。


 好い。

 握った感触はイリテュムで再現した金時とほとんど同じだ。それほどまでの再現性。フェルムの繊細な職人芸の現れであろう。


 だが違う。

 すでに術式が焼き付いたイリテュムとは違うという高揚感が、俺の掌で脈打っていた。


 まだ肉体になじんでいない異物感とでも言おうか。

 俺は今、真っ白なキャンバスの前に立っている。この自由を何色に染めようとも俺の勝手だ。


 心が──踊る。


「それじゃあよっと」

『オオオギャアアア゛ァ゛!!』

「お手並み拝見」

『──ア゛ッ?』


 迫る掌。

 纏うは伝説の鉱石。

 そこに閃く真紅の一筆。

 スッと奔らせた横一文字。


 嗚呼……だ。


「フッ! ライアーの奴め……!」

「本当……嘘ばっかり吐くんですから!」


 嬉しそうな声を漏らすベルゴとアス。

 けど残念。一番はしゃぎまわりたいのは俺だよ。


「あいつの腕を……ぶった斬った!」


 そうだ、アータン。

 こいつには歓声と喝采が必要だ。


 存分に褒め称えてやってくれ。


「──こいつが金時」


 同じヒヒイロカネをも切り裂くまで研ぎ澄まされた伝説の刀。

 かつて鬼人の姫が打ち上げた宝刀が今、現代に蘇った瞬間を!


「これなら──ッ!?」


 勝利の確信を得た、まさにその瞬間だ。

 振り抜いた金時、その刀身に罪紋シギルが奔った。


「嘘だろ!? もう術式が焼き付き始めてやがる!?」

『オオオオオッ!!』

「おおおっとっとっとぉ!!」


 驚く間もなく襲い掛かる掌を回避し、再度金時に魔力を流してみる。

 すると刀身には仄かな罪紋が浮かび上がる。完全に刻印されている訳ではなさそうだが、この短時間であるということを踏まえれば破格の速度だ。


「流石は〈強欲の勇者〉の愛刀だぜ!」

『オ゛オ゛オ゛ギャアアアッ!!』

「ほらほら! 止めれるもんなら止めてみなぁ!」


 癇癪を上げる赤子が攻勢を強める。

 だが、迫りくる腕を全て斬り落とす。


 岩石だろうが鉱石だろうが関係ない。

 今ならダイヤモンドだって容易く切り刻める。


 しかし、何よりも驚愕すべきは刀身に浮かぶ紋様だ。

 想定以上の速度。イリテュムの時でさえ、罪器と化すまでに一週間は掛かった。


 これは素材の魔力伝導率の違いによるもの。罪冠具に用いられる素材の格も同様の理由で決まっている。


 鉄よりも銅。

 銅よりも銀。

 銀よりも金。


 一方、以上の純金属は武具として用いるには不適当だ。単純に柔過ぎるのである。そこで職人は他の金属と混ぜて合金に加工し、強度と魔力伝導率を両立しているわけだ。


 だが、それはあくまで現実に存在する金属にのみ限った話だ。

 この世界は夢と空想に溢れた罪深き虚構の世界。現実には存在しない金属など、両手と両足の指の数を足しても足りないくらいには存在する。


 その金属の一つこそヒヒイロカネ。

 その金属を用いた武器こそ金時だ。


 新たな〈虚飾〉の器として、この贋作に勝る武器はない。

 俺は、その確信を得ていた。




「応えてくれよ……!」




 まだ意味を成さぬ行為だとしても、ひたすらに刀に魔力を注ぎ続ける。




 この空虚な時間ですら、今は愛おしく思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る