第103話 悪意は陰謀の始まり




 ドミティア。




 スーリア教罪派教皇代理を名乗り、フロールムにて拉致・監禁した冒険者を悪魔へと落とそうとした大罪人である。

 悪名高き罪派と言えど裁判は公平かつ公正に執り行われる。

 ただし、彼らが犯す罪が余りにも悪逆非道であるが故、捕縛された多くの罪派には重い刑罰が処される。


 彼もまた重罪を犯して地下牢に放り込まれた身。

 罪状からして良くて終身刑、悪くて死刑といったところだろう。残る人生を死を待つだけと捉えるなら大差はない。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 今、ハハイヤが知りたいことはたった一つの真実。


「リオ様が罪派に与した理由だと?」

「ええ、ええ、ええ。気になるでしょう? 元近衛騎士の貴方ともなれば」

「ッ……」


──こいつ。


 どうやらハッタリでもなさそうだ。

 自分が聖女の近衛騎士だった経歴を知っているところを見るに、ある程度こちらに情報に精通しているらしい。


 いや……それこそ聖女本人から聞き出しているのかもしれない。


「……いいだろう」

「団長!? こんな奴の話に耳を貸す必要など……ッ!」

「いや……知りたいんだ。たとえこいつが作り上げた法螺話だったとしてもな」

「団長……」

「私はもう一度リオ様に向き合う必要がある。今まで気づかなかったこと……目を逸らしていたことも全部だ」


 これはその為に必要なこと。


 自分へ言い聞かせるように紡ぎ終えたハハイヤに、ルフールは何も言えなくなってしまっていた。


「ふむふむふむ。ちゃんと人の話を聞こうとする姿勢が実に愛おしい! このまま罪派の教えを説きたいところです……冗談ですよ?」


 向けられる殺気を飄々と躱すドミティア。

 胡散臭い笑顔を湛えた彼は『さて、まずはどこから話したものか』と顎に手を当て思案する。


「どれどれどれ……やはり初めから話すべきか」

「……いいだろう、話せ」

「では──




──20年前、〈色欲〉が誕生した日まで遡りましょう」




「……なに?」


 言い放たれた言葉を理解できず、一瞬思考に空白が生まれる。

 だがドミティアは構わず、いや、むしろ狙い澄ましたかのように畳みかける。




 20年前の出来事──〈色欲の聖女〉誕生の経緯を。




 ***




 ご存じの通りリオが産声を上げたのは20年前です。

 父はトビア、母は……アザリアと言いましたかね。彼女は聖職貴族の両親を持つ子供として生を授かった訳です。


 彼女が〈色欲〉の〈罪〉を持つと判明したのは小児洗礼の時。

 聖職貴族の子供が小児洗礼を受けることは、別段おかしくはない通過儀礼の一つです。


 そこでリオは小児洗礼を受け、〈色欲〉を持っていると判明した……。




──




 言っている意味が分からない?

 フフフッ……そのままの意味ですよ。


 リオの〈シン〉は〈色欲〉ではなかった。

 もっと具体的に言えば、〈色欲〉を持つ赤子は別に居た、とでも言っておきましょうか。


 当時、小児洗礼を執り行っていた神官は我々の同胞。すなわち罪派でした。

 理由はそのままですよ。〈色欲〉の持ち主をいち早く判別する為です。


 そういう意味でも小児洗礼は実に合理的な儀式でした。

 生まれたばかりで見た目の違いもさほどない赤子を取り違えさせるなど、実に容易いこと……。


 分かりますか?

 リオはわざと〈色欲〉と


 ……何故そんなことをした?


 理由は二つほど。


 一つはシンプルに〈色欲〉を迎え入れる為。

 一つはリオを我らの意のままに操る為です。


 考えてもみなさい。

 〈色欲〉が誕生したとなれば、教団はこぞって〈色欲〉を担ぎ上げ、教団の次なる重要な地位へ登用することでしょう。


 〈大罪〉とはそれほどまでの価値がある。

 分かりやすい象徴、いわば神輿です。


 だから我らはリオの方に〈色欲〉があると嘯き、本来の〈色欲〉を我らが下へ迎え入れた。

 ……まあ、当の〈色欲〉が成長し切るより前に奪い返されたことは流石というべきか。


 しかし、リオの現状からしてその子供が〈色欲〉とまでは調べなかったのでしょう?


 ……続けますよ。

 リオこそ〈色欲〉の持ち主と知った貴方方は、まんまと我らの思惑通り、彼女を教団の重要な地位──聖女に登用しようと教育を始めた。尤もそうさせたのも教団内に潜り込んだ我ら同胞の根回しによるものですが、反対する者が居なかったことは憶えていますよ? リオの父親も最初だけは反対したようですがね。


 そうしてリオが聖女として教育を施される一方、教団はもうすぐ〈色欲〉を宿した少女が聖女となると喧伝する。

 当然です。〈大罪〉は人類の希望。

 彼の〈色欲の魔王〉デウスもまた〈大罪〉の持ち主。滾る〈色欲〉の力を用い、頑強なる魔人の血を人類に流した英雄です……!


 伝説が曲解されて広まっている事実は甚だ残念ではありますが、影響力という点において〈大罪〉に勝るものがないことは事実。


 国は期待したでしょう。

 民も期待したでしょう。


 だからこそ──リオは自分が〈色欲〉でないと知ってしまっても、誰にも打ち明けられなくなった。


 ……お分かりになられましたか?

 成人となる日、リオは正式な〈洗礼〉の儀式を受けた。


 その時、知ったのですよ。

 自分に宿る〈罪〉が〈色欲〉でない事実を。


 だが彼女は打ち明けられなかった。

 打ち明けられるはずもなかったでしょう!


 自分が〈色欲〉ではないと民に知られれば、それまで受けてきた寵愛からも、大勢からの期待も裏切ることになる!


──まあ、そうするように促したのは罪派われわれなのですが。


 あれが萌芽の瞬間だったのです。

 聖女リオが我らの手先となる、明確な第一歩!


 あとはもっと聖女リオの名声を高め、確実に引き下がれなくなったところで隠した〈罪〉を突き付けて揺さぶる!

 事実を隠蔽し、聖女の地位にあればこそ受けてきた恩寵を盾にする!


 ……そのはずだったのですがね。

 ご存じの通り、当時我々に辛酸を舐めさせる事件がありました。


 あの鉄仮面……!

 奴──いや、奴らのせいで猊下や大勢の同胞が捕えられ、無念のまま殉教する羽目になった……!


 それから我らは組織を立て直すべく奔走の日々。

 水面下で再起を図っていました……。


 ……後はもうお分かりでしょう?


 

 


 要はそれだけです。

 再興の見通しが立った我らは、当初の予定通りリオと接触を図ることにより、彼女を手中に収めることに成功したのです。


 そう。

 初めから。

 初めから全部。




 全て我らの思惑通り──。




 ***




「フフッ、フハハ、アーッハッハッハ──うぐッ!?」

「団長!?」

「お前の……お前達のせいでッ!! リオ様はッ!!」


 鉄格子越しに手を伸ばし、話す為に鉄格子の傍に寄っていたドミティアの胸ぐらに掴みかかる。

 ギリギリと締め上げられる胸元にドミティアは苦しそうに呻く。それを見たルフールは慌ててハハイヤの締め上げる手を引き剥がそうと試みる。


 しかし、万力のような握力はルフールでは如何ともし難かった。

 力での解決は不可能。

 後は最早言葉を尽くすのみだ。


「いけません、団長! こんな輩の為に貴方が手を汚すなど! リオ様が聞けば悲しみます!」

「……分かっているッ……!」

「ぶはぁ!? はぁ……はぁ……フフッ……!」

「ッ……!」


 説得されて手を離した直後、咽ながらも不敵な笑みを湛えるドミティアに、ハハイヤは再び手が出そうになった。


「おのれ……おのれぇえええええ!!」


 ガンッ! と鉄格子を殴りつければ、堅牢なはずの鉄格子は大きく拉げた。

 それほどまでに強く殴りつけたハハイヤ。すると、直後彼の嵌める手甲の布地部分に紅い染みが広がっていった。


「こんなッ、こんな奴らの思惑に乗せられて……リオ様はぁ……!!」

「団長……」


 掛ける言葉も見つからず、ルフールも立ち尽くすしかできない。


 真実は想像より遥かに残酷だった。

 聖女リオの華々しい経歴と、それに至るまでの努力の日々──その全てが、罪派の謀略によって敷かれたレールであった。


 信じたくなかった。

 信じられるはずもなかった。


 だが、ドミティアの語った内容が真実であるならば、記憶の中に居るリオの憂く表情に辻褄が合う気がした。


(リオ様はきっと私に気づいてもらいたかったのだ……!!)


 過去を振り返るほどに思い当たる節があった。


 成人の日、彼女が自分に投げかけた問いかけ。

 それから聖女たらんと懸命に勉学に励む姿勢。

 団長就任を祝われた際、何かを言いかけた事。

 離れ離れとなる日、私に向けた期待の眼差し。


 そのがメッセージだったのだ。


──わたしを助けて。


 言葉には出せない。

 それでも気付いてもらいたかった少女の悲痛な叫び声。


「私は……私はッ……!!」


 だが、それに自分は気付けなかった。

 最後の最後まで汲み取れず、彼女に失望を抱かせ、絶望に追いやってしまった。


 後悔してもしきれない。

 時を巻き戻せる術があるのならば、せめてどうか彼女と最後に別れたあの瞬間まで戻したい。


 それが叶わぬと分かっていても、ハハイヤはそう願わずには居られなかった。


(リオ様)


 答えは……明白だ。


「……決めたぞ」

「団長?」

「私はこの身に代えてもリオ様をお救いする」

「えっ……あっ、はい。お救いするって一点に関しては全面的に賛成なんですが、具体的な案とかそういうのは……」

「そんなものはない」


 潔いほどの思考放棄。

 これにはルフールも一瞬呆気に取られた後、『えええええ!?』と悲鳴を地下牢全体に木霊させる。


「いやいやいや、団長!? さっきさんざどうやって魅了を解くとか、そういう段階の話を……!?」

「だからそれを今から考える」

「今から考えるったって……!?」

「だが最優先事項はリオ様だ。リオ様の騎士として私が為すべきこと……それはリオ様の命をお守りすること。違うか?」

「あれ!? 魅了再発してます!?」


 慌てて〈覚醒魔法〉を繰り出すルフール。

 しかし、ハハイヤは一切動揺した素振りを見せない。不動の双眸は、今この場に居ないはずの聖女をジッと見据えていた。


 彼は正気であった。

 だが正気とは信じたくはない状態だ。


「冷静になってください!! 僕らがやられたらこの国はどうなるんです!?」

「リオ様が死ねば!! 私にとっては国が死んだも同然だッ!!」


 ハハイヤの激声に地下牢全体が揺れる。

 それから数秒し、ようやく己が呼吸を忘れていたと思い出したルフールは、慌てて肺に空気を取り込む。だが委縮した体をリラックスさせるには到底十分でない量だ。


「……リオ様の為に、国を切り捨てるつもりですか?」

「リオ様を切り捨てた時こそ、この国の死すべき時だ」

「ご自身が何を仰っているかお分かりで!?」


 理解わかっている。

 自分は騎士としてあるまじき発言をしている。


 それでも口に出さずにはいられない。

 彼女の罪を、彼女だけの罪として認めてはいけない。


「たしかにリオ様はご自身の〈罪〉を隠蔽したのかもしれない。だがそれはご自身の地位を、聖女の名の重さを知っているからこそ」

「だからといって罪派に与していい理由には……!!」

「罪派を教団に!! 国に!! 彼女の逃げ道を塞ぐまでのさばらせたのは我々の罪だ!!」


 聖女とて一人の人間だ。

 ありとあらゆる苦難に見舞われようと立ち向かえる──そう断言できるほど心は強くない。ましてやリオはようやく少女の域を脱したばかりの若年。精神的に未熟な部分があって当然である。


 本来であれば周囲の大人が手厚く支援すべきだ。

 それをあろうことか邪悪な外道共に囲われていたとは、ハハイヤとしても痛恨の極みであった。


「リオ様を討てば確かに万事解決するかもしれん!! だが、全ての罪を彼女に押し付けるだけ押し付けて……あの方の尊厳はどうなると言うのだ!?」

「それは……」

「この国を救い上げる──その為にリオ様を切り捨てる所業など、断じて認められん!!」


 肩で息をするほど感情的に叫び倒したハハイヤ。

 その熱気を帯びた頬にはいくつもの汗が伝う。魂の涙だ。ハハイヤのリオに対する忠義の顕れだった。


 これを前にしたルフールは何も言えず立ち尽くす。

 彼とて理解はしている。此度の件は、リオだけを責めて済む話ではない。

 しかし、現に彼女の裏切りによって破滅が目前に迫る以上、手段を選んでいる場合でもなかった。


「フフッ、この期に及んであの売女の処遇で内輪もめですか」

「……なんだと?」


 不意に口を出すドミティア。

 その余りにも不敬な内容に、依然として気が立っていたハハイヤは、再び鉄格子越しに彼の胸ぐらを掴む。


 最初よりも強く、強く。

 それこそ絞め殺す勢いで握り締めるハハイヤは、忿怒形が優しく見える形相だった。


「今何と言った……ッ!? もう一度言ってみろぉ!!」

「ク、カハッ……!? こ、光栄ですねぇ……!! どうせ死を待つだけの身……誉れ高い騎士団長殿の手に掛かるのなら本望……!! きっとリオも同じ気持ちであるでしょう……!!」

「貴様あああああッ!!」


「団長!!」


 更なる挑発を掛けるドミティアに激昂するハハイヤ。

 このままでは本当に絞め殺されると、ルフールは再び胸ぐらを掴む手を何とか引き剥がす。


「落ち着いてくださいって!!」

「だが……!!」

「こんな見え透いた挑発などに乗る必要はありません!! それで貴方が手を汚せば、それこそリオ様が悲しみになられる!!」

「ク、フフッ……それはどうでしょうね?」



「あっ、じゃあ俺行っていいすか?」



「え?」

「え?」

「え?」



「そぉーーーいっ!!」



「か゜か゜ほ゜ぉ゜―――――ッッッ!!?」

「きゃあああ!!?」

「えええええ!!?」


 突然エントリーした鉄仮面がドミティアの股間をブレイキン。

 直接見ていた者でさえ理解に苦しむ内容だが、それは現実として目の前に繰り広げられた光景であった。

 現に鉄格子越しに金的を食らったドミティアは、口から泡を吹いて床に転がっている。


「か゜……かぱぁ……!?」

「誰だッ!? ……私はスカッとはしたが」

「あっ……そ、その顔は!?」



「その鉄仮面はと言ってもらおうか」



「その鉄仮面は!?」


 ルフールにわざわざ訂正させたこの鉄仮面の正体は他でもない、この男だ。


「ライアー殿!?」

「ハハイヤさんよぉ……」

「?」

「──助けに来たぜ」

「そ、そうか。感謝する……機を逸してしまってはいるが」

「キィ~」


 タイミングが遅れた事実を指摘され、ライアーはお猿さんになってしまった。

 危険を省みず救出に赴いた点は、ハハイヤとしてもまことに感謝の念に堪えない事実だ。だが遅かった。遅かったせいでライアーはお猿さんになってしまったのである……。


「済まない。色々と苦労しただろうに……」

「そりゃあもう、ねぇ……──聞く? リトライ不可のクエスト:インポッシブルなジェイルブレイクを数日掛けて敢行していた俺のデスマーチを。聞いちゃう? 聞きたい? 聞いてくださいよ」

「い、いや……申し訳ないが遠慮させてもらおう」

「そっかぁ。聞きたくなったらいつでも聞いてね?」


 ガン決まった目で覗き込んできた鉄仮面は、残念そうに引き下がった。

 辞退して正解だったとハハイヤは考える。話が長くなりそうなのは明白だった。相当苦労したのだろうとは想像に難くない。


「いや──いやいや! 何受け入れてるんですか団長!? なんでこの人ここに居るんです!?」

「こんにちはルフールさん。朝ごはんはトーストとサラダだったかな? トマトが苦手なようだけれど残さず食べて偉いね。その後に人目を盗んで地下牢の鍵を拝借していたけれど、もしも君が団長さんに変なことしでかそうとしてたらお腹から朝ごはんのトマトが溢れちゃうところだったよ」

「生涯一の恐怖体験聞かされてるっ!?」


 『ずっと跡をつけていた』の意訳に戦慄するルフール。

 その気になればいつでも腹を掻っ捌かれていたかもしれない事実に、彼は腰を抜かして倒れ込んだ。


 一方その頃、不意打ちの金的を食らって悶えていたドミティアが復帰する。


「き、貴様は……!」

「どーもどーも」

「よくも二度も我らをぉ……で、ですが地下牢ここに来たのを見るに仲間は囚われの身のようですねぇ──フッ、いい気味だ」

「二個目ぇーーー!」

「は゜お゜ぉーーーっ!!?」


 器用にドミティアの足を掴み、ちょうど鉄格子から両足が出てくるよう引きずり出すライアー。

 そうすれば右脚と左脚の間──玉袋をぶら下げる股座が、硬く冷たい鉄の棒にクリーンヒット。


 祇園精舎の汚い悲鳴が響き渡る。

 それから10カウント。そうしてドミティアは二度目のダウンを貰うのだった。


「ふぅ……」

「『ふぅ……』じゃありませんよ!? 何やってるんですか!? 囚人に手を出すなんて!!」

「なので足を出してみました」

「足出したの向こうですけどね。出したっていうか、出されたというか」


「う、ぎぎっ……!?」


「あ、まだ息あった」

「なかったら困るんですよ」


 二度目のダウンから復帰したドミティアは、睨め殺さん勢いでライアーに視線を投げかける。そりゃそうだ。二度もタマをやられているのだから。


「くっ……ククッ! 私に手を出して気が済むのならそうしなさい……! 貴方方が今更どう足掻こうと、この国が堕ちる運命は変えられない──!」



「二個目の向こう側へ!!」



「ああ゛ぁい゛ッッッ!!?」

「三個目はもうタマですッ!!」

「こいつはこいつで何故やられると分かって煽るのだ……」


 三度目のタマタマ大激突。これにはドミティアも、最早悲鳴ですらない隙間風の如き掠れ声を喉から漏らすことしかできなかった。

 しかし、やられるのはドミティアがライアー達を挑発するから。

 ある意味で自業自得を味わっているだけなので、止めるルフールの勢いも弱まれば、ハハイヤは止める素振りさえ見せない。


「ふぅ゛ん……んっふ……んぅ~~~……!!」

「反省したか?」

「んぐッ……いくら私を痛めつけようと、状況が好転することはありませんよッ……!! それもこれも我が身可愛さに聖女の地位に固執した売国奴のせいですからねぇ!! ハハハ、アーッハッハッハ!! ハ──パアアアアアア!!?」


 今度こそ断末魔を発するドミティア。

 しかし、今度手を下しているのは──いや、ドミティアの足を出しているのはハハイヤであった。一周回って無表情で足を引き摺り出そうとしている。


 だが度を越えた罵倒に彼は

 手加減なしでドミティアを引き摺り出そうとする結果、人力八つ裂きの刑が執行されかけていた。


団長だんちょぉーーーッ!!? 四つ目はいよいよタマが逝きまぁす!!」

「抑えて!! 途中までやってた分際で言えないけども!!」


 ルフールのみならずライアーまで抑える側に回る事態と言えば、事の深刻さが理解できよう。

 やっとの思いでハハイヤの手から足を放させた時、ドミティアは真っ白に燃え尽き、体中の穴という穴から体液を吹き出して気絶していた。ご臨終である。


「済まない。危うく囚人を手に掛けるところだった」

「殺さずに済んで良かったな」

「もう半分死んでるようなもんですけどね」


 ここまで来ると全員がドミティアに気を掛けることはなくなっていた。自業自得である。


「余計な時間を食ってしまったな……」

「まったくな。って、どの口が言うんだってな」

「自分で言うんですか」

「……だが、リオ様について知れたのは僥倖だった」


 意図せぬ収穫を今一度吟味するハハイヤ。

 しばし伏せていた面を上げる。すると、普段より一層神妙で落ち着き払った表情がそこにはあった。


「ライアー殿、折り入って頼みがある」

「ああ、受けるよ」

「……まだ内容を言っていないのだが」

「だって最初から話聞いてたし」

「そう言えば最初から居たのだったな……」


 話が早くて助かる。


 だが、彼がこの場居たのも必然だったかもしれない。

 ハハイヤは魅了されている間の記憶がおぼろげだが、うっすらとだけライアーの仲間達もルフールに捕らえられた光景を覚えていた。

 仲間が囚われてジッとしていられる性分であるのなら、わざわざ危険を冒してまで副団長を尾行し、地下牢にまで下りてはこないはずだ。


「いや……やはり直接口に出して頼みたい。恥を承知の上で頼むが、この国を──リオ様をお救いするのに手を貸していただきたい」

「……ああ、勿論だ」

「……自分で言うのもどうかと思うが、無謀な要求をしているぞ?」


 付き合いもそう長くない一冒険者相手に国の命運を共に背負えと言っている。たとえ金等級だったとしても裸足で逃げ出す状況だ。


「共に死ね──そう言っているようなものだぞ……!?」

「俺は、」

「?」

「一つだけ、心に決めてることがある」


 だのに、この男と言えば。


「──誰かを見殺しになんて絶対にしない」


 事も無げに彼は言う。

 それがどれほど困難で険しい道かなど語るまでもない。だがそれでも彼は言い切ったのだった。


「逃げ続けた先の道に俺の欲しい未来はないからな」

「ライアー殿……?」

だけは誰よりも理解してるつもりだぜ」


 安易な現実よりも困難な理想を、と。


──どれほどの経験を積めば。

──どれほどの人生を歩めば。


 さながら人生を何周も経て見てきたかのような力強い断言だった。


「貴方は……貴方は一体?」

「安い嘘吐きさ」


 ケタケタと笑いながら。

 けれど、見ている側が気圧されるほど真っすぐな瞳を湛えながら、嘘吐きは告げる。




「ただし、仲間も聖女も死なせるような勇者の偽物の──な?」




 その運命を変える為にこの男ライアーは居る。




 運命の日──聖女会談はもうすぐそこだ。



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