第98話 分析は看破の始まり




『ハハイヤ、団長就任おめでとうございます』




 ささやかな祝言だった。

 何せ、それを告げられた場所は大聖堂の通路のど真ん中。

 近衛騎士時代であれば考えられぬが、それは互いに多忙を極める中、偶然の再会に乗じたからに他ならなかった。


『ありがとうございます。……諸手を挙げて喜べぬことが心苦しい限りではありますが』


 私は数年前より聖女の近衛騎士を解任された。

 というのも、所属していた聖工隊に呼び戻されたのが理由だ。


 度重なる魔王軍との衝突。

 それに伴い、七大教国でも屈指の国力を誇る我が国でさえ人材が枯渇し始めていた。特に致命的だったのは当時の聖工隊隊長率いる部隊が、魔王軍との戦いで多数が殉教したこと。その結果、大勢の人員を失い近衛騎士以外の任務が回らなくなった為、私に白羽の矢が立ったわけだ。


 聖工隊に呼び戻された私はそのまま小隊長に就任。

 人員不足が相まりトントン拍子で隊長の席に座れば、一年後には副団長。

 果てには前団長が六魔柱との戦いで殉教し、流されるがまま私が団長となったのだった。


 生家は喜んでいた。

 だが私は晴れない。


 晴れるに必要は太陽だ。

 燦々と光り輝く太陽が。


『リオ様はいかがです? 何か不自由などはございませんか?』

『いいえ。あなたが選んでくださった新しい近衛の方も頑張ってくださっているおかげです。何一つ不自由はしていませんよ』

『それなら幸いです』


 自分が近衛を辞めざるを得ないと知った時、私は悩んだ。

 いや、悩んだところで上層部からの命令を断れるはずもない。出来ることと言えば信頼できる部下に後を任せるだけであった。


 しかし、様子を見る限りリオ様は壮健そうだった。


──杞憂だったか。


 どうにも私は彼女を手間が掛かるものだと思い込んでいる節があった。

 それもこれも、清廉潔白で完全無欠な聖女となる以前の“リオ”という少女を知っているからに他ならない。


 だが、それも何年も昔の話だ。

 聖女は一朝一夕ではならず。だからこそ何年も掛けて聖女足らんと努力し続けてきた彼女が、今のスーリア教国において誰よりも聖女に相応しいことも私は知っていた。


『リオ様のお傍に仕えられぬこと……そればかりは誠に残念であります』

『……ええ』

『ですが、私は誇り高く貞潔なる聖堂騎士の一人。私の働きの全てが貴方をお守りすることに繋がることでしょう』


 最敬礼で変わらぬ忠誠心を示し、私はこう締めくくった。


『リオ様。私は……貴方をお慕い申し上げております』

『!』

『人としても、聖女としても。だからこそ貴方の為に国に尽くそう……そう考えております』


 大っぴらには言えませんが、と最後に付け足す。

 今のはあくまで私人としての言葉だ。公人、ましてや国と民の為に尽くす騎士としてはあるまじき内容であった。


 それでも私は伝えずにはいられなかった。


『どうか、そのことだけはお忘れなく』

『ハハイヤ……』

『無論、国に対する忠義も嘘ではありませんが』

『……分かっております』


 つい近衛騎士時代の癖で念押ししてしまった私に、リオ様は眉尻を下げながら微笑んだ。

 その時、ちょうど部下が私を呼ぶ声が聞こえた。年若い声だ。年々団員の平均年齢が下がっている事実を否が応でも思い知らされる。それもこれも魔王軍との熾烈な戦いで年長者が殉教した影響だ。


『申し訳ございません。それでは……』

『あ……!』

『?』

『あ、いや……体には、気を付けて……』

『お心遣いありがとうございます』


 リオ様も、と口にしたところが刻限だった。

 駆け寄ってくる部下に急かされるようにその場から離れる。途中、後ろを振り返ってみれば、まだその場に残り続ける彼女と、どこからかやって来た司祭らしき人物が話し始めたところだった。


 多忙の身は自分だけではない。

 聖女は聖女で常日頃引っ張りだこの立場だ。


 忙殺されそうな彼女の肩の荷を降ろす為にも、一刻も早く平和を取り戻さなくてはならない。一層身が引き締まる思いで私は前へと向き直す。


 だから……なのかもしれない。


 その時、私には見えなかった。

 リオ様がどのような顔をしていたのかを──。




 ***




「全員無事か?」

「な、なんとか……」


「鉄仮面に矢がぶっ刺さってるけどなんとか」


「世間一般的には無事の類ではないと思うけど……」

「本人が言うのだから大丈夫だろう」


 ベルゴからの信頼が厚くて泣けてくる。

 俺達は行方不明の子供を捜索していたが、突然敵からの急襲を受けた。だが直前、迫る魔力の感触に各々防御したおかげで大事には至っていない。


 アータンは〈水魔大盾オーラ・スクートゥム〉で。

 ベルゴはコナトゥスを盾にして。

 そして俺は自前の鉄仮面で敵の矢を受け止めていた。鉄仮面がなかったら即死だったぜ……まあ受け止めてる奴、〈もう一人の自分アルター・エゴ〉なんだけども。


「ったく、子供を餌におびき寄せるなんて古典的な真似しやがって」

「だが、まんまと釣られてしまった」

「この子は守りながら戦えるからいいとして、村の方が……きゃあ!?」


 怯える子供を抱きしめるアータン。

 その直後、ズダダッ! と鋭い音を奏でで〈水魔大盾〉に何かが突き刺さった。


「……不可視の矢か」

「厄介だな」


 盾に受け止められる矢を取り出してみれば、次第に得物の姿が浮かび上がる。


「罪魔法みたいだ。それも──」


 握る力を弱めた途端、鏃が俺の眉間を向いてきた。

 そのままでは独りでに飛来しそうな雰囲気が漂っていた為、再び握り締め、今度は矢を中央から真っ二つにへし折ってやる。


「……自動追尾の能力付きか」

「となると、敵は最低でも二人だな」

「敵の数まで分かるの?」

「まあな。こういうのは場数よ」

「ぷぇ」


 小首を傾げて訊いてくるアータンのほっぺを突っつく。


 さて、ギルシンオタクからの解説といこうか。罪魔法はある程度応用が利くとは言え、まったく系統の異なる能力を発現することはまずない。基本的には一つの能力を礎に広がる形を取る。

 アータンの〈嫉妬〉がいい例だ。〈嫉妬〉の〈堕天〉は自身の魔力強化、逆に〈昇天〉は味方の魔力強化……といった具合である。


 それではここまでの情報を整理しよう。

 敵の攻撃は不可視かつ自動追尾。

 どちらも能力としての繋がりがない以上、相手方は複数人の罪魔法を組み合わせている可能性が非常に高い。勿論絶対とは言えないが、その場合敵の数が減るのだから、むしろラッキーと思えばいい。


「しかも、だ──ゔっ!?」

「ライアー!?」

「大丈夫大丈夫、問題ない」

「是とするには致命的な部位だよ!?」


 分身アルター・エゴの眉間に矢が突き刺さり、アータンが悲鳴染みたツッコミを入れてくる。

 奴さんめ、綺麗に眉間を狙いやがって。鉄仮面がなかったら即死だったぞ。

 分身が壊れないところを見るに即死級の威力ではないが、普通の人間なら矢が一発眉間にぶっ刺さればジ・エンドだ。やっぱり鉄仮面被っといて良かった。


「にゃろう、狩人気分かぁ? こっちの防御すり抜けて来やがって」


 分身が眉間の矢を抜きながら毒づく。

 こちらの防御も完璧ではない。ベルゴとアータン──二人の物理と魔法の盾にも隙間は存在する。敵はその隙間を把握した上で、こちらを狙撃してきているのだ。


「さて、どうしたもんだ──かッ!?」

「ライアー!?」

「このクソボケ共がぁ!! 仏の顔も三度までじゃ!! 俺様の鉄仮面を傷物にしやがって!! どう責任取ってくれるのよ!?」

「割と最初から傷物ではあったと思うけど……」

「カバァ~」


 アータンからの鋭い指摘に思わずカバになってしまった。

 しかし、俺もただただ傷物にされていた訳ではない。額にぶっ刺さった矢を引き抜きながら、分身の視線がアータンの方を向く。


「頃合いだ。今度はこっちが狩人になる番だ」


 イリテュムを抜き放ちながら言う。

 アータンはと言えば、そんな俺をまん丸に見開いた瞳で見つめてくるではないか。なんだいなんだい。そんな顔したってカワイイ以外の感想は出てこないぞ。


「どうするの? 私もさっきから魔力探知してるんだけど見当たらなくて……」

「こんな能力だ。魔力を抑えるなりなんなりして気配消してるんだろ」

「じゃあ尚更──」

「アータン、何も身を隠す相手を探る方法は一つだけじゃない」

「?」


 幸いにも、この場には敵方の罪魔法に精通している罪使いが二人居る。


「いい機会だ。実戦がてらレクチャーといこう……ぜッ!」


 空を裂く鋭い音。

 それを聞いた俺はイリテュムを目の前に構える。すると甲高い金属音が鳴り響き、遅れて地面が不自然に抉れた。


 間もなく魔力が尽きたのだろう。

 不可視だった矢が視界にフェードインし、地面に突き刺さる姿を現実に晒した。


「──〈シン〉の系譜については前に話したよな?」

「う、うん」

「能力が分かれば相手の〈罪〉の系譜を類推できる。透明化は幻惑、つまり俺の〈虚飾きょしょく〉と同じ〈傲慢ごうまん〉の系譜だ。じゃあ自動追尾が何かっつーと……」

「……〈怠惰たいだ〉?」

「その通~り☆」


 理解が早いアータンに指鳴らしする。

 自動追尾──すなわち、対象を認識して追跡するプロセスを有する能力。俺達の身近な能力で言えば、まさしくベルゴの〈怠惰〉が該当する。


「系譜が近いってことは能力が似通うって意味だ」

「……裏を返せば、戦法とその対処法も分かる……?」

「ヤダ。理解早過ぎ……」

「あ、ごめん」


 アータンの頭脳が冴え渡るが余り、先の解説部分まで辿り着かれてしまった。頭がキレキレだ。キンニクマぐらいキレてるよ。

 そして、そのキンニクマぐらい筋骨隆々なベルゴが不敵な笑みを湛えた。ここ最近、彼女に聖堂騎士団で学ぶ戦いのいろはを教え込んでいた彼のことだ。着実なる成長への喜びが隠せていなかった。


「ならば後は分かるだろう。近しい系譜、近しい能力……こういった時は『自分ならどうするか』を念頭に置くのだ」


 ベルゴはまず、地面に突き刺さっていた矢を指差す。


「この矢、見た限り術式は刻まれてはいない。シャフトの材質も一般的な木だ。〈罪〉を刻むには適さない。これでは俺の罪器コナトゥスのように、矢自体が臨機応変に動くことはないはずだ」

「一時的な能力付与……限定的な追尾……ッ!」

「後は分かるな?」

「相手は──こっちを目視できる場所に陣取ってる!」


 そう勘付いて辺りを見渡そうとするアータン。

 だが、それを俺は両手でほっぺを挟んで制止する。『はむっ!?』と可愛らしい悲鳴が上がるが、これも致し方のない犠牲だ。


「まだだ。向こうにこっちが分かっているって勘付かせるな」

「は、はむぅ……」

「ここからは俺の出番よ」


 相手から身を隠しつつの攻撃は、俺の十八番だ。


「まず地面を見るんだ」


 開けた伐採地の足元を観察する。

 足元は湿っぽい土と苔だ。

 もしも大の大人が歩けば何かしらの痕跡は残るであろうが、今はそれが見えない。


「足跡が無いならどこかしらに留まってるって訳だ。アータンならどこに隠れる?」

「うーん」

「動物の気持ちになって考えるんだ」

「パンダさんでもいい?」

「パンダさんはやめた方がいい」


 何故ならこの世界のパンダさんは殴り込んでくるからだ。

 隠れて狙撃なんて行為から最もかけ離れた場所に居る存在である。


 それはさておいて真面目に考えること数秒。


「……物陰か木の上?」


 それが無難だね。


「もっと言えば射線を切られない場所に陣取るはずだ。標的が見えてなきゃ狙撃どころじゃないしな」

「それもそっか」

「そして最後。奴さんは俺の鉄仮面をぶち抜いてきた」


 正確には立っている分身の方だが、それだけでも情報は掬い上げられる。

 俺達を守る盾はベルゴの罪器とアータンの魔法。ただし、ベルゴの方は物理的に視界を塞がれるが故に、相手の弱点を狙撃することは至難の業だ。


 すると見えてくる。

 何も見えていなかった無明に一筋の光明が。すでに俺達の視界には、敵が潜伏しているであろう候補地がいくつかピックアップされていた。


「ここまで来ればこっちのモンだ。俺達が気付いてないと高を括ってる奴らの度肝を抜いてやりゃあいい」

「アータン、出来るな?」

「っ……うん!」


 俺とベルゴの言葉に、アータンは力強く頷いた。

 抱き締めていた子供をベルゴの方へと託し、自身は右手に矢を、左手に弓を生成する。煌々とした輝きを放つ弓矢、そのどちらもが彼女の魔力より生み出されし武器であった。


 同時に彼女の眼前には一枚のレンズが浮かび上がる。

 澄んだ水より生まれたレンズ。それは以前、イェリアルより授かった姉・アイベルが用いていた望遠と照準の技術であった。


──〈水鱗鏡エクス・オクリス・スクワマエ


 刹那、視界は目から鱗が落ちたように鮮明と化した。


「──そこぉ!!」


 弓に番えた数本の矢が閃いた。

 閃光の矢が駆け抜けた時間は瞬きよりも短い間だ。


『ぐっ!?』


 故に、結果も返ってくるのも早かった。

 押し殺すような呻き声が俺達の耳朶を打つ。


「にゃーるほどねぇ……」


 それを間近で聞いた俺とベルゴは、弾かれるように声の方へと駆け出した。

 すれば、居所がバレたと判断したのだろう。茂みを掻き分けて離れていく音が、静寂な森の中にこれでもかと響き渡る。


「おいおい……そいつは、」

「『ここに居ます』って白状してるようなもんじゃねえか」


『!』


 息を呑む声。そりゃそうか。

 暖簾でも潜るような気楽さで、虚空から本体おれが現れりゃあな。それもまさに今逃げる先と来た。


 剣はすでに抜き放っている。


 後は気配を覚える場所目掛けて振り抜くだけ。

 部分罪化で腕だけ猛禽類と化した俺は、全力で白刃を閃かせた。


 手応えを感じる。

 これは……。


「──かくれんぼは終いか?」

「……ああ」


 刃は受け止められていた。

 間もなく風景に人影が浮かんだ。重厚な鎧に身を包んだ悪魔と、ケンタウロス染みた下半身に弓矢を握る悪魔だった。


 刃を止めていたのは前者だ。

 無骨な杖で、真正面から防いでいる。


 こいつは──


「教えな、てめえの〈シン〉を」

「我が〈罪〉は〈湮滅いんめつ〉」


 躊躇わず、後退らず、悪魔は堂々たる名乗りを上げる。


「我は──〈湮滅いんめつのフォラス〉!!」

「そうかい。俺は〈虚飾きょしょくのライアー〉だ!!」

「〈虚飾きょしょく〉!! 貴様の首、貰い受けるぞ!!」

「や~だねっ!!」


 吼えるフォラスと切り結ぶ。

 しかし、相手は相当の剛力だった。剣と杖がぶつかり合った瞬間、俺の体は妙な浮遊感と共に宙へと投げ出されてしまう。


「いや、〈風魔法ベント〉か!?」


 ただの豪腕であればこうはならない。

 即座に罪度Ⅲへと至り、黒翼を羽搏かせながら鷲の目を輝かせる。どうやら奴の杖、その先端に嵌められた複数の石にカラクリがあるようだ。


 しかし、俺が態勢を整えている間にも状況は絶えず変化する。


「仕留めろ、オライ!!」

「させん!!」


 地上のケンタウロス──オライが俺目掛けて矢を放つ直前、間に合ったベルゴが間に割って入るようにコナトゥスを振り下ろした。

 地面を叩き割るほどの衝撃と震動。

 堪らずオライとやらも咄嗟に回避を選ぶ。が、その場から飛び退くと同時に射られた多数の矢は、それぞれが曲線を描きながらベルゴへと殺到した。


「此奴が追尾の方の!」

「任せな!」


 ベルゴの前に出た分身おれが黒翼を盾にする。

 次々に突き刺さる矢によって〈もう一人の自分アルター・エゴ〉は壊れてしまう。だが元より狙撃で耐久値は減っていた。お役御免とは言え十分役目は果たした。


「オライ!」


──このままでは味方がやられる。


 そう考えたであろう巨躯を誇る悪魔はベルゴとぶつかり合う。

 衝突する両者の間からは風が吹き荒れる。ただの衝撃波ではない。先と同様、フォラスの魔道具より迸る〈風魔法〉による烈風だった。


 しかし、それで押されるほどベルゴもヤワではない。

 歯を剥き出しにするベルゴは、両腕に血管を浮かび上がらせるほどに力む。


 すると一瞬の静寂。

 腕力という一点で拮抗したが故に発生した静けさを聞き届けた両者は、直後に離れ、二、三合ほど切り結んで互いに距離を取った。


「此奴──!」

「できる──!」


 ベルゴが目配せする。


 オレに任せろ。

 目はそう語っていた。


「りょーかい、っとぉ!」


 役割分担は戦いの肝。

 それは対峙する相手との組み合わせにも言えることだ。


「お前の相手は俺な♡」


 オライと呼ばれた悪魔にヨロシク言ってやれば、あからさまに気持ち悪がった表情のまま矢を射られた。地味にショックである。


「ま、そっちは幻影おとりなんだけどな」

「っ!」


 射られた矢が既に離れた本体おれの代わりに映し出されていた幻影を貫く。

 どうだい。いつ本体おれと入れ替わっていたか分からないだろう。正直俺も相手にやられたら全く見抜けない自信がある。


 さて、では本体おれはどこに居るのかというとだ。


「っ、ぐぅ!!?」


 背中の矢筒諸共、弓を引く右腕を切り付ける。

 反射的にオライは後ろ足で蹴り上げてくるが、一瞬早く黒翼で飛翔した俺には届かなかった。


 パタパタと。

 流れる血が地面に滴り落ちる音が響いている。


「ッソが……!」

「それじゃ武器も使えないな。投降して洗いざらい吐くってんなら命は助かるかもよ?」

「……ヘヘヘッ」


 突如、オライはクツクツと喉を鳴らした。

 だが、奴の目に諦めの色は窺えない。

 寧ろ先よりも鮮明と、それでいて鮮烈な眼光を迸らせ、こちらを睨みつけてくるではないか。


「てめェはよぉ」

「?」

「ツレに黙ってヘマをしたとして、ノコノコ帰れるかァ?」


 そうか。


「それが答えかよ」

「あたぼうよォ!!」


 オライは血走った瞳をこちらに向けたまま矢を番える。

 片腕が動かないのにどうやって、と思えば、奴はあろうことか器用に口で矢を番えていたのだ。


 しかも、ただの矢ではない。

 魔力を練り上げて生み出した極太の一矢だ。


 それは手を放れ、弦を放れ、そして空へと打ち上げられた。


「おれの〈シン〉は〈使嗾しそう〉!」


 過剰なまでに──それこそ命を削るほど魔力を注ぎ込んだのであろう。

 オライの頬には異常な量の汗が伝い、地面を踏み締める四本脚も痙攣していた。


「おれは──〈使嗾しそうのオライ〉!!」


 刹那、

 十、百、いや目算ではとても数え切れないほどの量だ。それが檻で囲うかのように外周から中央──オライの下に向かって、空から地上へ降り注ぎ始めたのだ。

 着弾した地面は爆弾でも爆ぜたかのように大きく抉れている。


「ヤッベ」


 このままではやられる。

 そう考えた俺はオライの下まで全力疾走を始める──が、しかし。


「無駄だぜぇ!!」


 オライが叫べば、降り注ぐ矢が軌道を変え始めた。


「おいおいおい、自滅する気かよ!?」

「おれと地獄まで相乗りしようぜ、ニンゲン!!」


 あろうことか悪魔は、俺が安全地帯と踏んでいた自分すら巻き込む覚悟で罪魔法を発動したのだ。


「チッ……!!」


 矢の着弾位置は、俺のすぐ後ろまで迫ってきている。


「クソッ!!」


 何か独り言つオライ。

 徐に落ちた矢筒から矢を一本拾い上げたかと思えば、奴は鏃をこちらに向けて構えた。


「死に晒せやぁ!!」

「ッ──!!」


 ズダダダッ! と。

 機関銃の掃射にでもあったかのような爆発音が連鎖する。


「ライアー!!」


 遠くから〈水鱗鏡〉で眺めていたアータンが悲鳴を上げる。

 澄んだ水のレンズは、無数の矢に貫かれて穴だらけとなった勇者と悪魔の無残な姿を映していたことだろう。


 致命傷なのは一目瞭然。

 ここからどう治療を施そうが間に合わない、そう確信させるには十分過ぎる光景だった。


 結果は相打ち。

 どちらも死ぬ。


「──その早とちりが命取りだ」

「な゛ッ……!?」

「悪いね♪」

「にぃ゛……!?」


──片方が分身アルター・エゴでさえなければの話だが。


 襤褸雑巾同然の肉体を晒すオライ。

 その傍で間もなく分身の俺が霧散する。


 そう、奴を斬り付けたのは本体ではなく分身だった。

 最初に幻影を射られた瞬間、身を隠すと同時に〈もう一人の自分〉を発動し、本体は少し離れた位置に陣取っていたのである。


「チキ、ショウ……!!」


 敗北を悟ったオライは恨めし気な眼差しを本体おれに向けつつ、地面に崩れ落ちていく。


 無念、後悔、恥辱……様々な感情が綯い交ぜとなった形相は、凄絶の一言に尽きた。


「──つまらねえ死に方しやがって」


 だが次の瞬間、何者かの声がオライの表情を一変させた。


 今際の際。

 まさしく最後の最後というタイミングで、苦渋に満ちた一人の男は穏やかな笑みを湛えるに至った。


「ワリィ……


──先逝ってるわ。


「……あぁ」


 部下か、仲間か。

 奴らの関係は外野には分からない。


 ただ一つ分かることと言えば……。


「……この馬鹿をやったのはてめェだな?」


 いつの間にか立っていた人影が振り返る。

 フードの奥に佇む眼光を、研ぎ澄まされた刃より鋭く閃かせながら。




「なあ? ……〈虚飾きょしょくのライアー〉」




 もしかしてなんだけどさぁ。

 俺って、強敵とのエンカウント率高め?




 ***




「ぬぅん!!」

「オオッ!!」


 大気が震える。

 益荒男二人が雄叫びを上げながら得物をぶつける、その余波だ。


「──爆ぜよ!!」

「ムッ!?」


 鍔迫り合いの中、不意にフォラスの掌から光が漏れる。

 すると次の瞬間、コナトゥスを受け止めていた杖から炎が噴き上がった。


 これを咄嗟に仰け反りベルゴは事なきを得る。

 ほんの少しでも反応が遅れれば、顔面を焼いていたであろう紅蓮の炎。その赫々と燃え盛る炎に冷や汗を掻きつつ、彼は距離を取って柄を握り直す。


(あの杖が厄介だな)


 恐らくは魔鉱石をはめ込んだ代物。

 その証拠として、これまでに幾度となく杖先から炎や水などが杖先から繰り出されていた。


 ただ、真に警戒すべきはそれを操る相手の“技”と“力”。

 見た目通りの豪腕より揮われる剛力と、絶妙なタイミングで放たれる魔法は、正しく武芸と呼んで差し支えないくらい洗練されていた。


「……手練れだな」

「お前こそ」


 だが、武技に舌を巻いていたのは相手も同じ。

 達人同士、互いの間合いを測る微妙な時間がしばし流れる。


「……名を訊いておこうか」

「〈怠惰のベルゴ〉」

「〈大罪〉か」


 道理で、と。

 フォラスは唸り、杖を構える。


「ならば様子見も要るまい」

「! 武器が……」


 フォラスの構える得物。

 地水火風を操る戦杖が、一瞬にしてその姿を消した。いや、隠したというべきだろうか。


「これこそが我の〈罪〉──〈湮滅〉」

「……不可視となるのは武器だけではなかろう」

「然り」


 ベルゴの指摘通り、今度はフォラスの巨体の全てが風景に溶け込んだ。

 これではいつ攻撃されるかさえ分かったものではない。


『ここまで我の攻撃を凌いだことは褒めてやろう……が、次はそうはいかんぞ』

「……なるほどな」

『我が主は不本意であろうが、お前の首は我が貰い受ける』


 ピリリと肌を刺す殺気にベルゴは震える。

 これは恐怖か、はたまた武者震いだろうか。どちらにせよを凌がない限り、自分の命はないと考えた方がいいだろう。


「……ならばオレも、全身全霊を以て応じよう」


 取ったのは正眼の構え。

 あるいは水の構えとも称される、剣術において基本となる五行の構えが一つ。


 攻撃にも防御にもスムーズに移行できる、どのような形にも変化する水の如き臨機応変を体現した構えだ。


(あくまで迎え撃つつもりか)


 その意気にフォラスは敵ながら賞賛した。

 今までに自身と対峙した相手は、いずれも不可視の攻撃を恐れて逃げるか、当てずっぽうに攻撃を繰り出す無様を晒していたからだ。


(惜しい男だ)


 味方であればどれほど心強かっただろうか。


 しかし、ここは戦場。

 刃を向け合った以上、決着は相手の死を以てつけなければならない。ましてや、主に忠義を捧げる臣下であるならば尚の事。


(──行かん!)


 フォラスは駆けた。

 舞い上がる土煙をベルゴの瞳は捉えている。


(お前は足跡を見てタイミングを計っているだろう……だが!)


 フォラスは己の得物に魔力を注ぎ込む。

 杖に嵌め込まれるは純度の高い魔宝石まほうせき。魔鉱石のように叩いて剣や槍に加工するには適さないものの、杖や盾などに嵌め込んで魔法を発動できる代物だ。


 フォラスはそんな杖を操って戦っていた。

 しかし、ここで忘れてならぬは彼が罪使いであるという点。


!)


 杖先より生まれ出ずるは火の剣。

 〈極大火魔剣アルス・マグナ・イグニディウス〉──本来の杖より遥かにリーチを伸ばした不可視の炎剣は、ベルゴの喉笛を焼き切らんと横薙ぎに振るわれる。


 相手の意識を“不可視”という点にのみ向けさせた上で、リーチ外からの不意打ちを叩きこむ。


 今まで相まみえた敵の中には、この戦法を『姑息』や『卑怯』と罵る輩も多かった。


──それがなんだ?


 戦場での戦い方に貴賤はない。

 己の主は勝ち方に拘りはあるものの、あくまであれは自身に課している縛りに過ぎない。他者の戦い方をどうこう罵倒するものではない。


(だからこそ我は──!!)


 ここまでの戦いで既に目は覚めていた。

 サタナキアに嗾けられるがまま奴の思惑に加担した。その振る舞いはサルガタナスの配下として失格。命を以て償うしか他ない。


(──貰ったぞ!!)


 灼熱の刃が一閃。

 ベルゴの喉笛を──。


十天流アストラ、第九天──」

「ッ……!?」

「──〈原動天げんどうてん〉」


 焼き切るには至らなかった。

 全力で振り抜かれた刃は、ベルゴの全身を薄く覆う“膜”に流されたのだ。


(馬鹿、な……!?)

「──視えた」


 渾身の一撃を受け流されるがまま着地した瞬間をベルゴに見抜かれる。


(不味い!!)


 達人同士の戦いにおいて、一瞬の隙は致命的だ。

 相手が完全に受け流したところを見るに、ここまでの展開はすでに想定済みだったに違いない。


(奴の一撃が──!!)


 それでもフォラスは歴戦の戦士として、咄嗟に杖先から〈土魔大盾テッラ・スクートゥム〉を展開する。並の攻撃であれば重厚な壁に阻まれ、そうでなくとも威力の減衰が期待できる優秀な防御魔法だ。


 ただし、惜しむらくは対峙する相手の“格”を見誤っていたこと。


「貫け、コナトゥス!!」


 一瞬にして剣から槍へと変貌する〈怠惰ベルゴ〉の罪器コナトゥス

 “線”ではなく“点”。破壊力は限りなく集中する。加えてベルゴがその豪腕ぶりを存分に発揮すれば──。


「ぐ、はッ……!?」


 盾諸共、悪魔を貫いた。


 盾、杖、そして鎧を。

 全ての守りを貫き、肉体を一突きにした。


 鎧の中で血反吐を吐いたフォラスは悟る。


──この手応えは。

──まさか……。


「まだかっ!」


 双方、それが絶命に至らぬ傷であると悟る。いかに強力な投擲だったとはいえ、幾重にも重ねられた守りを前に破壊力は減衰していた。それが紙一重のところで悪魔の命を繋いだ。

 かと言って穂先は鎧を貫き、腹部に突き刺さっている。皮膚と筋肉までは完全に貫き、臓腑まであともう一息といったところだ。

 とてもこのまま戦い続けられる傷ではなかった。

 意識が途絶える寸前、引き際を悟ったフォラスは歯を食いしばり透明化を継続させる。


 これに身構えるベルゴ。

 しかし、一向に相手が襲い掛かってくる気配はなかった。


「……まさか!」

『この勝負……貴様に勝ちを譲ろう』


 どこからともなく声が聞こえる。

 苦痛と苦渋に満ちた声色は、弱弱しく震えながらも自身を追い詰めた“敵”へと言葉を紡いだ。


『だが……次は違う。次こそ勝利を掴み、我が忠義を捧げる男の為に……!』

「待てっ!」

『我は〈湮滅のフォラス〉……六魔柱が一柱〈愚癡のサルガタナス〉が麾下の一人……!』


──この名を忘れるなよ。


 そう締めくくった直後、フォラスの気配は完全に消えた。


「……おのれ」


 吐き捨てるようにベルゴは呟いた。


 彼の肌を撫でる感触は夜風だけではない。

 次なる戦いへの予感であった。




 ***




 一方その頃、屋敷は混沌と化していた。




(ど、どうしましょう……)


 ラーディクスを握り、アグネスと共に後方で待機するアス。

 彼の眼前に倒れるは近衛騎士と無数の悪魔。余りの凄惨な光景に、物陰では侍女達が震えて動けずに居た。


 だが、彼らが動けない理由は別にあった。


「ほほう、成程。お前達如きにちょうどいいと見繕った悪魔だったのだが……」

「見立て違いだったな。そして、これから貴様が辿る末路だ」


 玄関を挟む形で向かい合う最上の騎士と悪魔。

 騎士団長と六魔柱シックス




 彼らの対峙は、まだ始まったばかりであった。




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