第129話 深層は暗影の始まり




 迷宮探索一日目



 今日は浅層をうろつく魔物退治を頑張った。

 初めての迷宮……緊張してドキドキが止まらなかったけれど、迷宮に慣れているライアーやベルゴさんのおかげで不安はなかったかも。怪我を治せるアスさんも居るから、尚の事安心だ。


 でも、戦闘じゃあまり活躍できなかったかも……。


 坑道の中だから、あまり強力な魔法は使えない。

 『〈海蛇神の大水魔槍レヴィアタン・オーラハスター〉は使っちゃ駄目よ? 絶対よ?』と念押ししてきたライアーが印象的だった。私の目を凝視してきたからフリではなさそうだ。


 そういう訳で戦果は控えめ。

 戦い方を考えなきゃなぁ……そういう風に悩んで眠れなかった私に、クロガネさんが寝酒を勧めてくれた。

 里に伝わる伝統のお酒を使った果実酒らしい。

 ウメシュ? と呼んでいた果実酒は甘酸っぱい爽快な味わいだった。ワインとも違ってグイグイ飲めちゃいそうだ。


 おかげさまで今日はぐっすり眠れそうだ。

 そうだ、明日は──。




 迷宮探索二日目。



 昨日は日記を書いている内に寝落ちしてしまった。反省。


 今日も今日とて迷宮探索。里に出没する可能性のある魔物退治の続きだ。

 クロガネさん曰く『中層~深層に出てくる魔物がチラホラ居る』とのことだったが、あんまり違いは分からなかった。


 だって前線、あの三人だもん。


 大抵の敵はベルゴさんとアスさんが速攻で倒しちゃうし、取り零した敵もライアーが的確に処理している。私の存在要る?

 しかし、私のしょんぼりした様子に気付いたのか皆がフォローしてくれた。なんだか申し訳ない気分だ。


 折角だから罪器を使って戦おうかな?

 時々ベルゴさんやアスさんに槍術や杖術は習っているけれど、本格的に習ってもいい頃合いかも。それがいい。そうしよう。


 それにしたってこの梅酒、美味しい。

 梅を蒸留酒に漬けると出来るみたい。美味しいから『Butter-Fly』にも置いてもらえないかなぁ?




 王都に帰ったらマスターに相談し──。




 迷宮探索三日目。



 また寝落ちした。


 しかも日記の内容を見られたのか、ノートの端っこに可愛く描かれたマスターが『いいよ♡』とサムズアップしていた。

 下手人を探すべく三人に問い質したものの誰も口を割らない。共犯だろうか。とりあえず三人のお尻にデコピンしておいた。


 それはさておき今日から中層に突入だ。

 浅層の危険な魔物は退治し終わったから、人車軌道トロッコを用いて一気に中層へと駆け降りた。


 でも、崩落があったのか鉄道が途切れていた。

 危うく大穴に飛び込むところだったけれど、寸前でアスさんが罪器からツタを生やしたり、ライアーが翼を生やして滞空したり、道中の魔物からの攻撃をベルゴさんが斬り落としていた。


 ライアーは『ヴァイオファザード、FOOOOOフォーーー!!』と絶叫していた。意味は分からない。多分、分からなくても良さそう。


 色々あって今日は疲れた。

 そんな私を見かねてか、クロガネさんはお粥を作ってくれた。お腹と心に優しい味だった。おかげさまでお腹はいっぱい。今日はぐっすり眠れ──。




 かゆ うま




 迷宮探索四日目



 日記にまた変なことを書かれていた。

 開きっ放しにしていた私も悪いけれど中身は恥ずかしいから覗かないでほしい。そう皆に怒ったら『中身は読んでないから大丈夫』とライアーが言ってくれた。


 良かった……。

 それはそれとして犯人は見つかった。お尻を罰した。


 聞いていた話の通り、中層の魔物は浅層よりも強力だ。

 専門用語で言うところの『上位種』? という魔物みたい。しかも、迷宮内に滞留する魔素の影響で地上よりも強く、そして凶暴化しているとのことだ。


 浅層ではアスさんがキックでやっつけていたタンザナイトも、中層では薔薇騎士ロードナイトと呼ばれる上位種に代わり、中々の苦戦を強いられた。

 最終的には部分罪化して倒していたけれど、あんな魔物の数が増えたら大変だ。


 でも、予想よりは魔物が少ないみたい。

 あんまり少なすぎても生態系がどうとかで大変みたいだけれど、外に溢れるくらいひしめいているよりはずっといい。


 それよりも罠が大変!


 今日だけでも三回落とし穴に引っかかった──アスさんが。

 ちょうどお尻辺りまで埋まったところで止まったのは幸いだったが、穴の中ではウネウネとした触手に弄られたみたい。


 『もうお嫁にいけません』と泣いていた。

 お嫁さんの方なんだ……。


 そんなアスさんを慰める為に、クロガネさんが松葉酒というお酒を出してくれた。

 松の葉を、砂糖を溶かした水に漬け込んで作るらしい。ビールやエールみたいにシュワシュワした飲み口だった。


 梅酒で割ったらもう最高!

 甘酸っぱさと炭酸が絶妙でとっても美味しかった!


 作り方も簡単みたいだし、私も真似して作ってみよう。

 迷宮から帰った後が楽しみだなぁ。




 迷宮探索五日目



 中層もいよいよ終盤。

 人工的な罠こそ少ない迷宮。その分、濃密な魔素の影響で凶暴化した魔物そのものが罠のようなものだ。


 特に魔物の巣窟──俗に言う『魔窟モンスターハウス』は厄介だった。

 繁殖した魔物が津波のように押し寄せる光景は、控えめに言ってトラウマになりかけた。実際、トラウマにも会った。トラの上半身とウマの下半身を持つ、鷲獅子グリフォンの亜種みたい。


 槍術を習っておいて良かった……。

 狭い場所でも戦えるようウェルテクスを練習した甲斐があった。


 おかげで魔窟を潜り抜け、一安心──では終わらない。

 クロガネさん曰く、『思っていた以上に深層の魔物が多い』って。


 深層で異変が起こっているのかな?

 やっぱり迷宮主に何かあったのかも?


 聞くところによれば迷宮主は大槌蜘蛛オオツチグモと呼ばれるクモさんだ。狩った魔物の皮や鱗、甲殻を糸で自分の身に纏うだけじゃなく、鉱石を溶かして鎧に加工しちゃうんだって!


 強いオオヅチグモはヒヒイロカネも加工しちゃうから、並の武器じゃ歯が立たないみたい。それくらい強い迷宮主が負けちゃうなんて想像できないけれど、ここは迷宮。何が起こるか分からないとはベルゴさんの談だ。気を引き締めて進まなきゃ。


 それはそれとして今日のご飯も美味しかった。

 保存食も少なくなってきたけれど、迷宮探索に慣れている皆が『現地調達!』と言って魔物のお肉を獲ってくるから、案外食料には困らない。


 カメのスープって美味しいんだなぁ。

 とても勉強になった。




 迷宮探索六日目。



 とうとう迷宮の深層だ。

 でも、思っていた雰囲気ではなかった。


 深層に降りてきてまず目にしたのは湖。鮮やかな青色に煌めく水面は、インヴィー教国で見た海よりもずっと澄んでいた。

 クロガネさんは『鬼涙湖きるいこ』と呼んでいた。いわゆる地底湖みたい。

 迷宮に潜り続けたからには、とっくに海抜はゼロを下回っているはずだ。けれども地底湖の水はしょっぱくない。


 天井を見上げれば、泣いた鬼のような造形の彫刻が存在していた。湖の水はなんでも全て鬼の顔岩から滴る水で満たされているんだって。

 地底湖が明るいのも壁や天井に含まれている光魔石や光魔鉱石が、空気中の魔素に反応して光っているからみたい。


 世界には不思議で幻想的な光景があるんだなぁ。


 ライアーも『心のメモリーカードに焼き付ける!』と豪語していた。

 メモリーカードってなんなんだろう? 日記みたいなものかな?


 でも……クロガネさんが言うには『静か過ぎる』とのことだ。

 確かに今日はほとんど魔物と戦わなかった。たまたま出会った魔物も、ほとんどはこちらを見るや否や大急ぎで逃げ出してしまった。


 魔物の中には彼我の差を理解して逃げ出す個体も居るみたいだけれど、にしたって皆ビクビクしていた気がする。


 不吉。不穏。

 そんな単語ばかりが脳裏を過る。


 いよいよ迷宮主の棲み処が近いということで、近くに休憩小屋に寝泊まりすることになったけれど中々寝付けない。


 こうなったら最終手段を使うしかない。

 ベルゴさん特製の安眠ホットミルクを飲んで、アスさんの膝枕に預かりながら、ライアーのお話を聞く!


 結局これが一番よく眠れるんだ。

 ベッドがなくたってへっちゃらだ。


 安眠、大事。

 寝る子は育つってライアーが言っていた。



 ……今からでも育つよね?



 嘘だったら責任取ってもらおう。

 そうしよう。




 ***




 さあさあさあ。

 始まりましたよ、迷宮探索七日目。


 ここは迷宮。日の出も日の入りも知ったこっちゃない不夜城の正反対みたいな世界だ。

 それでも経過日数が分かるのは、王都で購入した懐中時計があるからだ。ハンターケースタイプの懐中時計、中身は精巧な仕掛けが──とかではなく特定の天体に引き寄せられる砂を水晶張の文字盤の上にぶち撒けるという、実にファンタジーな仕組みで動くタイプだ。


 でも、これがまあ使える。

 磨かれた水晶が綺麗だし、見た目がお洒落で好みだ。体内時計じゃ限界があると奮発して買っただけの価値はある。


 それはさておき、久々の迷宮探索は骨が折れた。

 迷宮探索──ゲームでは一つの迷宮をクリアするのに小一時間もあれば十分だろうが、現実ではそうもいかない。迷宮探索とは元来数日掛けて敢行するもの。綿密な計画を元に用意した物資とにらめっこしつつ、常に生還できる分水嶺を見極めなければならない危険な行為なのだ。


 特に食料。

 五人も居れば相応の食料が必要になる。水は水魔鉱石で作った水筒があれば、大気中の魔素と反応し、勝手に凝結することで飲み水を確保できる。しかし人体とはそれだけで動いてくれないワガママボディなのである。


 そこでどうするのか──現地調達だ。


 やって良かった、ギルティ・シン。

 流石は前作要素を何らかの形で受け継ぐギルシンだ。一通りシリーズをプレイしていたおかげで、食用にできる魔物の種類は頭に入っていた。

 流石に坑道ともなると種類は少ないが、途中出くわした地竜ワーム吸血竜ドランカーは食いでがあった。


 見た目はヒルだが味が淡泊で鶏肉っぽい。

 道中見つけた罠蜜蜂トラップハニーの巣より拝借した蜂蜜と調味料を合わせて焼けば、疲労回復にバッチリな『はちみつ醤油の照り焼きワーム』の完成である。

 ただし、トラップハニーの蜂蜜には食用と罠用が存在する。後者には麻痺毒があるから気を付けるんだぞ(一勝一敗)。


 他にも『歩く根っこのきんぴら』、『焼き栗雲丹クリウニ』、『大盾亀シールドタートルのスープ』など食事内容は充実していた。たまにはこうやって自給自足するのも悪かないね。


 その他にも起きた出来事は……まあ、アータンが日記に残してくれるだろう。たぶん。メイビー。プロバブリー。


「にしても、現状浅層に魔物が出没する原因は分からず……か」

「だが手掛かりがない訳じゃない」


 今日まで行動を共にしてきたクロガネ。夜中には男同士の恋バナにも花を咲かせてくれた彼だが、その表情は剣呑そのもの。眉間に寄った皺が深い溝と化している。


「昨日もそうだったが深層が静か過ぎる。いくらか浅層や中層に逃げてきたにしても、だ」

「喰われたか、あるいは殺されたか……だな」

「穏やかではないですね」


 ベルゴとアスが付け足すが、その通りだ。

 順当に考えてそれだけの事を出来る──しでかせるのは迷宮主ぐらいである。

 しかし、迷宮主とて考えなしに生態系を崩すような真似は行わない。“主”と呼ばれる以上、知能も普通の魔物を遥かに上回る。

 そうせざるを得ない事情があるにしろ、単なる虐殺だったにしろ、最早看過できない状況が起こっていることだけは確かだ。


「最悪の場合、迷宮主は俺達で討ち取る……いいな?」


 クロガネの言葉に、四人全員で頷いた。


「端からそのつもりよ。イリテュムが刀の錆びにしたくてわびさびしてるサビねぇ……」

「趣を感じるな」

「趣を感じたくてムキムキしてるムキねぇ……」

「筋肉も盛るな」


 クロガネは律儀に全部ツッコんでくれる。

 彼と出会ってからまだ一か月も経っていないが、俺はすでに大好きだ。魔人も見た目によらない好例だ。


 悪例?

 悪例はタコ野郎だ。


「……やはり妙だ。もうそろそろ奴の縄張りのはずだが」

「普段ならお出迎えでもしてくれるのか?」

「小さい子蜘蛛がな。それでも餓鬼くらいの背丈はある」


 それを聞いたアスが『ひぇ』と小さな悲鳴を上げた。

 なんだその反応。過去に緊縛プレイで辱めでも受けたってのか? ありえなくなさそうなところがアスの罪深い点である。あいつ、エロトラップでも引き寄せるフェロモンでも出してるんじゃないだろうか。


 いよいよきな臭い匂いがプンプンしてきた。

 ゲームでも獄卒島には訪れること自体はできるが、迷宮探索までは行えない。すなわち迷宮の内部までは俺でさえ未知の領域。警戒し過ぎるくらいがちょうどいい。


「捕まったらはく製にされる。気を付けろ」


 壁面や天井に張り巡らされる蜘蛛の巣。

 それらに磔にされる魔物の死体は萎んでいた。


「なるほど。はく製ってそういうことね」


 蜘蛛は捕らえた獲物の中身をドロドロに溶かして吸う食べ方だった記憶がある。それなら確かに獲物の素材を余すことなく入手できるだろう。


「……」


 気付けば全員が息を呑み、歩を進めていた。

 無駄口をする時間は終いだ。これからは僅かな油断さえも命取りとなる。


 警戒は最大限。

 神経を極限まで張り巡らせ、辺りを見渡す。

 並ぶ瞳は合計十個。真っ昼間の外ならばともかく、ここは薄暗い迷宮の中だ。警戒の目はいくらあっても足りないくらいである。


「──止まれ」


 不意にクロガネが行く手を手で塞いだ。


「どうした?」

「戦いの臭いがする」


 なんとも抽象的な言い回しだ。

 だが理解できなくはない。


 分かりやすい喩えを挙げれば血の臭い。次点で火薬だろうか。

 とにかくそれに関係するありとあらゆる事象のだ。〈火魔法イグニ〉を使ったなら焦げ臭くなるだろうし、〈水魔法オーラ〉を使ったなら湿っぽい空気になるだろう。


 今回で言えば……血と土の臭いだ。

 激しい戦闘の余波で土煙が舞ったのだろう。



 そして──どちらかが斃れた。



「頭上にも気を付けろ。天井も奴らの縄張りだ」

「は、はい……きゃ!?」

「どうした!?」


 突如、アータンが悲鳴を上げて転び掛ける。

 すんでのところで胴体に腕を回して事なきを得るが、転び掛けた原因を明らかにするまでは安心できない。


「何に躓いた? 小石?」

「ううん。なんかギュッって……」

「ギュッ? ……オバケに足でも掴まれたか」

「ちょっと!? 変なこと言わないで!」


 一人で寝れなくなるじゃん! とアータンは涙目で訴える。彼女は今年で十八歳である。


「おい」

「はいはい。真面目に警戒してますよっと」

「違う」


 低い声で唸るようにクロガネは続けた。


「こいつは……服だ」


 持ち上げた手に握られていたのは何の変哲もない服。

 直後、ベルゴの顔が険しく強張った。一方でアータンは未だに事態をよく把握できておらず、自分の足に引っかかった服をジッと眺めている。


「この服がどうかしたんですか?」

「アータン、服の造りを見るんだ。……この島の物ではない」

「え? ──あ」


 ここまで言えばアータンも理解できたようだ。

 島にないはずの造りの服。普通に考えれば島外の人間が迷宮に潜り込み、魔物にやられたと見るべきだが……。


「クロガネ。ここ最近、俺達以外で迷宮に潜った島外の人間は?」


 断言だ。

 仮にこっそり島に潜入した何者かが迷宮に挑戦したとして、危険な魔物がウヨウヨ徘徊する迷宮の深層までたどり着けるだろうか? 


 答えは──否だ。


「それにだ。ここまで派手に破れていて血が着いてないなんてありえるか?」

「『もったいないから破れていても洗いました~!』……なんてな」

「それなら見上げた根性だ」


 血を洗い落としたなら大層苦労しただろうに。

 しかし、この不自然な現象を自然に起こせる存在が居ることを、俺達は知っている。具体的には俺達のすぐ隣──クロガネや彼と同類ならば、あるいは。


「──魔人。いや、悪魔か」

「急ぐぞ」


 暗闇の中であるにも拘わらず、クロガネは早足で前へ前へと駆けていく。

 光源こそはいくらでも出せるが、それでも光が届く範囲には限界がある。クロガネが突き進む速度は、俺達が灯す明かりが届くギリギリを攻めていた。

 そんな彼の背中を追いかけること数分。

 視界にチラチラと赤い光の線──否、糸が見え始めた。


 クロガネから聞いた話を思い出す。

 この迷宮の主、オオツチグモは手に入れた素材を加工する。時には硬い鉱石でさえ扱うというではないか。


 試しに目の前にピンと張っている糸に触れてみる。

 軽く引っ張ったり押したりするのに、一向に千切れる気配は見受けられない。むしろ、触れているこちらの指が切れてしまいそうだ。


「この糸……ヒヒイロカネか」

「伝説の武具に使われる金属を操るか」


 ヒヒイロカネの頑強さは身をもって知っている。

 鍛錬していない状態でさえ、再現した金時では切り裂けないのだ。あの金剛ダイヤモンドをも切り裂いた贋作の刃を、だ。


「敵に回られたら厄介だ。どうする?」

「蒸し焼き蜘蛛焼き大パーティー」

「火攻めか」


「なんで翻訳できるの?」


 一瞬で俺が言わんとすることを理解したベルゴに、アータンが愕然としていた。うん、俺もビックリした。


 まあ、伝説の鉱石とは言え金属は金属。そして迷宮の主も生物の範疇だ。仮にヒヒイロカネを加工した鎧を身に纏っていようが、タンパク質が凝固する温度まで熱せば無問題モーマンタイよ。


 効かない魔物だったら?

 その時はその時よ。HPがゼロになるまでチクチク攻撃する。


 俺を誰だと思ってる。ギルシンⅤ初期武器縛りRTA Any%世界第二位(走者五名)だぞ? ドット単位でもHPが減ったら倒せるんだよ。


「つまり、もしもの時はアータンちゃんが頼り……ということですね?」

「頑張る!」


 アスの言葉に、むふーっ! とやる気満々なアータンが力こぶを作る。

 ここ数日、迷宮の魔物相手に活躍できていないことに悩んでいた反動だろう。


 でも俺は忘れない。ウェルテクスの超速回転水ドリルでゴーレムを削り殺していた光景を。それを見て怪物を産み出してしまったかのような眼差しを向けていたベルゴとアスの様子もだ。


 魔法職が物理攻撃力も得ちまったらお終いよ。アータンにはあとで三又の鞭でも渡しておくか。


「! ……待て」


 なんてことを考えていたら、不意にクロガネの足が止まった。

 岩陰に身を隠す姿は、どうにもその先の様子を気にしているようだった。


 だが、ここまで来れば常人でも分かるだろう。

 漂ってくる禍々しい空気。吸い込めば息が詰まり、肺を侵されそうになるドロリとした感触。さながら泥濘のように付き纏うそれが、この迷宮の玉座に座す存在より放たれる魔力だろうことは想像に難くなかった。


 全員の表情が険しくなる。

 するや、クロガネが徐に背嚢から巻物を一本取り出した。


「転移の術が書かれた巻物だ。万が一にはこれで脱出する」

「〈転移魔法ミグラーテ〉の? 貴重だろ、それ」

「命には代えられねェ」


 場合によっては脱出も視野に。

 当然と言えば当然の判断だが、裏を返せばそれほどの事態を覚悟する存在の気配をクロガネが感じているという意味だ。


「──行くぞ!」

『おう!』


 呼吸を合わせ──いざ。


『!』


 刹那、世界に無数の星が瞬いた。

 赫い瞬きだった。それらは次の瞬間、尾を引くように堕ちていく。


 直後に鳴り響く水音──と──体が崩れ落ちる音。

 無風だった迷宮にそよ風が吹いた。生温い鉄の……いや、咽かえるほど濃密な血の臭いを乗せて。


 だが、臭いはすぐさま薄れゆく。

 


「──無能な部下を持つと苦労する」


 それは本来、ここに居るべきではない者の声。

 そう断定できた理由は単純だ。


「〈大罪〉一人捕らえてこいという命令でさえこのザマだ。おかげで尻拭いに蜻蛉返りする羽目になった」


 死屍累々の中央に座す人影があった。


 俺は──正確にははその声を知っている。

 忘れることのない声だ。

 レコード盤の音溝のように、奴の声は俺達に恐怖と威圧感という名の音色を記憶している。


「だが、どうやら悪いことばかりではなかったらしい」

「お前は──」


 スーリア教国より二振りの聖剣を奪略せし大罪人。

 それだけの為にうら若き聖女を貶めた──大悪魔。


「そうだろう? ……〈虚飾きょしょく〉」

「〈邪見じゃけん〉──ルキフグス!」




 六魔柱シックスが一柱、〈邪見のルキフグス〉。




 今更なのだが一言。

 俺って死神に愛されてるのかも。




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