第128話 ダンジョンはハクスラの始まり




 さて、ここで『ギルティ・シンⅢ 強欲の黄金郷エルドラド』をおさらいしよう。




 ジャンルとしてはローグライク系。各地に存在する迷宮を巡り、最深部に潜むボスを撃破してストーリーが進んでいく。

 ただし、迷宮攻略にはハック&スラッシュ要素が含まれており、バトルや収集要素も楽しい作品でもあった。


 集める素材は武具や料理に使うものから、Ⅱから受け継いだ農業・育成要素に関わる魔物関係に至るまで盛りだくさん。

 加えて、本作の売りの一つでもあった海戦要素に強く関わる船強化素材と、収集しなければならない素材は枚挙にいとまがない。


 しかし、素材のドロップ率も渋いという訳ではない。

 どれも特定の魔物かオブジェクトを破壊すれば容易くゲットできるものばかり。要求素材が多過ぎればプレイヤーに退屈を覚えさせてしまう……だが、Ⅲはその辺りのバランス感覚が絶妙だった。


 幅広いシステムに準じた多種多様な素材。それらを要求するからこそ、目的とする素材を集めている内に別の素材が要求数に達する。

 そうして『あ、これ強化できそう!』とか『こっちはまだ無理だけど、これならすぐに……』と何回も潜っている内に、現実世界では時計の針が何周も回るのだ。まったく、時間泥棒も大概にしてほしいものである。


 Ⅲがシリーズファンから愛される理由は、こうした完成度の高いローグライク部分……だけではない!


 本作の目玉は何と言っても海戦。

 主人公マモンが海賊である以上、海賊船は旅の御供に欠かせぬ相棒のような存在であった。これを先述の素材で武装を強化し、船旅の道中で出会う海賊やら魔物やらをバッタバッタと薙ぎ倒すのである。


 迷宮では味わえぬ、青い空と海に挟まれた戦場で繰り広げられるド派手な戦闘。

 それだけでもう及第点は超えていると言って過言ではなかったが、何よりもプレイヤーの心を惹き付けたのは、迷宮のボスとの第二回戦──否、第二である。


 Ⅲではボスとの戦闘が二段階に分けられる。


 一段階目は迷宮内でのオーソドックスなアクションバトル。

 だが、二段階目でボスは巨大化。迷宮内に収まり切らなくなったかと思えば外へと逃げ出すので、そこで改造した海賊船でドンパチやるのである。


 これがまあ~~~楽しかった。

 普段と違う戦闘システムと言えば、場合によってはかったるかったり批判を買ったりするものであるが、Ⅲはここでも絶妙なバランス感覚を発揮してくれた。

 だるくはなく、普段の海戦パートの経験だけでも太刀打ちできる攻略難易度。それでいてド派手な絵面の戦闘シーンと来れば、子供の心は鷲掴みだ。


 それを最後の最後……〈大淫婦〉と称される魔王『バビロン』を倒した後、その騎馬であった『黙示録の獣』との最終決戦にブチ込むのである。

 七本ある頭を順々に討ち取る最終決戦は、実に手に汗を握る激闘であった。

 そして、最後に残った一本をプレイヤーが操作するマモンでトドメを刺す。


 あの達成感……ああ、もう一度記憶を消して味わいたい。

 それくらいⅢは没入感が素晴らしい作品であった。


「もう一度やりてえなぁ……」

「何を?」

「海賊王」

「凋落したんだ」


 そうなのよ。

 俺は八度魔王を倒した勇者になったついでに、ハーレムキングとなったり豪農となったり海賊王になったりした。履歴書には載せられないアブない経歴という奴だ。載せたらバイトの書類選考の時点で落とされちゃうわ。


「海賊なんてロクなもんじゃねえ。やっぱり時代は安定した職業よ」

「冒険者も安定からは程遠いですが……」

「初期投資には危険は付き物ってね」

「絶対失敗する奴ですよ、それ」


 うるさい!

 俺は冒険者として稼いだお金を元手に、なんかこう……上手い感じに資産運用して不労所得で生きていくんだ!


「未来の自分が何を生業にしているか想像できない……!」

「すごく生々しい悩みですね……まあ、わたしは変わらず宣教師か、どこか腰を据えて神父になりますかねぇ」

「私はお料理屋さんしてみたいなぁ。作った料理で皆を笑顔にしたい!」

「いい夢だな。オレは……もう一度騎士をやるのもいい。放り投げたものをもう一度責任を持ってやり遂げたい」

「皆すっげぇ真面目に話すじゃん」


 将来の不安云々を語っていた俺が恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい。


──ま、もう穴に入っているようなものだけど。


「! 魔物だ!」


 薄暗闇の中、先導していたクロガネが注意喚起を促す。

 彼の背中越しに前方を除けば、そこには全身を金属で覆われた人型の影が立っていた。覚束ない足取りをしていたが、こちらに気付くやキビキビと一直線に駆け寄ってくる。敵意をビンビンに感じられる。


「来るぞ!」

「ベルゴぉ~~~い」

「任された!」


 緩くベルゴに呼びかける。

 次の瞬間、一行の目と鼻の先にまで迫っていた魔物──鉄鉱騎士タンザナイトは、大槌状に変形した罪器コナトゥスによって打ち砕かれた。

 ゴーレム系の魔物は核を壊されれば機能が停止する……のだが、最早核がどれかとかという次元を逸している。


「デレレンッ♪ ライアーは鉄鉱石を手に入れた!」

「一人で何喋ってるんですか?」

「ライアーはアスに鉄鉱石を渡した! ライアーはアスに鉄鉱石を渡した! ライアーはアスに鉄鉱石を……」

「押し付けないでください!?」


 タンザナイトを撃破してドロップした素材を、余すことなくアスに手渡す。


 どうだ、いい重りだろう?

 人のロールプレイングに水を差すとこうなるのさ……。


 一方、難なくタンザナイトを撃破したベルゴは周囲を警戒するように見渡す。ここは坑道だ。一見支保工もされて狭いと思われがちだが、人が五人並んで歩ける道幅は中々の広さである。


 この坑道こそ、Ⅲの始まりの地──〈マモンの迷宮〉。

 ついでに言えば、先日謎のケミカルクラーケンから飛び出した人影が逃げ込んだ洞窟の中であった。


 え? 入口に落ちた岩石は?

 そりゃあ……ぬ゛ぅ゛うんよ。


「しかし、浅層の魔物はまだ弱いな。掃討にはそう時間もかかるまい」

「頼もしいな。あんな魔物でも数が揃えばそれだけで厄介だ」


 多勢に無勢で負傷した仲間を想うように、クロガネは苦々しい表情を見せている。

 懐かしい……俺もⅢのダンジョンでモンスターハウスに出くわした時、同じ顔を浮かべたものだ。まだまだ装備が整っていない時期は、雑魚が相手でも数の暴力で打ちのめされるのよ……。


「見て、ライアー!」

「どしたん?」

「宝箱あるよ!」


 開けてみていいかな!? と。

 爛々と瞳を輝かせながら教えに来てくれたアータンを、俺を含めた男衆は温かな眼差しで見守るのであった。

 確かに彼女の指差す先にあるのは宝箱だ。もしかすると中身は金銀財宝ザックザクかもしれない。そうなれば将来安泰の大金持ちにだってなれるだろう。


 だが、ここで一旦立ち止まって考えてほしい。


 ここは迷宮。

 人と悪魔が互いを陥れようと、あれこれ策を巡らせるトラップハウスなのである。そんな場所にTHE・宝箱のような見た目の箱があるからと言って、果たしてそれは本物なのだろうか?


「アータン、そいつは魔物だ」

「え?」

擬態魔ミミック。迷宮じゃあポピュラーな魔物だぜ?」


 試しに小石を拾い、宝箱に投げつけてみる。

 するとぶつかった小石は、大口を開ける蓋を開いた宝箱の中へと吸い込まれていった。ゴリゴリと鳴り響く音は恐らく咀嚼音だろう。なんて丈夫な歯なんだ。カルシウムとビタミンDは足りていそうである。


「ほらな? 宝箱だからって油断は禁物。これが迷宮攻略の鉄則だぜ?」

「…………………………ぐすんっ」

「夢壊してごめんねぇ~~~!?」


 折角の宝箱という名の浪漫を打ち砕かれ、アータンが涙する。

 それを見た俺の先輩風吹かせたスカした態度も打ち砕かれた。アータンの涙と俺のプライド、優先するものなどとうに決まっている。


「泣かないでアータン! そんなアナタにご朗報! ミミックは種類によって宝箱じぶんの中に素材や道具を蒐集するんだ! 倒したらいい物が手に入れられるかも!?」

「……本当?」

「本当も本当! 嘘なら俺の舌引っこ抜いてタン塩で食べちゃってくれてもいいわよん!?」

「それはいらない」

「オランウータ~~~ン」


 辛辣な返答に、俺は森の賢者と化してしまった。

 関係ないけどアータンとオランウータンって語感が似てるよね。まあ、この話にこれ以上の発展性は無いんだけど。


 それはさておき、このままアータンの夢を爆発四散させたままでは忍びない。

 先の言葉が嘘偽りでない真実であることを証明せねば、いつまで経っても俺は嘘吐きのままだ。


 誰かを悲しませる嘘なんて……許せないぜ!


「という訳でアス。あのミミックからお宝採ってきて」

「えっ、わたし? なんで?」

「は? ──ビビってんスかぁ?」

「うわっ、ムカつく語尾の伸ばし方。煽ろうったって、そうは……」

「所詮は玉無しか……」

「誰が玉無しですって!?」


 『やってやろうじゃありませんか!』と、憤慨したアスはミミックへと突き進んでいく。煽動した側が言うのもなんだけど、お前の逆鱗の位置が良く分からないよ。


「いいですか? そもそもミミックは植物系に分類される魔物で、生態は食虫植物と大差ありません。ですので感覚毛に当たる部分に触れさえしなければ、ミミックを刺激せずお宝だけ採取することが可能──あ、なんか触っきゃあああ!?」


「ああっ!? アスさんにツタが!?」

「なんかヌメヌメしてね?」

「消化液だな。早く洗い流さないと色々溶けるぞ」

「冷静に解説してる場合!?」


 エロトラップが発動し、アスはすでに頭隠して尻隠さずの壁尻状態だ。このままでは対象年齢が初代に匹敵してしまいそうな為、救出隊(俺達)がミミックを叩いてぶっ倒す。

 すれば、ズルリとミミックからアスが吐き出される。さながら動物番組の出産シーンだが、生まれてきたのは成人男性である。


 あれ? なんかデジャブだな。


 そんな新生児(20歳)を〈水魔法〉と〈火魔法〉のハイブリッドお湯魔法で洗い流す。


「うぅ、酷い目に遭った……はっ!?」

「どうしました、アスさん!?」

「お肌がすごくスベスベに!」


 危うくミミックに食われかけたアス。

 しかし、その甲斐あってと言うべきか、そこには新生児の如きたまご肌に生まれ変わった彼の姿があった。こんな薄暗闇の僅かな光源しかない中でも、彼のお肌が一際強く光り輝いている。


「これがミミックのもたらすお宝……!?」

「何言ってんだ、アス!」

「!?」

「俺にとってのお宝は……無事に帰ってきたお前そのものだ」

「ライアーさん!」


「何この茶番」


 『嗾けたのライアーでしょ』と冷淡アータンのツッコミが坑道に反響する。


 迷宮に突入してから大体こんなノリだ。

 初めての迷宮探索に緊張するアータンとアスを安心させようとしたのが発端だが、すでに地上と変わらぬテンションに変わっていた。

 緊張感なさ過ぎだろと思わなくもないが、今から緊張していては後が続かない。うちのパーティーは切り替えを重要視しているのだ。


 そうして迷宮を探索しつつ、魔物を討伐すること早数時間。

 遭遇する魔物はいかにも洞窟に棲み付いていそうな種類ばかりであった。


「見ろアータン、悪蝙蝠バッドバットだ。食べ終わった果物の芯や動物の骨を後ろに投げ捨てる魔物だ」

「悪さがマナー方面なんだね」

「おっ、感謝蟻グラシアリが居るな。餌をあげるとお礼に何かを持ってきてくれるが、時々ゴミを持ってくる」

「ありがた迷惑だね」

断末魔鼠デスボイスラットも居るな。あいつの鳴き声を聞いた者は死ぬ。逃げるぞ」

「いきなり現る死の予感っ!?」


 別名『生きた即死トラップ』。

 奴が発する大音声は、最早音という括りには収まらない衝撃波だ。近くで聞けばもれなくショック死する。当人も死ぬ。その為、よっぽどのことがない限り鳴くことはないが、念のためここは下手に刺激せず逃げた方が得策であろう。


 このように迷宮は人為的な仕掛け以外にも、死が魔物という形で忍び寄ってくる。


 迷宮は知識が命を守ってくれる。

 故に、迷宮では無知な命を落としていくのだ。


「きゃあああ!? またミミックがぁー!?」

「アスさぁーん!?」

「こら、アス! 壁尻は一日一回までって言ったでしょ!?」

「回数制限があるのか……」


 ちなみにあれはムチムチな者である。

 さっきのリベンジにと自らミミックパニックを敢行したアスであったが、案の定感覚毛に触れて、飛び出てきたツタに絡め取られていた。大変救出し甲斐がある。


「ていっ」

「ぐぇー!」

「……あれ?」


「えっ……犯した? 罪を」


「アータン、その倒置法やめて」

「ふ……不潔です……」


 良かった、アスは健在だった。

 しかし、ミミックの中身をザクザクいこうかと思っていた刃が、その途中で何か硬いものにぶつかって止まった。

 知っての通り金時は名刀。罪器の力がなくともダイヤモンドを斬れちゃう業物だ。大抵の物ならギコギコは要らない。スー……で切れちゃうのだ。


「ちょっと中身見てみるか」

「お宝かな!?」

「ははっ。アータン、いくらなんでもそんな都合よくお宝なんてうわっ結構ガチ目のお宝出たじゃん」

「お宝!?」


 思わぬレアドロップに早口が出てしまった。

 アータンも背中に飛び乗り、俺の頭越しに採取したドロップ品を凝視する。


 手に入れたのは真っ赤な鉱石だった。

 朝焼けに似た鮮烈な赤色は、見つめているだけで目がチカチカしてくる。


 それにしてもこの赤色、既視感が凄まじい。

 具体的には、もう一方の手に握る罪器──イリテュムが変化した武器の刀身によく似た発色だった。


「ヒヒイロカネか」

「ひひいろかね?」

「金時の素材になった鉱石だ」


 な? と振り返れば、そこには腕を組みながらうんうん頷くクロガネが立っていた。


「そうだ。この島じゃよく採れていた鉱石でな。武具に装身具……それ以外にも日用品に加工されていたらしい」

──ってことは」

「何百年も採ってりゃな」


 溜め息を吐くその表情は『仕方がない』と言わんばかりであった。

 まあ、普通に考えればその通りか。集落の規模と比較すれば大きかろうと島は島だ。何百年も住み着いて採取し続ければ資源が枯渇するのは目に見えている。


「知ってるか? 島の外じゃあこいつは『伝説の鉱石』と呼ばれてるらしい。うちじゃ昔は茶器にするぐらい身近だったのにな。おかげでこいつを加工する技術も、里唯一の鍛冶屋しか知らねェときた。ま、そこの鍛冶師もいつ仏様になるか分からねェ爺な訳なんだが」


 クロガネは滔々と語った。

 募る思いがあるのだろう。脈々と受け継がれてきた文化と歴史、それを自分の代で失ってしまうかもしれない遣る瀬無さと言うべきか。


「ま、それも時代の流れか……」

「終わりません!」


 しかし、声を上げる者が居た。

 突如として響き渡る声に面を上げたクロガネは、目の前に差し出されたヒヒイロカネと──それを差し出したアータンを順番に見た。


「……嬢ちゃん?」

「フェルムさんが居ます!」

「!」


 ニカッと。

 背中越しでも分かるくらい晴れやかな笑顔を咲かせたアータンは、そのままクロガネにヒヒイロカネを握らせる。

 しばし呆けるクロガネ。

 だが、数秒もすればハッと我に返り──破顔。


「ハハッ! たしかに。しばらくは……安泰そうだ」

「次代もな」

「……おい、そりゃどういう意味だ?」

「結納結婚婚礼入刀ハッピーウェディング!」

「強ェ圧を感じるな」

「その名をマリッジハラスメント」

「急に悪く聞こえるな」


 どうやら異国の地でもハラスメントという単語から負の感触を覚えるらしい。新しい知見を得られた。


「ま、冠婚葬祭も平和あってこそだ。里の皆さんの為にも、怖~い魔物さんはジャンジャカ倒していこうぜ」

「ああ、頼りにしている……が、今日はここまでにしておこう」


 迷宮に潜ってから、すでにかなりの時間が経っていた。

 うちの腹ペコ虫も先程からギュ~ギュ~と嗚咽を上げ始めている。途中に軽めの間食を挟みはしたが、人間しっかり休憩を取った方が作業効率は上がるものだ。


「あの小屋で休むぞ。迷宮に潜る時、俺達が使っている小屋だ」

「……骨組みだけにしか見えないんだが?」

「……大分魔物に荒らされたな」


 迷宮内に設置された一棟の小屋。

 必要最低限の休息を取る為に建設されたと思しきサイズであるが、その外壁やらなにやらはもれなく虫食い状態だった。

 ゲームだったらセーフエリアに魔物は入ってこないが、実際ならこんなものだという事実をまざまざと突きつけられたような気分に陥る。


「悪いな。代わりと言っちゃなんだが俺が見張り番をしてやる。それで休息を──」


「俺こういうの見ると直したくなるんだよな。アス、木材頂戴」

「は~い」

「オレの方にもいくつかくれ。壁を作る」

「私も手伝う~」


「仕事を増やすのが早ェな」


 あまりにもあんまりな言い草であるが自覚はある。

 けれども着手が早いなら竣工も早い。トンテンカンと各々の罪器こうぐでラーディクスから生やした木材を加工すれば、あっという間に木造小屋のリフォームが完了する。

 ものの見事な豆腐ハウスだ。

 しかし、仲間全員力を合わせて作り上げた豆腐ハウスだと思えば感慨深くなってくる。素晴らしい豆腐だ。竣工記念に麻婆豆腐が食べたくなってきた。


「寝具を用意できなかったのが残念だが、まあ十分寝られるだろう」

「寝具まで作ろうしてやがったのか……」


 一方、残念そうにするベルゴを見てクロガネが引いていた。

 彼は彼で一人黙々と食事の用意をしてくれていた。だが、作ってくれていたのは麻婆豆腐ではない。当たり前だ。こんな通気性の悪い場所で香辛料モリモリの料理を作ったら一種のテロだ。


 ……え、違う?

 そういうことじゃない?


「ほら飯だ」

「ごちになりやす!」

「……オマエらと居ると退屈しなさそうだ」

「うちはそれでやらせてもらってるんで」

「誰に対してだ」


 そうツッコまれつつお椀を受け取る。

 中身は具材が色々と入った雑炊だ。肉やら野菜やらの旨味が汁に溶け込んで、疲れた体に染み渡る味わいであった。


「旨ェ~!」

「おかわり!」

「こらこら。今日はおやつにバナナを持ってきたんだから、それで我慢なさい」

「バナナ……ふもがッ!?」


 過敏に敏感なビンビンアスくんのお口には剥き立てバナナを突っ込む。

 ちなみにこのバナナ、ラーディクスから生やした自家栽培である。




 自家栽培をしたバナナをお口に突っ込まれるシスター……不潔です!




 ***




「──出来た」


 急冷した刀身を持ち上げ、フェルムは呟いた。

 それは自然と口から零れた言葉。無意識の内に発した言葉を自ら聞いた時、フェルムはハッと我に返った。


──いつから刀を打ち続けていただろう?


 あの日だ。

 罪器が化けた金時を見た瞬間から、己の内より炎が湧き上がった。吐き出し尽くさねば、いずれ己が身を焼かんばかりの熱量が全身を突き動かしていたのだ。


 瞼の裏に焼き付いたあの色、あの形、あの輝き。


 記憶が鮮明な内にすぐにでも再現したかった。この機を逃せば永遠に金時を蘇らせることは叶わなくなるだろう──その一心で槌を振り続けた。

 金時の素材・ヒヒイロカネは優秀だ。だが鍛冶の腕前がもろに出る金属だ。

 武具──とりわけ刀剣となれば加工難易度は跳ね上がる。


 折り返しが足らなければ不純物が混じり、刀身が脆くなる。

 炎の温度を見誤れば焼き入れの際、刀身が歪むか罅が入る。


 別に普通の刀にも言えることだ。

 しかし、金時ほど実用性と芸術性を両立させた逸品を再現する為には、どれ一つを取っても妥協は許されない。


 本来は鬼人がこなしていた工程。

 それを間人がやるともなれば、様々な課題が立ちはだかる。鍛錬に必要な腕力、灼熱に等しい空間。控えめに言って地獄のような作業工程だった。


 だがしかし、フェルムはやり遂げた。


 腕力が足らない? ならば鍛えればいい。

 火力が足らない? ならば燃料を変えよう。


 肉体を見直そう。

 道具を見直そう。

 構造を見直そう。


 足らないものは学んだ知識を総動員し、片っ端から改良を施していく。

 人類の文明が発展した理由は、積み重ねた知恵を後世に残す術を見つけたからこそだ。そして人類は過去の知恵を改善・改良し、さらに時代に託していく。


 ならば数百年以上も昔に作られた刀を、現代の人間が作れぬ道理はない。

 そして、現代の人間が技術の粋を集めて作り上げた一振りは──きっと、


 本末転倒に聞こえるかもしれない。

 だが、だからこそフェルムはここまでたどり着けた。


 強欲に学んできた知恵。

 傲慢に超えんとする心。


 失われた技術ロストテクノロジーがなんだ。

 自分が振り翳す知恵と力は、数千年以上、人類が積み重ねてきた歴史そのものなのだ。


「ははっ」


 見てみろ。

 揺らめく炎のような紅蓮の刀身。揺蕩う血溜まりにも似たそれは、外より差し込む陽光を浴びて光り輝いている。荒砥ぎ前でこれなのだ。恐る恐る──細心の注意を払って仕上げた時、そこには最早太陽と見紛う輝きがあった。

 ああ、焼き入れも完璧だ。何度も試行錯誤して辿り着いた焼刃土は、本物の金時同然の刃紋を描いている。


 完成だ。


 今、この瞬間稀代の名刀は再び産声を上げたのだ。

 最後に茎へ鏨を使って銘を彫る。


 『魔者マモン』、と。


 本来茎に彫るのは製作者の名だ。

 しかし伝承によると金時に刻まれていた銘は使用者であるマモンの名だったという。一見おかしな話であるが、金時が三人の鬼姫よりマモンへ授けられただと考えると合点がいく。


 まあ、どちらにせよこれは贋作だ。

 彫るのも偽銘。何故マモンの名が刻まれたかは歴史家に任せるとしよう。


「ふふ、ふふふ、ふふふふふ……!」


 銘を刻み終えたフェルムが肩を震わせて笑う。

 傍から見れば一人で笑っている異様な光景そのものであるが、そんなものフェルムの眼中にはない。自分の姿は自分では窺えないのだ。


「今なら……今なら傑作を作れる! 金時以上の傑作が!」


 高らかな笑い声を上げ、フェルムは再び鍛冶に没頭するのだった。

 その後、クロガネの言いつけで定期的に様子を見に来るスズはこう語った。




「めっちゃデカい刀打っててウケるんだけど~☆」




 向上心とは、時に魔物を生み出してしまうものだ。

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