第四章 強欲の錬金術師

第119話 昇級は昇給の始まり




「はぁ……はぁ……ッ!!」



 走る──逃げ切る為に。




「な、なんなんだよ……!!」




 走る──囚われぬ為に。




「なんなんだよ、ありゃあ!?」




 走る──殺されぬ為に。




 走る。走る。走る。

 仄暗い迷宮の中を全力で走る。


 時折、脚が縺れて岩肌に激突してしまう。その度に衣服が裂け、素肌に傷が付くが、背後にヌルリと迫りくる冷たい感触──死の予感に耐え兼ね、感覚がなくなってきた脚を必死に動かした。


──そうだ、こんなはずじゃなかった。


 今更過ぎる後悔に目尻から雫が伝う。それが汗か涙かは、当の男にさえ分からない。考えている余裕などなかった。


「お、おれ達は……ッ!!」


 喉元まで言葉が出掛かったところで、男はそれを飲み込んだ。

 なけなしの良心か、信仰心か。男にはこうなるまでに至った経緯にいくつか思い当たる節があった。


 農家の貧しい生活を厭がって盗賊に身を窶したこと。

 すぐに足を洗わず、ズルズルと罪を犯し続けたこと。

 新たに発見された金鉱へ、無許可で忍び込んだこと。


 全部が全部、自業自得だった。

 敬虔な神父や修道女に懺悔したところで軽蔑される悪行三昧である。みみっちい悪行から人殺しのような大罪まで含めれば、到底神の許しは得られまい。


 だが、は違う。

 はあんまりだ。


「あ、あんな死に方……うわぁ!?」


 “何か”に躓き、地面と熱い接吻を交わした。魔物の糞やら微生物といった、得体の知れぬ汚物で汚染されているであろう地面とだ。

 瞬間、男の心頭はカッと燃え上がった。盗賊に身を窶すきっかけともなった一時の激情に全身を支配された彼は、己を躓かせた物体を蹴飛ばしてやらねば気が済まぬと足元を見遣り──後悔した。


「ひっ!?」


 足元に盛り上がるを見て、男はかつてないほどの後悔を覚えた。

 何故ならは──は、自分の未来を示唆しているようでならない惨状であったからだ。


「ひ、人!? う、う、埋まっ……!?」


 呼吸もままならぬように喘ぎながら、男は地面より盛り上がる人──仲間だった盗賊の死に顔を見て、恥も外聞もなく失禁した。

 ただし、男はそれが尋常ではない事態だと理解していた。


 頭が埋まっているならまだ分かる。

 剥がれた皮が落ちているならいい。

 顔面を切り取られた、まだ理解の範疇だ。


 しかし、その顔は

 まるで初めから地面と一つであったかのように、肉と岩の境目は不自然なまでに自然に繋がっていたのである。


「あぁ……わぁ……あぁあぁあ……!?」


 最早言葉にもならぬ嗚咽を漏らし、男は後退る。腰は抜けているから腕や脚を動かして何とか体を引き摺るような形だった。

 だが、背中に何かが触れる。

 咄嗟に振り返り見たのは──壁だ。なんてことはない、冷たく荒々しい岩壁。おおよそ人を歓迎してはいない自然は、あるがままに男の行く手を阻んだのだ。


 背後に触れたものがただの壁だと知り、男はホッと息を吐く。

 死中とは言え、自分の命が伸びたのだと理解すれば安堵するのもやむを得ないだろう。


「クソッ、驚かせやがっ──てぇ゛!?」


 


「んんっ!? んんんぅーーー!?」


 不意に口を塞がれた男は、見ていた方向とは逆側に振り返る。

 すると、視線がかち合った。壁しかないはずの先の光景。そこには、なんと自分を凝視する白銀の眼球が壁に浮かんでいたのだ。


「んぅ゛……い、嫌だっ、嫌だぁーーーっ!!」


 眼球と同じく壁より生える手に口を塞がれていた男は、最後の力を振り絞って叫んだ。

 絶叫は迷宮全体へ。それこそワンワンと、まるで子供の号泣のように反響していった。


 もしこの迷宮に救い主が居れば、彼の声を聞いて駆け付けてくれることだろう。そうなってさえくれれば、男は自分の罪を悔い改め、真っ当な人生を歩む誓いを立てようとすら思っていた。


 だが──遅すぎた。


 足掻く男の全身はみるみるうちに壁の中へと取り込まれる。

 肉が潰れ、骨が砕け、内臓が弾けるオーケストラは続く。最後に恐怖と絶望に彩られた顔が岩壁に飲み込まれれば、そこより人が死んだ痕跡は全て消え失せた。


 迷宮に静寂が取り戻される。

 あるべき姿を取り戻し、迷宮は消化を始めた。取り込んだ盗賊の血肉と装備──有機物と無機物関係なしに自らの栄養へと還元する。


 そして、遂に産声が上がった。

 迷宮の最深部──冥い、冥い深淵の底。四方八方が不自然に発光する壁に取り囲まれた場所で、それは立ち上がった。


「……」


 ゆらりと立ち上がる人影があった。

 ヨタヨタと覚束ない足取りで歩み始める人影は、導かれるように迷宮を進んでいく。一朝一夕では踏破できぬ迷宮を、ゆっくり、着実に足を動かし前を目指す。


──そうやってどれほどの時間が経っただろうか。


「──」


 光があった。

 まるで虫のように導かれる人影は、そこにある“何か”を求めて光に立つ。すると長い間迷宮を彷徨っていた肉体に熱が──温もりが宿った。


「ぁ……」


 上を見上げれば、もっと温かかった。

 あの眩しいものの周りと同じ色の体は、時間が経つにつれ、もっと温もりが宿っていく。


──その感覚を識っていた。


「ォ……ォカ……」


 空を仰ぎ、太陽を望む人影は手を伸ばす。




「オカア……サマ……」



 届かぬとは知り得ない。




 それを教えてくれる誰かはここには居ない。




 それすらも、知り得ない。




 ***




 ミレニアム王国 王都ペトロ




 そこには町の裏路地にポツンと構える鍛冶屋あった。

 名は『Adulter』。品質はほどほど。しかしながら、見た目だけは伝説の武器に似ている贋作を買えるということで、冒険者からちょこっとだけ人気なお店である。

 ここ最近では王都を訪れた観光客も記念に買っていくこともあるとかないとか。修学旅行の木刀かな?


「──でよぉ、そこで俺が斬り付けてやったのよ! 『至高天!』ってな」

「ギャハハ! そりゃ大した勇者サマだぜ!」

「だろぉ? 誇れよ、シムロー……まあ、そいつ倒したのお前の剣じゃないけど」

「それな!? ギャハハハ!」


 王都に帰還して数日。

 俺達は『Adulter』に訪れ、武器のメンテナンスついでにシムローと旅の思い出に花を咲かせていた。今回の旅も随分色々あった。話題の種には事欠かない。最初から最後までシムローもずっと馬鹿笑いだ。幸せそうで何よりである。


「ヒーッ、てめえのホラ話はいつになっても笑えるぜ!」

「ははは! でよぉ、シムロー」

「なんだぁ?」

「もしかして腕折った?」

「おん?」


 シムローの右腕にグルグルと巻き付けられた包帯を見て言う。

 背後からアスとアータンから『やっとか』と言わんばかりに冷たい視線が飛んできている感覚を覚える。談笑中もずっと細められていた瞳だが、今この瞬間だけは意味合いが違っているとはっきり感じた。


 いや……だって……。

 触れちゃならないセンシティブかなって……。


「一応聞こう。事件ですか? 事故ですか?」

「事件とも言えるし……事故とも言えるなぁ」

「事件!? 出動!」

「まあ、落っこちてきた武器受け止めてボキッといっちまっただけだが」

「撤収!」


 それは事件じゃなくて事故なんだよ。

 事件と事故の違いを教えてやろうか? の有無だよ。

 じゃねえぞ? 確かに突拍子がないという点では一緒かもしれないが、恋は明確に故意から始まるんだよ。分かったか?


「しっかしよぉ、鍛冶屋が骨折たぁ……」

「大丈夫ですか? その、日々の暮らしとか……?」

「おうよ、その辺はなんとでもならぁ! 医者の先生曰く、一か月か二か月もすりゃ治るらしいしな!」

「そいつは良かった。ところで親父、その右手に持ってるもんはなんだ?」

「ん? 酒だが?」

「愚かな人間よ……」

「人間に敵対する系の神様?」


 骨折中なのに飲酒する愚者を見て、思わず俺も人間に絶望する上位存在ムーブしちゃったじゃん。


 人ったら……ホント愚か……♡


「骨折中は酒飲んじゃダメって先生に教わらなかったか、おぉん!?」

「そ、そうだったのかぁ? い、いやぁ……ほらぁ、だってこういうだろ? 酒は……あの、あれだよ……一十百千万……」

「百薬の?」

「長! そう、百薬の長! だから俺ぁ──」

「アスくん、没収なさい」

「はい」


 ご覧ください。

 今目の前で繰り広げられるは、アルコールに侵されて脳味噌が回っていないご様子の患者から酒を奪う図でございます。


「あぁ、俺の酒~」

「メッ!」

「ひぃん」


 情けなく酒を取り上げられ、シムローが涙を流す。

 酔いどれの中年が好物を取り上げられて泣く姿は、控えめに言って見苦しいものがある。見ているこっちが辛くなるわ。

 しかし、『わたしが治してあげますから!』とアスに魔法治療された途端、鼻の下を伸ばす姿は……うん、見苦しいわ。実の父親が同級生の女の子に、っていうシチュエーションに置き換えると分かりやすいかもしれない。


 まあそのシスターは男なんだけども。


「はい。これでだいぶ楽になったはずです」

「お……おぉ~! すげえや! やっぱ魔法ってのぁ便利だな!」

「無茶はいけませんからね? 治りたては怪我の再発が……」

「おうよ! じゃあ、試しにちょっくら剣を一本……」

「駄目って言ってるでしょおがあああ!」

「がああ!?」


「アスさぁーん!? 新たな怪我人生まれちゃう!」

「あれも48の聖人技の一つか?」

「ああ、『失楽園の蛇』だ。四十肩には一番恐ろしい技だな」


 案の定、あのコブラツイストは48の聖人技の一つだったらしい。

 ベルゴから教えてもらい『綺麗に決まってるな~』と感心していたら、横でアータンがあわあわと泡を食っていた。


「感心してる場合!? 止めなきゃ!」

「止めなくていいと思うよ、俺は」

「正直、正義はアス側にあると思うが……」

「……でも!」

「間があったな」

「大分な」


 揺れているアータン。揺れるータンである。


「ぜぇ……ぜぇ……わ、分かった。しばらく安静にすっから……」

「ご理解いただけたようで何よりです」


 ようやく『失楽園の蛇コブラツイスト』から解放され、親父はカウンターにもたれかかる。飲んだくれとは言え、鍛冶師として人並みに鍛えられている親父がこの有様である。


 とんだ暴力シスター……いや、棒力シスターだ。

 まあ、玉と棒が付いているとはいえ美人なシスターに組み伏せられたんだ。実質ご褒美みたいなもんだろう。


「なあ親父ぃ~」

「なんでぃ。気色悪ィ猫撫で声出しやがって」

「この前みたいにさ、俺向けの新作とかできてなぁ~い~?」

「新作だぁ? ……お前まさか、もう壊したんじゃねえだろうなぁ!?」


 凄まじい剣幕で詰め寄る親父。

 右手が振り翳すは使い込まれた金槌。もしもあれが俺の頭に突き刺さろうものなら、俺は間違いなくお陀仏。コンティニューは不可能なので、そのままこの世にサヨナラバイバイである。


「違う違う! ほら、腰見ろ!」

「あぁん? なんだ、この前くれた奴じゃねえか」

「欲しいのは短剣の方だ」

「お前短剣なんか持ってたかぁ?」


 親父は訝しそうに小首を傾げてはいる。やめろ、四十代のおっさんが小首傾げてもちょっとだけしか可愛さは認められないぞ。


「持ってたんだよ。んで、二本差に慣れちまったから、こう……物足りない感が」

「不潔です!」

「アスくん? アスくん」

「す、すみません……でもライアーさんが『二本差』って……」

「それを不潔と感じたのはお前の心が汚れているからだ。真っピンクにな」


 今日も今日とて、うちのおちんちんシスターは平常運転だ。揚げてない脚を取って責められないのは格闘技の世界なんだよ。俺を勝手にリングに立たすでねえ。


「つってもなぁ……お前、その剣くれてやったのこの前だぞ? そうホイホイ新作が出来てたまるか!」

「やっぱそうかぁ……」

「適当な数打ちならあっけどよぉ」


 親父は顎をしゃくり上げ、店内に並んだ数多くの剣を指し示す。

 一見するとそれらも名剣や聖剣の贋作ばかりであるが、あからさまに装飾が雑で、イリテュムと比べた時に仕事の雑さが目に付く。

 しかし、再現度についてはさっぱりであるアータンは、適当に剣としての出来が良さげな一振りを抱えてやって来た。


「ライアー、これとかダメなの?」

「う~ん。普通の剣としちゃあいいんだけどなぁ~」

「何か問題があるの?」

「罪器にするならもっとクオリティが高い奴の方が……」

「罪器にする?」


 こてんと首を傾げるアータン。

 見ろ、親父。これが本物の“可愛い”って奴だ。しっかり目に焼き付けた後、五体投地で崇め奉るがいい。


 それはさておきドッキドキ。


「前にも先っぽだけ説明したけど、罪器を作るには武器と〈罪〉の相性が重要なんだよ」

「相性って……たとえばどんな?」

「端的に言やあ俺の〈虚飾〉は出来のいい贋作と相性がいい。だからイリテュムは形状だけじゃなく、材質まで再現できるんだ」

「へぇ~。ちなみに相性が悪いとどうなるの?」

「……なんか輪郭がうすぼんやりしたクソザコソードができる」

「えぇ……」


 いやあ、あれは酷い出来だった。

 昔、『罪器いっぱいあったら最強じゃね?』ってノリで、安い剣を買って罪器にしようと試みた……が、結果は前述の通りだ。

 輪郭がボヤけているならそれはそれで利用価値がありそう──そう思って使ったはいいものの、一振りで剣は粉々に砕け散った。元より脆くなるってどういうこっちゃねん。


 安物買いの銭失いの痛い目を見た俺は、その後も検証を続け、最終的に親父の打つ良い出来栄えの贋作こそ最適だと気づいたのである。失った金額は大きい。


「ま、出来てないなら仕方ねえか……」

「悪ぃな、ライアー。また暇な時に打っといてやるよ」

「おう、頼んだ」

「滅茶苦茶出来がいい奴作って大金吹っ掛けてやらぁ……!」

「ヘーイ、ポリスメーン! 独禁法カモン、プリーズ!」


「何語?」

「強いて言えば虚語か」

「隠語という可能性も……不潔です!」


 おい、そこのシスター。不潔を自家生産するんじゃあない。

 しかし、こんなやり取りをしたところでないものはない。適当な数打ちで罪器を作るくらいなら、具象化した幻影でぶった切った方がまだマシだ。


「しゃあねえ。親父の新作をウキウキワクワクワッキワキで待っとくか」

「ワッキワキって何?」

「脇をワキワキさせたい程ウキウキって状態のことだ」

「へぇ~」

「嘘だ」

「だろうね」


 アータンの嘘の見極めもだいぶこなれてきた。お互いの理解が深まった何よりの証拠ではあるものの、一抹の寂しさは禁じ得ない。


「じゃあ、最低限の武器のメンテナンスだけ頼むわ」

「おうよ。……で、お前ら次ぁどこ行く気なんだ?」

「あん?」


 突然親父に問いかけられ、俺はこてんと首を傾げた。

 やだ、俺の中の可愛いが溢れちゃったわ♡


「どこって……アヴァリー教国だけど」

「そうか! そいつぁちょうどいい!」

「夜逃げでもする?」

「発想の八艘跳びが甚だし過ぎんだろうが」


 軽く側頭部を金槌で小突かれた。カァン! と鳴り響く金属の反響音で鼓膜が痛い。サルガタナス戦でさえ膝を突かなかった俺も、これには思わず膝から崩れ落ちてしまう。


「な、何がちょうどよろしくって……?」

「──お前ら、こんなとこで終わるつもりか?」

「新手のマーケティングでも始めるつもり?」

「違ぇよ。真面目な話だ」

「ああ、そう?」


 親父は『お前ら人探ししてんだろ?』と、見事なまでの三下ニヤケ面で俺達を順繰り見つめていった。


「俺様の見立てじゃあお前らは相当強い……それこそ王都の金等級冒険者にだって負けないくらいにはな」

「「「「それほどでも?」」」」

「疑問符まで揃うことあるか?」


 まあいいや、と親父は続ける。


「だったらいちいちあっちこっち探し回るより、お前らの顔売った方がいいんじゃねえかって思ってよぉ?」

「あ~、そういう……」

「良い案だと思わねえか!? ついでにお前らは金と名声を得られる! 将来安泰よぉ!」

「その心は?」

「新進気鋭の金等級冒険者が使ってるのは俺の店の剣! つまりは俺の店も儲かるって寸法よ!」


 親父は下品な笑い声を店中に響き渡らせる。

 いいよ親父。俺、そういうちゃっかりしてるとこ好きだから。


 しかし、この話自体は割と悪いものではない。


「う~ん、そろそろ名を揚げてもいい頃か……?」

「『いい頃か?』って……まるで昔からその気になれば揚げられたみたいに……」

「だってリーンとビュートも居たんだぜ?」

「たしかに」


 これにはアータンも納得せざるを得ない。

 きのこの魔王とたけのこの魔王が居たら、そりゃあ大抵の魔物は雑魚みたいなもんよ。それでも名を揚げずひっそりと活動していた理由は、罪派と魔王軍に目をつけられると動きにくかったからである。

 しかし、ドゥウスでの〈大疑のネビロス〉。テンペランでの〈愚癡のサルガタナス〉及び〈我慢のサタナキア〉とド派手にやり合った以上、顔を知られたくないとかそういうレベルの話ではなくなってきている。


 ……開き直りますか!


「良かろう……ならば拙僧が貴殿の店の広告塔になってやろうではないか」

「なんで急に古風?」

「おう、頼んまぁ! んでよ、耳寄りな情報だが今アヴァリー教国じゃ、なんと教団が張り出してる依頼があるらしい」

「ほほう?」


 教団が依頼主とは珍しい。

 さぞ切迫した依頼なのだろうと脳内でアタリをつければ、親父はあくどい笑みを浮かべながら言った。


「なんでも罪派が少し前に魔人化事件を起こしたみたいでな」

「出動!!」

「いや、事件自体はもう〈悲嘆のエル〉ってのが解決してんぞ?」

「撤収!!」


 んだよ、もう解決済みかよ。

 しかも〈悲嘆のエル〉って、原作主人公じゃないの。原作主人公がこの時期に関わる事件なんて──あったな。色々あり過ぎて忘れてたわ。


「魔人になっちまった人を治療するのに……なんだっけか。あれが必要らしいんだ」

「免罪符?」

「そう、それだ! 大量の金が必要みてえなんだが、ちょうどよく最近金がザックザク掘り出せる迷宮が見つかったらしくてよぉ」

「黄金に釣られた冒険者やら賊やらが返り討ちに遭ってそうだな」

「その通りよぉ!」


 ッパァン! と親父は嬉々として手を鳴らす。


「聞きゃあ随分強い魔物が迷宮に棲み付いてるらしい! それに迷宮にゃあ“主”ってのが居んだろ!? そいつを倒して迷宮踏破! 教団にもギルドにも名を売れて一攫千金よ!」

「親父。逆逆」

「おっと、いけねえや!」


 手段と目的がすり替わったところを軌道修正させれば、おのずと結論が見えてくる。


「つまり、俺達に迷宮踏破しろと?」

「お前らならイケんだろ! なあ!?」

「ただ魔物を倒すのと迷宮踏破すんのは訳が違うんだが……」


 俺はチラリと背後に振り向き、耳を傾けていた三人に目を遣った。


「私、迷宮に潜ったことなんてないよ?」

「わたしもです」

「オレは……騎士団時代に何度か仕事で赴いたことはあるが」


 唯一経験者なのはベルゴだけだった。


「この有様じゃあな……」

「なんだぁ? 怖ぇのか?」

「誰が怖いっつった!? やってやろうじゃあねえの馬鹿野郎!」

「そうこなくっちゃあ!」


「早い早い早い!? 売り言葉買うまでが早すぎる!」


「兵は神速を貴ぶ……」

「何と戦ってるの!?」


 即断即決をアータンに窘められるがもう遅い。

 俺は自分を馬鹿にされることが──まあ全然許せるけども、なんか話の流れでやっちゃってもいいかなと思えたので、親父の話を飲むことにした。


「アータンさんやい」

「な、なに急に……?」

「俺が考えなしに話を受けたと思ったかい?」

「うん」

「にゃ~ん」


 ズバッと切り捨てられた心の痛みを癒す為に、一回アータンをハグしてから話を再開する。


「いいか? これは悪い話じゃあない。冒険者の名声ってのは馬鹿にならないもんでよ、有名なところで言やあ〈蒼の狼〉や〈紅の豹〉、〈白の竜〉辺りのパーティーは大陸中のギルドに名が知れ渡っている」


 冒険者ギルドは、現代風に言い換えれば人材派遣業だ。

 寄せられた依頼に対し、適切な技術を持った人材──つまり、冒険者を派遣しているのである。


 『冒険者』とは、すなわち『危険を冒す者』だ。

 だが、何の為に危険を冒すか──この点に関しては依頼内容によって千差万別。それこそ魔物討伐専門から、薬草や鉱石採取専門など、果てには掃除専門の冒険者だって存在する。

 ただし、大体が魔物に襲われる危険性を孕む為、彼らは一括りに『冒険者』と呼ばれているのだ!


──たしかこんな解説が説明書に載っていた。


 要はギルドも適材適所を見極める為、どういう人材が冒険者ギルドに加入しているかきちんと把握している。

 場合によっては、そのギルドに在籍していない冒険者でなければ対応できぬ依頼も寄せられる。そこでギルドは他ギルドに在籍する冒険者に応援を要請し、事に当たるのだ。


 呼び寄せる以上、ギルドもギルドで冒険者に報酬を用意する。

 それこそ金銭であったり昇級であったり。だが、最も手っ取り早いのはギルドから宣伝してもらうことで、冒険者としての名声を獲得できることだ。


「名声が高まりゃあ必然的に人の耳にも話が入る。そうなりゃあ『金等級冒険者アータンが姉のアイベルを探しています!』って噂も……」

「! お姉ちゃんの耳に入るかも!」

「ついでにお金も貰えて美味しいものもたくさん食べられる」

「美味しいものも!?」


 金等級冒険者になれば指名依頼も増加する。

 こうなると依頼を出す側の競争率が高くなるのだが、我先に受注してもらえるよう依頼側は報酬金を高く設定。金等級冒険者が儲かる理由はまさしくここにあるのだ。


「アイベルを探すついでに懐はポカポカ、お腹もパンパンで大満足──どーよ?」

「金等級冒険者……いいかも!」

「だろぉ?」


「見ろ、アス。あれが詐欺師の手口というものだ」

「勉強になります」


 なんだか失礼な会話が聞こえてくるが関係ない。何故なら全部事実なのだからな!


「金等級に、私はなる!」

「いよっ、いいぞアータン!」

「まあ、正直全員金等級は堅い実力はあるだろうが……」

「正直逆等級詐欺ですよね」


 俺もそう思う。

 普通の金等級は六魔柱相手にやり合えねえんだ。そういう意味では俺達は限りなく白金等級に近い金等級……プラチナな輝きを放つ実力を有している。

 ゲームでも原作主人公は冒険者として生計を立てているのだが、最終的に白金等級にまで昇り詰めている。罪派と悪魔を倒していれば金等級になるのは最早既定路線よ。


「じゃあ、いっちょ名を揚げますか!」

「頑張るぞぉー!」

「やれやれ……金等級もそうたやすい称号ではないのだがな」

「元騎士団長さんが言います?」


 昇級と昇給を掛けた戦いが、今始まる! ……別に冒険者、固定給じゃないけど。


「あー、ライアー。それとなんだがな」

「おん?」

「アヴァリー教国って東にあんだろ?」

「そうだけど……あぁ」


 言っている内に、親父の言いたいことが読めてきた。


「分かった分かった。アンタの倅に会ったら一声掛けてやるよ」

「頼んだ、ライアー! 見つけてくれたら剣の代金ただにしてやっからよ!」

「ハイ言質取ったぁー! 俺のリクエスト、断罪の聖剣な!」

「おまっ!? それめちゃくちゃ装飾めんどい奴じゃねえか!」

「はあ? 男に二言あるんですかぁ~~~?」

「あるに決まってんだろ、バッキャロウ!」

「ビビってんのか?」

「誰がビビッてるって? やってやろうじゃあねえか!」


 売り言葉に買い言葉である。

 それにしたって照れ隠しの下手な親父だ。怒鳴ればいいと思ってるところが、昭和というかなんというか。


「それじゃあ親父の新作を期待して倅──フェルムだったな。そいつも一緒に探すか」

「ホント! 頼んだからな、ライアー!」

「わぁーったわぁーった」


 親父の熱い要望を受け、倅探しも一緒にやることが決まった。

 なんつーか……マジで俺達『家族捜索隊』みたいな趣になってきてるな。パーティー面子以外の家族も捜し始めたらいよいよだぞ。


「じゃ、アヴァリー教国に向けて出発する準備整えようぜ」

「ライアー! その前に!」

「ん?」

「……『Butter-Fly』でごはん食べてこっ!」

「んもぉ~、食いしん坊さんなんだからぁ~♡」


 王都に来たら、まず食べに行きたいお店№1『Butter-Fly』。

 原作のやつれ具合が嘘のようなモチモチほっぺに仕上がったアータンが、さらにふっくら仕上がっちゃうわ。


「ってか、アヴァリー教国の話してたら米食いたくなってきた。『Butter-Fly』で食お」

「私チャーハン食べたい!」

「ならオレはパエリアとやらを食ってみたい。一度食ってみたかったのだ」

「わたしはカオマンガイですねえ」


「……おい、飯の話すんな! 腹減ってくるだろ!」


 それはそう。

 本当にそう。




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フォロー、星、コメントも頂けたら嬉しい限りです。狂喜乱舞致します。

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